第二十五話 ブリュム撤退戦 -聖光襲来ー
テオドールが率いるブリュムからの撤退軍とそれに同道するブリュムの民達は、数日の日数をかけて帝国と聖皇国の国境の川であるプレ川付近まで到達していた。
後は丘を一つ越えれば、プレ川が見えてくる筈だった。
「皆、あの丘を越えればプレ川、国境だ! 後一息、力を振り絞ってくれ!!」
テオドールは声を張り上げてブリュムの民を鼓舞した。
疲れを見せていたブリュムの民ではあったが、その声を聞いて歓喜の声を上げた。
”自分たちは助かるんだ”……そんな思いの籠った声であった。
しかし、その歓喜の声は…………
すぐに悲鳴へと変わる事になる。
『伝令ッ!! テオドール将軍は何処かッ!?』
民の歓喜の声を遮るかの様に大声を張り上げた伝令兵がテオドールの元へと駈け込んで来たのだ。
「伝令か! 私はここだッ!!!」
その声を聞いた伝令兵は”転げ落ちるかの様に”馬から下馬をするとテオドールの元まで駆け寄った。
その慌てた姿にブリュムの民が不安気な表情を浮かべる。
「ほ、報告いたしますッ!!!」
「何があった!?」
「聖皇国軍の軽騎馬部隊がすぐそばまで迫っておりますッ!! その数、約3000ッ!!! 旗印は”黄金の太陽から差し込む陽光”……指揮官は”聖光将軍 マティアス”ですッ!!!!!」
「何だとッ!?」
”聖光将軍”の名を聞いたブリュムの民達の彼方此方から怯えた声が漏れ聞こえた。
(ぐ……あと少しの所で……! ……いや、あえて”気が緩む”あと少しのタイミングで仕掛けて来たのかッ!!)
「将軍、如何致しますかッ!?」
「伝令兵ッ!!!」
「「ははッ!!!」」
テオドールの声に傍に控えていた二人の伝令兵が膝を折ってその場に傅いた。
「お前はヤーデ勢司令官の元に赴け! ”急ぎ民を先導してプレ川を目指せ”、”プレ川に到着したら民が川を渡り切るまで浮き橋を死守せよ”と伝えよッ!!!」
「はッ!!!」
「お前はシュタイン勢司令官の元へ行け! ”民の殿となり敵を防ぎつつプレ川を目指せ”と伝えよッ!!!」
「承知しましたッ!!!」
「そして、疲れている所悪いがお前にも動いてもらうぞ!」
「ははッ、何なりとッ!!」
「良し、今すぐ”ブリーゼ勢を私の元に招集させよッ”!!!」
「ははッ!!!」
「各員、迅速かつ正確に伝令せよッ!! 行けッ!!!!!」
「「「ははッ!!!」」」
テオドールの指令を受けた三人の伝令兵は、その命令を伝えるべく各所へと散っていった。
(……ここまで来て、民に犠牲者を出させるものかッ!!!)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
街道を早足で進んでいく民の直ぐ脇にある空き地にテオドール旗下のブリーゼ勢1300と、ノエル率いるブリュムから降った弩弓兵100がその場に整列していた。
「全員、今の状況は聞き及んでいると思う。 敵は”聖光将軍 マティアス”率いる軽騎兵、約3000!!」
「3000騎……これは中々に厳しい戦いになりそうですな」
「我等はそれを襲撃し、敵の目を引き付けるッ!!」
敵の数は帝国側の二倍以上、そしてそれを率いるのは聖皇国の名将”聖光将軍 マティアス”。
居並ぶ帝国兵達は、その事実に表情を引き攣らせた。
配下の兵達が尻込みする様子を見て、オットーが兵達を代表して手を挙げた。
「テオドール殿、寡兵な上に此方の騎兵隊は殆どが出払っております。 残っている騎兵の数は凡そ100騎。 どの様に敵を相手取るおつもりで?」
「うむ、先ずは私が自らでその騎兵100を率いて聖皇国軍に一撃を加えた後、即座に撤退し敵を誘引する。 残った兵はオットー指揮の元、ここから北にある森の中に潜んで騎兵隊が誘引してきた敵部隊を待ち受けるのだ」
「なるほど……しかし、敵は引っ掛かりますかね?」
「無視をするならそれでもかまわん。 その時は森の中で敵をやり過ごして背後を突き、殿のシュタイン勢と挟撃する」
「ふむ……奇策を弄する時間も無いですし、妥当な案かと……。 ですが、万全を期す為にも援軍の要請はすべきでしょう。 どこまで此方に兵を回せるか分かりませぬが、プレ川に到着した後ならば多少の余裕もできるでしょう」
「そうだな、至急手配しよう」
作戦を手短に纏めると、テオドール率いるブリーゼ勢は大急ぎで迎撃の準備に取り掛かった。
テオドールの指揮する騎馬隊は馬を揃えて整列し、オットー指揮下の歩兵隊は槍や弓矢、弩弓、盾などを各兵が分担して担いだ。
「ノエル」
「何でしょう、テオドール様?」
「すまんな、お前の率いる弩弓隊まで借り出してしまって」
「いえ、ブリュムの民を護るための戦いです。 皆も望んで来てくれました」
「そうか……では、期待させて貰うとしよう」
「はい、お任せください!」
「ただ、無理だけはしてくれるな……。 何かあったらお前の母君や妹達に申し訳が立たん」
「お心遣いありがとうございます。 テオドール様もご無理はなさらずに……」
お互いに身を案じる言葉を交わし合ったテオドールとノエルは、それぞれの戦場へと向かう為に互いに背を向けた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
マティアス率いる聖皇国軍軽騎兵3000は、多数の斥候を放ちながらヤーデへと退却している帝国軍を追っていた。
本来ならば、遅くとも”帝国軍がプレ川に到達する一日前には追い付ける速度で進軍していた”のだが、マティアスは直前で速度を落とす様に指示、約半日を兵の休息に使った後に進軍を再開した。
(あのまま追い付いた所でブリュムの民には届かんだろう。 仮に届いたとして、中途半端な虐殺で終わるだけだ。 ならば、”数より質を追い求めるだけ”だ! さぁ、乗ってこい”銀髪の剣鬼”テオドール・ダールグリュンッ!!!)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「報告いたしますッ!!」
街道近くの林の中に潜むテオドールの元へ偵察に出ていた騎兵が慌てた様子で飛び込んで来た。
「敵軽騎兵隊、恐ろしい速度で本隊へと迫っています! 恐らく、”足を溜めていた”のでは無いかと思われますッ!!!」
「流石だな、無理に追い付こうとしていたのならば疲れ切った所を襲撃していたものを……」
「敵の横腹を突くならば、今が好機かと!」
「うむ! 全騎騎乗ッ!!!」
テオドールの号令で旗下の騎馬隊が一斉に馬へと跨った。
「これより聖皇国の騎馬隊へと奇襲をかけるッ!!! 奴等の脇腹を食い破り、そのまま北の森へと駆け抜けるぞッ!!!」
「「「ヤーーーーーーーーーーーーーーーー」」」
「軍旗を掲げろッ!!!」
テオドールの頭上に”白地に百舌鳥と獅子”の軍旗が翻った。
「往くぞッ!!! 全騎、我に続けぇッ!!!!!」
「「「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーッ!!!!!」」」
テオドールが率いる騎兵100は、マティアス率いる軽騎兵隊3000の進軍を阻む為に雄たけびを上げながら林の中から駆け出して行った。




