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銀獅子戦記  作者: 黒狼
第二章 オーブ聖皇国侵攻編
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第二十四話 ブリュム撤退戦 ーシャルロッテと兄妹ー



 帝国領ヤーデを目指して出発したテオドール率いる帝国兵とそれに付き従うブリュムの民は、帝国と聖皇国の国境であるプレ川まで後一日の所まで進んでいた。

 多くの非戦闘員を抱えての進軍は遅々として進まず、通常であればとっくにプレ川まで到達しているだけの日数が経っていたのだ。

 幸いな事に未だ聖皇国の追っ手は現れてはいなかったが、”いつ現れるかというプレッシャー”で兵や民達は疲弊していた。




「この餓鬼ィッ!!」


 その日の夕刻、夜営の準備をしている民達の中で突如として男の怒号が響き渡った。

 その声に反応して顔を向けた人々の視線の先には、一人の大柄な男が”薄汚れた少年”の服の襟首を掴んでいた。


「あ、アンタがコイツを突き飛ばしたんだろうッ!!」

「勝手にぶつかって来てその言い草はなんだッ!!!」


 その男と”薄汚れた少年”が大声で言い合いをしている脇で少年と同じく”薄汚れた少女”が足を抑えて蹲っていた。


「妹は歩き通しでフラフラだったんだッ!!」

「フラフラならぶつかってもいいってのかッ!?」

「だからって突き飛ばす事無いだろうッ!!!」


 大柄な男の怒号に怯む事無く、少年は妹であろう少女を庇いながら男と睨み合っていた。


「これはなんの騒ぎだッ!!!」


 騒然としている民衆を掻き分けながら、睨み合う男と少年の元に”赤毛の騎士”が割って入ってきた。


「ひ、”姫様”ッ!?」

「……姫ッ!? ノエル様ッ!?」


 ノエルは男と少年の間に立つと、二人を交互に睨みつけた。

 それにより、今まで睨み合っていた男と少年は気まずそうに押し黙ってしまった。


「それで……この騒ぎの原因は何だ!?」

「こ、この餓鬼の妹ってのが俺にいきなりぶつかって来たんですよ!」

「妹はフラついてちょっとぶつかっただけだっただろう!? それをこのおっさんが妹を突き飛ばしたんだッ!!」

「てめぇ、ぶつかっておいてその態度はなんだッ!!!」


 ノエルの登場により一度は収まった男と少年であったが、再びお互いに相手が悪いと言い合い始めた。


「ええい、双方落ち着けッ!!!」


 それをノエルが大声を上げながら、二人を引きはがした。


「先ずお前ッ!!」

「は、はいッ!!」

「いい大人が子供相手に大人げないッ!! ぶつかった事ぐらい大目に見てやれんのかッ!!!」

「す、すいませんッ!!」

「少年もだッ!!」

「えッ!?」

「言い合いをしている暇があるのなら、倒れている妹の心配をしろッ!! お前がキャンキャン吼えている間に妹は痛みで蹲っているのだろうッ!?」

「うッ……」


 ノエルは矢継ぎ早に二人を説教すると、圧倒されてしまったのか男と少年は押し黙ってしまった。

 それを確認すると、ノエルは近場の兵士を呼び集めてこの騒動で集まった民衆を解散させるように命じた。


「双方言い分はあるだろうが、今回は喧嘩両成敗だッ!! これから私と共に来てもらうぞッ!!!」

「ぐぅ……」

「な、なあ姫様! オレはいいけど、妹を……」

「それは既に手配してある。 お前は心配しないで私の説教を受ければいい」


 程なくして、解散していく民衆を掻き分ける様に”一人の眼帯を身に着けた侍従”がノエルの従者であるアルフレッドに連れられてこの場に駆けつけて来た。


「私に御用でしょうか、ノエル様?」


 ”眼帯を身に着けた侍従”……シャルロッテがノエルに話しかけると、ノエルは今まで引き締めていた表情を緩めた。


「急に呼びつけてしまってごめんなさい。 他に適当な女手が無かったので……」

「いえ、お気になさらずに」

「そこで蹲っている女の子なのだけど……彼女を軍医の所まで連れて行ってあげて欲しいの」

「女の子……ああ、あの子ですね?」


 シャルロッテは蹲っている少女の元へ行くと、膝を付いた。


「見た所、骨が折れてるって訳では無いみたい……。 お嬢ちゃん、大丈夫?」

「い、いたいよぉ……」

「今、お医者様の所へ連れてってあげるから少しだけ我慢してね?」

「うん……」


 シャルロッテは少女に許可を取ると、痛めている足に負担を掛けない様にそっと抱え上げた。


「足は大丈夫、我慢できる?」

「うん……」

「じゃあ、よろしくねシャルロッテ」

「はい」

