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銀獅子戦記  作者: 黒狼
第二章 オーブ聖皇国侵攻編
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第八話 胸の内

 フェルディナント皇子の命を受けてブリュムの守護役となったテオドールは、ブリュム守備に残す兵2000以外の兵を参謀のオットーに命じてブリーゼへと帰還させた。

 その際、オットーにはブリーゼに残る臣下たちへの指示書を持たせていた。


 オットー自身は、ブリーゼに指示書を届けた後、ブリュムにとんぼ返りする事になっていた。


 その間テオドールは、”堅牛将軍 アルノルト”と共にブリュム駐留軍の編成と、先の戦で損傷した城壁の修繕に注力する事になった。



 そして、慣れない任地で十日程過ごした頃、ブリーゼに戻っていた参謀オットーが数人の配下と共に帰還した。


「オットー、ただいま戻りました」

「ご苦労だったな。 ブリーゼ(むこう)は変わり無かったか?」

「家宰殿ご夫婦を始め、皆さまお変わり無く過ごされていました。 あった事と言えば、(それがし)が妻や娘にあれやこれやと愚痴をこぼされたぐらいですな!」


 そう言い放って、オットーはカラカラと笑った。


「む、お前の細君や娘には寂しい思いをさせてしまっているな……」

「ははは、お気になさらずに! ああ見えても我が妻子は、”武人の妻、武人の子”としての自覚がございますゆえ心配無用ですぞ!!」

「そうか? ならば良いのだが……」

「……テオドール殿、如何なされた?」

「ん……何がだ?」

「いえ、何やら随分と”覇気の無い顔”をされているものですから」


 オットーが指摘をしたとおり、テオドールは普段と比べて精彩を欠いていた。

 疲れからか肌の色つやは悪く、声にも張りを感じられなかった。


「連日の事務仕事で執務室に籠ってばかりだからかもしれんな……。 私とした事が、不甲斐ないばかりだな」


 そう、申し訳なさそうにテオドールは苦笑いを浮かべていた。


「左様でしたか……。 では、侍従長殿から預かって来た”差し入れ”が早速お役にたちそうですな!!」

侍従長(マリー)からの差し入れ?」

「ええ、テオドール殿のお疲れを癒すにはこれが一番だという事で預かってきました」


 その差し入れとは何だろうと、テオドールは暫し考え込む。

 しかし、考えてみたところで答えは出なかった。


(まあ、あのマリーでもそこまで酷いものは送ってくるまい。 精々、俺の好物か気分を落ち着ける香草の類だろう)

「まあいい、執務の休憩がてらにその”差し入れ”とやらを見てみるとしよう。 それはここに持ってこれるものか?」

「よろしければ、すぐにでもお持ちしますか?」

「む、すでに準備してあったか。 相変わらず手回しがいいな」

「お褒めに預かり光栄です。 では、すぐにこちらへお持ちしましょう」


 そう言って、オットーは”意味ありげな笑み”を浮かべて部屋を退出した。


「おっと、言い忘れていました!」

「ん?」


 部屋を出ようとしたオットーが何かを思い出したように振り返る。


「侍従長殿からの言伝があったのでした!」

「言伝?」

「ええ。 『差し入れの返品は却下』との事です」

「……は?」


 オットーは呆けているテオドールを置いて、今度こそ”差し入れ”を取りに部屋を退出した。




 そして、待たされる事数分…………




「では、”確かに”お届けしましたので!」


 ”差し入れ”を持ってきたオットーは、そう言って満面の笑みを浮かべながらそそくさと部屋を出て行った。


 執務室には”微妙な顔をした”テオドールと、件の”差し入れ”だけが残されていた。


「………………」

「はぁ、色々と問いただしたい事は幾つもあるが……。 マリーの奴め……」


 今の状況を想像して当のマリーがどのような顔をしているかと思うと、テオドールは頭が痛くなった。


「……その、やっぱりご迷惑でしたでしょうか?」

「そんな事は無いが……」


 ”差し入れ”…………お仕着せ姿の大きな眼帯を付けた金髪の少女、シャルロッテが頬を赤く染めて俯いていた。


「その……」

「怒ったり、声を荒げたりしないから、言いたい事があるなら言ってみろ」

「は、はい。 その……お義母さんが……」

「マリーがどうした?」

「『旦那様は武人としては立派だけど、”生活力が皆無”だから誰かが傍でお世話をしてあげないと』と、言って私をブリュムに送り出してくれました……」

「……マリィー………………」


 テオドールは頭を抱えて天を仰いだ。

 文句の一つも口に出したかったが、それすらも出来ずにいた。


「あ、あの……テオ様!?」

「い、いや、大丈夫だ……。 色々と言いたい事が頭から吹っ飛んだだけだから……」

「は、はぁ……」

「シャルも長旅で大変だっただろう。 部屋を用意させるから、それまでは俺の自室で寛いでいてくれ」

「え、でも……」

「すまんが仕事が立て込んでるのでな。 夕方までには終わるから続きはその時にしてくれ」

「あ……はい。 それでは、お部屋の方でお待ちしていますね」





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





 テオドールは”普段は深夜遅くまでやっている仕事”を日が落ちる前に切り上げると、シャルロッテを待たせている自室へと向かった。


(マリーには色々と言わなければならない事はあるが……久しぶりにシャルの元気な姿を見れた事だけは素直に感謝したいところだな。 だが、それはそれとして……自分の愛娘をこんな最前線に送り込んで来た事は戻ったら説教してやらねばな……)


