第十二話 心の在処 -シャルロッテ-
「はぁ…………」
シャルロッテは使用人用の休憩室のテーブルに頬杖を突きながら、本日何度目かの溜息を吐いた。
先日の”テオドールの見合い”から戻ってからと言うもの、仕事以外で一人になると思い悩んで溜息を吐く事を繰り返していたのだ。
(私は……何を思い悩んでいるのだろう……。 答え何て、とっくに出ているはずなのに……)
シャルロッテの中では先日の見合い以降”テオドールが不意に零した一言”と”ノエルが去り際に言った一言”が、ずっと頭の中にこびりついて離れないでいた。
『誰か一人を選べってなったら……な?』
『自分の気持ちに素直になりなさい』
(私は……どうすれば……。 私自身、どうしたいんだろう……)
そしてシャルロッテはまた一つ、大きな溜息を吐いた。
「おねえちゃん、どうしたの? どっかいたいの?」
「え!?」
突然、声をかけられてシャルロッテは慌てて顔を上げた。
そこには心配そうな表情でシャルロッテの事を見上げる義妹が立っていた。
「あ、ララちゃん……」
「おねえちゃん、だいじょうぶ?」
「うん、大丈夫だよ!」
ララの心配を振り払う様にシャルロッテは出来るだけ明るく返事をした。
「おねえちゃん、いたいのがまんしてるでしょ?」
「ッ!? そ、そんな事ないよ?」
「そんなことあるもん! おねえちゃん、がまんしてる!!」
そう言うと突然、ララはシャルロッテに背を向けて”部屋の外へと駆け出した”のだ。
「ちょ、ララちゃん!?」
ララはシャルロッテの伸ばした腕をすり抜けて休憩室を飛び出した。
「おとーさーん! おかーさーん! おねえちゃんがむりしてるよー!!!」
「ララちゃんッ!?!」
ララはシャルロッテの制止も聞かずに、大声で叫びながら廊下を駆け出した。
シャルロッテは呆気に取られながら、ララを見送る事しかできなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
(な、何で……こうなったんだろう?)
現在、シャルロッテは使用人用の休憩室の一角で椅子に座らされて肩身の狭い思いをさせられていた。
何故かと言うと、シャルロッテの前には義父母がそろって居並び、シャルロッテの方をじっと見つめていたからだ。
そして、その後ろには二人を呼びに行った義妹と、騒ぎを聞きつけて駆けつけた義弟もいた。
「ララが何か叫んでいるから来てみたけど、姉ちゃんはどうしたんだ?」
「何でもララちゃんが言うには”シャルちゃんが無理をしてるからすぐ来て”って言うのよね」
「そうなんだよ、おとうさん、おかあさん、おにいちゃん! おねえちゃんね、なきそうなかおしてむりしてるの!!」
ララの言葉を聞いて、その場に居る者達が一斉にシャルロッテに視線を向けた。
皆の視線を感じてシャルロッテの表情が僅かに引き攣った。
「ララや、シャルロッテが無理をしているというのは本当かい?」
「うん、そうだよ! おねえちゃんね、ひとりでいるときなきになきそうなおかおで『はぁ~』ってやってたの!」
「あー、シャルちゃんってば一人で抱え込むタイプなのよねぇ」
ララの拙い言葉にマリーは何か思う所があるのか、一人納得した顔で頷いた。
「お、お義母さん! 私、そんな事……」
「あら、そう?」
「お義父さんとジャン君も……本当に大した事では無いから」
「そんなことないもん!」
何でも無いと言い張って誤魔化そうとするシャルロッテに、ララが目尻に涙を溜めながら声を荒げた。
「まあ、シャルロッテもララも落ち着きなさい」
今にも爆発しそうなララを見かねて、シャルロッテとララの間にヴァルターが割って入った。
「お義父さん……」
「そんなこと……ないもん……」
ヴァルターは今にも泣きだしそうなララの前で膝を付き視線を合わせてから、ララの頭をそっと撫でた。
「ララや、ここは私に任せてくれないかい? シャルロッテもララも、私にとっては大事な”娘”だ。 決して悪い様にはしないよ」
「おとーさん…………ぅん……」
ララが涙目で首を縦に振るのを確認したヴァルターは、ララをそのままそっと抱き上げて傍に居たマリーにララを預けた。
「さて、シャルロッテ。 お前にも思う所があるのだろうが、”姉”として幼い妹に心配をかける事は感心しないな」
「……はい、ごめんなさい」
「一体、どうしたと言うんだ?」
「…………」
ヴァルターのその言葉に、シャルロッテは口を噤んで俯いた。
「私達には話せない事かい?」
「わ、私……」
「はい、そこまで!」
俯くシャルロッテに詰め寄ろうとするヴァルターを、ララを抱いたマリーが横から口を出して止めた。
