第八話 鶴の首折り
エッシュ領主軍 本隊後方
「本隊後方より帝国軍別働隊の強襲ですッ!! その数……数百程かとッ!!!」
「くそ、もう来たのかッ!! 本陣の領主様に伝令をッ!! 大至急、後方に援軍を要請するのだッ!!!」
オットーの隊が本隊後方に到着した時には、帝国軍は目の鼻の先まで迫っていた。
オットーは急ぎ、部下を散らせて本隊後方の各隊に敵襲を知らさせた。
「た、隊長ッ! これは越権行為なのでは!?」
「では、指をこまねいて見ていろと言うのかッ!! 責任はわしが取るッ!! 良いから迎撃準備だッ!!!」
エッシュ領主軍後方 テオドール隊
「隊長、敵さんの動きが思ったよりも早い様です。 どうやら、敵に勘の鋭い奴が居たみたいですね」
「敵軍、弓隊が前へ出ました!」
「全軍、鋒矢の陣ッ!!! 懐に飛び込むぞッ!!!」
「「「ヤーッ!!!」」」
テオドール隊100騎は、隊長テオドールの指示の元、馬で駆けながら素早く陣列を整えると、テオドールを先頭に敵陣に目掛けて馬を疾走させる。
「敵の矢、来ますッ!!!」
「盾構えッ!!! 第一波を凌いだら、盾を捨てて全速力ッ!!!!!」
テオドールの指示に合わせて、盾が頭上に掲げられた。
疾走する騎馬を狙って矢を当てる事は、弓の名手なら兎も角、雑兵では到底不可能だ。
故に数に頼って矢雨を降らせるのだ。
普通であれば、盾や兜に防がれても騎馬の動きは鈍るものである。
エッシュ領主軍後方
「撃て、撃てッ!! 矢雨で騎馬の機動力を殺すのだッ!!!」
オットーは、自身が率いる弓兵隊と周辺の部隊の弓兵に指示を飛ばし、突っ込んで来る騎馬隊に雨の如く矢を浴びせかけた。
「槍兵、三列で横陣ッ!!! 槍を正面に構えろッ!!」
更に、弓隊のすぐ前方に槍兵を展開する。
矢雨を潜り抜けた騎馬兵を槍衾で迎え撃つ構えを取る。
「こ、これで良し……。 これで援軍が来援するまで時間を稼げれば……」
「た、隊長ッ!!!」
「どうしたッ!?」
「せ、先頭の一騎が突出してきますッ!! こ、これは…………一騎駆けですッ!!!」
「何ッ!?」
驚愕したオットーが、慌てて正面を見る。
その眼に映ったものは……
槍衾をものともせず”槍を踏み荒らす軍馬”……
旋風の如く、戦場に”血飛沫を舞い上げる一対の白刃”……
土煙の舞う中、なお一層”光り輝く白銀の鎧”……
そして……獅子の鬣の如く、風に揺れる”銀の髪”……
その姿は、宛ら戦場を駆ける”銀の獅子”の様であった。
「軍旗を掲げよッ!!」
一頻り、敵の槍衾を踏み破った後、テオドールは後方の部下に指示を出す。
部下達は待ってましたと言わんばかりに、盾を捨て去って、槍に取り付けられていた旗を広げた。
”灰色の下地に、熊と獅子の紋章”の旗が無数に戦場にはためいた。
「灰熊に……獅子の旗……!?」
その旗を見て、領主軍側の兵の中で何人かが色めきたった。
「ま、間違い無い……! 獅子の旗に銀髪の二刀流……!! 奴は”銀髪の剣鬼”だッ!!!!!」
その一言で、領主軍の兵が一気に浮足立った。
ある者はその場で腰を抜かし、ある者は背を見せて逃げ始めた。
「なッ!? 馬鹿者、持ち場を離れるなッ!!!」
オットーを初めとする領主軍の隊長達は、浮足立つ兵を懸命に宥めようとしていたが、一度こうなってしまっては立て直すのはほぼ不可能だった。
「狙うは、敵総大将の首ただ一つッ!!! 逃げ去る者は捨て置けッ!! 立ちふさがる者は皆殺しにせよッ!!!」
「「「ヤーッ!!!!!」」」
テオドールは獅子の旗の元、剣を天高く掲げ……
「突撃ッ!!!!!!!!!!」
その号令と共に剣を振り降ろした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
エッシュ領主軍 本陣
