第六話 ブリュム攻略戦
オルキデ会戦での決着から遡った前日の深夜、”騎獅将軍”テオドールの率いる騎馬隊1000と”駿馬将軍”マルクスの率いる騎馬隊2000は、その部隊を数百毎の小隊に分けて月の明かりを頼りにオルキデ平原を大きく迂回するルートを進んでいた。
僅か3000の騎兵による本拠地への奇襲攻撃。
それが騎馬隊を率いる両将軍に与えられた役割だったのだ。
そしてオルキデ会戦が開戦する日の夜明け前、敵本拠地ブリュムを臨む丘の上に両将軍が率いる3000の騎兵が集結した。
連日の強行軍で兵達には疲労の色が見えたが、兵達の士気は思いの外高かった。
「テオドール殿」
「オットーか。 準備は整ったか?」
「はッ。 ”駿馬将軍”の騎兵2000と、将軍に預けた我が方の騎兵700、夜明け直前にブリュムに仕掛けるとの事」
「”例の物”の組み立てはどうだ?」
「そちらも問題無く……。 指示のありました精兵100の選抜もすでに完了しております」
「良し、”決死隊”には休息を取らせろ。 出番まで体力を温存させるんだ」
「ははッ」
オットーが走り去るとテオドールはブリュムの方へと視線を戻した。
「さて、まずは”駿馬”殿のお手並み拝見だな」
地平線が紫から青に変わる頃、夜明けの澄んだ空気に角笛の調べが響き渡った。
「全騎騎乗ッ!! 今こそ北方で蛮族相手に鍛え上げた我らが弓の腕を披露する時だッ!!! 寝ぼけている聖皇国の弱兵共に矢雨を馳走してやれッ!!!!!」
「「「おおおぉぉぉぉーーーーーーーーッ!!!!!」」」
「旗を掲げよッ!!!」
その言葉に応え、”白い下地に百舌鳥と若駒”の旗が上空に翻った。
「全騎、我に続けぇぇぇぇぇッ!!!!!」
「「「おおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」」」
未だ薄暗い中、ブリュムの城壁の上に僅かに灯る篝火を目印にマルクス将軍率いる騎馬兵2700は丘を駆け下りて行った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
日の出直前 オーブ聖皇国 ブリュム西門
篝火が焚かれた城壁の上で寝ずの番の城兵は誰に憚る事無く大あくびをしていた。
「おい、隊長にどやされるぞ?」
「いや、もうすぐ交代だと思うとつい……な?」
大あくびを非難してくる同僚に軽く返事を返すと、城兵は眠い目を擦りながらあたりを見回した。
目の前には、日の出を目前にして明るくなってきた空と、薄く朝靄が立ち込めた大地が広がっていた。
城兵にとってはいつもの光景だ。
その光景を眺めながら、交代の兵を待ってそわそわしていた城兵は、朝靄の中に何やら”輝くもの”が一瞬見えた気がした。
「……ん? 今、何か光った様な……」
ドスッ
その直後、城兵の横で何か鈍い音が聞こえた。
「へ?」
城兵は怪訝に思いながら、音のした方を振り向いた。
ドサッ
そこには”頭に矢を生やして”倒れる”先程まで話をしていた同僚”の姿があったのだ。
「ッ!?!?!」
それを見た城兵は、一瞬その事を理解できずにその場に立ち尽くしてしまった。
ヒュンヒュヒュンヒュンヒュヒュンヒュンヒュン……
立ち尽くした城兵の耳に”無数の風を斬る音”が聞こえて来た。
「て……て、てきしゅッ……!?」
ドスッドスッドスッドスッドスッドスッ
城兵はその言葉を言い終える事無く、無数の矢をその身に食らって倒れ伏した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
マルクス率いる騎兵2700は、明け方の薄暗さと朝靄を隠れ蓑にしてブリュム西門に接近、最初の一斉射を合図に戦闘を開始した。
「マルクス将軍、どうやら初手は上々の様で」
「貴様は……”騎獅将軍”所から寄越された隊長だったな。 確か名は……」
「千人長のマルテです」
「そうだったな。 貴殿等の馬上弓の腕前、なかなかだったぞ!」
「お褒めに預かり光栄です」
その後マルクス率いる騎兵2700は、隊を900ずつの三隊に分けると各隊毎に散ってブリュムに再度攻撃を開始した。
隊を分ける事によって同時に複数の城門に対して攻撃を仕掛けたのである。
ブリュム守備兵も初手の攻撃による混乱を治めると弓や投石で反撃を開始したが、機動力を生かして駆けながら矢を射かけてくる騎兵相手にはほどんど成果は上がらなかった。
更に完全に夜が明け切ると、マルクスが自身が率いる隊以外の二隊をブリュム近くの森に退かせて、自身の隊900のみで縦横無尽に四方の門に波状攻撃を仕掛けた。