「あなた、顔が少し怖くなってるわよ? シャルちゃんが怯えているじゃない」
「む……そうかね?」
「シャルちゃんも落ち着いてね。 今、ここにはシャルちゃんの”家族”しかいないんだから」
「お義母さん……」
「先ずは落ち着きましょう、お話の続きはそれからね!」
そう言ってマリーは周りに笑いかけた。
「先ずはお茶でも入れましょうか。 ジャン君、ララちゃん手伝ってね?」
「あ、はい!」
「はーい!!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
マリーが淹れた茶が置かれたテーブルにシャルロッテとその”家族”がついていた。
「さて、お話を続けましょうか?」
そうマリーが笑顔で皆に告げる。
その言葉を聞いて、先程より幾分か落ち着いたシャルロッテが無言で頷いた。
「それで……ララちゃんが言っていた”シャルちゃんが無理をしている”って言うのはどういう事なのかしら?」
シャルロッテは暫し瞳を閉じて深呼吸をした後、意を決して”家族”へと向き合った。
「実は……」
シャルロッテは、テオドールの見合いの為に行ったヤーデで自身に起こった事を掻い摘んで話した。
テオドールに好意を告げられた事。
ノエルに自分の気持ちに素直になれと言われた事。
そして、その事でシャルロッテ自身が”自身の着地地点”を見失っている事……。
「あらあらまぁまぁ……私が知らない所でそんな事に」
「おねえちゃん、だんなさまの”およめさん”になるの?」
「ら、ララちゃん、それは飛躍しすぎだよ!? テオ様にはお立場もあるのだから……」
「えー、でもだんなさまはおねえちゃんのことすきなんだよね? それなら、おねえちゃんとだんなさまは”すきどおし”なんだから”けっこん”するんじゃないの?」
「す、”好き同士”ッ!? ”結婚”ッ!?!」
ララの無邪気に投げかけて来た言葉にシャルロッテは”顔を真っ赤にして”動揺した。
「ララや、あまりシャルロッテを困らせてはいけないよ?」
「えー」
当事者のシャルロッテそっちのけで興奮するララをヴァルターが頭を撫でながら宥める。
ララは不満そうに頬を膨らませた。
「シャルロッテや、私の意見を言わせて貰うなら……私はお前が旦那様に嫁ぐ事には”反対”だよ」
「……ッ」
ヴァルターの”反対”の言葉に、シャルロッテは思わず身体をビクっとさせた。
「”ただの平民が貴族に嫁ぐ”と言うのは思いの外、障害が多いものだ。 嫁ぐまでは勿論の事、嫁いだ後も数多の障害が立ち塞がる事だろうね」
「…………」
「更には、旦那様に恋い焦がれた令嬢の方々や、市井の人々からの嫉妬の眼も少なからずあるだろう。 そんな状態で、旦那様の妻として、男爵家の女主人としての振る舞いも求められる事になる」
そこまで言うとヴァルターは立ち上がり、俯いたままのシャルロッテをそっと抱きしめた。
「”可愛い娘”がそんな困難に足を踏み入れる事を歓迎する”親”がいると思うかい? それにシャルロッテは芯は強い子ではあるが、とても”傷つきやすい”子でもあるんだ。 結果がどうあれ、”可愛い娘”が傷つく姿を見たい”父親”がいるものか!」
「お……おとうさん……」
ヴァルターの言葉を聞いてシャルロッテが思わず涙ぐむ。
何とも言えない空気になっている中、それを”打ち破る者”が居た。
ベシッ
シャルロッテに抱き着くヴァルターの後ろから、”マリーが手刀を叩きつけた”のだ。
「お、お義母さんッ!?」
「マリー、何をするんだ?」
「はぁ……あなた、気が逸り過ぎよ? シャルちゃんも落ち着いてね? ただ、お父さんが”娘可愛さに暴走”してるだけだから」
マリーはため息交じりにヴァルターを説教してシャルロッテから引きはがした。
今まで心配そうに見守っていたジャンとララも思わず苦笑いを浮かべた。
「シャルちゃん、お父さんが言ってた問題は確かにあるのだけれど”そんなの”は後回しでいいわ。 先ずは”シャルちゃんがどうしたいか”、そして”旦那様がどうしたいか”でしょ?」
「はい、そうですけど……私、どうしたらいいか……。 テオ様のお立場の事もありますけど、私が身を引くとなると……」
「……”胸が引き裂かれる程に痛くなる”?」
「は、はい……何で分かるんですか?」
「だって、私は”シャルちゃんのお母さん”だもの」
そう、マリーは自信たっぷりに言い切った。
「先ずは家族で腹を割って話し合いましょう! 一人で悩んでいても煮詰まって行くだけよ?」
「……はい。 ありがとう、おかあさん……」




