この手の話は公にはならないらしい
側近さん回……と思いきや、トンデモキャラの発表会になってました。
それにしても、書きたい事が多過ぎて長くなってしまった。
揺れる客馬車の中から外を見ると、高い木に葉はなく白い雪が積もり、一面を銀色で塗り潰したような世界が広がっていた。そう、ここは一面の銀世界なのだ。
今側近は、魔王に言われた通りに吸血族の居城へと同盟強化の為向かっていた。馬車の中には側近以外にも一人、そして外にもう一人。
側近は好きな部下を連れていいと言われていたので、頼りになる(かもしれない)者を二人勧誘していたのだ。その一人が外で客馬車を引く、財政部隊隊長『銀銭の』ワーウルフである。
同盟にて経済的な話になるのは目に見えていた。と言うのが一番の理由だが、彼は純粋に頼りになる男である。なお、今はどこからどう見ても客馬車を引く巨大狼である。つまり乗っているコレは客馬車ではなく客狼車なのだ、比較的どうでもいい話だが。
そして側近と共に客狼車に乗っている男が、選んだ部下のもう一人。背中まで黒い髪を伸ばし、右目に眼帯をし、左腕に黒い包帯を巻き、色々と凄そうな黒コートをまとった青年だ。
名前が売れている訳ではない、特に強い訳でもない、只々魔王軍学校時代からの親友と言うだけで選んだ奴である。
「絢爛たる絶対零度は我の眼の届かぬ事象に介入顕現するか。邪なる冷気がこの身を灼いておるわ」
「ああ……全くだ。もし人間であったならば、満足に生活する事など出来そうにもない」
「それは、虚無に在らせる神の御技よ」
さて、彼の言っている言語を理解出来る御仁はここにーーいやこの世に居るだろうか。側近には長年の友好による自動翻訳的な何かが存在するから良いが、まず基本誰にも理解が出来ない。
彼は魔王軍禁忌魔術解析部隊の一般魔術師である、偉い立場などではない。名前はゴルゴーン、石化の魔眼を持つアレである。
彼曰く話し方は「深淵に触れ、虚無への理解に駆られるのだ」らしい。服装も「深淵故に」だとか。
とにかく。側近、ワーウルフ、ゴルゴーンの三人は雪原の中をちょっとした旅気分で突き進んで行った。
だが、その気分は辺りが夜の帳に包まれた頃に打ち砕かれた。客狼車を引いていたワーウルフが、突然止まったのだ。
「どうした、ワーウルフ。どこか痛めたか?」
「いえ……何かの気配、匂いの様なものがしたのですが。気のせいかもしれませんワン」
「かの崇高たる御霊が偽を唱えるならそれが神の勅命よ」
「……彼は何を言っているんだワン?」
「ワーウルフ、お前にただ賛同しているだけだ。言い回しが多少ーーいや多大におかしいのは気にしないでやってくれ」
そう言うと側近は腰のレイピアに手を掛けながら、客狼車の扉を開けて雪原に降り立つ。外に出てすぐに察せる程に、何かがそう遠くない場所で起きている。その様な気配がした。
この様な場所で起きる事と言えば、吸血鬼と人間の争いだろう。早めに手を貸して恩を売っておくのも良いかもしれない。
「ワーウルフ、匂いの方向へ案内してくれ。ゴルゴーンは客狼車を頼む」
「然り然り、我が手には容易い」
「側近様、こちらですワン」
側近はワーウルフと共に雪の積もる森の中へと飛び込んで行った。
これで視点が側近へと移るーーと思った御仁も居るだろうが、実は今回の主役は側近ではなくゴルゴーンなのだ。
側近とワーウルフの強さに対して、ゴルゴーンは洒落にならない程弱い。彼らからすれば、人間とは言え吸血族と戦う様な強者との戦闘にゴルゴーンは耐えられない。と思っての行動なのだろうが……。
「虚無に唯我なり、幽遠なる時は舞い戻らんか」
言葉はこんなだが、まあ何と言うかゴルゴーンは怖がりなのである。通って来た道が整備されているとは言え、左右は森で客狼車に一人残されたのだ。体は寒さではなく恐怖で震えていた。
そんな彼に災難は続く。突然客狼車の車体に何かがぶつかった様な鈍い音が響いたのだ。
「刹那、雪原の裁きか」
ゴルゴーンは恐る恐る客狼車の扉を開き、辺りを見回す。見える範囲には何も変化は無い、つまり逆側と言う事だろう。
本当にゆっくり、まるで近くに寝ている人でも居るのではないかと言いたくなる程の速度で客狼車を沿って回って行く。
