第三話 帝国準市民
「お待たせしました」
「む、遅かったな」
「いえ、ちょっと支度に手間取ってしまいまして」
もうすぐ夕食の支度が整うと言う時間になってマリーはようやく戻って来た。
シャルロッテの身体を洗うのと、身支度でどれだけかかってる事やらと、テオドールは溜息を吐いた。
「元来、女の子の身支度には時間がかかるものなんですよ旦那様」
「そんなものか?」
「そんなものです」
「で、件のシャルは?」
マリーは、自分の後ろに隠れていたシャルロッテの背中を押して前に押し出した。
突然の事でよろめきながら、テオドールの前に姿を表す。
「………」
「……ほぉ」
恥ずかしそうに押し黙るシャルロッテのその姿を見て、テオドールは目を見張った。
薄汚れていた身体は綺麗に洗われ、ボサボサの伸びっ放しだった髪は肩の辺りで綺麗に切り揃えられていた。
着ているものも先程のボロでは無く、お仕着せの黒いワンピースだった。
ただ、エプロンはつけてない為、見ようによっては育ちのいいお嬢様風にも見える。
そして、その右目にはすっぽり傷口を隠す様な眼帯がつけられていた。
「……テオ様?」
「あ……あー、うん。 見違えたな。 似合っているぞ」
「………」
テオドールの言葉を受けてシャルロッテは俯いて押し黙ってしまっていた。
「そんな所では何でしょう、夕食の支度が整いましたので、話は食べながらなさってはどうですか?」
むず痒いやり取りをしている二人を見て、ヴァルターが気を利かして声をかけて来た。
「む、そうだな。 ヴァルター、マリー、通いの者達も帰っている事だし、今日は皆で食べよう」
「え? ご主人様と使用人さんが、同じ卓でですか?」
一般的な騎士や貴族が、使用人と同じ食卓に着く事は本来ならば有りえない事だ。
帝国では、比較的そういう風習は緩めになってはいるが、それでも主人と使用人が同じ卓につく事はあまりない。
「普段は他の者達に対しての体裁もあるのであまりやらない事だがな。 今日はシャルの歓迎会も兼ねているので特別だ」
「か、歓迎会だなんて……とんでもないです!! そんな……私なんかに…」
シャルロッテはすっかり恐縮してしまっていた。
今までの彼女の境遇を思えば、仕方の無い事と言えた。
「では、主としてシャルロッテに命じる」
「は、はいッ!」
「同じ卓について食事を共にせよ」
「え……ええぇッ!?」
このままでは平行線になると考えてテオドールは少々強引に行く事にした。
これならば、”主の命”という”言い訳”をする事もできる。
「まあ、本来ならば下々の者に示しがつかないのでお止めする所ですが……今回はよろしいでしょう」
「シャルちゃんが気に病む事は無いですよ。 旦那様は時々、こういう事をなさるの。 基本的に寂しがり屋さんですからね」
「で、でも……」
「いいからいいから」
マリーが渋るシャルロッテを促して座らせてから、自分もシャルロッテの隣の席に着いた。
ヴァルターも料理を卓に並べ終わると席に着いた。
「では、食べるとするか」
「本日は、このヴァルターが腕によりをかけて作らせていただきました。 沢山作ってあるので、シャルロッテさんもいっぱい食べてくださいね」
「は、はい。 あの…ありがとうございます」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様でした」
食事を終えたシャルロッテが深々と頭を下げた。
それに嬉しそうに頷きながらヴァルターが返す。
「えっと……こんなに良くしてもらって良いのでしょうか……?」
自分の待遇が未だに信じられないのか、シャルロッテはちょっと不安げに尋ねた。
「そう思うなら、懸命に励む事だな」
「は、はいッ!」
「旦那様ったらそんな意地悪いっちゃってぇ、シャルちゃん心配しなくても大丈夫よ。 そう言う風に言うのも、シャルちゃんが気に病まない様に気を使っての事なんですから、ね?」
「マリー、一言多いぞ」
ニヤニヤ笑うマリーにテオドールは不機嫌そうな顔をした。
「あら、失礼しました」
マリーは悪戯っぽく笑うと、卓の上の食器を手早く片付けて厨房へと逃げてしまった。
しょうの無いやつだと、苦笑しながらヴァルターがその後へと続いた。
「お二人とも良い人ですよね」
「マリーの方は、余計な事を言いすぎるのが珠に傷だがな」
憮然とするテオドールに、思わずシャルロッテは苦笑した。
「さて…シャル、ここからは少し真面目な話になる」
「真面目なお話……ですか?」
「先ずはこれを」
テオドールは懐から”紐のついた赤銅のメダル”を取り出すと、シャルロッテの前に置いた。
メダルの表にはベルンシュタイン帝国のシンボルである”純白の大鷲”が彫られており、裏にはシャルロッテの名が刻まれていた。
「テオ様、これは?」
「それは”帝国準市民”の身分証明証だ。 帝国国内でそれを所持してない場合、最悪逮捕されるから肌身離さず持っている様に」
「……準市民?」
「詳しい事は今話すが、分かりやすく言うなら……”奴隷よりある程度マシな市民”だな」
”帝国準市民”とは、帝国に侵略、占領されて新たに編入された地域の民衆や、帝国に流れて来た難民、傭兵などに最初に与えられる帝国内での階級の事である。
準市民には、奴隷とは違いある程度の自由が与えられてはいるが、基本的に一般市民よりも下の扱いをされる。
一般市民よりもより過酷な労働を強いられたり、戦場で最前線に立つ雑兵として扱われたりと、ある意味では奴隷の扱いとは変わらない部分もある。
だが、帝国に対して一定の貢献を認められれば、例え”どんな人種であろうと”一般市民になる事が出来る。
一般市民になれば、ある程度の生活は国から保障され、一定の年齢の子供は教育を受ける事もできる。
準市民から一般市民への格上げの条件として主なのが、”帝国国内での数年の労働(仕事の職種により差がある)”、”一定額以上の帝国への献金”、”一定期間の兵役”等が挙げられる。
因みに、身分証明証として帝国からメダルが発行されているが、階級によってメダルの素材が決まっている。
準市民は”赤銅”
一般市民は”銀”
貴族、将官は”金”
皇族は”白金”である。
「まあ、私が何を言いたいかと言うとだな…」
「…はい」
「帝国では”働き次第”で普通の市民になって、普通の生活ができるって事だ」
そう言ってテオドールは、襟元から”銀のメダル”を取り出した。
「私も最初は傭兵として”赤銅のメダル”を持っていた。 ヴァルターとマリーも、銀になったのはほんの二年前だ」
「……」
「シャルも自身の力で、自分の環境を変える事ができると言う事だ」
「あ……」
シャルロッテは、手元のメダルを左目でジッと見つめ、そして顔を上げてテオドールと視線を合わせた。
「後は、お前の頑張り次第だ。 いいな?」
テオドールの言葉を聞いて、シャルロッテの左目から一筋の涙が零れた。
「え……わ、私…」
テオドールは不器用に微笑むと、シャルロッテに頷いて見せた。
”もう大丈夫だ”と言うかの様に……。