第十三話 ブリュム東の戦い
ブリュム東 山道付近 聖皇国軍陣地周辺
テオドールは参謀オットーと従騎士エミル、更に数人の部下を連れて偵察へと来ていた。
残りの部下達はここから少し離れた森の中で待機させていた。
陣地近くの林に身を隠しながら、陣内の様子を伺っていた。
「ふむ……特に変わった動き無しですな」
「態々、雪山を強行してこちらに来た意図が読めんな……」
「偵察にしては堂々としすぎ、強襲するには戦力が足りません……」
「周辺の村々を襲うなり、占領するなりしてこちらに揺さぶりをかけても来なかった。 何が目的だ……?」
テオドール達は数日に亘って敵陣地を観察していたが、これと言った動きを見せないでいた。
「目的がどうあれ、一気に蹴散らせれば早いのですけどね……」
「”崖を背にした高台”に陣取っているのが厄介ですなぁ……騎兵では明らかに不利ですな」
「……ここで協議してても仕方なかろう。 今日は最低限の見張りだけ置いて戻るぞ」
テオドールは数名の部下を陣地の見張りにその場に残すと、他の部下達を引き連れて騎馬隊の待機している森へと引き上げた。
「皆、ご苦労。 変わりは無かったか?」
「はは、此方は何事もなく」
「今日も此方は成果無しだ」
溜息を吐きながら、テオドールはその場に腰掛けた。
「しょ、将軍、失礼いたしますッ!!!」
突然、テオドールの元に配下の兵が慌てて走り込んで来た。
「どうした?」
「た、ただいまアルノルト将軍より伝令が参りまして……聖皇国軍がブリュムの南、五日の所まで進撃中ッ!! 兵数は13000、攻城兵器を備えているとの事ですッ!!!」
「南からだとッ!?」
「南からとは……いや……そうかッ!!」
何事かに気がついたオットーは、慌てて懐から地図を取り出すと、それを地面の上に広げた。
「ぐ……わしとした事が迂闊だったッ!」
「どうしたオットー?」
「奴ら、”15万の大軍を丸々囮に使いおった”のですッ!!! 大軍をチラつかせて”緑蛇”殿の軍を国境まで”下げさせた”……その結果」
「”山脈を南に回ってブリュムへと至る街道”が開けた……ッ!!!」
「しかし、それだけだと南回りで攻めようとする事を察知される恐れがあります」
「あ……それであの山越えをしてきた部隊が……!!」
「然り、我々への陽動でしょうな」
陽動……その言葉を聞いた周囲の兵達が俄かに騒ぎ始めた。
「な、ならば、一刻も早くブリュムに戻らないとッ!!」
「いえ……そういう訳にもいかんでしょうな……」
「なぜですかッ!?」
「敵はただ”我々の目を引き付ける為”だけにこの場に陣を張っている訳ではありますまい。 それなら1000もの兵数はいらぬのですからな」
「此方の動きに合わせて動く気なのだろう……。 本隊の侵攻に合わせて挟撃してくるか、それとも周辺の村々を焼いて我々の目を引き付けるか……」
「どうしますか、テオドール殿?」
「…………ふむ」
オットーの問いにテオドールは目を瞑って考え込んだ。
「……ブリュムへと撤退する。 各人、速やかに準備をしろ」
「では、連中は如何しますか?」
「それについては考えがある」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
半日後 ブリュムへ至る街道途上
ブリュムへと帰還する途中、テオドール率いる騎馬隊は街道脇で休憩を取っていた。
そんな中テオドールは、黙したまま東を見つめて立ち尽くしていた。
「お師匠様」
「エミルか、どうした?」
「日が傾いてきました。 夜営をするならそろそろ準備を始めないと……」
「大丈夫だ。 そろそろ動く……」
「え、それって……」
その時、テオドールが見つめていた方向から微かな馬の駆ける音が聞こえて来た。
「来たか」
「え? ……あれは」
馬に乗って駆けて来たのは、陣地の見張りに残した部下達とそれを呼びに行っていたオットーであった。
「ただいま戻りました」
「ご苦労だった。 それで、首尾は?」
「は、敵軍は”ほぼ全軍”で陣を出立、北西方面へと進軍しました」
「北西か……エミル、地図を出せッ!」
「は、はいッ!!」
テオドールの命に従い、エミルが慌てて地面に周辺の地図を広げた。
「奴らの陣地がここ……。 そこから北西へ……」
地図を指さしていたオットーの指がピタリと止まる。
そこにはこの周辺でも”一番規模の大きな村落”があった。
「ま、まさかこの村をッ!?」
「後方攪乱の為の襲撃か、それとも兵の士気を上げる為の略奪か……」
「陣からこの村までの距離、それに全兵軽装歩兵である事を考えますと、到着は夜半過ぎかと思われます」
「夜半か。 定石道理ならば、襲撃は”夜明け前”になるか」
「我々の位置からだと、奴らが攻撃を始める前に間に合うかどうかといった所でしょうな」
「ど、どうするのですかお師匠様ッ!?」
慌てるエミルを尻目に、テオドールはオットーを手招きして傍に呼び寄せた。
「……なんでしょう?」
「”ブリュムを落とした時やり方”で行けると思うか?」
「ふむ……そう来ますか。 攻撃目標があの時より手前にある事になりますから、確実性を取りますなら背後からが宜しいでしょうな」
「では、少々時間はかかるが陣付近まで戻った方が良いか……良し」
