第十九話 聖影将軍
ブリュム城内 西門前広場
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
唸りを上げながら西門が開かれていく。
今まで城外で敵の陽動の為に戦っていたテオドールの騎馬隊を受け入れる為だ。
城門を開いてから程なくして”テオドールの軍旗を掲げた”年若い騎士を先頭にテオドール隊の騎兵が続々と西門に飛び込んで来た。
「余力のある者は下馬後、武器を持って集合ッ! 弓騎兵隊は引き続きマルテ千人長の指示に従ってくださいッ!!」
先頭を走っていた年若い騎士……テオドールの従騎士エミルがブリュム城内へと到着した兵士達に指示を飛ばした。
「テオドール卿が殿をしていますッ! 城門は卿がお戻りになるまで閉じない様にお願いしますッ!!!」
声を張り上げるエミルの元に一騎の騎兵が近づいて来た。
「よぉ”坊や”、しっかりやっている様じゃないか?」
「マルテ千人長! ご無事に戻られましたかッ!!」
「まあ、まだ後続の連中は城の外だけどね……」
「兎も角、無事でよかったです!」
エミルはマルテの姿を認めると、すぐに指揮権を騎兵隊のナンバーツーであるマルテへと渡した。
「よし、此処はアタシがやっておくから、坊やは南門へ行って連れてこれるだけの弓兵を借りてきな!」
「分かりました!」
マルテの指示を受けたエミルは、即座に傍らの乗騎に跨ると南門へと駆け出して行った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ブォォォンッ
「どけぇ、雑魚共ッ!!!」
巨大な戦槌を振り回しながら”聖影将軍 サミュエル”は、テオドール隊の殿へと迫りつつあった。
「貴様等に用は無いわッ!! さっさと銀髪を出しやがれッ!!!」
「な、なんて奴だ!? あの重装備で軽騎兵に追い付いてくるなんて……」
テオドール隊の殿との距離は徐々に縮まって行っていた。
「こ、このままでは……!!」
最後尾を駆ける兵士が諦めを感じた、その時……
「そのまま振り返らずに駆けろッ!!!」
その言葉と共に兵士の横を一迅の風が通り過ぎていった。
「ッ!? しょ、将軍!?」
「行けッ!!」
それだけ言うと、”一迅の風”の如き白銀の騎兵が兵士の横を駆け抜けていった。
それは先程まで先頭を駆けていたテオドールであった。
「白銀の鎧に銀髪……!! 銀髪の剣鬼かぁッ!!!」
戻って来たテオドールの姿を認めたサミュエルが嬉しそうに吼えた。
「銀髪ぅぅぅッ!!!!!」
「銀髪、銀髪と……しつこい奴だッ!!!」
ガキィィィーーーーーーーンッ
テオドールの剣とサミュエルの戦槌が激しくぶつかり合い火花を散らす。
お互いに一撃放った後、その場を駆け抜けて距離を開けて馬首を返した。
「おお……いいなッ!! 久しく出会えなかった”強者”だぁッ!!!」
「チッ……とんだ馬鹿力だな。 馬鹿正直に打ち合っていたら剣が持たんぞ」
テオドールはそうぼやきながらもう一本の剣を引き抜いて構える。
「おッ! 本気になったかッ!! よし、奴は俺一人で殺るッ!! お前らは遠巻きに包囲しろッ!!!」
サミュエルは必死に追って来た自身の部下達に命じてテオドールが逃げられない様に包囲させた。
「これでいい……これで心置きなく貴様と決着をつけられると言うものだッ!! なぁ、銀髪ぅッ!!!!!」
「気安く”銀髪”、”銀髪”と五月蠅い奴だ……」
(さて、上手く俺に食いついてくれたか……。 此奴さえ何とかなれば、振り切る事も出来るんだがな……)
テオドールは両手の剣を構え直すと、愛馬の腹を蹴ってゆっくりと動き出した。
その動きに合わせる様にサミュエルも戦槌を両手で持ち直した。
(あの重装備で軽騎兵に追いついて来た事も考えて、馬術は相当達者だな……あの馬鹿力に加えて俺以上の馬術か…………ならば)
「行くぞッ!!!」
意を決すると、テオドールは愛馬の腹を強く蹴ってサミュエルへ向かって駆け出した。
「真っ直ぐ突っ込んできやがるかッ!!! いいぜ、相手になってやるッ!!!」
それを迎え撃たんとサミュエルも戦槌を振り上げて馬を駆けさせた。
ガキーーーーンッ
ギンッ ギンッ ギギンッ
二騎の騎兵は、お互いに駆け寄ると並走する形をとって武器を振るった。
サミュエルの戦槌の強烈な一撃をテオドールは二本の剣で巧みに受け流し、
