第三十一話 ブリュム撤退戦 -響き渡る咆哮-
テオドールの部隊に救援に向かったランドルフ率いる騎馬隊は、テオドールの部隊とマティアスの部隊が戦闘をしている森の前へと到達していた。
ランドルフは部隊にその場で待機を命じると、少数の騎馬兵を斥候として周囲に放った。
「全軍その場で停止、斥候が戻るまで一旦休憩だッ! 状況が分かり次第、また駆ける事になるッ! 今の内に身体を休ませておけッ!!!」
ランドルフの指示を受けて騎馬隊の中に張り詰めていた空気が若干緩んだ。
そんな中で”重要な役割”を与えられたテオドールの従騎士であるエミルは大きく息を吐きだした。
「大丈夫ですか、エミル様?」
「大丈夫ですよ、シャルロッテさん。 ランドルフ様から与えられた役割に少し緊張しただけですから」
「ごめんなさい……私がワガママを言ったばかりに……」
「いえ、ランドルフ様は僕を信用してこの役目を任せて下さったのです。 騎士を志す者としては光栄な事です」
エミルはランドルフから直々に”この援軍に同行しているシャルロッテの護衛”を任されていた。
本来であれば非戦闘員であるシャルロッテがこの場に居る事自体あり得ない事であったが、指揮官であるランドルフの”鶴の一声”で同行する事になった。
そこで馬術に長け、尚且つシャルロッテと面識のあるエミルがシャルロッテの護衛役に選ばれたのだ。
「僕が必ず、シャルロッテさんをお師匠様の所までお連れしますからね」
「はい、ありがとうございます」
程無くして、放っていた斥候が慌てた様子で戻って来た。
「報告いたしますッ!!」
「どうした?」
「森の北側で戦闘が起こっておりますッ!! どうやら包囲網の突破を図っておられる様子ですッ!!!」
「来たかッ!! 全騎、直ちに出撃準備ッ!!! 友軍の援護に向かうぞッ!!!」
報告を受けたランドルフは直ちに全軍に指示を出す。
その指示に部隊の兵は素早く支度を整えて騎乗した。
「さぁ、シャルロッテさん!」
「はい」
軍馬に跨ったエミルがシャルロッテに手を伸ばす。
シャルロッテの手を掴むと、エミルはそのまま馬上へとシャルロッテを引き上げた。
「全力で駆けますからしっかり捕まっていてくださいね!」
「はい、お願いします!!」
シャルロッテはエミルの後ろに跨ると、エミルの腰に手を回した。
「行くぞ、全騎出撃ッ!!!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
森の北側へと急行したランドルフ率いる騎馬隊は、森の入り口辺りで一進一退の攻防を繰り広げる両軍を発見した。
ランドルフは友軍を救う為にすぐさま攻撃を仕掛けた。
援軍が来援した事に戦っていた帝国兵達は歓喜の声を上げ、それを見て自軍の不利を悟った聖皇国軍司令官は即座に撤退の指示を出した。
「逃げる奴を追う必要は無いッ!! 友軍の安全の確保を最優先しろッ!!!」
ランドルフは友軍の安全を優先し、追っ手を出すのは差し控えて兵達に周囲を固める様に指示を出した。
救出された帝国兵達は、その様子を見て”ようやく窮地を脱した”のだと安堵していた。
「この隊の指揮官は何処だ?」
「某でございます、シュレーダー卿」
「おお、誰かと思えば見知った顔だな」
「はい、テオドール殿の参謀を仰せつかっておりますオットーでございます。 まさか”猛虎将軍”にお助けいただけるとは思ってもいませんでした」
「所でテオドールの奴はどうした?」
「は、テオドール殿は現在、脱出路確保の時間を稼ぐために兵の半数を率いて”敵本陣に強襲”を掛けておられます」
”敵本陣に強襲”……その言葉を聞いたランドルフは暫しの沈黙の後、堪え切れなくなって盛大に笑いだした。
「あっはっはっはッ!!! アイツはま~たそんな無茶やってるのかッ!!!」
「……お噂を聞く限りでは、”シュレーダー卿も笑えない”のでは?」
「はっはっはっ!! 違いないッ!!!」
”無茶をするのは自身も同じ”とオットーに指摘されたランドルフは、それを愉快そうに笑い飛ばした。
テオドールやランドルフを良く知る兵達もそれを見て皆、苦笑いを浮かべた。
「良し、隊を二手に分けるぞッ!! マルテは騎兵の半数と救出した兵達を纏めてこの場で退路を確保しろッ!!!」
「了解、背中はキッチリ護るよッ!!」
「オットー、テオドールが何処にいるか分かるか?」
「は、把握しておりますッ!!」
「騎兵の残り半数は俺に付いてこいッ!! テオドールを迎えに行くぞッ!!! オットー、案内を任せるぞッ!!」
「はは、お任せをッ!!」
ランドルフは連れて来た騎兵の半数を引き連れてオットーの案内の元、更に森の奥へと足を踏み入れて行った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「そろそろ敵の勢力圏かと思われる地帯です。 油断をなさらぬ様に……」
「全軍停止しろッ!!」
敵の勢力圏に近づいた所で突然、ランドルフは全軍に停止を指示した。
「い、如何なさいましたシュレーダー卿?」
「……静かにしろ」
ランドルフの言葉に従い、付き従う兵達が声を潜めた。
『ガぁアアアアァァァァァァぁぁぁァぁぁぁぁァぁぁぁぁぁーーーーーーーーッ』
次の瞬間、森の奥から”何者かの咆哮”が響き渡ったのだ。
「なッ!?」
その咆哮を聞いたオットーが驚きの声を上げ、兵達にも何事かと動揺が走った。
「ち……まずいな……」
(……ランドルフ様?)
ランドルフが密かに呟いたのを、エミルの騎馬に同乗していたシャルロッテだけが聞き取っていた。
「全軍、俺に続けッ!!!」
ランドルフは兵達に指示を出すと、自らの跨る馬の腹を蹴った。




