第八話 ノエルの想い
宿舎としている屋敷の中庭に面した一室、テオドールの五日目の見合いが行われていた。
テーブルを挟んで向かい合うテオドールは、気まずそうな表情をしていた。
対面に座るノエルは、先程から赤面したまま俯いていた。
シャルロッテは部屋の隅で不安気な表情で二人の様子を見つめ、その隣でセリアが楽し気に微笑んでいた。
「むぅ……何を、話したものか……。 普段から言葉を交わしていたが、こういう風になってくると言葉が浮かんでこんな……」
「ああ……えと……ご、ごめんなさい……」
「む? 何故、ノエルが謝る必要があるのだ」
「うぅ……」
こんな感じでテオドールとノエルは、先程から噛み合わない会話を繰り返していた。
テオドールは普段快活なノエルの委縮している様に戸惑いを覚え、ノエルはあまりの緊張に碌に言葉が出せないでいた。
「ふふ、このままでは埒が明きませんわね」
二人のもどかしい様子を見て部屋の隅に立っていたセリアが言葉を挟んで来た。
「せ、セリア?」
「ご気分を変えては如何でしょう?」
「気分を変える、とは?」
「こんな事があった時にと、取って置きの茶葉を持参いたしましたの。 今から淹れてまいりますのでそれをお飲みになって、まずは落ち着かれては如何でしょう?」
「……ああ、そうだな。 シャル、彼女を台所へ案内してやってくれ」
「あ、はい。 ……畏まりました」
シャルロッテはテオドールの指示に従って、セリアを伴って部屋から出て行った。
広い部屋の中には向かい合って座るテオドールとノエルだけが残り、今まで以上に口数が少なくなっていた。
部屋の外から僅かに聞こえてくる鳥の鳴き声や木々の騒めきだけが部屋に響き渡っていた。
「……所で」
「は、はい!」
「先程から思っていたのだが、”ノエルの立場”で私と見合いをするのは”不都合がある”のではないか? ノエルは継いだばかりとは言え”デュランベルジェ家の現当主”、”新興の家で世継ぎも後継者もいない”私との見合いは流石に無理があると思ってな」
ノエルは女性ながら亡き父の後を継いだデュランベルジェ家の正当な当主である。
通常ならば、何処かしらの名家より婿を迎えて子を成さねばならない立場だ。
対してテオドールは去年、フェルディナント皇子より爵位を賜り家を興した新興貴族だ。
血の繋がった弟妹や子は居らず、家を託せる後継者がいない状態である。
そんな中で他家へ婿入りなどしようものなら家は消滅し、結果として爵位を与えた皇子の顔に泥を塗る事になる。
常識的に考えれば、この様な”当主同士の婚姻”はあり得ないのである。
「その事はノエルの母君も分かっておいでなのだろう?」
「その事は私も母に言いました……。 ”家を保たなければならない”私より妹達の何方かをお見合いに出した方が良いのではないかと……」
「うむ……では、ノエルの妹の何方かに婿を迎えてノエルに変わって家を継がせる気なのではないか?」
「私もそれは考えました。 でも母は、”あくまでデュランベルジェ家の当主はノエルである”とはっきりと言っていました……」
「むむ……どういう事だ……。 仮にノエルとの縁談が纏まったとして、私は婿には行けぬ立場だぞ? 或いは母君は”デュランベルジェ家自体を復興する気が無いのか?」
「そ、それは無いかと思います……。 今朝……私を送り出す時、母は『家の事は私に考えがあるからあなたは気にせずにお見合いにいってらっしゃい』と、そう言っていました」
「むぅ……母君は何をお考えなのだろう?」
事態を飲み込めず、テオドールは腕を組んで悩みだしてしまった。
(テオドール様が悩むのは当然だよね……普通に考えて道理が通らないもの。 それでもテオドール様は真剣に考えて下さってる……気の乗らない縁談なら適当な理由をつけて断ればいいのに……。 本当に不器用な人だな……)
腕を組んで悩むテオドールの姿を見てそんな風に心に思いながら、ノエルは口元を緩めた。
(今、こうして向かい合って座ってはっきりと分かった……。 私はこんな”生真面目”で”不器用”なテオドール様が堪らなく”愛おしい”……。 この思いが叶わないものだったとしても、この人を好きになった事は誇りに思える……と、思う。 それなら……!)
