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銀獅子戦記  作者: 黒狼
第三章 テオドールの見合い編
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第二話 兄妹との再会

 テオドールに忠誠を誓い新たに配下となったクラウスは、その”年若さ”からいきなり相応の立場へと据える事が出来なかった。

 従騎士エミルと同じく成人前の若年であったからだ。

 そこでテオドールはクラウスをエミルと同じ”従騎士”の立場に据え、”個人的な相談役”のポジションに着けた。


「閣下、お任せいただいた書類の整理終わりました」

「む、もう終わったのか?」

「はい。 父に実務、庶務など散々仕込まれましたので人並みには」


 そう謙虚に答えたクラウスは、その答えに反してフフンと自慢げに鼻を鳴らす。

 その視線は未だ任された仕事をこなし続けているエミルに注がれていた。


「な、何見てるんだよッ!」

「いや、別に?」

「……このッ!!」

「双方、控えろッ!!!」


 自慢げな表情のクラウスと、それに食って掛かろうとするエミルとの間に割って入ってテオドールは声を張り上げた。


「クラウス、お前は調子に乗り過ぎだ! お前が有能なのは認めるが、調子に乗り過ぎていると無駄に敵を作るぞ?」

「むぅ……」

「エミルもエミルだ! この程度の事で一々腹を立てるな! お前はクラウスより先輩で年上だろう?」

「そ、それは、そうですが……」


 シュンとする少年二人を見ながらテオドールは大きな溜息を吐いた。

 二人に失望したのではなく、”自身の至らなさ”の為だ。


(そういえば、二人共優秀だから忘れがちだが……どちらも”成人前の少年”だったな……。 我が強くて、生意気盛りなのは当然か)


「ほら、”お前”がピリピリしすぎるから閣下からお叱りを受けたじゃないか?」

「その原因を作ったのは”お前”だろう? 少しは先輩を敬ったらどうだ?」

「……はッ」

「……このッ」


(しかし……もう少し仲良くできんものか……)


