第十一話 聖皇国軍15万
季節が秋から冬へと移り行く丁度その頃、オーブ聖皇国南部へと侵攻を続けていた”緑蛇”の元へ”その一報”は届けられた。
「クライスラー将軍ッ!! 緊急事態ですッ!!!」
「騒々しい……何事か?」
突然、執務室に飛び込んで来た伝令に”緑蛇将軍 イグナーツ・クライスラー”はその視線を其方に向ける事無く返事をした。
「聖皇国軍が我が方に進軍を開始しましたッ!!!」
「ほう、ブリュムで手痛い敗北をしたばかりでか? それで敵の規模は如何程だ?」
「て、敵の総数……”約15万”ッ!!! 総大将 第一皇子 アルベール、参謀に軍師ユーグ、更にその下に”聖炎”、”聖氷”、”聖嵐”、”聖雷”の七聖将軍の内の四将が配されていますッ!!!!!」
「ッ!?」
伝令の報告に”緑蛇”が”苦々しい表情”で顔を上げた。
そのまま荒々しく机の上の書類をその場にぶちまけると、地図を広げた。
「敵は何処から攻めて来ている?」
「はッ! 現在、四将を先鋒に王都を出立。 補給路を確保しつつ、”陽光の街道”を南進しています」
「小細工無しで正面からか……」
”緑蛇”は地図を見つめながら暫し思案した。
「い、如何致しますか?」
「……全伝令兵に召集をかけろ」
「伝令兵に召集……ですか?」
「聖皇国内の占領地全てに即刻伝令を出せ。 全兵撤退、国境線で防衛陣を敷くぞ!!」
「なッ!? 折角占領したのに放棄するのですかッ!?!」
「現在、我が軍は占領地の統治の為、各地に散っている。 これでは各個撃破されるのは目に見えている。 そうさせない為の戦力集中だ。 一刻を争うぞ、急げ!!」
「は、ははッ!!!」
伝令は青い顔をしたまま慌てて執務室を出ていった。
「ぐ……あの”優柔不断”な聖皇がこれだけの数を繰り出して来るとは……。 時間をかけてじっくりと”人心を取り込む”つもりだったが、旨くはいかないものだな……」
(敵の数は15万……収穫の時期の直後とはいえ、あれだけの数を維持するのは容易い事では無いはずだ。 もって2~3ヶ月……いや、もっと少ないかもしれん。 …………ならば)
「誰か、誰かおらんかッ!!!」
「は、お呼びですか将軍?」
”緑蛇”の呼びかけに答えて、外で待機していたであろう従者が即座に部屋に入って来た。
「周辺の諸侯に書状を書く。 直ちに支度を整えろ!」
「はは!!」
命を受けた従者は一礼をすると、すぐさま部屋を飛び出していった。
(我が方の戦力はいい所5万弱……敵が国境まで連れてこれる兵は精々7~8万……。 いや、無理をすれば10万に届くやも……。 後は援軍の数次第か……。 ともあれ、先ずは兵等を国境まで撤退させるのが最優先だな)
”緑蛇”は執務室で一人、地図を睨みながら自身の軍団がこの後どうすれば良いかを思案し続けるのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
聖皇国軍15万の南下の報からの帝国軍の動きは速かった。
各部隊長は早急に兵を纏めると、一路南の国境線へと兵を退かせた。
更には、兵達には”撤退時の略奪を一切禁止”したのだ。
兵達から多少の不満の声が上がったが、それを”戦略上の必須事項”として黙らせた。
そして、帝国兵が撤退してから数日後……聖皇国の先鋒、四将がそれぞれ率いる1万、計4万の軍勢が嘗て帝国が占領していた地へと到着した。
既に帝国軍が撤退を始めている事を知った軍師ユーグは進軍速度を落とし、四将に帝国軍に占領されていた街や村の解放しながら帝国との国境に近い都市”エトワール”を占領する様に命じたのだ。
こうして、大した戦闘が起きないまま半月の時が流れ、帝国軍5万は国境沿いの”シュッペ砦”に、聖皇国軍10万(残り5万は糧道確保の為後方待機)はエトワールにそれぞれ本陣を構えてにらみ合いの態勢になっていた。
聖皇国軍本陣 エトワール 領主館 会議室
「ユーグよ、皆の参集具合はどうか?」
「は……先程、モルガン将軍が到着なされたとの報告がありました。 これで主だった将は全員、このエトワールに集結した事になります」
「ふむ、ならば早速皆を呼び集めよ。 軍議を開くぞ」
「御意……」
それから程なくして、四将がそれぞれ複数人の部下を引き連れて会議室に入って来た。
主だった者がそろった事を確認すると、アルベール皇子は軍議の開始を宣言した。