 そんな事を考えながら自然と口が綻んでいた。




 コンコン




「シャル、俺だ」


 自室をノックしてみたが返事は無かった。


「入るぞ?」


 返事が無い事を怪訝に思いながらも、テオドールは扉を開けて部屋の中へと踏み入った。


「……これは」


 部屋に踏み入ったテオドールの目に最初に飛び込んで来たのは、”綺麗に整理整頓された自室”だった。

 昨日までは”寝る為だけ”に使われている部屋で、脱いだ服などは床の上に放り捨てていたはずだった。

 しかし、放り捨ててあった服は綺麗に畳まれて一か所に積み上げられ、床やテーブルも拭き掃除がされている様だった。

 そして、綺麗に整えられたベッドの上で、それを行なったであろうシャルロッテが静かに寝息を立てていた。


「これをシャル一人でやったのか……」


 テオドールは、眠るシャルロッテを起こさない様に足音を忍ばせながらベッドへと近づくと、その場で膝を折って屈み、眠っているシャルロッテの顔を覗き込んだ。


(無邪気な顔で眠っているな……)


 シャルロッテの寝顔を見て頬を緩めると、そっと手を伸ばして頭を撫でた。


「…………んぁ……ん?」


 撫でる手がくすぐったかったのか、シャルロッテが小さく声を上げて目を薄く開いた。


「ああ、すまない。 起こしてしまったか?」

「あれ……テオ様? えっ……と、わたし……」

「待ちくたびれたのか眠ってしまっていた様だな」

「ふぇッ!? ご、ごめんなさいッ!!!」

「いい、気にするな。 きっと、長旅で疲れていたんだろう」


 シャルロッテは、恥ずかしいのか頬を赤らめながら、慌てて身を起こした。


「テオ様がお仕事なさっている時に、居眠り何て……!!」

「ははは、いいから気にするな」


 テオドールは、醜態をさらしてしまってあたふたしているシャルロッテを宥めると、自分の隣に座る様に言ってベッドに腰掛けた。

 シャルロッテはそれに習う様にテオドールから”人半分ぐらい”の距離を開けて隣に座った。


「うぅ……久しぶりにお会いしたのに恥ずかしい所をお見せしてしまって……」


 テオドールはそんなシャルロッテの様子を微笑ましく思いながら眺めていた。


「テオ様? どうかなさいましたか?」

「ん? ああ、何か急に懐かしくなってな……。 ほんの半月ほど前は、こういうやり取りが当たり前だったんだな、ってな」

「テオ様……」

「むぅ、いかんな……どうも感傷的になってしまって……」

「テオ様ッ!!」

「ッ!?」


 シャルロッテは突然立ち上がると、隣に座るテオドールの頭をその胸で抱いて抱きしめた。

 そして、”我が子を愛おしむ母親の様に”テオドールの頭を優しく撫で始めた。


「……シャル?」

「やはり……やはり、ご無理をされてたのですね……」

「……なぜ、その様な事を……?」

「お義母さんに、以前もこの様な事があったと聞きました……」

「マリーめ……余計な事を……」

「それにオットーさんも心配なさっていました。 ”何か、ご自分を追い詰めている様だ”と……」

「む…………」


 ”自分を追い詰めている”という言葉に思う所があったのか、テオドールの身体から強張りが消えゆっくりとシャルロッテの胸に体重を預け始めた。


「立場が立場ですから、弱音が吐けないのは分かります。 ですから……せめて、お義父さんやお義母さん、それに…………私には本音で語ってください」

「い、いや……しかし……」

「お義母さん、言っていました。 『私達夫婦は旦那様の使用人である前に家族なのよ』って」

「…………」

「私はお義父さんほど頼もしくも無いですし、お義母さんほど包容力もありません。 でも……そんな私でもよろしければ、弱音を聞かせてください」

「シャル……」

「私には大した事は出来ませんが、お話を聞く事と、こうやって抱きしめてあげる事ぐらいは出来ますから……」


 シャルロッテは穏やかな笑みを浮かべながら、テオドールの頭をぎゅっと優しく抱きしめる。

 抱きしめられたテオドールは、震える両手をシャルロッテの背中へと回して、ゆっくりと力を込めた。


「…………く……ぅう……。 お……お、おれ、だって……」

「…はい」

「おれ、だって……あいつらを……し、死なせたかった訳じゃ……なかった……んだッ!!!」


 テオドールはシャルロッテの胸に縋りついていた。

 子供の様に泣きじゃくっていたのだ。


「はい、何年も一緒に戦ってきた戦友の人達なんですよね」

「その戦友を……おれのせいで……ッ!!! おれがもっと上手く指揮をしてればッ!! おれがもっと強ければぁぁッ!!!」

「では……テオ様はどうすれば良かったと思われますか?」

「どう、すれば……?」

「その場に居なかった私には、”どうすれば良かった”かと、偉そうにいう事は出来ません。 ですが、一つだけ……私にも分かる事はあります」

「そ、それは……?」

「テオ様も皆さんも……”護りたいものの為、成し遂げたい事の為にそれぞれが最善を尽くした”という事です」

「…………」

「確かにテオ様の言う通り、テオ様にもっと力があれば、被害は少なくできたかもしれません……。 でも、それでも……テオ様と共に戦った方々は、その時と同じ事をしたと私は思うんです」

「……え」

「だって……きっと、”テオ様がその人達を守りたいと思っていた様に、その人達もテオ様を守りたいと思っていた”はずだから……」

「ッ!!!」


 テオドールはシャルロッテの胸の中で、”声にならない嗚咽を上げて”泣いていた。

 色々な気持ちを綯交ぜにして、戦友たちと築き上げた様々な思い出を想いながら……。


 そんなテオドールをシャルロッテは、何時までも優しく抱きしめ続けた。




 何時までも……何時までも…………

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