攻撃が著しく弱まった事を察知したブリュム側は、その隙を付いてオルキデ平原へと兵を進めているセドリック皇子の本隊へとブリュムの危機を知らせる早馬を放った。
マルクスは”あえて”その早馬を放置、以後三隊を交代で休ませながらブリュムに対して休み無く攻撃を続けた。
そして、太陽が中点に差し掛かった頃には、ブリュムの兵は城壁のあちらこちらに走り回り迎撃を続けた事によりすっかり疲弊していたのだった。
ブリュム東の小さな丘の裏手にテオドール率いる決死隊100が息を潜めて待機していた。
その多くは、テオドールと共に戦場を長年駆け抜け続けた元傭兵達であり、先のアーベマフォン王国での戦を戦い抜いた歴戦の猛者達である。
それが現在、テオドール指揮の元、四隊に分かれて整列していた。
内訳は
テオドール自身が率いる斬り込み隊30
長弓を装備した弓兵隊30
身軽に動けるギリギリの重武装に身を包んだ盾兵隊30
そして、”亀械将軍”フーゴに託された最新式の”雲梯(城壁を駆け上がるための梯子状の攻城兵器)”を準備している参謀オットーが率いる兵器隊10
の各隊である。
「報告しますッ!!!」
そこにマルクス将軍が寄越した伝令兵が駈け込んで来た。
「”獲物は程良く茹で上がった。 これより仕上げに入る”との事ですッ!!」
「ご苦労、下がって休め」
「ははッ!!」
伝令兵を下がらせると、テオドールは居並ぶ配下達へと向き直る。
「皆、聞いての通りだ! これより我らが決死隊は”ブリュム城門へと駆け上がり、東門を開け放つッ!!! 恐らく夕刻前には敵の本隊がブリュムに戻ってくる筈だ。 それまでにブリュムに”百舌鳥の軍旗”を立てるぞッ!!!」
「「「おおおぉぉーーーーーーーーッ!!!」」」
「全騎騎乗ッ!!! 我らでこの戦、終わらせるぞッ!!!!!」
「「「ヤーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」」」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
マルクスが指揮する三隊がそれぞれ、西門、北門、南門へと攻撃を仕掛ける中、テオドールが率いる決死隊100は馬を駆って現在一番手薄の東門へと進軍した。
予め用意してあった三台の雲梯も最後尾の兵器隊の馬に引かれて運ばれていた。
「て、敵襲ッ!!!」
城門まで数百mまで近づいた所で東門に居残っていた僅かな城兵が決死隊の接近に気が付いた。
「弓隊ッ!!!」
テオドールの号令に弓隊30は城門まで100mほどの場所で馬を止め、騎乗したままで長弓を番えた。
一方で東門の城兵達は、弓隊を置き去りにして駆け抜けてくる他の騎馬に気を取られてしまったため、弓隊の動きに気が付くのが少々遅れてしまった。
「ぐッ……弓隊を……」
「射落とせぇッ!!!!!」
城兵達が慌てて弓隊に矢を放とうと構えた瞬間、テオドールの掛け声と共に一斉に矢が放たれた。
それによって数人の城兵が矢に打ち抜かれて悲鳴が上げた。
それを聞いた他の城兵は及び腰になり碌な反撃もせずに城壁に身を隠してしまった。
「全騎下馬ッ!!! 弓隊はその場で牽制、兵器隊は雲梯の用意、盾隊、斬り込み隊は兵器隊を護衛しろッ!!!」
テオドールの指示に従い、決死隊が一糸乱れる事無く陣形を整えた。
兵器隊と攻城兵器を中心に円陣を組み、その後方で弓隊が何時でも矢を放てるように構えた。
「さて……皆の者、我らの出番だッ!!! 杭を打ち込み兵器を固定ッ!!!」
兵器隊はハンマーを振り上げて、雲梯の横に取り付けられた固定用の杭を地面に打ち付けて雲梯をその場に固定する。
それを阻止せんが為に城壁から矢が放たれるが、盾隊によってその攻撃は阻まれる。
「テオドール殿、準備整いましたッ!!!!!」
「良しッ!!! 斬り込み隊、用意ッ!!!」
その声に従い、斬り込み隊の内半数が三台の雲梯から伸びるロープに飛びついた。
「始めるぞッ!!! 盾隊構えッ!!! 弓隊の一斉射の後全力で駆け上がれッ!!!!!」
「「「おおおぉぉぉぉぉッ!!!!!」」」
「弓隊構えッ!!! 合図と共に斉射ッ!!!!!」
「「「ヤーーーーーーーーーッ!!!!!」」」
「斬り込み隊、斉射と同時にロープを力の限り引けぇッ!!!!!」
「「「っしゃぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」」」
テオドールは円陣の真ん中で剣を引き抜くと、そのまま剣を高々と掲げる。
それを見た城兵達は、一際目立つ”白銀の騎士”に一斉に狙いを定め弓を引き絞る。
しかし、テオドールはそれに構う事無く剣を城壁に向けて振り下ろした。
「放てぇぇぇーーーーーッ!!!!!」
