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銀獅子戦記  作者: 黒狼
第二章 オーブ聖皇国侵攻編
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第十四話 騎士ノエル

 近隣の村へと襲い掛からんとしていた聖皇国兵を撃退したテオドール率いる騎馬隊500は、村の傍の空き地で夜営の準備をしていた。

 つい先程、撃退した聖皇国兵を追うのに無理な夜駆けを敢行した為に兵が疲弊していた。

 そのままブリュムへと帰還するのは困難と判断したテオドールは、兵の休息の為にこの地に夜営する事を決定し、明日の早朝に発つ事とした。


 そして夜営の準備が整った頃、村の村長であろう初老の男が野営地を訪ねて来た。


「我々に食事を?」

「はい、村を救っていただいたお礼に是非」

「しかし、春を迎えたばかりのこの時期に我々に食料を供出してしまって大丈夫なのですか?」


 本来であれば冬越えをした後の村では食料が非常に乏しくなる。


「それはご心配なく。 昨年の冬は”帝国の皆様のおかげ”で”冬の寄進”を行なわずに済みましたので蓄えにも余裕があるのですよ」

「太陽神教団の”寄進”……」


 聖皇国では領主が秋に集める租税の他に、その土地の太陽神教の司祭が”寄進を求める”事がある。

 だがそれは民にとっては寄進とは名ばかりの”もう一つの税”であったのだ。

 事もあろうに太陽神教の司祭達は”自身の私腹を肥やす為”や”教団中央への賄賂の為”に頻繁に寄進をさせていた。


「ご厚意、ありがたく……」

「では早速、支度をさせます」


 村長は一礼すると食事の支度を整えるべくそそくさと村へと戻っていった。


「エミルはいるか?」

「はい、ここに!」

「村長のご厚意で食事を用意していただけることになった。 皆にその事を伝えてきてくれ」

「はい! 温かい食事は皆さんも喜ばれると思います!」


 エミルは食事が供される事を兵達に知らせる為、嬉々として野営地へと駆けて行った。





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆






 急造された野営地では村人が作った温かい食事が供されて賑わっていた。


 兵達と共に出された食事を食べていたテオドールの元に捕虜を監視していたオットーが近寄って来た。


「ん、オットーか、どうした?」

「捕虜の中に居た”年若い騎士”がテオドール殿と話をしたいと……」

「私と話を?」

「敵意を持って、という感じではありませんでした」

「ふむ……ならば会って見るか」


 そういうとテオドールは残っていた食事を一気に掻き込んでから立ち上がった。


「オットー、ここは任せる。 食事の後、兵達に交代で休憩を取らせてくれ」

「承知しました」


 その場をオットーに任せると、テオドールは捕虜が集められている一角へと向かった。


 捕虜達は縄で繋がれ周囲に見張りを立てられた中に集められていた。

 そしてその中で一同を代表する様に”歳の頃は15~6の長い赤毛を後ろで束ねた小柄な若者”が腕を縄で縛られたまま立ち尽くしていた。


「私と話をしたいと言うのはお前か?」

「はい。 貴方がこの軍を率いている方ですか?」


 テオドールの問いに若者は、澄んだ綺麗な声で答えた。


「”騎獅将軍 テオドール”だ」

「態々の御足労、感謝します。 私は聖皇国の百人隊長でノエルと申します」


 ノエルと名乗った若者は”臆する事無く言葉を重ね”深々と一礼した。


「うむ、それで私に聞きたい事とは何だ?」

「現在、帝国が占領しているブリュムに関してです」

「ブリュムの何が聞きたいのだ?」


 緊張しているのか、ノエルは軽く深呼吸をしてから次の言葉を発した。


「ブリュムが陥落した際、司令官であった将軍……ブリュムの領主が戦死したと聞きました……」

「それは事実だ」


 テオドールの肯定にノエルは表情を曇らせる。

 周囲にいた捕虜達の表情にも悲哀の色が見えた。


「では……その後、領主の家族や兵達の家族、それにブリュムの民はどうなりました!?」

「領主のご家族、そしてブリュムの民、共に健在だ」

「そ、そうですか!」


 テオドールの言葉にノエルは安堵した表情を浮かべる。


「そもそも帝国軍の軍法では”占領地における略奪行為”は固く禁じられている。 民の生活は今までと然程変わらぬし、領主のご家族も立場上野放しともいかぬので”城内で軟禁”と言う形を取ってはいるが、出来るだけ不自由にはさせていない筈だ」

「ああ、良かった…………母様……クロエ……レベッカ……」


 民や領主の家族が無事だと知ると、ノエルはその場で膝をついて涙を流した。

 ノエルのその姿を見て周囲の捕虜達の中にも感極まって涙を流す者もいた。


(……母様? では、このノエルという若者は……)


「ノエルと言ったか、君は一体何者だ? 少なくとも私には君が一介の騎士とは思えんのだが」

「…………」


 ノエルは暫しの沈黙をした後にゆっくりと口を開いた。


「お察しの通り、私は一介の騎士ではありません。 私の名はノエル・デュランベルジェ、”ブリュムを治めるデュランベルジェ家の嫡子”です」

「嫡子……。 それが何故、この様な場所に?」

「地方貴族の嫡子は、領地を継承するまで聖都で軍役や宮仕えをするならわしがあるんです」

「……実質上の”人質”か」


 ”人質”という言葉にノエルは困ったような笑顔で答える。


「まあ、いい。 詳しい話はブリュムに戻ってからにしよう。 それまでは不自由にさせるとは思うが……」

「いえ、私は曲りなりとも”捕虜”なのですから当然の処置です」

「そうか……。 後程、此方にも食事を届けさせよう」


 それだけ言うと、テオドールはノエルに背を向けた。


「感謝します、テオドール将軍」

「…………」


 テオドールは背を向けたまま、ノエルだけに聞こえる様に小声でつぶやいた。



『父を殺した我らが憎くないのか?』と……。



 少しの間の後、ノエルはテオドールの背を見つめながら口を開いた。


「領主様は……”父上”は立派に戦っていたのでしょうか?」

「大層な武人ぶりであったと聞いている。 多数の兵に包囲されても戦う事を止めず、指揮をしていたマルクス将軍の一矢が無ければもっと被害が出ていただろう」

「……そうですか、父上らしい」


 この光景を想像しながら、ノエルが目を細めた。


「武人としての誇りを汚したのならば憎みもしましょう、ですが……父上は武人として、騎士として立派に戦い最後を遂げたのならば何を恨む事がありましょう。 その様な事をすれば父上にお叱りを受けてしまいます」

「そうか……つまらない事を言った」

「いえ、お心遣い感謝いたします……」

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