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銀獅子戦記  作者: 黒狼
第二章 オーブ聖皇国侵攻編
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第三十三話 聖光の闇

 聖皇国軍の追撃を辛くも跳ね退けた帝国軍は、引き連れたブリュムの民に被害を出す事無く国境を越えて帝国領へと帰還を果たした。


 だが、帝国軍の被害も無視できない規模に達していたのだ。

 殿に残った”堅牛将軍 アルノルト”は討たれ、共に殿として残った兵達も大半が討たれるか囚われるかしていた。

 また、追撃してきた”聖光将軍 マティアス”の騎馬隊との戦いでも多数の死傷者を出していた。

 そして、撤退軍の総司令官である”騎獅将軍 テオドール”は、敵将マティアスとの一騎討ちの末に重傷を負っていた。


 国境守備隊の全権を預かっていた”猛虎将軍 ランドルフ”は負傷したテオドールとその部下達を回収し、森での戦いで置き去りにされた聖皇国兵を捕虜として捕らえて国境の砦へと帰還した。

 そして、帝国へと亡命してきたブリュムの民、約40000を護るために国境線であるプレ川に防衛線を敷いたのである。




 一方で、森での戦いで手痛い敗北を受けた聖皇国追撃軍の司令官マティアスは、生き残った兵達を纏めて忸怩たる思いの中でブリュムへと撤退を開始した。

 この追撃で敵将に手傷を負わせ、敵兵力をある程度削る事は出来た。

 だが、それは自身の兵力を大きく削って得た成果としてはかなり乏しいものであった。


 そして、それは栄光ある”聖皇国七聖将軍”の一角である”聖光将軍 マティアス”の誇りを大きく傷つけるものであったのだ。





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆






 聖皇国軍占領地 ブリュム



 帝国国境近くの森での戦いから辛くも生還した”聖光将軍 マティアス”は、生き残った兵達を連れて帝国より奪還したばかりのブリュムへと入場した。

 それをマティアスの義弟である”聖影将軍 サミュエル”と、攻城戦の指揮を執っていた”聖雷将軍 ラザール”が出迎えた。


「おお、戻ったか兄者!!」

「お帰りになられたかマティアス殿! む……その有様は……」


 帰還したマティアス等の姿にラザールが言葉を濁した。

 帰還した兵達は皆ボロボロであり、指揮官であるマティアスも負傷し愛用の短騎槍(ショートランス)を失っていたのだ。


「…………サミュエルとラザールか……戦果は?」

「は……ご覧の通りブリュムは奪還、その際に守将であった”堅牛将軍 アルノルト”をサミュエル殿が討ち果たしました」

「…………そうか」


 マティアスはそれだけ聞くと、サミュエルとラザールの脇をすり抜けてブリュム城内へと入って行った。


「兄者、どうしたんだ?」

「……何でもない」

「何でもないって事は無いだろうッ!? 兄者ともあろう者がそんな姿で……」

「何でもないと言っているだろうッ!! 出しゃばり過ぎだぞ、サミュエルッ!!!」


 マティアスを心配して声をかけたサミュエルに、マティアスはいきなり声を荒げて怒号を発した。


「す……すまん、兄者……」


 マティアスに怒鳴られたサミュエルはその大きな身体を縮こませて引き下がった。

 そんなサミュエルを冷ややかな視線で一瞥して、マティアスは城の奥へと消えて行った。


「あ、兄者……」

「サミュエル殿、マティアス殿はきっと酷くお疲れなのでしょう。 今はそっとしておきましょう」

「だがよぉ……あの兄者があんな姿で……」

「”戦の勝敗は兵家の常”ともいいます。 マティアス殿とてその様な事もあるのでしょう」

「ぐぬ……」





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





「おのれぇッ!!!!!」


 マティアスは自身に宛がわれた部屋に入ると、突然怒号を上げながら近くにあった椅子を蹴り上げて破壊した。


「”銀髪の剣鬼”め……この私にこの様な屈辱をッ!!!」


 マティアスは破壊した椅子の足を拾い上げると、それを怒りに任せて”部屋にあるあらゆるもの”に振り下ろしていった。


「このッ! このッ!! このッ!!! 私に恥をかかせおってぇッ!!!」


 敵の巧妙さ、テオドールの異常な身体能力、そして何より自身の力がテオドールの足元にも及ばなかった事に激しい怒りを覚えて感情のままにその怒りを周囲にぶちまけていった。


「はぁ、はぁ、はぁ…………」


 ひとしきり暴れるとマティアスは息を切らせながらその場にどかりと座り込む。


「今に見ていろ……”銀髪の剣鬼”ッ!!!」


 そうして一人、”銀髪の剣鬼 テオドール”への復讐を誓った。


「…………それは、それとしてだ……」


 先程より幾分冷静になったマティアスは徐にその場で立ち上がった。



『何でもないって事は無いだろうッ!? 兄者ともあろう者がそんな姿で……』



 ふと、頭の中に先程義弟(サミュエル)が発した言葉が蘇ったのだ。


「…………」


 一度は冷静さを取り戻したマティアスであったが、その事を思い出して再び顔を怒りで歪ませていた。


「戦う事しか頭にない阿呆の分際で……このッ! 私をッ!! ”見下しおって”ッ!!!」


 マティアスは再び叫び出すと、手に持っていた椅子の足を地面に力任せに叩きつけた。


「何だあの目はッ!!! ”誰のおかげで”今の地位に居られると思っているのだッ!!! あの阿呆は”私が光り輝くために”存在しているのだろうがッ!!!!!」


 そして今度は、その場に居ない義弟を口汚く罵り始めた。


「私を”際立たせるための影”の分際で調子に乗りおって……後で仕置きをくれてやる必要があるな……」



 ”聖光将軍”と謳われた男の”闇”がそこにはあった……。

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