第十話 双剣
「フッ、ハッ……ホッ」
早朝、ブリュム領主館の裏庭でテオドールは日課の武技の鍛錬を行なっていた。
黙々と同じ型を繰り返すだけの、一見すれば退屈な動作の繰り返しだ。
だが、それを無意識で出来るほど身体に染み込ませる事によって、それは戦場で生きてくるのだ。
「お、おはようございますッ!! 遅くなりましたッ!!!」
裏庭に響き渡ったその声を聞いてテオドールが動きを止めた。
息を弾ませながら一人の少年が中庭へと入って来た。
「はぁはぁ……ご、ごめんなさい、お師匠様……。 も、もっと、早く起きるつもりだったんですが……」
「おお、来たかエミル」
自身の従騎士であるエミルの姿を確認したテオドールは、今まで取っていた型を解いて手にした双剣を腰に下げた鞘に納めた。
「しょ……初日から寝坊だなんて……」
「まあ、慣れない内はそれも仕方が無いだろう。 何時初めても朝食の前には終了するのだからな」
「それって、遅れればそれだけ指導していただく時間が無くなるって事ですかッ!?」
「”指導するのは”師の役目だが、”指導する時間を捻出するのは”弟子の役目だ」
「うぅ……次からは気を付けます……」
「良し。 では、早速鍛錬を開始する。 向こうに刃を潰した練習用の剣を持って来てあるから私とお前の分を取ってこい」
「はいッ!!!」
エミルは大きく返事をすると裏庭の隅に立てかけられている練習用の剣を取りに駆け出した。
「フフ……そういえば俺にもあんな頃があったな……。 …………ヴィクトール…………いや、最早未練だな……」
テオドールは頭の中に浮かびかけたものを、頭を振って強引に振り払った。
「今の俺は師だ。 弟子の手前、みっともない所は見せられん」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
テオドールとエミルは、練習用の剣を手に距離を開けて対峙した。
テオドールは長剣を一本だけ手に持ち、もう一本の長剣を腰に差した。
対してエミルは、テオドールが持っている長剣よりもやや短めの剣を二本両手に構えていた。
「ほう、”双剣”を使うか?」
「は、はいッ!! お師匠様に憧れて、双剣を鍛えましたッ!!!」
「そうか」
「あ、あの……お師匠様、腰に差した剣は抜かないのですか?」
「不満か? ならばお前の実力で抜かせてみる事だな」
エミルに対して不敵に言い放つと、テオドールは手に持った剣を軽く振って見せた。
「わ、分かりましたッ!!!」
「私からは手を出さん。 先ずは私の守りを破って一撃入れてみろ!!」
「はいッ!!!」
はきはきと返事をすると、エミルは腰を低くして双剣を構えた。
「行きますッ!!!」
「遠慮せずに来い!」
エミルは地面を蹴ってテオドールに向かって駆け出した。
テオドールはそれをその場から動く事無く悠然と待ち構える。
「はぁぁぁぁぁッ!!!」
ギンッ、ギンッ
エミルの放った鋭い二連撃をテオドールは剣一本ではじき返す。
「良い剣戟だが、単調すぎるな。 易々と読まれぬ様にもっとフェイントを駆使しろ!」
「は、はいッ!!」
次は言われた通り、足さばきを駆使したフェイントを入れて攻撃を繰り出したが、それもテオドールに易々と弾き返されてしまった。
「何の為の双剣だ! 足だけではなく、剣戟にもフェイントを織り交ぜろ!!」
「は、はいッ!!!」
更に多くのフェイントを織り交ぜて更に攻撃を繰り出すが、その全てをテオドールに弾き返された。
「フェイントに気を取られ過ぎだ! 威力が落ちているぞ!!」
「はいぃッ!!!!」
ギィィィィィィィィンッ
耳障りな金属音を立てながらエミルの左手から剣が弾け飛んだ。
「ッち……!?」
「ふむ、こんなものか?」
テオドールはそう呟くと、手に持った剣をその場に突き刺した。
「さて、ではダメ出しをしようか?」
「え……だ、だって、今まで散々……」
「今までのは”単なるアドバイス”だ」
「そ、そんなぁ……」
テオドールは先程弾き飛ばしたエミルの使っていた剣を拾い上げると、軽く振って重さを確かめた。
それは何処にでもある剣だったが、エミルぐらいの少年が片手で使うには少々重い様に感じられた。
況してやそれを利き手では無く逆手で持っているのだ。
「エミル」
「は、はい!」
「お前、右利きだな?」
「はい、その通りです」
「お前の左手にこの剣は重すぎるな」
「え……」
持っていた剣をエミルに手渡すと、テオドールは地面に突き刺していた自身の剣を再び手に取った。
そして、腰に差したままになっていたもう一本の剣も抜き放った。
「見ての通り、私の双剣は”左右共に同じ長さ、同じ重さ”だ。 お前はそれを真似ようとした、そうだな?」
「は、はい……その通りです」
「それ自体は悪くない」
「……え!?」
叱られると思って俯いていたエミルが、テオドールの発した言葉に驚いた表情をした。
「”強くなりたい”と思って、”強いと思った憧れ”の真似をするのはそんなに珍しい事ではない。 …………ただ、それでは大成しないがな」
「真似をするだけでは、強くなれない……そうですよね……」
「例えば、私の場合だ。 私の剣技は左右の剣を等しく扱えなければならない。 その為には”逆手を利き手と同じぐらい”に鍛え上げねばならない」
