開戦一歩手前までいった歴史らしい
どうも、本当にどうしようもない魔王軍のお話ですが……アレです、のんびりしていって下さい
「ヤバいっすよ魔王様、大問題です!!」
そう頭からツノを三本生やした小さな悪魔は叫んだ。彼の名は確か……インプ君だった筈だ、同じ様な顔とツノと羽をしている奴が五十近くこの城には住んでいるから正直見分けなんてつかないんだがな。
しかし急な話である。魔王が座する謁見の間に扉を突き破らんという勢いで飛び込んできて、ものの数秒で本題ーー先程の言葉である。
「どうしたインプよ、勇者でも来たか?」
「そんなの目じゃ無いっスよ! 大問題も大問題っスから!!」
彼のその言葉に謁見の間はザワつきだす。この場には側近、近衛兵含め四十は待機している。その全てが勇者よりも恐ろしい存在を思い浮かべているのだ、無理もないだろう。
ここは一喝魔王が士気を纏める様なタイミングなのだろうが、何が問題なのか分からなくては喝を入れるにも入れられない。見当違いな言葉では逆に不安を煽ってしまうだろう。
「……して、その問題とやら。一体何だと言うのだ」
出来るだけ冷静に、そして威厳たっぷりに。そう考えて声を発する。結構上手く出来た……ちょっと嬉しい。
しかし、その喜びは一瞬で崩壊する事となる。
「我が魔王城に肉を売っていた精肉店が倒産しちまいました……ッ!!」
「なッ!? 何だと!!」
「不幸は続くんスよ、タイミング悪く城内の肉が減っている時にこの大問題。常日頃から業者からの購入時には、前の購入分は使い切るようにとしてきた計画が仇になったみたいっス」
「……して、問題は」
聞きたくない話だった。周囲のザワつきも今では肉業者の追悼に変わっている。
あそこの冷凍コロッケ美味しかったんだけどな……もう食えないのかな……。そんな思考が頭を過るが、まだまだ問題は続く。
「本題はここからっス。少し前に昼食いましたよね」
「ああ、食べたな」
「夜には遠征部隊も帰ってくる予定っス」
「そうだ、近隣の偵察任務だったな。二十の魔物による隊が三つ……計六十か」
何だろうか、話が段々暗い雰囲気を纏ってきている。ような気が。
「城内の肉の量を計算したんスけど」
「止めろ、言うな」
「今晩のメニューなんスけど」
「総員耳を塞げぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! 王の勅命であるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
久しぶりに叫ぶ言葉がこんな内容かと落胆しかけるが、そんな事を悔やんでいる暇はない。
今現在、この場は勇者と相対する戦場よりも、人間の大軍勢からの撤退戦よりも酷い有様になる。それが目に見えていたのだ。
「ポテトサラダだけになりそうっス!!」
「ゴハァァァァァァァァ!!」
「あぁ! 魔王軍四天王第三位のサイクロプス様が血を吐いて倒れた!! 近頃割と食事しか楽しみが無くて悲しんでたサイクロプス様が倒れた!!」
何時もなら人間相手に棍棒を振り回し、破壊の象徴として恐れられているサイクロプスも、この衝撃には耐えられなかった様だった。ストレスか心労で吐いた血だまりが謁見の間に広がっていく。
その容体を心配して周りに直属の部下である魔物たちが集まっていく。その波を分けながら、魔王の側近がサイクロプスへと近付いて行った。
「どうしたサイクロプス、貴様の力はそんなものではないだろう! 三百人の騎士を一人で相手取った時を思い出せ、その時よりも軽い傷だろう!?」
「し……正直、こっち……の、方が……辛い」
「クッ……済まない、私は治癒の魔法が使えるが、心労を癒す魔法は知らん。力になれん、病院に行くといい」
その瞬間だけ、サイクロプスの顔が少し明るくなる。
「びょ……う、いん……しょ、く……ガク」
「サイクロプス様ァァァァァァァァァァ!!」
死んだ訳ではない、だが耐久力に自信があったサイクロプスが完全に意識を手放すという常軌を逸脱した状況に、直属の部下は耐えられなかった様だ。完全に取り乱し、皆一様に泣いていた。
「何をしている。直属の部下ならば、主人の命を救おうとするのが最優先ではないのか!! 奴が死するは戦場のみ、貴様らもよく心得ている事だろうが!」
「…………ッ! そうだ、魔王様の仰る通りだ!」
「お前ら! サイクロプス隊の底力見せろ!」
「隊長を病院まで運ぶぞ!」
「「「「おおおぉぉ!!」」」」
士気を取り戻したサイクロプス直属の部下たちは、戦場で培ってきたコンビネーションでサイクロプスを謁見の間から運び出していく。
ここから一番近い病院は魔王城前第二病院だろう。徒歩五分だ、サイクロプスの奴もすぐ助かるに違いない。
しかし、根本的な問題は解決してはいないのだ。今晩のメニューがポテトサラダだけと言うのはそこで完結する問題ではない、新しい肉業者を見つけなければ明日からポテトサラダ祭りだろう。
そうなってしまえば、魔物のストレスが溜まるばかりか病院から帰ってきたサイクロプスがまた血を吐くに違いない。彼は魔王軍四天王第三位としてまだまだ働いて貰わねばならない。
「インプよ、業者の目処はついているのか」
「今三社に絞り込んで、財政部隊が交渉に当たっているところっス……ですが」
「夕飯には間に合いそうにない、そうだろう」
その魔王の問いに、インプは首を縦に振り答えた。