その声を合図に、弓隊の矢が一斉に放たれる。
更に、矢が放たれたのと同時に、斬り込み隊が一斉にロープを引いた。
両軍の矢が空中で行き交い、互いに矢の雨を降らせ合う。
城壁の上では、矢を放った城兵の何割かが放たれた矢に射抜かれてバラバラと城壁から落下した。
対する決死隊の方も盾を持たぬ斬り込み隊、弓隊にいくらかの死傷者を出した。
そんな中……斬り込み隊の半数がロープを引く力を動力にして、折りたたまれていた雲梯の梯子がものすごい勢いで展開されて城壁の上部へと延びて行ったのだ。
そして、それは城壁の上まで到達した。
「突撃ッ!!!!!」
梯子が展開されると同時に、盾隊を先頭に弓隊を除いた決死隊の面々が武器を片手に雲梯に取り付いた。
城兵達は慌てて、登ってくる決死隊を打ち落とそうと矢を放つが先頭の盾隊の盾に阻まれた。
大きな石を落として雲梯を破壊しようとする者も居たが、そういう者は弓隊が優先して狙い撃った。
だが、決して決死隊も無事ではなかった。
放たれる矢の幾らかは盾隊の盾をすり抜けて盾を持たない斬り込み隊を射落とし、下に残っていた弓隊も徐々に数を減らしていった。
更に、正面から矢を受け続けている盾隊の兵士も先頭の者から順に全身に矢を受けて絶命していった。
しかし、決死隊は”傷つき倒れた戦友を梯子から突き落としながら”も城壁の上を目指して進み続けたのだ。
「ぐ……くそ、済まねぇ将軍……おりゃ、ここまでみてぇだ……」
テオドールのすぐ前を進む盾隊の隊長は、矢襖となった盾を掲げながら弱々しく呟いた。
「最後まで、お守りできなくてすんません……後、頼んでいいっすか……?」
「……十分だ、お前達がこの戦の”第一戦功”だッ!! 胸を張れッ!!!」
「へへ……”隊長”、最後に……奴らのド胆を抜きまさぁ……。 ”隊長”はそのまま駆け抜けてくれッ!!」
そう言うと、盾隊の隊長は重くなった盾を投げ捨てて、その場で立ち上がった。
「はぁっはっはっはっはッ!!!!! 貴様等の軟弱な矢なんぞ、何百本とこの身に受けても屁でもないわッ!!!!!」
立ち上がって啖呵を切った盾隊の隊長に無数の矢が降り注いだ。
隊長はそれを”後ろに通さない”とばかりに両腕を広げてそれをその身に受けた。
全身に矢を喰らい針鼠の様になった隊長は、絶命する寸前に最後の力を振り絞って自身の身体を横へと倒し、梯子から自ら落ちていった。
盾隊の隊長の凄まじい最後を目の当たりにして、城兵達に戦慄が広がった。
その時、梯子から落ちてゆく盾隊の隊長の影から一陣の風が駆け抜けた。
城兵達がそれに気がついた時、彼らの目の前で四人の城兵の首が転げ落ちていた。
「この……ッ!!! ”騎獅将軍”テオドールが一番乗りだッ!!!!!」
「「「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーッ!!!!!」」」
城壁の上でテオドールが血濡れの剣を高々と掲げて名乗りを上げる。
その姿を見て、未だ梯子を上っていた決死隊の面々が一斉に歓喜の声を上げた。
「や、奴は一人だッ!!! 取り囲んで城壁から突き落とせッ!!!!!」
城壁の上にいた隊長格の城兵が、槍兵達に檄を飛ばす。
槍兵達は慌てた様子でテオドールを遠巻きに包囲した。
「殺せッ!!! この”銀色の悪魔”を殺せぇッ!!!!!」
「者ども、将軍をやらせるなッ!!! かかれぇぇぇぇぇッ!!!!!」
テオドールを付き殺さんと、槍兵達は一斉に飛びかかろうとした。
しかし、その時には生き残った決死隊の面々が次々と城壁の上に上がって来ていたのだ。
「オットーッ!!!」
「ははッ!!!」
「お前は半数を率いて”軍旗”を掲げてこの場を維持しろッ!!!」
「御意にございますッ!!!!!」
オットーは即座に背中に背負った”軍旗を巻き付けた槍”を手にして軍旗を広げた。
ブリュムの東門に”白地に百舌鳥と獅子”の軍旗が翻った。
「残り半数は私に続けッ!!! 城門を開け放つぞッ!!!!!」
「「「ヤーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」」」
テオドールは切り込み隊の猛者達を引き連れて、挑みかかってくる槍兵に正面から斬りかかった。
斬り込み隊の猛者達も手に手に剣や斧を握りしめ、テオドールに続いた
その後……
テオドールは、決死隊の約半数を失いながらも東門を開け放つ事に成功。
開いた東門にマルクス率いる騎兵2700が即座になだれ込んだ事により、ブリュムは陥落した。
陥落した後も、ブリュムを守備していた将軍は少数の兵と抵抗していたが、マルクス自身に狙撃されて戦死した。




