第十二話 それは雪解けと共に
お待たせしました。
二章第七話、第十一話に勢力図を追加しました。
『聖皇国軍15万が侵攻を開始、それに伴い”緑蛇”の軍団が南の国境線まで兵を撤退』
その報は瞬く間に帝国国内を駆け巡り、それはフェルディナント皇子の治めるヤーデにも届けられた。
そしてその直後、”緑蛇将軍 イグナーツ・クライスラー”の名で帝国東部の各領地へと援軍要請の書状が届いたのである。
援軍要請を受けたフェルディナント皇子は、”賢狼将軍 ギュンター”に留守居を任せると、自らでランドルフ、マルクス、フーゴの三将と1万の兵を率いて援軍として出撃した。
結果として、南の国境線では両軍合わせて20万近い兵が冬の間睨み合いを続ける事になった。
一方で、テオドール達に統治を任されていたブリュムでは、雪が降り始めていた。
雪が降る地方では、その間の戦闘行為は行えない。
雪に足が取られ行軍はままならなくなり、兵の士気も激減するからだ。
南の国境線とは裏腹にブリュム一帯は一時の平和な時期を迎えていたのだ。
帝国軍占領下 ブリュム 領主館 会議室
雪に閉ざされた中、退屈だが平和な時間は過ぎ、雪解けの気配が漂い始めた頃に”その知らせ”はブリュムへと届けられた。
「何? 山道の雪道を越えて聖皇国軍が?」
雪解けの時期を前にして突如として聖皇国軍が東の山道を抜けてブリュム周辺へと現れたのだ。
「は! 山道付近の盆地に陣を構えております。 その数は1000に満たない程かと」
「1000に満たぬ数とはいえ、雪山を越えて来たのか……」
「うぅむ……流石に放置する訳にもいかぬな」
暫し考えた末、アルノルト将軍はテオドールへと向き直る。
「テオドール卿、騎兵500を率いてその盆地の部隊の偵察に出てくれ」
「分かりました。 ですが、その数の兵が動けば敵に気づかれ警戒されるのでは?」
「それはそれで構わんよ。 そうなったなら警戒させて動きを縛ればいい
「そういう事ならば。 早急に準備を整えて出立します」
テオドールは早急に兵を整えると、参謀のオットーと従騎士のエミル、それに500の騎兵を引き連れてブリュムの東の山道へと出立した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
聖皇国軍本陣 エトワール 領主館 軍師ユーグ執務室
テオドールがブリュムより出撃したその頃、聖皇国軍内でも動きがあった。
「”聖雷将軍 ラザール”、軍師殿のお召しにより参上しました」
「ああ、来てくれましたかラザール将軍。 少々お待ちください」
ユーグは手元の書類を手早く仕上げると、大きな溜息をついた。
「お疲れの様ですね、軍師殿」
「いや、やらなきゃいけない書類が山ほどあってね……。 それよりも貴殿にやって貰いたい事があるんですよ」
「ご命令とあらば……」
「将軍の働き如何でこの戦局は大きく動く事になる。 確実にこなしてほしい」
「は。 それで、私は何をすれば宜しいので?」
「将軍は”今のままでは使い道の無い”攻城兵器部隊5000を引き連れて”後方へと下がり”その後の指示を待ってください」
「ッ!? そ、それは私に兵を連れて引き揚げろとッ!?」
その言葉に従う事は、ラザールには耐えがたい事だった。
これだけの大軍勢を擁し数か月に亘る小競り合いに終始しろくに手柄も立てていないのだ。
これでは聖皇の取り巻きの大司祭どもに何を言われるか分かったものではない。
自身が辱められるのはまだいいがこの場合、総大将でもあるアルベール皇子の顔に泥を塗る事になる。
「もうすぐ将軍と”入れ違い”に”聖光将軍 マティアス”殿、”聖影将軍 サミュエル”殿の率いる8000の騎馬部隊がここへと参じる手はずになっております」