するとそこには、何と言う事だろうか。腰まである金髪に深紅のドレス、一目で分かる程にお嬢様な少女が客狼車にもたれ掛かって居たのだ。その姿に驚くよりも早く、ゴルゴーンの体は動いていた。
「息災昇華せり、神は臣民など不要か」
「たす、い……や。逃げ……て」
「風魔の精め、我を愚弄するか」
「おぅおぅ見つけたぜ獲物ちゃんよぉ……!」
少女の掠れた言葉を満足に聞き取れないまま、背へと掛けられた男の声にゴルゴーンは後ろを振り向く。
そこには明らかに友好的な関係を築けそうにない男たちが立っていた。皆手には怪しく銀色に光る直剣を持っている所を見るに、吸血鬼と戦っている人間なのだろう。
「あんたアレかい、暇な貴族様かい? 悪い事は言わねぇ、その血吸い蝙蝠を渡してくれや」
「そうそう、そうしてくれなきゃ何するか分かんねぇかもなぁ? まぁその子にはナニしちゃうけどなゲヘヘヘヘ」
ゴルゴーンは確信した、こいつらは吸血鬼狩りで自分の腕の中の少女が吸血鬼である事を。そして、自分の事を『人間の』貴族だと思っている事を。
「笑止也、貴様らは憂厳なる死へと足を踏み入れたのだ」
「おいおい……恐怖で頭イっちまったのか?」
「顕現せよ狂壊せよ崩焃せよ、捻り裂ける因果にその眼に罪を灼き付けよ」
ゴルゴーンは右目の眼帯を引き千切り、不思議そうな顔を向ける男たちへと淀んだ右目を向けた。
「その身の不運を恨んで死ね」
一瞬だけ右目に魔力を込めて、止める。そして自分の手で右目を押さえると、吸血鬼の少女に優しく微笑み掛けた。
そこにはゴルゴーンと、少女と、幾つかの人型の石のオブジェが並んでいた。
さて、時は変わって翌日。
ゴルゴーンは天蓋付きベッドの上で目を覚ました。昨日の事を思い出せない、などと言う事はないので大丈夫だ。
その昨日の事なのだが、改めて考えてみると、とんでもない事態になっていた。
何でもゴルゴーンが吸血鬼狩りから救った少女は、行き先であった居城を取りまとめる真祖の一人娘だったらしいのだ。つまり、彼はこれ以上無い恩を吸血鬼に売り飛ばしたと言う事になる。
それだけではない、助けた吸血鬼は夢見る少女だったのだ。窮地を救ったゴルゴーンを白馬の王子様と感じ、城に着く前から夜寝る寸前まで引っ切り無しに凄まじいアピールを仕掛けてきた。現に隣を見れば、幸せそうな笑みを浮かべながら、少女がゴルゴーンの腕にしがみ付き隣で眠っているのだ。
もし石化の魔眼を使った時の疲労が無ければ、昨夜は美少女との添い寝と言う一生一度の緊張で一睡も出来なかっただろう。
さて、このアピールが何を表すのか。そんな物は簡単だ、恋愛感情である。
基本的に魔物や魔族は例外を除き非常に長命である。その中でも特に長命な種族の一つに吸血族が含まれている。そしてそこまで長生きするとなると、短命な生き物とは色々と考え方が変わってくる。ここで言うならば、恋愛である。
長生きなのだから、付き合いも長くなる。付き合いが長くなるのだから、相性が良くなければならない。
合わなければ別れれば良いと言いたくなるかもしれないが、血統を重んじる吸血族からすればそれは『相手を見る目が無かった』と言う事になるらしい。たかがそれだけ、と言えないのが体裁を気にする血統社会の貴族様である。
つまり一度良いと思った相手は離してはいけないのだ。例え相手がこちらをそれ程思っていなかったとしても、胃でもアレでも精神操作でも何でも掴んで離さなくすれば良いーーとは少女の母の体験談である。
ゴルゴーンは隣に眠る少女を優しい眼差しで眺めていたが、ハッと我に返った。魔王軍からすれば四天王第四位の勧誘は最重要案件、ここでほんわかしている暇はないのだ。
「今覚醒の刻、黒龍灼き焦がし。勅命我が身に宿りて降臨せし」
その言葉を聞いていたのか、少女はゆっくりと目を開けてゴルゴーンの顔を覗き込んで不敵に笑った。
「結婚してくれたら、良いよ?」
「刹那、完全敗北せり」
「お父様もお母様も貴方の事を気に入ってたわ、貴方の二人のお友達も『良いんじゃないか』って。断る理由は無いじゃない」
「面妖な、既視眼故の境界に封鎖の帳が展開済みか」
