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銀獅子戦記  作者: 黒狼
第二章 オーブ聖皇国侵攻編
23/62

第九話 従騎士

「…………ん?」


 その日、テオドールは普段に比べ大分遅く眼を覚ました。

 普段であれば、日課の鍛錬の為に夜明け直後には起きているのだが、今日に限っては”朝食の時間を大きく割り込んでいる”ぐらいだった。


(俺は……昨晩、何時寝たんだったか……?)


 そう思って身体を起こそうとした時に、自分の”頭に何かが巻き付いている”事に気がついた。

 そして、顔には”柔らかな感触”を感じていた。


「くぅ……て……おさ……ま……」


(寝言……? 俺は何をや…………あ)


 その寝言を聞いた時、テオドールの頭の中には”昨晩の出来事”が鮮明に蘇った。


 自分がシャルロッテに弱音を吐いた事。

 シャルロッテに不意に抱きしめられた事。

 抱きしめられたままその胸で泣きじゃくった事。


 そして、その後の記憶が無い事……。


(って事は、今の状況は……)


 テオドールは現在、ベッドの上でシャルロッテに頭を抱きしめられている状態だった。

 どうやら泣くだけ泣いた後、そのまま眠ってしまったらしかった。


 そしてシャルロッテは、ずっと抱きしめたまま眠ってしまったのだろう。


(むぅ……このままではまずいな……”色々と”)


 テオドールは意を決すると、シャルロッテを起こさない様にそっと頭に巻き付く腕を外して、顔を上げた。


(な、なんて事だ……。 俺はシャルの……年端もいかない少女の胸に一晩中顔を埋めていたと言うのか……)


 そう考えると、気恥ずかしさで顔が熱くなった。

 当のシャルロッテは、ベッドの上で気持ち良さそうに寝息を立てていた。


(まったく、無邪気な顔して……。 だが、シャルのおかげで気持ちの整理も出来た。 その事は素直にシャルに感謝しなければな……)


 テオドールは微笑みながら、シャルロッテの頬を優しく撫でた。


「ん……んん~……」

「……っと、いかんいかん。 このままでは起こしてしまうな」


 シャルロッテを起こさない様に手を引っ込めると、テオドールは毛布を持ってきてシャルロッテの身体に掛けた。





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





「おはようございます、テオドール殿」

「……」


 テオドールが簡単に身支度を整えて部屋を出ると、まるで”待ち構えていた”かの様にオットーが現れた。

 オットーの顔が”何となくニヤついていた気がして”、テオドールは顔を僅かに顰めた。


「見た所、表情に覇気も戻られた様で何よりです」

「あ、ああ、心配をかけたな……」

「いえいえ……昨日はお疲れの様子でしたので、失礼ながら(それがし)がアルノルト将軍に”今日の午前中は休養をさせていただく”とお伝えしておきました」

「そうか、それならば寝坊の言い訳を考えなくてもいいな。 オットー、助かった、礼を言う」

「いえいえ、昨晩の事を考えればこれぐらい……」


 テオドールはその時点でオットーが何を考えているかに気がついて、その顔を更に顰めた。


「オットー、一つ言っておく……」

「は、何でしょう?」

「昨晩は”貴様が考えているような事”は無かった。 ただ、シャル相手に愚痴を吐いていただけだ」

「何と、そうでしたか! そりゃ、失礼しました」


 オットーは大げさに驚いた素振りをして道化の如くおどけて見せた。


「意外と”奥手”なのですね……。 まあ、それなら未だに独身なのも……」

「あ…………?」

「ああ、いえいえッ!! 何でも、何でもないですッ!!!」


 更に調子に乗って発言しようとしたオットーをテオドールは、”殺意の籠った視線”を送ってそれを黙らせた。


「お……おお、そうだったッ!!! まだ、お伝えして無かった事があるんでしたッ!!」


 オットーは慌てた様子で、必死に話題を変えようとした。


「はぁ……まあ、いい。 その私に伝える事とは何だ?」

「はッ、アルノルト将軍からの伝言です。 『午後一番に将軍の執務室に来てほしい』との事です」

「アルノルト将軍の執務室に? いったい何の用だ?」

「某も詳しくは聞いていないのですが、何やら”頼みたい事がある”様です」

「分かった。 では、後で将軍の執務室に行くことにしよう」





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





 コンコンッ


「”騎獅将軍”テオドール、参りました!」

「うむ、入りたまえ」


 午後になってテオドールは、アルノルト将軍の執務室を訪れていた。


「今朝、卿の参謀殿から体調不良と聞いていたが大丈夫かね?」

「ご心配をおかけしました。 どうも日頃の不摂生が祟った様で……ですが、もう大丈夫です」

「うむ、それは良かった」

「は……。 早速ですが、私に一体何の御用でしょうか?」

「まあ、まずは掛けたまえ」


 促されるまま、テオドールが執務室のソファーに腰を下ろすと、アルノルト将軍もテオドールに対する位置に腰掛けた。


「つかぬ事を尋ねるが、卿は”従騎士”を傍に置いていない様に見受けるが、それに間違いは無いかな?」

「”従騎士”ですか? はい、確かにいません。 騎士隊長時代は、危険度の高い任務が主でしたので……。 将軍位を授かった以降も領地経営に四苦八苦していたもので……」



 従騎士とは、騎士になる前に上位の騎士や将軍の従者となって騎士になる為の修行中の立場の者の事だ。

 帝国では慣例として、”特殊な任務に就いている士官以外は”従騎士を傍仕えとして置く事になっていた。



「それで話というのはその事なのだ。 卿に”従騎士”を一人預かってもらいたい」

「私にですか?」

「うむ。 と、言うのもだな……」


 アルノルト将軍はバツの悪そうな表情をしながら頭をガシガシと掻く。


「その”従騎士”と言うのが私の”甥”でな……以前から”卿に憧れておった”のだ」

「お、甥御殿ですか……?」

「ああ、もちろんその為だけに卿に預けようとしている訳ではないのだ! 伯父の私が言うのもなんだが、剣の腕は人並み以上、執務の補佐も仕込んであるので決して貴殿の足手まといにはならんだろう!」