「何とも手回しの良い……! 軍師殿はこの私に敗戦の泥を被せるおつもりかッ!?」
激昂するラザールの様子を見ながら、ユーグは満足げな表情をして”一通の封書”を差し出した。
「将軍が手柄をお望みならば……”聖光”、”聖影”両将軍前でこれを読み上げてください。 その時点で”我らの勝利は確定”です」
「な、何!?」
「お疑いの様ならこの任務をお断り頂いて結構! ……ですが、勝利と栄光をお望みならばこの書状をお受け取り下さい!!」
「むぅ…………」
「後は将軍の御心次第! さぁッ!!」
苦い顔をして唸るラザールに、ユーグは得意げな笑顔で返した。
散々に悩んだ末にラザールはその封書を受け取り、即日の内に陣を立ったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
聖皇国軍本陣 エトワール北部 街道沿いの街
”聖雷将軍 ラザール”は軍師ユーグの指示に従い、攻城兵器部隊5000を率いて聖皇国軍本陣を出陣。
その後、”北東から南西に至る街道”と”北西から南東に至る街道”の分岐点となる街に陣を張り、皇都から来る”聖光”、”聖影”両将軍の隊を待った。
そして数日後、目論見通りに街の郊外で合流を果たしたのだった。
「マティアス殿、サミュエル殿お待ちしておりました」
「おう、ラザールじゃねぇか! こんな所でどうした?」
「貴殿がこんな所にいるとはな、本陣で何かあったのか?」
「軍師殿の命でこの場に……」
「ユーグの野郎の? あの青瓢箪、何考えてんだ!?」
「軍師殿より策を授かって着ました。 お聞き願えますか?」
そういってラザールはユーグから受け取った封書を取り出した。
「軍師殿の策か。 いいだろう、聞かせてもらおう」
「まあ、義兄者がそういうなら」
ラザールは封書の封を解くと、書状を広げ中の文章にざっと目を通した。
「で、なんて書かれてるんだ?」
「フフ……」
「ラザール殿?」
「……軍師殿も人が悪い」
ラザールは微かにほくそ笑むと、そう呟いた。
「”聖雷将軍 ラザール” ”聖光将軍 マティアス” ”聖影将軍 サミュエル”以上三名は合流後、13000の兵を率いて街道を”北西方向に北上”し、”ブリュムを攻略せよ”ッ!!!」
「何だとッ!?」
「ほほう、これは面白い!」
ラザールの読み上げた書状の内容にサミュエルは驚きの声を上げ、マティアスは不敵な笑みを浮かべた。
「……尚、予めブリュム側の”視線は逸らしておいた”ので、その隙を逃さず迅速に事に当たるべし。 ……との事です!!」
「な、なぁ、義兄者!! それって……どういう事だッ!?」
「義弟よ少しは頭を使うという事を覚えよ。 我らはこれより北西に転身、ブリュムへと侵攻する」
「ブリュムへ……おお、我らの手でブリュムを取り戻すのかッ!!!」
「そういう事です。 さぁお二方!!」
「うむ」
明確な目的を示された三将軍は互いに不敵な笑みを湛えたまま13000の兵達の前に立った。
「聞けぇ、お前等ッ!!!」
「我らは予定を変更し、北西方向に進軍を開始するッ!!!」
「目的地はブリュムッ!!! 今こそ、帝国の不信神者どもからかの地を取り戻す時だッ!!!」
「太陽神が見ておられるぞッ!!! お前等の信仰心を見せる時だッ!!!」
「「「「「おおおーーーーーーーーッ!!!!!」」」」」
「冬の間、散々苦汁を舐めさせられたが今こそ手柄を立てる好機だッ!!!」
「行くぞッ!!! ”我らが父たる太陽神に栄光あれ”ッ!!!!!」
「「「「「太陽神に栄光をッ!!! 我等に勝利をッ!!!」」」」」




