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銀獅子戦記  作者: 黒狼
第二章 オーブ聖皇国侵攻編
19/62

第五話 オルキデ会戦

 東部方面軍第二軍団の将軍達は、攻め入ってくる聖皇国軍を迎え撃つ為に各自の所領へと帰還し出撃準備を行う事になった。

 聖皇国軍がこちらの予想よりも早く動く事もあり得るので、各自早急に兵を纏めて国境の砦へと集結する事になったのだ。

 テオドールも例外ではなく、部下たちと共に急ぎブリーゼへと取って返していた。




 コンコン




『テオ様、よろしいですか?』

「ん、シャルか。 今手が離せん、構わんから入ってこい」

『はい、失礼します』


 そっと扉を開けてシャルロッテが執務室へと入って来た。


「どうした?」

「はい、オットー参謀から報告書を預かってきました」

「む、相変わらず仕事が早いな」


 テオドールは報告書を受け取るとそれを素早く一瞥した。


「大方の準備は整ったか……。 これなら予定通り、明後日の早朝には出撃できそうだな」

「また……戦争なのですね……」


 不安げな声でシャルロッテがぼそりと呟いた。


「すまんな、領地経営が軌道に乗って来たというのに。 しばらく留守にする」

「い、いえ……」


 テオドールは、不安げな表情で俯くシャルロッテの頬にそっと手を当てた。


「…………あ」

「そんな顔をするな、大丈夫だ」

「テオ様…………はい」


 シャルロッテは顔を綻ばせると、頬にあるテオドールの大きな手に自分の手を重ねた。


「留守は任せるぞ」

「はい! お義父さん、お義母さんと一緒にテオ様や皆さんの無事なおかえりをお祈りしています!!」

「うむ」


 シャルロッテが大丈夫な事を確認すると、テオドールはその手を放して席へと戻った。


「あ、あの……」

「ん? まだ何かあるのか?」

「は、はい……えっと……」


 シャルロッテは”テオドールの腕”をチラチラ見ながら、恥ずかし気な表情でポケットの中から何かを取り出した。

 それは以前見た事のある”金髪で編まれた紐”であった。


「それは……」

「その……ご迷惑かと思ったのですけど……居ても立ってもいられず、また作ってしまいました……」


 それは以前にも作った”戦場で身を守り、生還を祈願するお守り”であった。


「私などが用意するのは筋違いとも思ったのですが……。 て、テオ様には、奥方様もお母上も妹君もご息女も居られませんから……」

「すまんな、ありがたく貰っておこう」

「はい!」


 差し出されたテオドールの腕にシャルロッテがその手でお守りを結びつける。


「フ……これは是が非でも無事に帰らなければな」

「ご武運を……」





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆






 オーブ聖皇国 ブリュム


 セドリック皇子執務室



「殿下、失礼いたします」

「サイモン将軍か、どうかしたのかい?」

「帝国軍が国境の砦に集結しました。 やはりこちらを迎え撃つつもりの様です。 兵数は2万数千、櫓や投石器も用意されている様です」

「想像より少ないか……。 サイモン将軍、どう思う?」

「そうですな……」


 サイモンはセドリック皇子の問いに答える為に執務机に周辺の地図を広げた。


「恐らく戦場はオルキデ平原の両国の国境線になっているプレ川のあたりでしょう。 プレ川は水量の少ない浅い川なので橋を使わずに両軍、川を挟んでのにらみ合いになるかと思われます」