 自身の前で再び言い合いを始める幼い二人の従騎士の姿を見て、テオドールは再び深い溜息を吐いた。





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





 テオドールが従騎士二人を相手に手を焼いている頃、テオドール付きの従者であるシャルロッテはテオドールの執務室へ差し入れる為のお茶と菓子の用意をしていた。


「これで……よし! テオ様やエミル様はいつも美味しいって言ってくれるけど、クラウス様には何度もダメ出しされているから……今度こそ!」


 シャルロッテは気合を入れると、準備の整ったお茶や菓子を傍らのワゴンの上に並べて行った。


「シャルロッテ、居るかね?」

「お義父さん?」


 いざ執務室に向かおうとするシャルロッテの元に現れたのはシャルロッテの養父である家宰のヴァルターであった。


「シャルロッテや、お前にお客さんだよ」

「私に、お客様ですか?」


 ”自身に客が来ている”と聞いて、シャルロッテは怪訝な顔をした。

 シャルロッテはその”容姿”の事もありあまり頻繁には外出しないからだ。

 ある程度、親しくなった人も幾人かいたが、訪ねて来る程に親しい訳でもなかった。


「どの様な方でしたか?」

「”成人前の少年”と、その妹と思わしき”小さな少女”の二人連れだったよ。 『おせわになったおねえちゃんにおれいをいいにきた』とか言ってたね」

「少年と小さい女の子……あ、もしかして……!」

「どうやら知っている子達の様だね」

「はい、ブリュムから撤退する時に一緒にいた子達です」

「そうかそうか」


 ヴァルターは義娘の嬉しそうな顔を見て目を細めると、シャルロッテの傍らにあったワゴンを自身の方へと引き寄せた。


「では、旦那様へお茶をお出しするのは私がやっておこう。 シャルロッテはその子達の所へ行ってあげなさい」

「あ、でも……」

「良いから行ってきなさい。 あまり小さな子を待たせてはいけないよ」

「はい! ありがとう、お義父さん!!」





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





「そう、ジャン君とララちゃんって言うのね」


 使用人用のラウンジに置かれたテーブルに飲み物が入ったコップを置きながら、侍従長のマリーは声を弾ませた。


「えっと……ありがとう、ございます」

「わ、おばちゃん、コレのんでもいいの!?」

「うふふ、勿論。 どうぞ、召し上がれ」

「わーい、いただきまーす!!」

「あ、なんかすいません……」


 嬉しそうにコップに手を伸ばすララを尻目にジャンは申し訳なさそうに頭を下げた。


「シャルちゃんのお客様なんでしょ? 遠慮しなくてもいいのよ」

「は、はい」


 ジャンがマリーに促されて遠慮がちにコップを手に取る。

 その姿を見ながらマリーは柔らかい笑みを浮かべた。


「あ、美味い……」

「うん、あまくておいしー!」

「うふふ、いっぱいあるから遠慮なくおかわりしてね」



 コンコン



 兄妹とマリーが楽しそうに会話している時、不意に廊下側の扉がノックされる音が響いた。


「あら、シャルちゃんかしら?」


 そう言いながらマリーは席を立つと、ノックされていた扉の方へと向かう。



 ガチャ



 扉を開けた先には、慌てて来たのだろうと思われる”軽く息を弾ませた”シャルロッテが立っていた。


「おねえちゃんッ!!」

「姉ちゃん!?」

「うん、ジャン君、ララちゃん久しぶりだね」


 シャルロッテの姿を見てララが席を立ってシャルロッテに駆け寄ると、その勢いのままに抱き着いた。


「わぁ、おねえちゃんだ!」

「うん、ララちゃんも元気そうで良かった。 ごめんね、本当は私の方から二人に会いに行きたかったんだけど……」

「姉ちゃんも忙しかったんだろうししょうがないよ。 ほらララ、姉ちゃんに返すものがあるだろ?」

「うん、おにいちゃん」


 ララはジャンの言葉に頷くと、服のポケットの中から”くしゃくしゃになった布切れ”を取り出した。

 その”布切れ”を丁寧に開いてその中身をシャルロッテに差し出した。


「はい、おねえちゃんの”だいじなもの”かえすね。 ありがとぉ、おねえちゃん!」


 ララが差し出したものは、シャルロッテの身分証明証である銅のメダルであった。


「うん、確かに。 ジャン君、ララちゃん、わざわざ返しに来てくれてありがとう」


 シャルロッテは嬉しそうに左眼を細めると、抱き着くララの頭を優しく撫でた。





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





「実は……姉ちゃんに相談したい事があって来たんだ」


 ララとの再会を喜んでいるシャルロッテに、ジャンは唐突に言葉を発した。


「相談?」

「うん」


 シャルロッテが聞き返すと、ジャンは神妙な顔をして頷いた。


「何かあったの?」

「帝国のお役人がララを孤児院に預けろって言うんだ。 オレがどこかで職に就こうにも、”ララを連れて住み込みで働ける”所なんて早々無いって言われて……」


 ジャンの様な成人前の少年がまともな職に就こうとすれば、一般的に”徒弟”として住み込みで働く事になる。

 その場合、ララの様な幼い弟妹の面倒を見る事は困難だ。

 その辺の事情も踏まえて、帝国の役人はララを孤児院に預ける事を勧めているのだった。


「母さん、父さんが死んでからずっとララと二人で暮して来たんだ……。 オレがコイツの”唯一の家族”なんだし、ちゃんと傍にいてやりたいんだ。 でも、オレが働かなきゃララを食わせていけないし……」

