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銀獅子戦記  作者: 黒狼
第三章 テオドールの見合い編
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第十一話 心の在処 -ノエル-

 ヤーデでの見合いを終え、ブリーゼに戻ってから数日が経った。


 ノエルはそれまでと変わらず、新設された弩弓兵部隊の訓練に勤しんでいた。

 普段と変わらぬ態度を取り繕ってはいたが、上官であり見合い相手であったテオドールを前にすると、以前に比べて口調や態度が固くなっていた。


 ノエルはテオドールとの距離を測りかねて、内心焦りを感じ始めていた。


(思ったより気まずい……。 もしかして……私、何処かで諦めきれてないのかな……?)


 内心でその様な事を考えて密かに悶々とした日々を送っていたノエルの元に”自身の母親”からの呼び出しが来たのは、あの日の見合いから数週間が経った頃だった。





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





 母親から呼び出しを喰らったノエルは、その日の訓練を早めに切り上げて真っ直ぐ帰路に就いた。


 デュランベルジェ家に宛がわれた邸宅に戻ると自室には戻らずに、軍装のまま自身の母親の部屋へと赴いた。


「母上、ただいま戻りました。 ノエルです」

『お入りなさい』


 母親の許可を貰って部屋に入ると、そこにはノエルの母親とノエルの乳姉妹である侍女長のセリア、それにノエルの二人の妹達もそろって部屋の中に居た。


「セリア? それにクロエとレベッカまで……」

「ノエル、お勤めご苦労様でした。 先ずは掛けなさい」


 部屋に入って来たノエルに母親は労いの言葉をかけると、自身の対面に腰掛ける様にノエルに促した。

 ノエルは促されるまま椅子に腰掛けた。


「それで母上、急な呼び出しまでして御用とは?」

「お見合いの顛末の仔細、セリアから聞きましたよ?」

「ッ……」


 その言葉を聞いてノエルがバツの悪そうな顔をした。


「あ、あの件は、ああするしかなかったのです! 普通に考えれば新興の家の当主と、家を継いだばかりの新当主との婚姻など……」


 ノエルは捲し立てる様に、テオドールとの見合いを断った理由を母親に話した。

 その声は何処か上擦っており、微かに必死さがにじみ出ていた。


「なるほど、もっともな理由です」

「そうですよ。 幾ら私と縁のある方だとは言え、少し考えれば分かる事では無いですか?」

「……ノエル、貴女は”それで”良かったのですか?」

「…………え?」


 母親が口にした言葉に、ノエルは身体の動きを止めた。


「”デュランベルジェ家の当主”としての意見は、良く分かりました。 では”貴女個人として”はどうしたかったのですか?」

「わ、私はデュランベルジェ家の当主です! だから、当主としての意見は個人のものと……」

(わたくし)は”仔細はセリアから聞いた”と言いましたよね?」

「ッ……!」


 母親の言葉を聞いて、ノエルが言葉を失った。


「申し訳ありません、お嬢様。 ”お見合いの仔細をお伝えする様に”予め奥様から厳命されていたものでして……。 …………ゴメンね、ノエル(小声)」

「せ、セリアぁぁぁッ!?」

「ノエル、大声を出してはしたないですよ?」


 悲鳴を上げるノエルを尻目に、母親はそれを窘める。


「で、でも……」

「そもそも報告する様にセリアに言いつけたのは(わたくし)です。 セリアに大声を上げても仕方ないでしょう?」

「うぅ……」


 母親を恨めしそうに睨みながら、ノエルは黙るしかなかった。


「折角、先方様に”良い感触を持っていただいた”のに……」

「…………え? ……は、母上……今、何て……?」

「ですから、ダールグリュン男爵から”今しばらく猶予をいただきたい”とのお返事をいただいたのですよ」

「そんなッ!? そんなはずは……だって、私は……お断りの返事をしたのに……」


 母親に告げられた”テオドールからの返事”にノエルは見るからに動揺した。

 オロオロしながら涙目でブツブツと小声で何かを呟きながら、コロコロと顔の表情を変えていた。

 時に顔を青くして絶望した表情を浮かべたと思ったら、次の瞬間には顔を真っ赤にして身悶えしていた。


 そんなノエルの様子に母親は優しい笑みを浮かべた後、コホンと小さく咳払いをして意を正してノエルを正面に見据えた。


「……あ、あの……母上?」


 自身が見つめられている事に気がついたノエルが恐る恐る母親に声をかける。


「貴女に……貴女の為に残された”お父様の遺言”をお伝えします」

「え……ち、父上のッ!?」


 驚くノエルに母親は小さく頷いて……そして、ゆっくりと口を開いた。


「お父様は最後の戦いに赴く前に(わたくし)にこう残されました……。





『ノエルには碌に好きな事をさせてやれなかった。 だから、せめて、ノエルが重要な岐路に立った時はあの子の好きにさせてやろう。 それが……例え”家名が途絶える事になったとしても”……』





と……」

「ち、ちちう…………と……うさま……」


 父親の遺言を聞いたノエルの瞳から涙が溢れ出した。

 そのまま泣き崩れるノエルを母親がそっと胸で抱き留めた。


「こうして泣き出したノエルを抱き留めるのはいつ以来かしら? 嫡子として、姉として、騎士として、本当に頑張っていたのですものね……」


 母親は優しく声をかけると、ノエルの頭を愛し気に撫でた。


「ノエル……(わたくし)達の事も家の事も気にせずに、自分のしたい様になさい」

「……はい、母様」

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