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銀獅子戦記  作者: 黒狼
第一章 南方方面軍編
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第二話 眼帯

「わぁ……」


 隻眼の少女シャルロッテは、目の前の屋敷を見上げて驚きの声を上げた。


 そこは帝国軍騎士隊長テオドールに与えられた邸宅だった。

 元々は、この地に住んでいた下級貴族の屋敷だったのだが、先の戦いでこの街を占領した際に接収されたものだ。

 この様な屋敷は、テオドールの様な高級仕官の邸宅として利用されていた。


「ここが今日からお前が暮らす事になる家だ」

「……こ、こんなお屋敷にですか!?」

「そんな事で驚いていてどうする? この界隈は、この程度の家ばかりが軒を連ねているんだぞ?」

「はぁ……」

「何時までも道端で呆けてないで入ってこい。 家の者を紹介する」

「あ……は、はい!」


 屋敷へと入って行くテオドールに、シャルロッテは慌てて続いた。




         ◆     ◆     ◆     ◆     ◆




 屋敷へと踏み入ったシャルロッテを出迎えたのは、一組の壮年の男女だった。


「お帰りなさいませ、旦那様」

「これは、お早いお帰りで」

「うむ。 私が留守の間に変わりは無かったか?」

「此方は何事も無く……。 所で其方のお嬢さんはどなたですか?」

「……ひぅッ!?」


 いきなり話を振られたシャルロッテがビクッと反応してテオドールの影に隠れてしまった。


「あらら……」

「もぅ…あまり怖がらせるんじゃありません! ごめんね、お嬢ちゃん。 うちの亭主が怖がらせちゃったみたいで」

「あ…ごめんなさい……」

「やれやれ……」


 怯えるシャルロッテと、戸惑う壮年の男女を見比べてテオドールは溜息を吐くと、後ろに隠れていたシャルロッテをそっと前に押し出した。


「その娘はシャルロッテ、私が引き取る事になった。 一先ず、見習いとして屋敷に置くので面倒を見てやってくれ」

「シャ…シャルロッテです……」

「で、こっちの男の方がヴァルター、女の方がマリーだ。 夫婦で屋敷の全般を取り仕切っている」

「テオドール様にお仕えするヴァルターです。 よろしく、シャルロッテさん」

「マリーよ、困った事があれば何でもおばさんに頼ってね」

「は、はい! よろしくお願いします…」


 緊張する中、必死に声を絞り出して返事をするシャルロッテの初々しい姿に使用人夫婦が思わず笑みをこぼした。

 それを見て、”この様子なら大丈夫だろう”とテオドールは安堵していた。


「さて、見ての通りシャルは現在この有様だ」


 そう、現在のシャルロッテは元々のボロボロの服の上から粗末なローブを被っただけの姿なのだ。


「マリー、シャルの身体を洗ってやって着る物を見繕ってやってくれ」

「はいはい。 さ、シャルちゃんこっちにいらっしゃい。 おばさんとお風呂に入りましょう?」

「……おふろ?」


 マリーは、イマイチ状況を呑み込めていないシャルロッテの手をそっと取ると屋敷の奥へといざなった。

 シャルロッテは、躊躇しながらテオドールを見上げていたが、テオドールが”大丈夫だ”と頷くと戸惑いながらマリーについていった。




         ◆     ◆     ◆     ◆     ◆




 風呂とは言っても、大陸南部には湯を張るという風習は一般的ではない。

 それなりの規模の貴族の邸宅なら湯殿を備えている所も少なくはないが、テオドールの屋敷の規模では、精々水浴び用の部屋が用意されている位である。


「さ、服を脱ぎましょうね」


 シャルロッテは、少し戸惑いながらもそれに従って服を脱いでいく。

 その身体は、同じ年頃の娘と比べて大分細く、血色も決していいとは言えなかった。

 更に腕や背中等、服に隠れている場所には、幾つもの刀傷や青痣が残っていた。

 マリーは、一瞬顔をしかめはしたものの、シャルロッテを不安がらせない様に表情を崩さない様にしていた。


「ほら、お顔の包帯も……洗い終わったら新しい包帯に変えてあげますから、ね?」

「……はい」


 シャルロッテは、僅かに躊躇した後、意を決して包帯を外した。


「……」

「まぁ……」


 シャルロッテの右目には、”目を両断し、頬まで届く”様な傷痕があった。

 この様子では、瞼はおろか眼球に至るまでがダメになっているのだろう。

 それは明らかに人の手で付けられたものだった。


「……ごめんなさい」

「え?」

「……”こんなの”見たくないですよね?」


 シャルロッテがまるで泣きそうな表情をしていた。


「ああ、ごめんなさいね。 おばさん、ちょっとびっくりしてたみたいね」

「いえ……」

「そうだ! じゃあ、おばさんがシャルちゃんに良いものを作ってあげるわ」

「……?」

「それは見てからのお楽しみ! 先ずは身体を洗っちゃいましょうね?」

「……はい」


 シャルロッテはたらいの中に座らされると、マリーの手で頭のてっぺんからつま先に至るまで徹底的に洗われた。

 身体中の垢を落とし、ボサボサに伸びきった髪は肩の辺りまで綺麗に切り揃えられて丹念に櫛で梳かされた。

 下着は真新しいものが用意され、シャルロッテの身体のサイズに合いそうなお仕着せの様な黒いワンピースを着せられた。


「ちょっと、サイズは大きいみたい。 今夜にでも調整してあげるから、今はそれで我慢して頂戴ね」

「はい…」


 着慣れない服を着て落ち着かない様子のシャルロッテを椅子に座らせて、マリーは横で縫物を始めた。


「わぁ、早い……」


 その見事な手腕にシャルロッテが感嘆の言葉を発する。


「できた!」

「もう、終わったんですか? すごい……」

「シャルちゃん、ちょっと動かないでね?」

「?」


 マリーは、シャルロッテの座る椅子の後ろに回り込むと、先程まで縫物をしていた”ソレ”をシャルロッテの顔に当てて、紐を頭の後ろで縛った。


「シャルちゃん、痛くない?」

「えっと…大丈夫です」

「うん、こんな所かしらね」

「?」

「見てごらんなさい」


 そう言って、マリーはシャルロッテに手鏡を手渡した。


「あ……」


 そこに映っていたのは、右目から頬までの傷痕をすっぽり覆ってしまう様な大きめの”黒い眼帯”だった。

 それは一見、無骨に見えるものだったが、今までの包帯に比べれば格段に痛々しさが無かった。

 それに包帯をぐるぐる巻きにするのでは無く、細い紐で結んであるので髪の毛や額を隠す事も無くなっていた。


「即興で作ったから、飾り気の無いものになっちゃったけど今日の所はこれで我慢しててね。 時間が出来たら、もうちょっとお洒落なのを作ってあげるわね」

「あ、あの……」

「何?」

「その……似合いますか?」


 シャルロッテは、右目の眼帯にそっと手を触れながら、マリーに尋ねた。

 そうするとマリーは、ちょっと意地悪そうにニンマリと笑った。


「ええ、とっても。 今のシャルちゃんを見たら、シャルちゃんの事を惚れ直すんじゃないかしら?」

「……え?」

「ささ、旦那様がお待ちかねよ」


 すっかり身支度を整えたシャルロッテは、上機嫌のマリーに背中を押される形でテオドールの元へと戻るのだった。

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