第二十七話 ブリュム撤退戦 -援軍-
テオドール率いる隊が森の中で戦闘を開始する少し前、ブリュムの民を護衛した帝国軍本隊はプレ川へと到達していた。
そこには先行したマルテ率いる騎馬隊と、国境際の砦から援軍として派遣されて来た500の兵が浮き橋を作って待っていたのだ。
後方から聖皇国軍が迫っている事もあって、ブリュムの民のプレ川渡河は迅速に行われる事になった。
「皆さん、聖皇国軍がプレ川まで到達するまでにはまだまだ時間があります! 怪我をされた方や、ご老人、子供を優先して渡河してください!!」
だが、40000近い数のブリュムの民を全員渡河させるには相当な時間が必要だった為、シャルロッテを始めとする非戦闘員まで誘導に動員しても渡河は遅々として進まなかった。
「姉ちゃん!」
「おねえちゃん!」
「え?」
自身を呼ぶ声にシャルロッテが振り向くとそこにはジャンと、ジャンに背負われたララがそこには立っていた。
「二人共、まだこんな所にいたの!?」
「おねえちゃんもいっしょにいこう!!」
「ララが”おねえちゃんといっしょに”って聞かなくって……」
「全く、もう……」
シャルロッテは軽くため息を吐くと、不安そうな表情を浮かべるララの頭を優しく撫でた。
「ララちゃん、あんまりお兄ちゃんを困らせてはだめですよ?」
「でも……」
「う~ん……それじゃあ……」
中々納得してくれないララにシャルロッテは”自身が首から下げていたメダル”を首から外してララに握らせた。
「これは……?」
「これはね、私の帝国での”身分証明証”でテオ様……私の”ご主人様からいただいた最初のもの”なの」
「いいッ!? そ、そんな大事なものをララに渡して姉ちゃん大丈夫なのかよッ!?」
「提示を求められた時に持っていないと、注意されたり最悪”逮捕”されるらしいって……」
「全然、大丈夫じゃねぇじゃねぇかッ!!!」
「そうだね……。 私にとって無くてはならない大事なものなの。 だから”必ず受け取りに行くから”ララちゃんがなくさない様に持っててね」
ララは渡されたメダルをぎゅっと握りしめた。
「……ちゃんと、とりにきてくれる?」
「私にとって”大事なもの”だからね、必ず取りに行くよ」
「わかった、おねえちゃんの”だいじなもの”はララがもってるね?」
「うん、おねがいね」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ブリュムの民のプレ川の渡河が半分を超えた頃、ジャンとララを送り出したシャルロッテが声をかけられた。
「シャルロッテさん!」
「エミル様、マルテさん!」
そこにいたのはプレ川まで先行していたエミルとマルテだった。
二人共、汗と埃で汚れてはいたがその身体に目立った傷は無い様だった。
「どうなるかと思ったけど、無事でよかったよ!」
「お二人こそ、ご無事で何よりです!」
「本当はもっと早くシャルロッテさんの所に行きたかったのですけど、遅くなってしまってすいませんでした」
「いえいえ、お二人共お忙しかったでしょうから……」
「さっきヤーデの司令官から報告を受けたんだが、隊長達まだ戦っているんだって?」
「はい……ブリュムの皆さんを無事に逃がす為に……」
今も”自身の主人が戦場で戦っている”。
シャルロッテは平静を装ってはいるものの、その事に内心、焦りを感じていた。
”もし、テオ様に何かあったら”……そう考えずにはいられなかったのだ。
『アイツは相変わらず無茶してやがるのか? しょうがねぇ奴だな』
突如としてシャルロッテの背後から”聞き覚えのある男性の声”が聞こえて来た。
「え?」
驚いたシャルロッテが後ろを振り向くと、そこには”比較的長身であるテオドールよりも更に大きな体躯を誇る騎士”が立っていた。
表情自体は非常に人懐っこい感じだが、全身を纏う雰囲気は巨大な猛獣を思わせる大男。
獅子と評されるテオドールに対して、虎と評される元灰熊騎士団出身者の片割れ。
”猛虎将軍 ランドルフ”その人であった。
「ら、ランドルフ様ッ!?」
「応、久しいなちっこい嬢ちゃん。 帝都以来か?」
「なんでここに……ランドルフ様は殿下に付き従って聖皇国南部へ遠征していらっしゃる筈では……」
「まあ、そのはずだったんだがな……なんか”イヤな予感”がしたんで殿下に願い出て”俺一人だけ特別に一足先に戻って来た”」
「ええッ!??」
本来であれば一軍を預かる将軍であるランドルフが”イヤな予感”の一言で自分一人だけ本拠地に取って返す事など許されざる事だ。
だが、その”イヤな予感”が気になったフェルディナント皇子は”万が一の時の為”との名目の元、ランドルフに国境の砦へと赴かせて『万が一の時は臨時司令官として国境を死守せよ』と命令を与えていたのである。
「そんな訳で、この俺……”猛虎将軍 ランドルフ”がこの場の最高司令官って訳だ!」
「”イヤな予感”がするってだけで戻って来たランドルフ卿がすごいのか、それを信じて許可を出した殿下がすごいのか……判断に苦しむところだねぇ……」
「うるせぇよ。 そんな事よりマルテ、お前の指揮下にあるブリーゼ騎兵隊はどれだけいる?」
「あたしが隊長から預かっているのは約700だけど……」
「十分だ! マルテとそこの小僧、マルテ旗下の700騎すべてを俺が預かる! テオドール隊に援軍に行くぞ!!」
「「なぁ!?」」
「マルテ千人長並びに従騎士エミル、返事はッ?」
「「は、ははッ!!」」
ランドルフの命令を受けたマルテとエミルは、援軍の準備を整える為にその場から駆け出して行った。
「ら、ランドルフ様?」
「まあ、そんな顔をするな! 俺がちょちょいと行ってきてテオドールの奴を連れ戻してきてやる!!」
不安そうな表情を浮かべるシャルロッテに、ランドルフはその大きな手で頭をわしわし撫でてやった。
普段テオドールがやってくれる様な、優しい感じでは無かったがとても気遣ってくれていた。
(ランドルフ様が信頼できる方だというのは分かっているのに…………何だろう……それでも不安が拭えない……)
それでもまだ”イヤな予感”がシャルロッテの中で渦巻いていた。
(何もできないかもしれない……足手まといかもしれない……でも…………でもッ!!!)
「ランドルフ様、お願いがありますッ!!!」
「ん、テオドールの事ならまかせて……」
「わ、私も! テオ様のお傍に連れてってくださいッ!!!」
シャルロッテのその言葉にランドルフの顔から笑みが消えた。
「俺等がこれから行くところは戦場、それも最前線だ。 それを分かってのセリフか?」
「き、危険な事は分かっています……。 ランドルフ様のお力も重々承知しております。 ですが……」
「ですが?」
「……それでも不安が拭えないんです。 ”イヤな予感”がして……」
ランドルフはシャルロッテの言う”イヤな予感”という言葉を聞いて思わず笑みを浮かべた。
「そうか、”俺もそうだった”からな! ”イヤな予感”がするなら仕方ないな!!」
「ランドルフ様、それでは……!」
「一人専属の護衛役を付け、俺の命令には絶対に従うと言うなら連れてってやろう! どうだ?」
「は、はい! ありがとうございますッ!!!」