「……皆、周辺の街や村の解放ご苦労様。 皆の力により、帝国軍を国境まで押し返す事が出来た。 これで此度の出兵の”第一段階”は成功したと言えるだろう」
「「「「ははッ」」」」
アルベール皇子の労いの言葉に四将を初めとする諸将は一斉に頭を下げる。
「しかし”緑蛇”も大した事ありませんな! 一戦も交える事無く国境まで逃げ去るとは、何とも見下げ果てた輩だ!!」
「いえ、モルガン将軍。 そのお考えは少々早すぎるかと……」
「何? それはどういう意味かな、”軍師殿”?」
「敵は”勝ち目が無くて逃げ出した”のでは無く、”地の利のある地まで下がった”だけです」
「ほう……随分と敵の肩を持つな、”軍師殿”……」
”聖炎将軍 モルガン”が不機嫌そうな表情でユーグを睨みつけた。
それに対して軍師ユーグは、呆れ顔でため息を吐くだけだった。
「貴様ッ!!?」
ユーグの態度に激昂したモルガンが席を立ち上がって腰に佩いだ剣に手を掛けた。
ヒュンッ
「双方控えよッ!! 殿下の御前だぞッ!!!」
ユーグに斬りかかろうとしたモルガンの前に”聖氷将軍 ギャエル”が鞘に収まったままの剣を素早く差し入れてその動きを止めた。
「モルガン、貴様の人の話を聞かない所はいい加減直したらどうだ?」
「チッ、邪魔しやがって……」
「軍師殿も……殿下の御前でその態度は感心しませんな」
「これは……確かにお見苦しい所をお見せした様で。 殿下と皆様には謹んでお詫び申し上げます」
ユーグとモルガンが落ち着いた事を確認すると、ギャエルは剣を腰に戻してアルベール皇子に一礼した後、再び席に座った。
「まあ良い、此度の事は見なかった事にする。 双方、思う所はあるだろうが今は軍議の最中だ、控えよ」
「はッ」
「御意」
「では続けるぞ。 ユーグよ、今後の方針はどうするのだ?」
「はは。 では皆様、卓上の地図をご覧ください」
ユーグは卓上の地図に自軍と敵軍を現す駒を配置していった。
南の国境沿いに横並びになった帝国軍 総勢5万。
対してエトワールを中心に周囲に展開する聖皇国軍 総勢10万。
そして、街道沿いに蛇の様に伸びる補給線確保の為の兵 総勢5万。
「補給線が随分と延びておりますな。 そこに5万もの軍勢を割かねばならないとは……」
「盤石を期すなら本来はもう2~3万は欲しい所ですが、ギリギリまで削ってこの数となっております」
「そこは分かった。 それで、この後どう相対するのだ?」
「は……はっきり申しますと、”これ以上の進軍は不可能”かと思われます」
「なッ!?」
ユーグの発言に諸将は驚き騒ぎ出した。
「な、何を言われるかッ!?」
「貴様、やはりッ!!!」
「皆、鎮まれッ!!!」
騒ぎ出した諸将をアルベール皇子が一喝して黙らせた。
そして怒気を孕んだ視線をユーグへと向ける。
「今の発言の意味を聞こうか……ユーグ」
「仰せのままに……」
ユーグは慇懃に一礼をすると、懐から木製の教鞭を取り出した。
「”これ以上の進軍は不可能”という意味ですが、”明確には不可能ではありません”」
「何?」
「ですが、それは”兵の被害を採算度外視した”場合です。 そして、仮に”緑蛇”の軍を破ったとしても、それで獲った土地はその被害に見合う物とは限りません」
「攻めても旨味が無いと?」
「今は……ですが。 そこでこの戦場を”布石”とします」
「何だと!?」
諸将が怪訝な顔をする中、ユーグは不敵に微笑んだ。
「一先ずは、”緑蛇”をこの戦場に釘付けにします。 相応数の援軍も来るでしょうから、それ等も纏めて私達で面倒を見ましょう。 数にして凡そ8~9万といった所でしょうか」
「敵と相対するのはいい! だが、我が方は長期戦を想定しておらぬぞ!?」
「釘付けとはいっても冬を越すまでの間だけです。 まあ、足りない兵糧は占領し返した街や村に”臨時徴収”をすれば問題ないでしょう」
「今まで敵に付いていた民だ、そう上手く行くものか……」
「では、こう言えば宜しいでしょう。 『臨時徴収に応じて国に貢献した民は父なる太陽神の名の元、”敵国に寝返った事を許し罪には問わない”』と」
「む……兵糧の問題はそれで一応の決着は付くか……」
アルベール皇子は渋い顔をしていたが、ユーグの策に特に反対意見を差し挿む様な事はしなかった。
(一先ずはこれで良し。 最良では無いが想定の範囲だ。 後は聖下に”七聖の残り三人を動かす”ご許可をいただければ……この戦、我らの勝ちだ!)