「あ、あの……妹をよろしく……おねがいします」

「はい、責任をもって預からせていただきます。 でも、お兄ちゃんがいないと妹さんも寂しいでしょうから、早めに迎えに来てくださいね?」

「は、はいッ!」





         ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





 少女を抱えたシャルロッテは、出来るだけ少女に振動を伝えない様に静かな足取りで輜重隊の馬車へとやって来た。


「先生、居られますか?」

「……ん?」


 シャルロッテの声に反応して馬車の中から初老の男性が顔を見せた。


「先生、其方に居られましたか」

「おお、テオドール卿傍付きの侍従の子だな?」

「はい、シャルロッテです」

「一体どうしたのかね?」

「この子を診ていただけませんか? 先程、足を痛めてしまったみたいなんです」

「ふむ、そういう事なら早速診ようか」


 そう言うと”先生と呼ばれた男性”……軍医は馬車から一枚の毛布を持ってきてそれを地面に敷いた。


「その子をここに寝かせて」

「はい」


 地面に敷かれた毛布の上にシャルロッテはそっと少女を降ろした。

 降ろされた事で”不安そうな表情”になった少女だったが、すぐ横にシャルロッテがしゃがみ込むのを見て表情を緩めた。


「ふむ……これは軽い捻挫だな。 転んだ時に足を捻ったのだろう」

「大丈夫なんですか?」

「何日かは痛むだろうが、薬草を塗り込んで安静にしていれば問題無いだろう」


 そう診断した軍医は、痛めた少女の足に素早く治療を施した。

 最初は不安そうな顔をしていた少女だったが、その見事な手つきを食い入るように見つめていた。


「これで良し。 それほど大した怪我では無いだろうが、1~2日程は無理して歩かん様にな?」

「先生、ありがとうございました」

「ぁ、ありがとぉ……ござぃました……」

「なになに、これが仕事なのでな。 傷病者として馬車に乗れるように手配しておこう」


 軍医は微笑みながら少女の頭を撫でると、元していた仕事へと戻って行った。


「お嬢ちゃん、足は大丈夫?」

「うん……まだ、ちょっといたいけどだいじょうぶ」

「それなら良かった。 私の名前はシャルロッテ、あなたの名前を聞いてもいい?」

「ララ……」

「そう、ララちゃんね。 もう少ししたらララちゃんのお兄さんが迎えに来ると思うからそれまでここで私と一緒に待っていましょうね?」

「うん」


 程なくして、シャルロッテとララの所にララの兄の少年が歩いて来た。

 大分こってりと絞られたらしく疲れた表情をしていた。


「あ、おにいちゃんだ! おにいちゃ~ん!!」


 兄の姿を見つけたララが座ったまま嬉しそうに手を振った。


「ララ、ここにいたのか! 足は大丈夫か!?」

「うん、まだちょっといたいけどへいきだよ」

「そっか……」


 妹の無事に少年はほっと胸を撫で下ろした。


「えっと……妹の事、ありがとうございました!」

「いえいえ、どういたしまして」

「ほら、ララもちゃんとお礼いいな!」

「”かため”のおねえちゃん、ありがとぉ!」

「なッ!? バカ、お前何言っているんだ!?」


 ララの”かため”の発言に少年が慌ててララの頭を叩きながら叱った。


「す、すいません!! こ、コイツ事情も分からないのに……」

「おねえちゃん、ごめんなさい……」

「まあまあ、私は大丈夫だから気にしないでね」

「……おねえちゃん、おめめいたいの?」

「私がララちゃんぐらいの歳の頃のものだからもう痛くないよ」

「あ、その……不便じゃありませんか?」

「もう慣れたから普通に暮らす分には大丈夫だよ」


 不安そうな顔をしている兄妹の頭を優しく撫でながら、シャルロッテは朗らかに笑った。

 それを見て少年もララもほっとした表情になった。


「それはそうと、ララちゃんのお兄ちゃん?」

「はい」

「まだ聞いてなかったけどお名前は?」

「オレ、ジャンっていいます!」

「ジャン君ね。 ジャン君達はもうお夕飯は食べたの?」

「いえ……まだです」

「じゃあ、一緒にご飯食べましょうか?」


 そう言ってシャルロッテは立ち上がった。


「そこまでしてもらう訳には……」



 ぐ~~~~~~~~~~~



「あ……」


 しかし、ジャンの腹の虫は正直な様だった。


「おにいちゃん、おなかすいたの?」

「うぅ……」

「ふふ、遠慮なんてしなくていいからララちゃんと少し待っていてね?」

「す、すいません……」


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