それにより、謁見の間をまた暗い雰囲気が支配していく。勇者や神聖なる光すらも恐れぬ魔王軍であったとしても、食事が満足に取れないというのは死活問題である。意地で腹は膨れないし、膨れさせたくもない。
こうなってはやむなし、か。そう念じて魔王は覚悟を決めた、部下の魔物たちが苦しむ姿を見るならば苦しむ者は少ない方が良い。
「側近よ」
「何で御座いましょうか」
「魔王軍に無駄と思える用途の資金は如何程か把握しておるか?」
「……はい、言わんとしている事は理解致しました」
察しの良い側近である。
「魔王軍全体に緊急連絡クラスAだ、早急に出撃の用意をさせよ」
その魔王の言葉に謁見の間はザワつきを通り越して混乱へと突入した。緊急連絡クラスAとは本来、勇者が城に突入してきた場合と同等レベルの問題が起きた時に発せられるものだ。
そんなものが目の前で発令されたのだ。下手をすれば生きている内に一度起こるかすら分からないクラスA、彼らは時代の証人になると同時に多大な覚悟を背負うことになったのだ。
「連絡結晶を出せ。財政部隊は人員が空き次第こちらに回せ、夜までに全て済ませるぞ」
「心得ました」
魔王城を赤い光が包み込み、事前に記録されていた魔王の声が城内に響き渡る。この放送を聞いた魔物たちは、否応無しに臨戦態勢を取ることになるのだ。
側近が用意した銀色の球体ーー連絡結晶を魔王は受け取ると、その球体に魔力を込めてある一つの数列を念じる。これは念じた場所、空間との擬似的な接続を可能とするマジックアイテムだ。人間も原理が似ているものを使っているらしい。
「そろそろだ、繋がった瞬間から誰も声を出すな。悟られないようにしろ」
魔王は声音を低く鋭く、配下の魔物へと投げかける。その言葉に、この状況で逆らう様な者は誰一人として居ない。
そして、魔力が繋がるーー!
「はい! こちらレストラン・ダリーアです、予約の連絡で御座いましょうか?」
「ええ、八時間程後になると思いますが……店に入り切るかと言う大所帯でーーいや、貸し切りは大丈夫でしょうか?」
「貸し切りですね……はい、はい。えー、その時間帯の予約はありませんので五十席になりますね。よろしいでしょうか?」
「はい、ではよろしくお願いします」
そして、魔王は連絡結晶に魔力を込めるのを止めた。そしてグッタリとした感じで玉座に座り込む。
「お疲れ様です魔王様、まずは五十名分の夕食が確保出来ましたね」
「馬鹿を言うな、我が配下は万を超すぞ」
「存じております。次は私も協力させて貰いましょう」
次のレストランへの貸し切り予約を入れようと結晶に魔力を込めようとした寸前、謁見の間の扉が荒々しく開かれる。
そこには二足で立つ狼の姿があった。彼は魔王軍財政部隊にて隊長を務める『銀銭の』ワーウルフである。
「連絡中でありましたかワン……申し訳ございません、出直しますワン」
「構わん、要件は何だ」
「はっ……肉業者との契約が成立した事を、今ここに伝えに参りました」
そのワーウルフの報告に、謁見の間は安堵の渦が巻き起こる。しかし、話はそう甘くない。
「ですが、なにぶん遠い業者でありますワン。今日は当たり前としても、明日の朝すら到着出来るか不安である……と」
「ハーピィ隊を出せ、明日の朝の分だけでも先に受け取らせるのだ」
しかしここで側近が言葉を挟む。
「魔王様、それではハーピィ隊がレストランに行けない可能性が出てきます。如何なさいましょう」
「……直々に出る、我の力ならばハーピィ隊を担いででもレストランに間に合うだろう」
「何と……!」
魔王は漆黒のマントを翻しながら玉座から腰を上げる。悠然と歩き出すその姿は、魔王としての風格、信念、そして力そのものが感じられた。
「側近よ、この場は任せる」
「至極光栄で御座います」
そう言葉を残し、魔王は謁見の間を後にした。
その背中に、多大な覚悟を背負って……。
とまあ、そんな訳だが。
この話の終わりだけ話すとしよう。
ハーピィ隊と共に肉業者へと向かった魔王は、何の問題もなく翌朝分の肉を回収して時間内に魔王城へと戻る事が出来た。
そして側近、財政部隊の活躍により万を超す魔王軍全員分のレストランへの貸し切り予約を達成した。ここまではまだ良い。
最大の問題は彼ら以外なのだ。
肉業者は連絡結晶越しの声だったので真面目な人間だと思っていた。でも顔を合わせてみれば狼男に背中から羽を生やした女たち、そして魔王である。数人ショックで退社したらしい。
いや、レストランの方がもっと酷い。
店の貸し切りなんて豪勢な事をやってくれるんだからさぞ大金持ちなんだろうと思って待ってみれば、やって来たのは大量の魔物たち。ここで全員死を覚悟したらしい。
しかし彼らは物凄く普通に席に座り、物凄く普通に注文し、物凄く普通に談笑しながら食事をしていたのだ。まるで怯えて接客しているこちら側がおかしいと思える程だったという。
そして当たり前の様に食べた分の料金を払って、店を包囲していた騎士団を気にも留めずに全員帰っていったのだ。そんな事件が世界全土で起きたのだ、恐怖を通り越して狂気である。
とまあ、人間に多大な恐怖を与えたこの件を騎士団は『魔王軍による補給線分断作戦』であったと発表し、歴史を刻む事となったのだ。
その裏で、魔王軍は今までよりも少し質素な生活を送ることになったという事は……魔王歴史学を長年研究した者でもないと知らない事実である。
恐らくこんな調子で続きます
魔王軍の明日はどっちだ!?