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銀獅子戦記  作者: 黒狼
第一章 南方方面軍編
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第四話 帝国の癌 前編

「フッ、ハッ」


 早朝の武技の鍛錬は、テオドールにとっては幼い頃よりの日課である。

 二本の剣を手に、一つ一つの型と技の流れを噛み締める様に確認する。

 毎日毎日変わらないそれの繰り返しこそが、実戦で生きてくるのだ。


「ふぅ……」

「テオ様、お疲れ様でした」


 何時からそこにいたのか、シャルロッテが手拭いを手に立っていた。


「ああ、すまん………」

「どうなさいました?」

「シャル、その恰好は?」


 昨晩、見た時よりシャルロッテの”お仕着せ”はパワーアップしていた。

 フリルをふんだんにあしらったエプロンとヘッドプリムが追加されていたのだ。

 ”確か、我が家のお仕着せはもっと普通の地味なやつだったはずじゃ……”と、テオドールは頭を抱えた。


「今朝、起きたら用意されていました。 何でも、マリーさんの”渾身の作”だとかなんとか……」

「マリー……あいつ、また徹夜したな……」

「えっと……似合いませんか?」

「認めるのが癪に障るが……とても似合っていると思うぞ」

「あ…ありがとうございます」


 テオドールは不器用な笑顔でシャルロッテの頭を撫でると、苦々しげな表情で屋敷に速足で戻っていった。


「マリーッ!! いい加減に徹夜はやめろと言っておいただろうがぁッ!!!


 テオドールの怒号が屋敷の中に響き渡った。





         ◆     ◆     ◆     ◆     ◆




「あっはっはっはっはっ、またやらかしたのかあのおばちゃんはッ!!」

「笑い事じゃないぞ! 新人教育任せた一日目でそれとか……しかも今回は”ちょっと仕立て直すつもりだった”とか言いながら”一晩で一着新調”するとか……」

「まあ、大目に見てやれよ。 あのおばちゃんも嬉しくてついって、そんな感じなんだろう?」

「この…他人事だと思って……」


 テオドールは、一緒に歩く男に今朝の出来事を話しながら、軍議の行われる会議室を目指していた。


 一緒に歩いている男は、テオドールと同じく騎士団遊撃部隊の隊長で、傭兵時代からの古い付き合いだ。



 彼の名は、ランベルト。

 豪快でさっぱりとした気性の好漢で、部下からの信頼も厚い。

 生真面目なテオドールとは正反対の性格ながら、不思議と気が合っていた。

 テオドールが”獅子”と渾名されるのに対して、ランベルトは”虎”と渾名されていた。



「で、どうなんだ?」

「どうなんだ、とは?」

「その娘の事に決まってるだろう。 んで、可愛いのか?」


 ランベルトは、テオドールが引き取ったという娘に興味津々な様子であった。


「お前は……仮にも妻が居る身だろうが。 いい加減にしないと、奥方に報告するぞ?」

「お前!? き、汚いぞッ!! リーゼは関係無いだろう!?」

「そんな事よりも口を慎め」

「あん?」


 二人の前には重厚な扉がそびえ立っていた。

 これから軍議が行われる会議室である。


「あー、もうついちまったかー。 ここ最近の軍議は色々と憂鬱なんだよな……」

「そんな事を言っていても仕方あるまい」

「まぁなぁ……」

「遊撃隊隊長、テオドール並びにランドルフ入ります!!」


 二人が会議室に入ると、既に主だった将軍や隊長格が席についていた。

 一部の者が冷ややかな視線を向けて来たが、二人はそれに構わず部屋に入り、着席する。


「刻限ギリギリだったな」

「申し訳ありません、閣下」

「まあ、良い。 気持ちは分からんでも無いが、そんな事では下々の兵達に示しがつかんぞ?」

「はッ」


 威厳のある声で二人を嗜めた人物が、この軍議において議長を務め、帝国南方方面軍の軍団長を務める人物である。



 この人物の名は、オスヴァルト・ブライトクロイツ。

 テオドールとランドルフの直属の上官であり、帝国が誇る”灰熊騎士団グラオベーア・リッター”の騎士団長である。

 帝国での爵位は伯爵。

 自他共に厳しいが、民を思いやり部下に慕われる傑物。

 帝国が誇る将軍の最高位に与えられる”将色(ファルベ)”の”灰色(グラオ)”を与えられた将軍である。

 因みに現在、帝国内で”将色(ファルベ)”は六人しか存在していない。



「俺等が最後ですかね?」

「いや、後”御一人”到着されていない」


 オスヴァルトの言葉に参集している何人かが溜息を吐いた。


「このまま始めちまうって訳には……行きませんよねぇ?」

「仮にも”副軍団長”殿だからな」


 ランドルフの言葉に、オスヴァルトが苦々しげに答えた。




 ……そして、待つ事約二時間……

 皆が呆れ返る中、その扉は突然開かれた。


「すまんな、”少々”遅れてしまった様だ。 諸将等は、”私が居なければ”軍議も始められないと言うのに軽率であったかな?」


 開かれた扉から入って来たのは、”ぞんざいな物言い”の”非常に良い身なり”をした”軽薄そうな表情”の若者だった。

 言葉では詫びてはいるものの、そこには謝罪の気持ちなど欠片も無い。

 居並ぶ諸将を”見下した視線”で一瞥すると、自身に用意された座席に”ふんぞり返って座って、偉そうに足を組んだ”。



 この若者の名は、クレメンス・エーデルシュタイン。

 帝国のエーデルシュタイン大公の一人息子である。

 エーデルシュタイン大公家は、皇帝の縁戚にあたる家柄であり、彼の父である大公は”将色(ファルベ)”の”緋色(シャルラハロート)”を与えられている将軍であり、”緋梟騎士団シャルラハロートオイレ・リッター”の騎士団長でもある。

