第二十二話 ブリュム撤退戦 ー堅牛の戦い 前編ー
ブリュム郊外 聖皇国軍本陣を臨む森の中
現在、聖皇国軍本陣にはブリュムに対する見張りと牽制を目的に軽騎兵2000が詰めていた。
アルノルトは自身と共に殿を志願した兵500を率いて密かにブリュムを進発。
聖皇国軍本陣を臨む森の中に潜んでいた。
「将軍……ご報告いたします」
「うむ」
「第2~5隊、配置に着きました」
「敵の様子はどうか?」
「今の所、大きな動きはありません。 少数の歩哨が本陣周辺を巡回しているぐらいです」
「では、計画通りに事を進める。 各隊に準備を怠る事の無い様伝達せよ」
「ははッ」
指示を受けた伝令は一礼してその場を駆け出して行った。
それを見送ったアルノルトは、愛用の戦斧を手に取って敵本陣を見据えた。
「さて、ブリュムの民を無事に逃がす為にもここをしくじる訳にはいかんのでな。 悪いが徹底的にやらせてもらうぞ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ブリュム近郊 聖皇国軍本陣
本隊がアガットまで後退した聖皇国軍本陣では未だに軽騎兵2000が駐留していた。
ブリュムに籠る帝国軍に対する牽制の為である。
「ふあぁぁ……もうすぐ夜明けか……」
「これでめんどくさい歩哨から解放されるな」
歩哨に立っていた兵士達は軽口を吐きながら、自身達が見張る対象であるブリュムへと視線を向けた。
「ブリュムの連中は静かなもんだな。 こりゃ、将軍がお戻りになるまで暇な日が続きそうだな」
「……ん? なんだありゃ?」
「どうした?」
「いや、あっちの方……ブリュムの西側になんか光っているものが……」
「何!?」
兵士達が目を向けた先には”疎らな小さな光がゆっくりと西の方へと流れていく”光景があった。
「あの光……もしかして、”松明”?」
「なんであんな所に……はッ! ま、まさかッ!?」
「良い勘をしている」
「「ッ!?!?」」
突然背後からした声に兵士達は咄嗟に振り返った。
そこには”黒い外套を身に纏った男”が”戦斧を振り上げて”立っていた。
ズシャァァァァァッ
兵士達が声を上げるよりも早く戦斧が降りぬかれて、兵士達が血に塗れながら倒れ伏した。
「……将軍。 歩哨の始末、完了いたしました」
「ご苦労。 では、始める事としよう」
「「「ははッ」」」
「各隊に伝達せよ。 4隊は食料庫を、5隊は厩舎を強襲し火をかけろ! 2、3隊は兵舎を攻撃、一人残らず始末しろ!!」
”黒い外套を身に纏った男”……”堅牛将軍 アルノルト”は個別に行動する分隊への指示を伝えて伝令を走らせた。
「将軍、我々1隊はどう動きますか?」
「我が隊は本陣の南側に待機。 逃げて来る敵兵を掃討するぞ、一人たりとも逃がすな!!」
「「「ヤーーーーーーッ!!!」」」
守勢に入ると思われていた帝国軍の突然の奇襲は、ブリュムよりの撤退と並行して行われた。
完全に不意を突かれた聖皇国軍の軽騎兵2000は組織的な抵抗をする事も出来ずに数多の死傷者を出し、無事に退却してアガットの本隊に合流できたのは僅かな数であった。
突然の襲撃をしたアルノルト率いる殿隊500は、ほぼ損害無しでブリュムまで無事帰還して休む事無く守りを固めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アガット~ブリュム間 行軍中の聖皇国軍本隊
帝国軍の襲撃を受けたブリュム近郊の陣に駐留していた兵の生き残りが、行軍中の聖皇国軍に合流したのは翌日の午前中であった。
逃げ延びた兵は煤と泥に汚れており、多くの者が負傷していた。
「なにぃッ!? 本陣を奇襲されただとッ!!? おのれぇッ!!!」
「落ち着け、サミュエル!」
「ぐ……兄者、だがよぉ……」
「サミュエル!」
「ぐ……」
「合流した兵等の話を聞く限り、どうやら帝国軍は退却を始めている様ですね。 ヤーデへと退却したのなら少々、厄介ですな」
ラザールはそう呟くと、部下に言って地図を広げさせた。
そして、ある一点を指さした。
「プレ川か……」
「左様、此処は歩いて渡れる程度の浅い川ですが、今の時期は増水しているはずです。 ここを越えられれば追跡は困難かと……」
「ならば……軍を二手に分ける。 サミュエルとラザールは歩兵、重騎兵を引き連れてそのままブリュムを獲れ」
「兄者はどうするんだ?」
「私は軽騎兵3000のみを引き連れてヤーデへと退却した帝国軍を追う!」
そう決定した後の聖皇国軍の動きは速かった。
サミュエル、ラザール両将軍が率いる歩兵、重騎兵8000は進路そのままにブリュムへと直進し、マティアス率いる軽騎兵3000は進路を北西……国境であるプレ川の方角へと転身したのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ブリュム南門 城壁上
アルノルト率いる帝国軍が聖皇国本陣を襲撃した数日後、ブリュム南門にはサミュエル、ラザール両将軍が率いる兵8000が攻め寄せていた。
「報告いたしますッ!!」
「うむ、戦況はどうか?」
「敵の攻撃は激しさを増し、止めきれませんッ!! 城門正面に”破城槌”の侵入を許してしまいましたッ!!!」
「そうか……そろそろ潮時だな」
アルノルトはそう呟くと、手に持った戦斧を肩に担いだ。
「全軍良く戦った! これより持ち場を放棄し、多方に散って退却を図るッ!!」
「ははッ!!」
兵士達に指示を出したアルノルトは城壁を降りて一人、南門の前に立った。
「将軍ッ!!」
城門前に一人立つアルノルトの元に数多くの兵士が駆け寄って来ていた。
それはアルノルトと共に長年戦い続けて来た古参の兵士達であった。
「お前達か……」
「お供をさせてください!!」
「……今なら落ち延びられる可能性もあると言うのに、物好きな者達だな」
「最後まで将軍と戦える事こそ、我らの誉れならば……」
ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ
その時、城門から破城槌が叩きつけられる轟音が響き渡った。
「将軍ッ!!!」
「…………最古参の者達だけ共をする事を許す」
「そう仰ると思っておりました! ここには将軍と長年戦って来た者だけ残しております!!」
「手回しの良い事だ」
アルノルトは兵士達を見回して薄く笑うと、今すぐにでも破られそうな城門へと向き直った。
「将軍、号令をッ!!!」
「うむ!! さぁ、聖皇国の弱兵共を蹴散らすぞッ!!! 我に続けッ!!!!!」
「「「おおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」」」
アルノルトと古参の兵士達はその号令の下、今まさに破られ様とする城門へと押し寄せて行った。




