第三十五話 軍務禁止令
帝国 グラスト地方 ヤーデ 帝国軍東部方面軍第二軍団総司令部
テオドールがベッドより身を起こせる様になって数日後、テオドールはランドルフや配下の面々を伴ってフェルディナント皇子のお膝元であるヤーデを訪れていた。
此度の”ブリュムの敗戦”をフェルディナント皇子や第二軍団の他の将軍達に報告するためである。
戦いの顛末については既に皇子や他の将軍達には既に報告されていたが、この戦いの”敗戦の責”を問う為に”現在”のブリュム駐留軍最高司令官であるテオドールをヤーデへと召喚したのだ。
本来ならば、この役目は駐留軍の最高司令官であった”堅牛将軍 アルノルト”が負うべき役目ではあるのだが、アルノルトが撤退戦の折に戦死した為に次席であるテオドールにその役目が回って来ていた。
主君であるテオドールを先頭に左右斜め後ろに参謀オットーと千人長マルテが、更にその後ろに従騎士エミルとブリュム前領主の嫡子であるノエルが付き従っていた。
テオドールは漸く歩けるようになったばかりという事もあり、歩みは遅く足元も少々覚束ない感じではあったが、それでも配下に情けない所を見せたくないという思いからか、背筋を伸ばして堂々とした歩みを見せていた。
「あの……お師匠様?」
「心配ない」
「で、ですが……」
「ただ、歩いて殿下に報告に上がるだけだ。 戦場を駆ける訳では無いのだぞ」
「……はい」
心配して手を貸そうとするエミルをテオドールはやんわりと拒絶した。
そう言われてはエミルも下手に手を出す事が出来ずに大人しく引き下がった。
そして、テオドール一行は”衛兵が左右に立つ一つの大きな扉”の前で立ち止まった。
そこはフェルディナント皇子以下、第二軍団の諸将が待つ”謁見の間”であった。
謁見の前と通されたテオドールを出迎えたのは、ランドルフを始めとする第二軍団の将軍達と皇子の執事を称するオスカー宮中伯、それと”見知らぬ一人の青年”であった。
「”騎獅将軍 テオドール・ダーリュグリュン”、フェルディナント殿下のお召しに従い参上しました」
「テオドール卿、御足労痛み入ります。 殿下は間も無く参られますので、楽にしてお待ちください」
「はッ」
テオドールは居並ぶ将軍達に一礼すると、配下達を伴って謁見の間の隅へと移動した。
「あの、お師匠様……」
「ん、どうしたエミル?」
「少々この場を離れて宜しいでしょうか?」
「少しなら構わんが、殿下が参られるまであまり時間が無いぞ?」
「すぐ済みますので……」
エミルはそれだけ言うと、テオドールの傍を離れて”見知らぬ青年”の方へと向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
エミルは”見知らぬ青年”の前へと行くと、軽く礼をした。
「久しいな、元気にやっているか」
「はい、”従兄上”もお元気そうで何よりです」
「少し見ない間に、良い顔つきになったな。 どうやらダールグリュン卿は、お前にとって良い師となってくれている様だな」
”見知らぬ青年”……エミルの”従兄”は優しい笑顔を見せながら、エミルの肩に手を置いた。
「あ、従兄上……伯父上の事は……」
「その話は後だ。 もうすぐフェルディナント殿下が参られる」
「従兄上……」
「っと、そうだ。 エミルよ、戻る前に一つだけ聞かせてくれ」
「何でしょうか……?」
「お前が最後に見た”父の様子”はどうであった?」
「別段、普段と変わった様子は……あ、でも、一つだけ……」
「何だ?」
「撤退の命を出す直前、何やら”とてもすっきりとした表情”をなさっておいででした」
「…………そうか」
エミルの言葉を聞いてエミルの従兄は嬉しそうな、それでいてどこか悲しそうな笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「皆の者控えよ! 殿下が御成りになられる!!」
謁見の間にオスカーの声が響き渡った。
それを聞いた居並ぶ諸将は一斉に玉座に向かって片膝を付いて臣下の礼を取った。
「フェルディナント殿下の御成りです!!」
兵士の張り上げる言葉と共にフェルディナント皇子が護衛の騎士二人を引き連れて謁見の間に入場した。
拝礼する諸将に一瞥すると、そのまま上座に位置する玉座へと腰掛ける。
「皆、面を上げよ」
皇子の声に従い、居並ぶ諸将は拝礼の姿勢のまま顔を上げた。
「テオドール・ダーリュグリュン卿、前に出られませよ」
「ははッ!」
皇子の傍らに立つオスカーの言葉に従い、テオドールは立ち上がって皇子の正面へと移動し、再び膝を折って臣下の礼を取る。
テオドールに付き従う臣下たちもそれに習って、テオドールの後ろについて同じく臣下の礼を取った。
「ブリュム陥落の仔細は、お前達に預けたヤーデ勢の将等から聞いている。 アルノルトの件は、僕としても残念に思う」