ノエルは自身の意を決すると、今まで俯いていた顔を上げた。
「テオドール様!」
「ん、どうしたノエル?」
「聞いていただきたい事があります。 宜しいでしょうか?」
「む……」
ノエルの真剣な様子を見てテオドールは組んだ腕を降ろして、静かに頷いた。
「正直に言いますと……私とテオドール様のお見合いは現実的ではありません。 私はデュランベルジェ家の、テオドール様はダーリュグリュン家の当主なのですから」
「確かにそうだな」
「でも……でも、”それを承知の上”で言います」
ノエルは瞳を閉じて小さく深呼吸をする。
そしてその瞳を再び開いてテオドールと視線を合わせた。
「テオドール様、私はテオドール様が……あなたが、好きです」
「……ッ」
ノエルの突然の告白にテオドールは、思わず言葉を失っていた。
自身にすり寄って来る令嬢達から甘い好意の言葉をかけられる事は幾度もあったが、この様な”全力の告白”をされたのは初めてだったからだ。
「私はいずれ何処かしらの家から婿を迎えなければならない身です。 元々、恋などとは無縁の人間です」
「……」
「本当はこんな事、口にする気は無かったのですが……やっぱり、言えないままは辛いですから……」
「ノエル、お前……」
ノエルは目端に涙を溜めながら微笑んだ。
「それに……テオドール様のお心に”私が入り込む余地がない”事は分かっていますから……」
「……お前、何を?」
「いえ、出過ぎた事でした……申し訳ありません」
ノエルは深々と一礼をするとスッと席を立った。
「お前は……ノエルはそれでいいのか?」
「……私は今まで通り、”私が護るべきもの”の為に生きて行きます。 それが”騎士になる時に亡き父に宣誓した誓い”であり、”デュランベルジェ家の嫡子として生まれた者の使命”ですから」
「…………」
晴れやかな口調ながら、”何処と無く寂しげな”笑顔でノエルは語った。
それに対しテオドールは、言葉を返せずにいた。
口を開けずいるテオドールにノエルはもう一度深々と頭を下げると、テオドールに背を向けて部屋の出口へと進みだした。
「セリア、もうお暇します。 すぐに支度を!」
扉の前でノエルがセリアを呼んだ。
呼ぶとすぐにノエルの眼の前の扉からセリアが出て来た。
「……やっぱり聞いていたんだ」
「はは……ばれていましたか……」
セリアは困った様な表情で苦笑いを浮かべた。
そんないたずらっ子の様なセリアの様子にノエルは、溜息を吐いた。
「……ノエル、良かったの?」
「言いたい事は言ったよ」
「そう……それならいいよ」
「うん」
小声で話をするとノエルは、セリアを伴って部屋から退出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ノエル様……」
部屋を出たノエルをセリアと共に部屋を出ていたシャルロッテが出迎えた。
どうやらシャルロッテは、セリアと共に部屋の外から先程の会話を聞いて居たらしく表情を曇らせていた。
「シャルロッテ……」
「ノエル様……私、何と言えばいいのか……」
「シャルロッテがそんな顔をしてどうするの? あれは私が決めた事だから、テオドール様は勿論、あなただって気に病む事じゃないよ」
ノエルはシャルロッテに優しい口調でそう言うと、立ちすくむシャルロッテの横を通り抜ける。
「……あなたも」
「えっ?」
「あなたも”自分の気持ちに素直になりなさい”」
ノエルはすれ違いざまにシャルロッテの耳元にそう囁くと、セリアを引き連れてその場を後にした。




