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銀獅子戦記  作者: 黒狼
第二章 オーブ聖皇国侵攻編
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第二十一話 行く者、残る者

 数日後の深夜  ブリュム西門前広場



 最低限、周囲が見える程度の篝火が焚かれている広場に多くの人々がごった返していた。

 彼方此方に帝国兵の姿は見えるものの、その場にいる大半はブリュムの住民やブリュムまで逃げて来た難民だった。

 皆一様に不安な表情をしながら大きな荷物を抱えていた。


「将軍、出立の準備整いましたッ!!」

「うむ、最終確認をする。 主だった者を集めよ」

「ははッ!!」


 伝令に主だった者を集める様に指示を出すと、軍議を行なう為に臨時指令室を置いている近くの建物へと入って行った。



 指示を出してからしばらくして、この場に居る帝国軍の主だった将兵が臨時指令室へと集合していた。


「皆、ご苦労。 出立前の最終確認をする。 オットー、説明を」

「ははッ。 では、この撤退における各々の役割を改めて確認いたします」


 そう言うと、オットーはブリュム周辺の地図を机の上に広げた。


「我々の兵力は”5500”。 それに、この撤退に同道する民が40000弱となります」

「40000……厳しいな」

「はい。 故に敵に追い付かれない為にも最短コースでヤーデまで向かうのが好ましいと考えます」


 ブリュムからヤーデへとつながる街道を指さし、それを一直線になぞった。


「歩兵隊を三隊に分け、ヤーデ勢を前衛に、護りに長けたシュタイン勢を後衛に、そして我等ブリーゼ勢を中衛に置いて側面を護ります」

「それぞれの現場での指揮は予め定めた指揮官の指示に従う様に。 私は直近の100を率いて中央に陣取り、全体の指揮を統括する。 ここまでで何か質問のある者は?」


 ここで一人の百人長が手を挙げた。


「騎兵隊はどう動かすのでしょうか?」

「うむ、マルテ千人長を指揮官に据えて別動隊とし、国境線であるプレ川まで先行させる。 その際、周囲に潜んでいると思われる敵の伏兵や偵察兵を駆逐させる。 マルテ、やれるな?」

「愚問だね。 露払いは任せてもらうよ」

「それと、エミル」

「は、はいッ!!」


 居並ぶ将兵達の中で突然呼ばれたエミルは、緊張した声を上げた。


「腕利きの騎兵5騎と駿馬をお前に預ける。 途中までマルテ隊に同道し、折を見てプレ川を渡河して国境の砦へと駆けこめ」

「砦に……?」

「砦の司令官に掛け合って兵を借り受けるんだ」

「し、しかし、兵を借り受けた所で焼け石に水では……?」


 国境の砦は戦時では数千~1万程の兵が詰めているが、平時だと精々1000名程が詰めているだけである。


「100名でいい。 兵を借り受けてプレ川に”浮き橋”を掛けるんだ」

「浮き橋ですか?」

「いくらプレ川が浅い川とは言え、春先は雪解けで増水しているはずだ。 兵等は兎も角、女子供が川を渡るのは厳しいだろう」

「なるほど、だからですか」

「民達の歩く速度から考えて、最短コースで3~4日といった所か。 それまでに浮き橋を掛けるんだ、いいな?」

「はい!」

「良し、マルテ隊は準備が整い次第、夜陰に紛れて出立せよ! 本隊の出発は夜明け前とする! 夜明けまで各自、休息を取り出発に備えよ!!」

「「「ははッ!!!」」」


 その一言をもって軍議は解散となった。

 参加していた将兵は、夜明け前の出発に備えて街の各地に散っていった。




「ふぅ…………」


 将兵達が立ち去った臨時指令室の中で”帝国軍撤退軍の総司令”であるテオドールは深い溜息を吐いた。


(何とか、淀み無く指示を出せたか……。 普段の二倍近い数の軍勢を預かると言うのは、想像以上の重圧だな。 だが、信頼してこの役目を任せてくれたアルノルト将軍為にもこの撤退戦、成功させねばな)


 テオドールは自身の上将であるアルノルトより撤退軍の総司令と、駐留軍5500の指揮権を任されていた。

 本来であれば駐留軍総大将であるアルノルトがしなければならない役目ではあるが、アルノルトが殿軍500を率いると決定した為であった。


 当初はテオドールが殿(しんがり)を引き受けると主張していたのだが、”将としての経験不足”と”防衛戦では自身の方が上手”の二つの事を理由に却下されたのだ。


(仰りたい事は分かっている……。 だが、たったの500での殿が意味する事は……)