「我々の力が至らぬばかりにブリュムを奪還され、その際にアルノルト将軍を始め多くの将兵を失う事になりました。 申し開きのしようもありません……」
テオドールは”悔しさを滲ませながら”言葉を吐き出すと、再び深々と頭を下げた。
「”戦の勝敗は兵家の常”……とはいえ、少なくない被害が出た事も事実だ。 然るべき者に然るべき責任を取らせなければならない」
「殿下の御裁可に従います……」
「む……」
「お待ちくださいッ!!!」
突然、謁見の間に透き通るような声が響き渡った。
それはテオドールの後ろに控えていたノエルの声であった。
「ノエル! 殿下の御前だぞ、控えよッ!!」
「良い」
ノエルを止めようとするテオドールを、皇子が短い言葉で制した。
「貴女は?」
「はい、ノエルと申します。 ブリュム領主の娘で、現在はテオドール様の配下に加えていただいております」
「なるほど、君がノエル嬢か。 報告は受けているよ」
「お見知りおき感謝いたします。 ご無礼を承知でフェルディナント殿下にお願いいたします!」
「ノエル、いい加減に……」
「テオドール、良い。 聞くだけ聞いてみよう」
ノエルは、皇子に促されてテオドールより前に進み出て再び膝を付いた。
そして、初対面の皇子に対して今まで以上に頭を深々と下げた。
「どうか、どうかテオドール様に恩赦を賜りたく……」
「ふむ、恩赦を、ね……」
「テオドール様はその身を顧みずブリュムの民の為に身を粉にして戦ってくださいました! そのおかげで私と共に来たブリュムの民はほぼ犠牲を出す事無く逃げ切る事が出来ました!!」
「うん」
「今も立って歩くのがやっとな状態でこの場に……」
目端に涙を浮かべて必死に恩赦を乞うノエルの言葉を、皇子は満足げに頷きながら聞き入っていた。
「なるほど、君の言い分は分かった」
「では……!?」
「だが、そうは行かぬ事情もある。 君ならそれは承知しているね?」
「…………」
皇子の言葉にノエルは押し黙ってしまった。
ノエルの顔が口惜しさと絶望で歪みそうになったその時……。
「では、その話に合わせて殿下に”見てもらいたいもの”があるんですが、いいですかね?」
突如、声と共に横から一人の男が進み出た。
「”猛虎将軍 ランドルフ”、僕が話してる途中だったんだがね……まあいい、それで”見てもらいたいもの”と言うのは?」
「これを……殿下に」
そう言ってランドルフはその場で膝を付いて”一括りの羊皮紙の束”を取り出して差し出した。
それをオスカーが受け取り、オスカーの手で皇子に手渡された。
「これは……」
「此度、グラスト地方まで逃げ延びて来たブリュムの民約40000、その代表者から手渡された”嘆願書”ですよ。 あっちこっちから是非にと手渡されたもので、折角なんで持ってきました」
皇子は僅かに驚いた表情をしながら、嘆願書の束を読み進めた。
老若男女、あらゆる年齢層からの嘆願書があり、中には字が書けずに代筆で書かれているものもあった。
そして、その何れもに”総司令官のアルノルトに対する感謝”と”自分達を護ってくれたテオドールへの恩赦”が書かれていたのだ。
「どうでしょう、それも考慮に入れていただけますかね?」
「ははは、まさかこんなものまで用意してあるとはね。 とは言え、この声は無視はできないかな?」
「あ、もしかして”余計なお世話”でした?」
「良い。 かえって都合がいい」
皇子は”晴れやかな笑顔を浮かべて”玉座から立ち上がった。
「騎獅将軍 テオドールの処分を伝える」
「はは……」
「処分は一先ず保留、テオドールは”次の手柄”をもってそれを雪ぐこととする」
「ッ!! ……はは、感謝いたします」
その場に居た者達が皆、安堵の表情を浮かべた。
「だが……」
しかし、その空気を破る様に皇子が言葉を続けた。
「テオドールには些か”将師としての自覚”が無い様に見受けられた」
「ああ、コイツは何時も”一人で突っ込んで一人で片づければ何とかなる”って感じですもんね」
「ランドルフの言う通りだな。 よって、この件とは別に”反省を促す意味を込めて”一つの罰を与える」
皇子がそういうと、傍らで控えていたオスカーが皇子に一枚の羊皮紙を取り出し、その内容を高らかに読み上げた。
「騎獅将軍 テオドール、卿に三か月間の”軍務禁止令”を申し渡す! 今より三ヶ月の間は軍務に一切手を触れる事を禁ずる。 その間に反省し、”領主としての執務”と”傷の療養”に努めよ。 これはフェルディナント・リリエンタール・ベルンシュタイン自ら発する”勅命”である!!」
「ッ!?」
「テオドール、お前には今まで以上に働いて貰わねばならない。 僕はこんな所でお前を使い潰す気は無いんだ」
「殿下……」
「良いな?」
皇子はテオドールの傍まで歩み寄ると、その肩に手を置いた。
「は、ははッ!!!」