 しかし、クレメンス本人は軍才も政才も乏しく、武芸もからっきしでおまけに我儘で協調性に欠ける。

 だが、大公が晩年になってようやく儲けた子供と言う事もあって相当に甘やかされて育ってきた。

 自分では、”軍才も政才もピカイチの俊英”で”剣技にかけては帝国の中で五指に入る”と思い込んでいる。

 自分の思い通りにならない事は、父親の権威や莫大な資金を使って自分の思い通りにする。

 そうやって”南方方面軍副軍団長”の地位も手に入れていた。



「公子、この軍議は帝国の国是にも関わる事です。 この様な事は、控えていただきたい」

「ふん、”少々”遅れたぐらいで口うるさいなぁ…。 まあ、今回は”私の寛大さに免じて”その無礼な発言は聞かなかった事にしてやる」


 あまりの傲慢さに、場の空気が一気に悪くなった。

 そんな空気のの中でクレメンス一人だけが、何事も無かったかのように涼しい顔をしている。


「…時間も推しているので軍議に入るぞ。 クレール、先ずは戦況の説明を」

「はッ」


 オスヴァルトの指示で、クレールと呼ばれた男が地図を指差しながら説明を始めた。


「我々、南方方面軍はブライトクロイツ将軍指揮下の元、隣国”アーベマフォン王国に侵攻を開始。 そして、南方攻略の橋頭保として現在いる都市”イーリス”を占領しました」

「占領下にあるイーリスの状況は?」

「は…元々、アーベマフォン王国が民に重税を強いていた事もあり、イーリス並びに周辺の集落、共に帝国の傘下に入る事をすんなりと了承しました。 現在は、期間限定で減税、兵役免除を行い民の安寧を測っている段階です」

「問題となっていた奴隷の解放についても、騎士、将官方の協力もあって大凡、落ち着き先が定まりました」


 占領政策の報告が一通り終わった所で、皆の視線が再び地図に集中する。


「今後の侵攻計画に関してですが、当初の予定通りに王国西部の都市”エッシュ”へ侵攻、その後”王都マルモア”をイーリス、エッシュ両都市から進軍し挟み撃ちの形を取る方針です」

「南方、”南部諸国連合”から援軍が来援する可能性は?」

「極めて低いと思われます。 元々、アーベマフォン王国は南方の小国を幾つも滅ぼしている侵略国家ですからね。 ただ、南部諸国連合の首脳達の中に”アーベマフォンの次は自分達”だと危機感を持っている人物がいれば、援軍もあり得ない話ではないかと思われます」

「では、先ずはエッシュ攻略だな」

「はッ」


 地図の上に次々と駒が並べられていく。

 現在の自軍と敵軍の勢力を解りやすく表すためだ。


「現在、イーリス駐留軍は約二万を数えます。 閣下旗下の”灰熊騎士団”一万に、エーデルシュタイン大公よりお借りしている援軍一万です」


 地図の上に一万を現す、灰色の駒と緋色の駒を一個ずつイーリスの場所に置く。


「次いで、敵軍ですが……エッシュ駐留軍が現在一万、王都マルモアに三万が確認されています」

「総数だけ見れば二倍か……」

「そして、更に……」


 王都マルモアにあった駒を一つ、エッシュへと移動させた。


「王都マルモアより一万が援軍としてエッシュに出撃しました。 敵軍は、どちらに我々が攻めて来ても対応できる構えを取っている様です」

「少々厄介だな。 長期戦になれば我等の勝ち目が薄い……」


 現在の状況に頭を捻らす諸将の中で”暇そうに欠伸をしていた”者が口を開いた。


「相変わらず諸将等は”無能”だな。 相手は”大群”とはいえ”賊軍”であろう? たかが二倍の兵力差などひっくり返すのは容易いだろう?」


 その言葉に、その場に居た諸将が皆呆れ顔になった。


「公子、賊軍とはいえ侮れば痛い目を見ますぞ」

「それは諸将が”凡将”だからだ。 私の様な”有能な将”からすれば、二万でも多いぐらいだ。 何なら私の旗下一万だけでこの国を撃滅して見せようか?」


 クレメンスは歴戦の諸将の前で大口を吐いた。

 それは素人が見ても、”戦況を分かって無い人間の大言”だった。


「……その様な輩ならば、公子の御手を煩わせる事もありますまい。 公子は後方にてどっしりと構えていてください。 此度のエッシュ攻略は、我等灰熊騎士団で行いますので」

「諸将だけで勝てる気でいるのかい?」

「では、我等が危急の折にはご助力をお願いしたい。 そうしていただければ、我等は何の憂いも無く戦う事が出来ますので」


 クレメンスの傲慢な態度に腹をたてる事無く、オスヴァルトは丁寧に答えた。

 その態度に機嫌を良くしたのか、クレメンスはそれを了承した。


「まあ、英雄ってのは遅れて登場するぐらいの方が良いって言うからな。 今回は”諸将の顔を立てて”一番槍を”譲ってやろう”。 ”私が居ない間に、精々手柄を立てる”事だな。」


 それだけ言い残すと、クレメンスは軍議の途中だというのに会議室を後にした。

 それをその場に居並ぶ諸将は、”止める事無く”溜息交じりの表情で見送った。

現在の各国の国土と、関係のある都市を書いた地図を乗せておきます。

文章と共に見ていただけると幸いです。


挿絵(By みてみん)

http://14985.mitemin.net/i154058/

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