第二十八話 ブリュム撤退戦 -砕け散る-
マティアス率いる聖皇国軍軽騎馬隊本隊は、森の奥に潜むテオドール率いる帝国軍部隊を追い詰める様にゆっくりとした速度で進軍していた。
現在、この小さな森は聖皇国軍軽騎兵隊約2700によって半ば包囲されていたのである。
森の中に潜む帝国兵の数は多くて1500程度、本来であればこのまま締め上げれば多大な戦果が期待できた。
(問題は相手が”銀髪の剣鬼”だという事だ……。 我が義弟を単騎で退けた程の猛者であればその程度ならひっくり返しかねん)
マティアスが森の奥を見つめながら思案していると、後方より伝令が駈け込んで来た。
「報告いたしますッ!! 北へと回っていた別動隊より、敵が攻撃を開始したとの事ですッ!!!」
「ほう、”わざわざ南の本隊を薄く広く展開させて”誘ってみたが引っ掛からなかったか。 北の敵の数は?」
「詳しい数は不明ですが、1000には満たない数かと思われます!」
(……全力ではないのか? では、残りの戦力は何処に…………)
マティアスは少し考えた後、本隊をその場で停止させた。
「全騎、この場で方円陣を執れッ!! 展開させている各隊に本体への集結を命じよッ!!!」
「将軍!?」
マティアスは愛用の短騎槍を掲げて叫んだ。
「来るぞッ!! 全騎、防御態勢ッ!!!」
マティアスの叫びに一瞬遅れたタイミングで森の中に”無数の風切り音”が響き渡った。
それと同時にマティアス目掛けて無数の太矢が飛来したのだ。
「甘いわぁッ!!!」
マティアスは短騎槍を小枝の様に振り回し、飛来する太矢を次々に叩き落して行った。
「被害はッ!?」
「ひ、被害は軽微……前列の数人が矢に撃たれて負傷いたしましたッ!!!」
「負傷者をすぐに後方に下げさせろ、邪魔だッ!!! 次が来るぞッ!!!!!」
「ははッ!!!」
マティアスは負傷者を即座に後方に下げて即座に陣形を立て直し、次の斉射に備えた。
だが、次に来たのは太矢の斉射では無く”双剣を携えた白銀の剣士”がマティアス目掛けて駈け込んで来たのだ。
「”銀髪の剣鬼”かッ!!!」
『鬨の声を上げよッ!!! 全騎、我に続けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!』
『『『『『おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーッ!!!!!』』』』』
駈け込んでくる”銀髪の剣鬼 テオドール”の号令を受け、”マティアス本隊の周辺の大木の影”から無数の帝国兵が武器を手に飛び出して来たのだ。
「ざっと、500強ってところか……。 ”銀髪の剣鬼”と弩弓兵で此方の目を正面に向けさせて置いて、周辺に兵を配していたか。 中々の手際だ」
「しょ、将軍、我々は包囲されておりますッ!! 如何致しますかッ!?」
「狼狽えるなッ!!! 隊列を乱さず敵を迎え撃てッ!!! 周囲に展開していた部隊が合流するまで持ちこたえろッ!!!!!」
「は、ははッ!!!」
周囲を包囲しつつある帝国兵に対して、聖皇国軽騎兵はマティアスを中心に方円陣を組んで迎え撃った。
「”銀髪の剣鬼”は私が相手をする! お前達は他の敵兵を近づかせるなッ!!!」
「「「ははッ!!!」」」
駈け込んでくるテオドールをマティアスは”あえて飛び込ませるように”兵達を動かした。
マティアスは不敵な笑みを浮かべると、騎馬から下馬し短騎槍を右手で構えて、左手で腰に佩いた剣を抜き放った。
「来い、”銀髪の剣鬼”ッ!!!」
「乗ったか”聖光”ッ!!!」
両軍の兵達の怒号が響く中、テオドールとマティアスは対峙した。
「先日は不出来な義弟が失礼した。 今回はこの”聖光将軍 マティアス”が貴様の相手を務めよう!」
「”騎獅将軍 テオドール”、相手になろうッ!!」
ガギィーーーーーーーーーーーーーーーンッ
テオドールの剣とマティアスの短騎槍が宙で交差して火花を散らした。
「見せてもらうぞッ!! 我が義弟と渡り合ったその腕をなッ!!!」
そういうや否や、マティアスはその手の短騎槍で鋭い突きを放った。
テオドールはその突きを易々と回避してマティアスの懐に入り込もうとしたが、マティアスの左手に持った剣の一振りでそれを阻止された。
(派手な動きは無いが、その分隙が少ない……。 ”聖影”とは別の意味での手練れだな)
(思った以上に速い……。 甲冑を着込んでこの動きか……サミュエルが手を焼く訳だ)
短騎槍の突きを主体に攻めるマティアスに対して、テオドールは回避と受けで立ち回って相手の隙を伺って懐に入り込もうとしていた。
だが、その僅かな隙もテオドールの進路を巧みに塞いで来るマティアスの剣によって阻まれていた。
また、マティアスも短騎槍の射程を活かしてテオドールの動きを封じるだけで手いっぱいな状況であった。
((思いの外、手ごわい……このままではジリ貧か……))
テオドールもマティアスも”この戦いは長引く”と覚悟を決めた時、”それ”は突如として起こった。
パキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ
突如として二人の間で”金属の破砕音”が響き渡ったのだ。
「「ッ!?」」
突然の事に戦っていた双方が攻撃の手を止めていったん後ろに下がった。
「…………」
「……ッ!?」
テオドールが右手に持っていた剣が半ばから砕けていたのである。
(な、何故このタイミングで…………ぐ、”聖影”とやりやった時の無理がここで出たかッ!!!)
テオドールの愛剣は先の”聖影将軍 サミュエル”との戦いで何度も戦槌による攻撃を受け止めていた。 その時の負担が今になって表面化したのだった。
「折れたのでは無く、”砕けた”か……。 差し詰め、”サミュエルの置き土産”といった所か」
マティアスは剣が砕けた理由を冷静に分析すると、再び短騎槍を構えた。
「とはいえ、それを理由に手を抜く気などは無い! このまま討たせてもらうぞッ!!!」
剣が砕けたテオドールに対して、マティアスは容赦する事無く短騎槍を突き出した。
それを咄嗟にテオドールが受け止めるが、左の剣一本で受け止めた為か受け止めきれずにテオドールの身体が横にブレた。
(ぐ……左の一本では捌ききれんッ!! それに……)
今のマティアスの突きを受け止めた時、残った左の剣にも”僅かなヒビ”が入っていた。
右の剣だけでなく、左の剣にもガタがきていたのであった。
「どうしたどうしたッ!! ”銀髪の剣鬼”の名が泣くぞッ!!!」
そんなテオドールにかまう事無く、マティアスは次々と短騎槍で突きを放って来た。
テオドールは懸命に左の剣一本で突きを受け止めるが、受け止める度に剣は悲鳴を上げていった。
(むぅ……こ、このままでは……)
「これで終わりだッ!!!」
勝ちを確信したマティアスが渾身の突きを繰り出した。
「ぐッ!?」
バキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ
マティアスが繰り出した渾身の一撃は、それを受けたテオドールの剣を砕き散らした。
剣を砕かれた反動でテオドールの身体が地面に横倒しになる。
「ここまでだな”銀髪の剣鬼”ッ!!!」
倒れたテオドールにトドメを刺さんと、マティアスが短騎槍を振り上げた。