「戦況はどうなっている?」
「手こずってはおりますが依然、我が方が優勢です。 ですが、流石は灰熊ですな。 この兵力差でここまで粘るとは……」
「だが、これで終いだ。 全軍に総攻撃を命じろッ!!」
エッシュ領主が総攻撃を命じようとしたその時……
「領主様ッ!! 一大事ですッ!!!」
息を切らせながら、オットーの放った伝令が駆けこんできた。
「何事だッ!!!」
「ほ、報告しますッ!!! ヴァルムの森より敵軍の伏兵が本陣後方に強襲してきましたッ!! 数は数百程はいるかと思われますッ!! 現在、オットー隊長指揮の元、防衛線を敷いていますッ!!!」
「たかが数百で何を狼狽えておるかッ!! それにオットーが指揮を取っているだとッ!? 奴の配置は後方ではない筈だッ!!!」
「え、越権行為は重々承知しておりますッ!! ですが、相手が相手ですので……」
「何ッ!?」
「伏兵の旗印は”灰熊に獅子”ッ!! 指揮官は、あの”銀髪の剣鬼”テオドールですッ!!!」
「ッ!?!」
テオドールの名を聞いて領主は絶句した。
”銀髪の剣鬼”テオドール……
それは、テオドールが大陸北方の蛮族軍との戦いの際に敵に呼ばれた渾名である。
常勝無敗。
討ち取った敵将の数は50以上、敵兵に至っては一人で討ち取った数は数百とも数千とも……。
北方の蛮族にとっては、悪鬼羅刹の如く恐れられている”白銀の獅子”。
その名は帝国内、そして周辺諸国にも鳴り響いていた。
「ぐぐ……それでオットーは”銀髪の剣鬼”を止められるのかッ!?」
「現在、後方の部隊を纏め上げて防衛線を展開しておりますが”銀髪の剣鬼”の威名の前ではどこまで持つか……。 至急、増援を請うとの事ですッ!!」
伝令の言葉に領主は考え込んでしまった。
相手はあの”銀髪の剣鬼”、このまま放置すれば自分の背後を脅かされる事になる。
かといって、灰熊の本隊への締め付けをおろそかにする訳にもいかない……。
「いかが為さいますか?」
「灰熊の本隊の様子は!?」
「此方が押していますが、未だ粘っています!」
灰熊の本隊に未だ動きは無い。
それが領主の決断の後押しになった。
「本陣の近衛の半分を本陣後方に展開ッ!! 更に両翼より二千ずつを後方に回せッ!!!」
「ははッ!!」
領主の命令を各方面に伝えるべく伝令が散って行った。
「……これは、逆に考えればチャンスだ。 灰熊だけでは無くあの”銀髪の剣鬼”をも討ち取れば……王国内での私の名声は上がり、立場は不動のものとなる! 地方都市の一領主等で終わる器ではないのだ、私はッ!!!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
帝国軍本隊
「将軍、敵後方に動きがありました。 別働隊が攻撃を始めた様です」
「両翼の圧力が弱まって来ました!」
「後方に意識が集まりつつあるな……そろそろ頃合いか」
ブライトクロイツ将軍は、徐に愛用の戦鎚を天高く掲げた。
「我が灰熊の勇士達よッ!! 時は来たッ!!! 今こそ攻勢に転じる時だッ!!!」
ブライトクロイツ将軍の声に、憔悴していた将兵たちが色めき立つ。
「見よッ!! 敵の両翼は圧力を弱め、本陣も後方からの強襲に気を取られているッ!!! 今ならば、鶴の翼をかいくぐり、その首に我等が牙を突き立てる事も容易な事だッ!!!!!」
「「「オオォーーーーーーッ!!!!!」」」
将兵たちは将軍の言葉に奮い立ち、将軍に応える様に各々の武器を天高く掲げた。
「奮い立てッ!!! 鬨の声を上げろッ!!! 今こそ、我等が手で”鶴の首”を手折る時だッ!!!!!」
「「「ヤーーーーーーーーーーッ!!!!!」」」
「全軍…………突撃ッ!!!!!!!!!!」
鬨の声が響き渡る中、ブライトクロイツ将軍の戦鎚が、敵軍に目掛けて振り降ろされた。