テオドールの双剣の鋭い連撃をサミュエルはその剛腕の膂力ではじき返した。
「いいな、いいなぁッ!!! こんなに心が躍るのは久しぶりだぁッ!!!」
自身と対等に戦える相手がいる事にサミュエルは心底嬉しそうな声を上げた。
「御託はいい。 さっさとかかって来いッ!!」
テオドールは再び馬首を返すと突進の構えを取る。
「ガハハハッ!! 貴様もやる気になったか、銀髪ッ!!!」
それに対する様にサミュエルも得物を構え直して向き直った。
「行くぞッ!!!」
「今度こそ返り討ちにしてやるッ!!!」
テオドールは再び愛馬の腹を蹴って駆けだした。
対してサミュエルは戦槌を大きく振りかぶってテオドールを待ち受けた。
(良しッ)
全力で駆ける愛馬の上でテオドールは鐙から足を抜いて、素早く鞍の上で膝立ちになった。
そして、サミュエルの攻撃範囲に入る直前、テオドールは愛馬の鞍を蹴って”馬上のサミュエルに目掛けて跳躍した”。
「何ぃッ!?」
「その首、貰うぞッ!!!」
跳躍したテオドールは双剣を振り上げてサミュエルに襲い掛かった。
驚いた事により初動が僅かに遅れたサミュエルは、咄嗟に戦槌を盾にして守りの構えを取った。
ギンッ ギィンッ
テオドールの連撃が盾にしたサミュエルの戦槌とぶつかり合って火花を散らす。
”攻撃を受けきった”と、サミュエルが思ったとき……
バキィッ
「ッ?!?」
サミュエルの顔面に”横回しの蹴り”が炸裂した。
テオドールが連撃を放った直後、身体を捻って強引にサミュエルの顔面を蹴ったのだ。
その一撃はサミュエルに大したダメージを与えるには至らなかったが、バランスを崩す事には成功した。
「ぐおぉぉッ!?」
ドシャァンッ ズシャッ
その場に重々しい落下音が響き渡った。
サミュエルが落馬した音だった。
サミュエルを馬上から引きずり落としたテオドールも、不格好な状態で地面へと転がった。
「て、てめぇ……よくもッ!!!」
「馬上だけが武人の所在ではあるまい。 生憎と私は徒歩の方が得手でな」
「ほざきやがったなッ!! 後悔させてやるぞ、銀髪ぅッ!!!」
テオドールとサミュエルは即座に身を起こすと、武器を手に駆け出した。
サミュエルの振るう戦槌が唸りを上げ、テオドールの繰り出す双剣が風を斬る。
切り結ぶ事、数合……二人の戦いは拮抗していた。
(徒歩でもここまでやるとは……”聖影将軍”、これ程とはな……)
「どうしたぁ、銀髪ぅッ!! 貴様の力はこんなもんかぁッ!!!」
「ふん、底なしの戦馬鹿めッ!!!」
双方、悪態突きながら距離を取って得物を構え直した。
そして、次の一撃をとどめにせんと双方が同時に駆け出した時……
ヒュンッ
ドスッ
「「ッ!?」」
今まさに駆け出そうとしたテオドールとサミュエルの間に何処からか”投槍”が投げ込まれて来たのだ。
突如、投げ込まれた”投槍”に反応してテオドールとサミュエルはその場で足を止めた。
「双方、そこまでだッ!!!」
その声と共に二人の間に”一騎の騎兵”が駆け込んで来た。
「聖皇国軍の軍装……」
「あ、義兄者ッ!!!」
二人の間に割って入って来たのは、”聖光将軍 マティアス”であった。
「義兄者、なぜ邪魔をしたッ!!!」
「黙れ、愚弟が……”アレ”を聞き逃す程熱中しおってッ!!」
「あ、アレ!?」
怪訝な顔をしながらサミュエルが周囲に耳を澄ますと、遠くの方から聖皇国軍のものと思われる”軍鼓”の音が聞こえて来ていた。
「なッ!? 撤退だとッ!? ラザールの野郎、どういうつもりだッ!!!」
「攻城の全権はラザールに委譲しておいたはずだ。 ”奴の指示には従え”と申し付けて置いたはずだな?」
「ぐ……だけどよぉ……」
「言い訳は後にしろ、退くぞ」
サミュエルに対して言う事だけ言うと、マティアスはテオドールに向き直った。
「そういう訳で今日の所は退かせて貰おう」
「……このまま、すんなりと帰すとでも思ったか?」
「部下を犬死させたければ、して見るといい」
暫しの沈黙の後、マティアスは馬首を返してテオドールに背を向けた。
「この決着は何れ……。 行くぞ、サミュエルッ!!!」
「お、おうッ!!」
それだけ言うと、マティアスは馬を駆けさせて戦場から駆け去って行った。
それにマティアスが慌てて続いた。
(行ったか……。 ニ対一でやったらまず殺られていたな……)
テオドールは駆け去って行く二人の敵将を追う事無く、その場で見送った。