「その話し方も好き、今までに言い寄って来た矮小な男共とは比べ物にならない程面白いもの。そんな貴方の為なら身も心も捧げられるし、貴方の目障りなモノを全部壊してあげられる」
「羅刹、羅刹の極みよ」
ゴルゴーンは完全に負けていた。彼の言葉は最強の一言だが、中身は普通の男なのだ。ここまで脅迫じみた愛をぶつけられて耐えられる訳がない。
結局(物理的に)離してはくれなかったので、ベッドから廊下、相手側の待機する部屋まで少女を引きずって歩く事となった。
部屋に入るや否や側近とワーウルフから同情の視線を浴びせられ、相手側の吸血鬼夫婦からは暖かい眼差しが飛んでくる。さぞこの夫婦は、二人が仲良くなっていると思っている事だろう。
「私と貴方は結婚秒読み。もし何か不利益な事を言ったら、傷物にされたって叫ぶから。そうなったら幾ら石化の魔眼があったとしても、五体満足で帰れると思わないでね」
「野に放つが良い」
ゴルゴーンと少女が席に着いたのを見計らって、側近は話を切り出した。内容は単刀直入に、吸血族の誰かを四天王第四位へと据える事であった。
初めは何でもないような状況だったが、主祖以上の存在を要求した辺りから雲行きが怪しくなってくる。吸血族側からしても、主祖となればかなりの戦力、政治的に影響を持つ存在である。それを容易く外に出すのは難しいらしい。
「平行線か、彼我の力量は拮抗とも取れんか」
ゴルゴーンは呟く。側近とワーウルフによる説得の言葉は、まるで剣戟か何かである。自分の付け入る隙などありはしない。
こうなると、自分が着いていった意味が分からない。側近は何を思って連れて来たのだろうか、と思い始めた頃。
「ねぇ、私と結婚しない?」
「幾度と無く性懲りも無く」
「お父様は真祖、お母様もよ。つまり真祖同士の子供は? 分かるでしょう、貴方はそこの二人と違って最強の切り札を握ってるのよ」
少女はこの瞬間、ゴルゴーンに対して史上最高の落とし所を提示した。ゴルゴーンとしては四天王第四位に真祖である少女が入り万々歳、少女としてはゴルゴーンと結婚出来て万々歳。
「さあ、結婚しましょう?」
つまり、この停滞した戦況は。
ゴルゴーンのたった一言で終わらせられるのだ。
「君は本当に、どうしようもなく狡猾だ」
「やっと本心を言ったわね」
「我が天命、我が王と友へ捧げよう」
覚悟を決めたゴルゴーンは、机へと両手を全力で叩き付けた。側近、ワーウルフ、吸血鬼夫婦と全ての視線が一点に集中する。
口が渇く、足の震えが止まらない。しかし、彼はその言葉を発する。
自分が昔から憧れた、英雄になる為にーー。
とまあ、そんな訳だが。
この話の終わりだけ話すとしよう。
四天王第四位は、真祖の少女とゴルゴーンの二人になった。本来一つである筈の席を真祖の権力で強引に二人にし、四天王第四砦を愛の巣とする事で『落とし所』となった。
吸血鬼の夫婦からすれば自分の子供が好きな男と結婚出来ると言うのだから大満足、魔王軍との同盟強化も二つ返事で了承してもらった。これでワーウルフも満足である。
さて、こんな事態を全く知らない人間たちは再度第四砦への侵攻を考えていた。
確かに前回はデュラハンにやられてしまったが、今回も出てくるとは限らないのだ。それに、第四砦に魔物が居ない事は裏取りが出来ていた。
単刀直入に言おう、無理でした。
第四砦付近の天候が急に、止む事のない吹雪に包まれてしまったのだ。本来温暖な気候であった筈の土地で吹雪と言う異常気象である。
魔王歴史学を学んだ御仁なら分かるだろうが、この異常気象は他でもないゴルゴーンの仕業である。
以前住んでいた場所とは真逆の天候に慣れず、体調を崩していた少女を気にした彼は本領の禁忌魔術『天候操作』を使い辺り一面を吹雪で包み込んだのだ。
何だかんだ言っても、ゴルゴーンはゴルゴーンなりに少女の事を考えていたのだ。微笑ましい限りである。
とまあ、騎士団は第四砦付近の天候変化を引っくるめて『氷結風の障壁』と呼び、魔王の策略として歴史に名を刻む事となった。
その裏で、ゴルゴーンが少女の求愛に頭を悩ませ続けていたと言うのは……魔王歴史学のどの文献にも載っていない隠された真実である。
魔王軍全一ルビ振りゴルゴーンさん。彼が出ると魔王軍がルビ振り祭りに。
次回、キャラ紹介の予定です。