テオドールはオットーと幾らか話した後、周囲で休憩している兵達を集結させるように命じた。
それから程なくして、500騎の騎馬兵が街道脇に整然と整列した。
「皆、疲れてはいるだろうがもう一働きしてもらうぞッ!! 先程まで我々が監視していた敵軍が、陣地を離れ陣地より北西の村を襲撃せんと動いている! 我々はこれより来た道を引き返し、奴等背後を突くッ!!」
「この行軍は夜駆けとなる為各員、松明の用意を怠らない様に!」
「全騎、早急に支度を整えよ!! 準備ができ次第、早々に出発するぞッ!!!」
「「「ヤーーーーーーッ!!!」」」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日 夜明け前 ブリュム北東 ルーユ村
陣地を出た聖皇国軍1000は、陣地より北西にあるルーユ村の西側に布陣していた。
彼らの目の前にあるルーユ村は、この近辺では最大規模を誇る村であり、石と木でできた壁がぐるりと村を覆っていた。
壁の上には篝火が焚かれ、壁の向こうには木造の見張り台も見て取れた。
「武装は貧弱、兵も民兵が100もいればいい方か……。 まあ、この規模の村ならこの程度だろう」
「非戦闘員もかなりの数がいると思われます。 やはり、物資の供出を条件に降伏勧告した方が良いのでは……?」
横で降伏勧告を勧めて来る”自身の従騎士”に対して、聖皇国軍の将軍は露骨に渋い顔をした。
「それは出来んな。 これは奴等に対する”父なる太陽神の神罰”なのだ! 男は皆殺しにし、女子供は奴隷として売り払う! これは決定事項だッ!!!」
「……ッ!!」
将軍に叱責されて従騎士は、歯を食いしばりながら引き下がった。
「もうすぐ日の出だ! 皆の者、太陽の光を背に攻撃を開始せよッ!!! 太陽神の使徒達よ、今こそ罪深き者共に鉄槌を下すのだッ!!!!!」
「「「おおおーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」」」
将軍の言葉に兵達が一斉に沸き立った。
兵達は高揚し、日が昇るのを今か今かと待っていた時であった……
…………ドドドドド
兵達の声とは違う、地響きの様な音が突然鳴り響き始めたのだ。
「な、何だ!?」
「この音は…………ま、まさかッ!?」
将軍はその音がする方向……背後に視線を巡らせた。
「ぐッ!?」
その瞬間、山の裾野から顔を出し始めた太陽の陽光に一瞬目を焼かれる。
将軍を初めとして、多くの兵が激しい陽光によって視界を遮られたのである。
「全軍、”陽光を背に”駆け抜けよッ!!! 聖皇国の弱兵共を蹴散らしてやれッ!!!!!」
「「「ヤーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」」」
そしてその直後、陽光によって視界を遮られた聖皇国兵の背後から無数の騎馬兵が駈け込んで来たのだ。
「お、おのれッ!! 態勢を立て直せッ!!!」
将軍は視界が戻らぬままで檄を飛ばし態勢を立て直そうとした。
「敵ッ!? 敵なのかッ!?」 「み、見えねぇッ!?」 「ヒィッ!! このままじゃ殺されちまうッ!!!」
だが、当の兵達は満足に態勢を立て直す事も出来ずに大混乱に陥っていた。
ある者は闇雲に武器を振り回し
ある者はその場にへたり込み
ある者は武器を投げ出して逃げ出していた。
そんな混乱している状況の聖皇国軍に騎馬兵……テオドール率いる騎兵500の容赦の無い騎馬突撃が炸裂した。
目の見えない兵達は、次々に剣で斬られ、槍で突き刺され、騎馬に轢き殺されていった。
「おのれ、おのれぇおのれぇぇぇッ!!!!! 神聖なる太陽を背に不意を突くなど、卑怯な真似をぉぉぉッ!!!!!」
駆け抜ける蹄の音と配下の兵の悲惨な悲鳴を聞きながら、将軍は喚き散らしながらでたらめに剣を振り回した。
「おのれぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!」
ザシュ
「がはぁ……」
錯乱し剣を振り回していた将軍が突然、うめき声を上げながら”糸の切れた操り人形”の様になって地面に倒れ伏した。
「しょ、しょうぐッ…………!?」
すぐそばで剣を振るっていた将軍の従騎士がその声を将軍の方を振り返ると、将軍は”首に投槍が突き刺さった”状態で絶命していた。
「敵将は某、騎獅将軍 テオドールが臣、オットーが打ち取ったぞッ!!!!!」
「「「おおおおおおおーーーーーーーーーッ!!!!!」」」
敵将を打ち取ったというオットーの叫びに、周囲の帝国兵が一斉に勝鬨を上げた。
「でかした、オットーッ!!! 全軍、これより殲滅戦に入るッ!!! 逃げ去る者は捨て置き、下る者は受け入れよ!! ただし、この瞬間より後に武器を持っている者には遠慮はいらんッ!!! 皆殺しにせよッ!!!!!」
「「「ヤーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」」」
終わってみればその戦いは”戦いとは呼べぬ代物”だった。
1000名居た聖皇国兵は、たった一度の騎馬突撃でバラバラになり、指揮官であった将軍を含めその半数近くが打ち取られ、100名程が帝国に降伏した。
聖皇国軍本隊がブリュムに到達するまで後四日……。




