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銀獅子戦記  作者: 黒狼
第一章 南方方面軍編
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第六話 出陣前夜

「今、帰った! すまんが手が離せない、誰か開けてくれ!!」

「~~~ッ!!!」


 テオドールは、自分の邸宅の前で声を張り上げた。

 現在は、”両手が塞がって”いて扉が開けられないでいたのだ。


「お帰りなさいませ、旦那様。 手が離せないとはどうい………」


 扉を開けて出迎えたヴァルターが、現在のテオドールの状態を見て”絶句して固まっていた”。


「ん? おい、ヴァルター?」

「~~~ッ!!!」

「ああ旦那様、お帰りなさい。 ……あら、あなたどうなさっ……」


 固まってしまったヴァルターを訝しんで、マリーも出て来て”絶句した”。


 かと、思われたが……


「あらあらまあまあッ!!」

「~~~~~~~~~ッ!!!!!」

「な、なんだッ!?」


 突然のマリーの豹変にテオドールは思わず腰が引けていた。

 そして、その声を聴きつけて屋敷内の通いの使用人達が玄関に集まってきた。


 皆、一様に”現在のテオドール”の姿に絶句し、”なんとなく居た堪れない表情で赤面していた”。


「こ、これは一体……どういう事なんだ!? シャル、お前はこれがどういう事か分かるか?」


 現在の尋常では無い状況に戸惑ったテオドールは、”自身の腕の中の”シャルロッテに思わず話題を振った。


「~~~~~ッ!!!」


 それに対してシャルロッテは、先程から”赤面したまま俯いていた”。


「……シャル?」

「まさか”朴念仁”の旦那様がシャルちゃんを”愛おしそうにお姫様抱っこして”帰って来るなんてぇ!!! これは盛大にお祝いをしなくてはッ!!!」

「~~~~~~~~~ッ!!!!!」

「な………………はッ!!!!!」


 ここでテオドールは自分が”シャルロッテを腕に抱いたまま”いる事の重大さに気が付いた。

 つまりテオドールは、屋敷までの道のりを”幼い少女を抱いたまま、白昼堂々歩いて帰って来た”事になる。

 これを市井にの一般人が見れば、良くて”仲の良い兄妹”、最悪の場合”幼女趣味の変態男”と見られてしまう恐れがあった。


「い、いや! これは違うッ!! これはだな、シャルが腰砕けになって歩くのが困難になってしまったから、そのままにしておけないとッ!!」

「まあ、そんな所だと思いましたよ……。 それは兎も角、シャルロッテさんを休ませてあげませんとね」

「あ、ああ…そうだな。 マリー、頼めるか?」

「はいはい。 ご自分でお部屋まで運んであげればよろしいですのに」

「年頃の娘の部屋に入るのが騎士のする事か…」


 テオドールは憮然としながら、マリーに抱いていたシャルロッテを手渡す。


「……す、すみません」

「いいから、今日は休め。 いいな?」

「…はい」


 マリーに抱きかかえられたシャルロッテは、そのままマリーに連れられて部屋へと下がって行った。


「それにしても、何があったのですか? シャルロッテさんが腰砕けるなんて……」

「ああ、例の”大公の馬鹿息子”に絡まれてな……」

「あの御仁ですか……」


 ヴァルターは渋い顔をする。


「あの”親の七光り”は……無能なくせに、なまじ力を持っているだけに始末に悪い」

「何も起こらねばいいですけどね……」


 テオドールとヴァルターは、顔を見合わせると大きく溜息をついた。


「それはそれとしてだ、話しておく事がある」

「何でしょう?」



「一週間後にエッシュへと出兵する」





         ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





 エッシュへの出兵……


 それは、翌日にはイーリス全体に触れが出された。

 エッシュ出兵への準備は、連日急ピッチで進められた。


 エッシュの守備兵”約二万”に対して、イーリスから出撃する兵数は灰熊騎士団の内から”八千”。

 歴戦の灰熊騎士団を持ってしてもこの兵力差は厳しいと出撃前から言われていた。


 それに対して灰熊騎士団団長オスヴァルトは、”敵の士気、練度は低く、ものの数では無い。 それに今回は我が方に必勝の秘策がある”と、そう語ったという。


 そして、出撃を明日に控えた夜……




 コンコン



「テオ様、よろしいですか?」

「ん、シャルか? 鍵はかけて無いから入ってこい」

「はい、失礼いたします……」


 夜更け頃、テオドールの書斎にシャルロッテが訪ねてきた。


「あの……今、お時間よろしいでしょうか?」

「ああ、大丈夫だ。 どうした?」

「えっと……その…」


 シャルロッテの返事はどうにも歯切れの悪いものだった。


「シャル?」

「あ、いえ……あの、明日……出撃なされるのですよね?」

「ああ、そうだ」


 シャルロッテは少しの間逡巡すると、躊躇いがちに口を開いた。


「……あの、お聞きしてもよろしいですか?」

「私に答えられる事ならば」

「テオ様は……戦場に出る事が怖くは無いのですか?」

「ふむ、そうだな……」


 戦場に出るのは怖いか?