 ”殿(しんがり)”とは退却する友軍を護り、最後まで戦場に留まる役割である。

 少数で大軍を押し留めなければならず、それには相応の経験と技量を伴う。

 しかも当然ながら危険な役割の為、時として部隊全滅もあり得た。



(ぐ……今はこんな事を考えている場合では無いだろうに……)




 コンコン




 テオドールが一人、臨時指令室で気持ちが後ろ向きになっている時、不意に扉がノックされる音が響いた。


「む、何だ?」

『まだ此方に居られましたか』


 それは先程、部屋を出て行ったはずのオットーの声だった。


「オットーか、どうした?」

『テオドール殿に”お客人”です』

「客? それは誰だ?」

『それは……お会いになれば分かるかと……。 ささ、(それがし)は向こうに行っています故、存分にお話なさいませ』

「お、おい、何を勝手に……」


 そう、テオドールが言いかけた時、目の前の扉が静かに開かれた。


 そこには旅着を着こんだ”眼帯を身に着けた金髪の少女”が立っていた。


「お忙しい所を申し訳ありません……」

「……シャル」

「よ、余計な事とは思ったのですが……その、”お話”を聞いて居ても立っても居られず……来てしまいました」

「…………」

「…………」

「まあ良い、一先ず部屋に入れ」

「はい」


 テオドールはシャルロッテを部屋に招き入れると扉を閉めた。


「それで、その”お話”とは何の事だ?」

「アルノルト将軍が……殿をお勤めになると、お聞きしました」

「そうか……」

「それで、その……その事で、テオ様がお心を痛めているのでは無いかと……」

「…………何?」


 シャルロッテの言葉にテオドールは僅かに声を上擦らせた。

 その様子を見て、シャルロッテはそっとテオドールの手を取った。


「ここにはテオ様と私しかいません……」

「……こ、此処で弱音を吐く訳にもいかん。 全軍の指揮に関わる……それは、アルノルト将軍の期待を裏切る事にもなり兼ねん」

「良かったら、私にお心の内をお話くださいませんか? 私にはテオ様のお話を聞いて差し上げる事しかできませんが……それで、テオ様のお気が晴れるなら幸いです」


 そういってシャルロッテは、テオドールに笑顔を向けた。

 それに対してテオドールは、気まずそうな表情で視線を逸らしながらゆっくりと口を開いた。


「将軍が覚悟の上で殿を務めている事は分かっている……だが、将軍や残る兵達の家族の事を考えるとな……。 俺が言っても詮無い事ではあるのは、分かってはいるのだがな……」

「テオ様……」

「すまん、これでは本当に泣き言だな……」

「いえ、親しくしていた方を失うかもしれないのですから無理も無い事かと思います」

「む……」

「ですが……」


 シャルロッテは手に取っていたテオドールの手をぎゅっと握りしめた。


「テオ様には、”殿の方々を置いていく事を思い悩む”様な余裕は無い」

「……ッ」

「無礼を承知で言わせていただきます。 今のテオ様には”護るべき者”があり、それを護る事こそアルノルト将軍がテオ様に望まれている事です」

「……うむ」

「今はただ……お気持ちを強くお持ちください。 テオ様にはマルテさんやオットー様、エミル様達配下の方々が付いています。 お義父さんやお義母さんの様にはいかないかもしれませんが、私も精一杯テオ様をお支えします!」

「…………」


 テオドールは押し黙ったまま、シャルロッテの左目をじっと凝視していた。


「……テオ様?」

「…………はぁ」


 その様子に小首を傾げるシャルロッテの姿を見て、テオドールは溜息を吐いて口元を緩めた。


「まさか、シャルに発破をかけられるとはな」

「……え?」

「こうなればアルノルト将軍だけでは無く、”お前”の期待にも応えねばならんな」


 そう言うとテオドールは、シャルロッテの頬をそっと撫でる。


「テオ様……」

「さて、俺にここまで言ったのだ。 お前にも働いてもらうぞ」

「はい、私にできる事でしたら何なりと」

「うむ、期待させてもらうぞ」


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