「”従騎士”はいずれ持たなければと思っていたので、お預かりするのは構わないのですが……将軍や甥御殿の親御さんはよろしいのですか?」

「甥の両親からは了解を貰ってあるよ。 それに私は、卿の実直さには信を置いている。 私とて大事な甥を信頼できぬ者には預けぬさ」

「そこまで言われるのであれば、甥御殿を”従騎士”としてお預かりします」

「おお、引き受けてくれるか! では早速、甥と引き合わせよう!!」


 アルノルト将軍は、早速と言わんばかりに部屋の隅に控えていた従者に言って呼びに行かせた。


 程なくして、執務室には”14~5歳ぐらいの少年”が入室してきた。

 恐らく、この少年がアルノルト将軍の甥なのだろう。

 何処と無く、アルノルト将軍の面影を映した”優し気な表情”の少年だった。


「お、来たな」

「は、将軍!」

「ははは、部下の前ではないのでいつもどおりでいいぞ」

「はい、伯父上!!」

「うむ。 エミルよ、こちらがお前が仕える事になる”ブリーゼ領主”、”騎獅将軍”のテオドール・ダールグリュン卿だ」


 テオドールは紹介を受けて椅子から立ち上がる。

 一方でエミルと呼ばれた少年は、今までの快活な表情を”緊張で強張らせていた”。


「テオドール卿、こちらが我が妹イレーネの子、エミルだ」

「お、お初にお目に掛かりますッ!! ぼ……じゃなくってッ! わ、私はアルノルトの甥、エミルと申しますッ!!! い、至らぬ所もあるかと存じますが、どうぞよろしくお願いしますッ!!!」


 相当に緊張しているのか、声が上擦っていた。


「此方こそお初にお目に掛かる。 貴殿を従騎士として預かる事になったテオドールだ。 よろしくお願いする、エミル殿」


 そう言って、テオドールはスッと右手を差し出した。

 それを見てエミルの顔が”ぱぁっと破顔した。


「は、はいッ!!!!!」


 嬉しそうに返事をすると、恐る恐るテオドールの右手に手を伸ばして握手した。

 その光景を横で見ていたアルノルト将軍は、満足げに頷く。


「さて、立場の事もあるのでこれからは”エミル”と呼び捨てにするが良いかな?」

「は、はいッ、テオドール将軍ッ!!!」

「自分のやる事になる職務に関しては分かっているか?」

「はい! 事前に伯父上より教えは受けていますッ!!」

「では、特に私から特にいう事はなさそうだな……。 っと、そうだ」

「? なんでしょう?」

「私の所に従騎士として来るにあたって、何か希望はあるか?」

「き、希望ですか!?」

「まあ、私にできる事に限るのだが……」

「……そ、それならば……一つ、よろしいでしょうか?」


 エミルは緊張した面持ちで深呼吸した。

 そして、嬉々とした表情で切り出した。


「ぜ、是非、テオドール将軍に”剣の稽古”をつけていただきたく思いますッ!!!」

「”剣の稽古”? そんな事でいいのか?」

「そ、その……最初は伯父上やその配下の方からテオドール将軍の話を聞いて……将軍の武勇伝を聞いてずっと憧れていたんですッ!! ぼ、僕も将軍の様な剣士になりたいってッ!!!」


 エミルは、まるで”物語に出てくる英雄”でも見る様なキラキラした眼でテオドールを見ていた。

 その眩いばかりの表情に、テオドールは顔を僅かに顰めた。


「まあ、そんな顔をしないでくれ。 ”剣を持つ者として”、”騎士として”の心得は教え込んである」

「そ、そうなのですか?」

「今は、ちょっと舞い上がっているだけだよ」

「憧れを持つ少年であれば、無くは無い事ですが……」

「エミルが弛んでいると思ったら、卿のやり方でガツンとやってもらってもかまわんよ」

「はぁ……」


 盛り上がっている甥を眺めながら、アルノルト将軍はさり気無くフォローを入れて来た。


(俺なりにガツンと、か……。 感覚的には部下よりも”弟子”に近いんだろうか? それならば……)


「エミル、よく聞け」

「あ、はい!!」

「お前が私をどう思おうと勝手だが、その様な浮かれ気分では私の元ではやっていけないぞ」

「は、はい! すみませんッ!!」

「私に稽古をつけてほしいとの事だが、将来的に戦場に出す事になる以上は生半可な事はせんぞ」

「はいッ!!!」

「以後、従騎士としての職務以外では、お前を私の弟子として扱う事とする!! 通常の調練以外にも私個人が行っている早朝の鍛錬にも参加してもらうぞ!! いいな?」

「は、はい、お師匠様ッ!!!」

「では明日からは、夜明け過ぎに裏庭まで来る様に」

「はいッ!!!」

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