「そっか……ジャン君、ブリュムではどういう風に生活してたの?」

「父さんの知り合いの人達に日雇いで仕事を貰いながら何とかやってた。 父さんはブリュムで兵隊をやってて、あっちこっちに友達や知り合いがいたからさ」

「まあ、ジャン君もララちゃんも苦労してきたのね。 こんな小さいのに……」


 ジャンの話を横で聞いて居たマリーがポツリと呟いた。


「……お義母さん、何とかできないでしょうか?」

「私個人としては、何とかしてあげたいのだけれど……ララちゃんを連れてとなると、ちょっと難しいわね……」

「そうですか……」

「そんな顔をしないでシャルちゃん。 うちの人にも話して皆で考えてみましょ?」

「は、はい」

「そうと決まればこうしちゃいられないわね! すぐにうちの人を呼んでくるからちょっと待ってて!」


 マリーはそういうや否や、部屋を慌ただしく駆け出ていった。

 そして、すぐにヴァルターの手を引いて部屋へと駆け戻って来たのだった。


「お義父さん……」

「道すがらマリーから事情は聴いたよ。 妹さんと一緒に住み込みで働ける口を探しているんだってね?」

「えっと、はい……」

「ふむ……」

「ねぇあなた、”うち”でジャン君とララちゃんを引き受ける事は出来ないかしら?」


 ジャンと向き合いながらどうするべきかと考えているヴァルターの横で、マリーは自分の考えを話した。


「まあ、落ち着きなさい」


 興奮気味に話すマリーを宥めると、ヴァルターはジャンに向き直った。


「まだ子供の君が幼い妹さんを養いながら生活するなど至難の業だという事は理解しているかな? 今までは亡くなったお父さんの伝手でどうにかなっていたのだろうが、君たちにとってはここは”異国”でブリュムに居た頃の様にはいかないんだよ?」

「そ、それは……」


 ヴァルターの指摘にジャンは顔を歪めた。


「君の言っている事は”妹可愛さのワガママ”だという事は分かるね?」

「……はい」

「お、お義父さん……何もそこまで……」

「シャルロッテ、少し黙っていなさい」

「……ッ」


 シャルロッテはジャンを庇おうとしたが、それはヴァルターの”有無を言わさぬ一言”に阻まれた。

 普段穏やかなヴァルターからは想像もつかない厳しい様子に、シャルロッテは思わず言葉を失っていた。


「その上で……ジャン、”君はどうしたい”のかね?」

「……オレは、ワガママだと分かっててもララの傍に居てやりたい!」

「ふむ、それには”相応の覚悟”が必要だという事を理解しているかね?」

「コイツを養えて、一緒に居られるならどんな仕事でもやる! コイツが独り立ち出来るようになるまで何が何でも続ける!! 弱音も吐かない!!」

「……ふむ」


 必死の表情で自身の覚悟を叫ぶジャンを見て、ヴァルターは”満足げに”頷きながら笑みを浮かべた。


「それほどの覚悟があるなら……」


 そう呟くと、ヴァルターはジャンの肩にそっと手を置いた。


「私の”後を継いで”みる気は無いかね?」

「……え?」

「家宰というのは、主人に代わって家の全体を取り仕切らなければならない重要な立場だ。 今は家を興したばかりでそれほど多くは求められていないが、将来……旦那様のお子の時代になる頃には家格も備わって来るだろう」

「え……か、家宰って……」

「家宰と言うのは、ただ有能なだけではなる事は出来ない。 主人から信頼が篤いのは勿論、家の細かな事まで覚えなければならない。 その為、家宰が後継者を求める場合、自身の息子を幼い頃から鍛えるか、これぞと思った少年を弟子に取る事になる」

「それをオレに……?」

「私もいい歳だ、現役で働けるのは後10年あるかどうか……私の引退までに”最低でも今の私と同程度の仕事を熟せる様に”なって貰わなければならない。 それは生半可な事では無いし、相当に厳しいものだ」


 ヴァルターはそれだけ言うと、ジャンの正面に立って視線を合わせた。


「もし、オレが首を縦に振ったなら……ララはどうなりますか?」

「ジャン共々、”我々夫婦の子”として養子に取ろう。 無論、私達の子供にする以上不幸な思いは決してさせないよ」

「オレ達を……養子に……」

「どうだろう?」


 ジャンは暫く言葉を発せずに悩んだ後、視線を巡らせてララの方に向けた。


「ララ」

「なに、おにいちゃん?」

「お前、姉ちゃんの事好きか?」

「おねえちゃん? うん、だいすき!」

「このおじさんとおばさんは?」

「すきだよ! おじちゃんもおばちゃんもやさしいから!」

「そっか……」


 無邪気な笑顔で答えるララの姿を見て、ジャンは優しい笑みをこぼした。


「えっと……妹共々迷惑をかけるとは思うけど……よろしく、願いします」


 こうしてダールグリュン男爵家の家宰夫婦の元に新しく二人の子供が迎えられるのだった。


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