 その質問にどう答えるべきか、テオドールは短く思案する。


「本音で言えば、”怖くない訳が無い”。 騎士とて人間だ、誰だって死ぬのは怖いものだ」

「何故、怖いのに戦場に出られるのでしょうか?」

「私……この場合は、”俺”の方がいいか。 俺の場合は、自分が傷つく以上に怖い事があるから……だな」

「そんな事があるのですか? それは一体……」

「俺の大事な者達が傷つくのを見たくないんだ。 大事なものを失うのは、誰だって辛いからな……」


 ”大事な者達が傷つくのを見たくない”……


 戦争で家族を亡くし、右目の光を奪われたシャルロッテにはその言葉が痛いほど理解できた。


(ああ、やっぱりこの人は優しい人なんだな……。 悲しいな、こんな人が戦場に出るなんて……)


 シャルロッテは意を決すると、まっすぐとテオドールを見つめた。


「テオ様に、受け取って欲しいものがあります。 御手を出していただけますか?」

「む、これでいいか?」


 テオドールは言われるがまま、手をシャルロッテの前に差し出す。


「失礼します……」


 シャルロッテは、テオドールの手をそっと取ると、その手首に”金髪で編んだ紐”を巻き付けた。


「マリーさんから教えて貰った”戦場で身を守り、生還を祈願するお守り”です。 よろしければ、お持ちになってください」

「金髪……これは、シャルの髪の毛か?」

「はい。 自分の髪を使った方が、”より思いが籠めやすい”と伺ったもので……」


 シャルロッテは、気恥ずかしそうに微笑んだ。

 それに対して、テオドールは”何とも言えない微妙な顔”をしていた。


「テオ様? もしかして、お気に召しませんでしたか?」

「いや、そういう訳では無いんだがな……。 その様子だと、マリーの奴は何も言って無さそうだな」

「?」


 テオドールは苦笑いを浮かべたまま、溜息を吐いた。


「シャル、落ち着いて聞け」

「はい?」

「このお守りはな、本来”戦場へと行く夫に妻が作って持たせるもの”だ」

「へ……? 夫…? 妻………。 ~~~~~~~~~~ッ!!!」


 シャルロッテは、噛み締める様に呟くと、それに思い至り一気に顔を赤らめた。


「やっぱり、知ってて黙っていたか……」

「ごめんなさいごめんなさいッ!! わ、私…そんな謂れがあるとは知らずに……」


 シャルロッテは、居た堪れなくなって平謝りし始めた。


「まあ、気にするな。 過去に妻の代わりに”娘”や”妹”が持たせたという例もある」

「え……本当ですか?」

「ああ、だから気に病むな」

「はい…ありがとうございます」


 テオドールは、愛おしそうにシャルロッテの頭を撫でた。


「……テオ様?」

「大丈夫だ。 必ず、無事に帰る。 だからシャルは、ヴァルターやマリーと留守を頼んだぞ」

「テオ様……はいッ!!」





         ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





 出撃の日の朝、テオドールはヴァルターの手を借りて戦支度をしていた。

 白銀の甲冑に、その上から帝国のシンボルカラーである白に染め上げられた外套を羽織る。

 腰には、愛用する二本の長剣が下げられていた。



 コンコン



 準備を一通り終えた頃、部屋の扉がノックされた。


「テオ様、お迎えの方が参りました」

「シャルか、今行く」


 テオドールは部屋を出て、迎えが来ている玄関へと向かう。

 そこでシャルロッテは気が付いた。


「テオ様、兜をお忘れですよ?」

「ん? ああ、このままで良いのだ」


 テオドールはそれだけ言うと、”頭を晒したまま”玄関へと向かって行った。


「シャルロッテさん、旦那様は何時もこうなのですよ」

「え?」

「旦那様は敵味方問わずにその武勇を知られています。 その旦那様が”戦場で顔を晒す事”は、味方の士気を奮い立たせ、敵にはその威風で士気を萎えさせる効果があります。 旦那様は危険を承知で、あのように兜を被らずにおられるのですよ」

「そんな……」


 テオドールは、迎えに来た部下から出撃前の報告を受けていた。


「出撃準備は滞りなく完了。 後は隊長の号令があれば何時でも出撃できます」

「うむ。 では、行くとするか」


 テオドールは玄関を出ると、部下が用意した馬に跨った。


「では、行って来る。 留守をまかせるぞ」

「はい、お任せください」

「旦那様、お気をつけて」


 出発するテオドールにヴァルターとマリーが口々に声をかける。


「テオ様……ご武運を。 無事にお帰り下さる事を願っています」


 シャルロッテは、”無事でいてほしい”と言う願いを込めて言葉を発する。


「少しの間、留守にする。 後は任せたぞ」


 テオドールはそれだけ告げると、馬を駆って出発していった。

次回より戦争パートとなります。

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