「それって……修練により、後天的に”両利き”に矯正するって事ですか?」
「うむ、その通りだ。 私は師の教えにより、六歳頃よりずっと修練してきた。 左右が同じぐらいになるまで十年近くかかったか……」
テオドールはエミルの前で順番に両手の剣を振って見せた。
「先程、お前の剣が弾き飛んだのもそのせいだ。 私は同じ力で剣を弾いたが、弾き飛ばされたのは左の方だけ……それだけ握力が違うのだ」
「……それでは、僕はどうすればいいのでしょうか? お師匠様から教えを受ける資格も無いって事でしょうか……」
すっかり落ち込んだ態度でエミルは再び項垂れてしまった。
(結論を急ぎ過ぎるのが彼の欠点だな)
テオドールは無言でエミルに近づくと、その項垂れた頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
「ふぇッ!?」
「なんでそんな顔をしている? 私はお前の”欠点”を指摘しただけだぞ?」
「え……で、でも……」
「欠点なんてものは、創意工夫して補えばいい。 第一、”師弟だからと言って、まったく同じ剣技になる事自体ありえない”事だ」
「えッ!?」
「例え流派が一緒であろうと、体格が似ていようと、剣には必ず”個性”が出るものだ。 それを一々、”弟子が師に合わせて”いたのでは弟子は何処まで行っても師を越えられんだろう?」
「師を越える……僕がお師匠様に、ですか!?」
「お前は剣技自体の筋はいいが、私の剣技に引っ張られ過ぎている。 ”自分に無理が無い型”に調整できれば、それだけでお前は今の数倍は強くなれるはずだ」
「無理の無い型……」
エミルは両手に握った剣をじっと見つめた。
「より自分にあった武器を探す、長所を伸ばして欠点を補う、あえて欠点を逆手に取る……やり方は色々とある。 私は欠点を指摘し、助言をする事しかできん」
「それは……それが”僕自身の剣技”だから、ですか?」
「師としても教えるならば、”超えてもらいたい”からな。 私……いや、俺を超えるのは生半可な事ではないぞ?」
エミルは意を決すると、俯いた顔をゆっくりと上げた。
「僕は……僕はお師匠様の様に強くなりたいですッ!! ”弱き人々を護り、どんな困難をも打ち破れる”様な、そんな騎士に僕はなりたいッ!!!」
エミルの言葉にテオドールは一瞬だけ微笑んだ。
「良し! ならば、最初の課題は”俺との模擬戦で俺に一太刀浴びせる事”だ!!」
「はいッ!」
「己と向き合い技を磨け!」
「はいッ!!」
「今までの拘りは捨て、常に創意工夫をしろ!」
「はいッ!!!」
「良し、今日はここまで!!」
「ありがとうございましたッ!!!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「テオ様、お疲れ様でした」
鍛錬を終えたテオドール達を裏庭の入り口で手拭いを持ったシャルロッテが出迎えた。
「どうぞ、テオ様」
「うむ」
差し出された手拭いを受け取ってテオドールは額の汗をぬぐう。
「あの……お師匠様、この方は?」
「ん……ああ、エミルは顔を合わせるのは初めてだったな。 ダールグリュン家の家宰の娘で、私付きの侍従のシャルロッテだ」
「えっと、テオドール様の従騎士になられたエミル様ですね? お初にお目に掛かります。 ダールグリュン家家宰、ヴァルターの娘シャルロッテと申します」
シャルロッテは片手に手拭いを持ったまま、空いた手でスカートの裾を摘まんで優雅に一礼した。
「あ、此方こそ! 僕はアルノルト将軍の甥でエミルと言います!!」
「はい、よろしくお願いします。 エミル様もどうぞ」
慌てて挨拶し返したエミルに、シャルロッテは微笑みを湛えながら手に持った手拭いを手渡した。
「あ、ありがとうございます!! あ…………」
礼を言いながら顔を上げたエミルがシャルロッテの顔を見て顔を曇らせた。
「あ……これですか?」
「ああ、す、すいません!!! そんなつもりじゃ……」
「いえ、お気になさらず……」
「で、でも……僕は貴女に失礼な事を……」
暗い表情でしどろもどろと言葉を交わす二人を見かねたテオドールが、二人の間に割って入って二人の頭に手を置いた。
「お前達、とりあえず落ち着け……」
「テオ様ぁ……」
「お師匠様……」
「ええい! 二人そろって泣きそうな顔してるんじゃない!!」
テオドールは二人を宥めて落ち着かせた。
「シャル、いいか?」
シャルロッテはテオドールの問いに少し迷ってからコクンと小さく頷いた。
「シャルは幼い頃に戦に巻き込まれた事がある。 それ以上は、言わずとも分かるな?」
「は、はい……。 女性なら尚の事お辛いですよね……」
「分かっているならいい。 気にするなとは言わんが、出来れば普通に接してやってくれ」
「分かりました」
「良し」
普通に接する事を約束したエミルの頭をテオドールはくしゃくしゃと撫でた。
「シャルもいいな?」
「はい、テオ様」
「良し」
次いでシャルロッテの頭もくしゃくしゃと撫でた。
「お前達二人は担当する仕事こそ違えど、俺の世話をするという意味では同僚という事になる。 二人とも仲良くする様にな?」
「はい、お師匠様!」
「はい、テオ様」
「良し、それじゃ朝飯を食いに行くぞ!」
「「はい!」」