「浅いとはいえ川があるのでは、どちらも”守りやすく攻めにくい”って事かい?」

「そうです。 更には……」


 サイモンは地図上の”両軍がぶつかる戦場と予想される場所”に目印になる駒を置いた後、その目印を中心に大きな円を描いた。


「この周辺には小さな森や丘がいくつもあります。 大軍を隠す事は容易ではありませんが、数百程度に隊を細かく分ければ2~3000程の兵は伏せられるかと」

「……つまりは伏兵?」

「はい。 僅か3000程の伏兵でも、戦況を変える事は可能です」

「ふうむ……では、どうすればいいだろう?」

「我々の方が敵より10000程多くの兵を連れています。 その数の差を活かしましょう」


 そういうとサイモンは地図の上を戦場に見立てて両軍の駒を並べ始めた。


「まずは全軍37000の内、5000を別動隊として後方に下げます。 しかる後、残った32000を本隊として敵の本隊とぶつかります」

「ふむ……それで、伏兵の備えは?」

「それは別動隊5000が担当します。 戦闘中も多くの斥候を周辺に放ちいち早く伏兵を見つけさせ、それを別動隊で防ぎます」

「それならば伏兵に好き勝手にやらせなくて済みそうだな」

「ですが殿下、これはあくまで”負けない戦術”です」

「何? 我が方の兵が多いのにか?」

「はい。 この兵数で奇策無しに勝ちに行けば、恐らく多大な犠牲を払う事になるでしょう。 それに此度の戦は……」

「父上の言っておられた”負けぬ戦をせよ”という事か?」

「は、左様にございます。 此度の戦は”負けぬ事”こそ最大の戦功となる事でしょう」


 セドリック皇子は少し考え込んだ後、意を決して席から立ちあがる。


「よし……では、それで行くとしよう! サイモン将軍、すぐに出撃準備をッ!!」

「ははッ!! 早急に準備を整えます」





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆







 その出撃命令から五日の後、帝国軍25000、聖皇国軍37000はオルキデ平原のプレ川を挟んで対峙した。


 時々、散発的に矢を射かけ合う事もあったが両軍とも川には足を踏み入れようとはしていなかった。






 その夜  帝国軍陣営



 フェルディナント皇子の陣幕に主だった将軍達が集まっていた。


「まったく、奴ら全然動きやがらねぇ……」

「こうも亀の様に籠られるとは思いませんでした。 大軍で守勢にまわられると厄介ですね」

「このままでは別動隊に支障があるかもしれませんね……」


 将軍達は固く守って陣を出てこない聖皇国軍を攻めあぐねていた。


「今日の川を挟んでの矢の射かけ合いで、敵の弓兵の練度は”あまり高くない”事は分かりました。 そこから推移するに敵軍全体の練度、士気は低いようです」

「そうか。 ならば……”誘ってみる”か?」

「誘う?」

「うん」


 皇子は卓に置かれた”本隊の駒”ズッと前に推し進めた。


「前衛のランドルフの隊とアルノルトの隊はそれぞれ左右にずれて両翼に、フーゴの隊は本隊の後方に、そして……本隊を前衛に押し上げる!」

「これは!?」

「奴らの前に”餌をぶら下げる”!」

「なんと! 殿下自らで囮をなさるとッ!?」

「出てこないならば、”出てこさせればいい”だけだ!」

「ほほう、思い切りましたな」


 将軍達が驚く中、賢狼将軍ギュンターだけは感心した様な声を上げる。


「僕が前に出ている間は、ギュンターに本隊の指揮を任せる!」

「畏まりました」

「そういう訳だから、無茶をするよヴェルナー、エアハルト」

「御意。 我らが御身を守ります」

「無茶は毎度の事ですよ。 キッチリ守りますのでご安心を」


 皇子の言葉に、背後に控えていた護衛の二人が意気揚々と答えた。


「良し、各々早朝の出陣までに配置の変更を指示し、支度を整えておく様に!!」

「「「御意ッ!!」」


 作戦が決まると将軍達は明日の準備を進めるために各々一礼してから陣幕を後にした。





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





 次の日の早朝、プレ川を挟んで両軍は対峙した。


 朝靄に霞む川岸に帝国側から三騎の人影が前へ出た。

 小柄な人影を先頭に他の二騎が左右に付き従っていた。

 その中でも一際大きい人影が”己の存在を示す”様に”白地に琥珀色の百舌鳥”の旗印を頭上に翻した。


『聞け、オーブ聖皇国の弱兵、弱将どもッ!!! 我が名はフェルディナント・リリエンタール・ベルンシュタインッ!!! 帝国軍東部方面軍第二軍団の総大将であるッ!!!!!』


 突然、響き渡る声に聖皇国陣営が俄かにざわつき出す。


「な、何事だ!?」

「殿下、あちらを! あれは……フェルディナント皇子です!!」


 サイモン将軍が指さした先に、馬に跨った少年が見えた。

 背後に護衛と思わしき二人の騎士を従えている。


『セドリック皇子よッ!! 我が方より遥かに多い兵力を有していながらなぜ攻勢に出ないッ!? それは噂通りに貴様が無能だからかッ!? それとも聖皇国の皇族は皆、貴様の様な臆病者ばかりなのかッ!!!』


「な、何ぃ……!!」

「殿下、落ち着いてください!! これは挑発ですぞッ!!」


 フェルディナント皇子の言葉にセドリック皇子は憤慨する。

 それを隣にいるサイモン将軍が窘めた。


「サイモン、なぜ止めるのだッ!! あの小僧は私のみならず、我が聖皇国の皇家をも馬鹿にしたのだぞッ!!!」

「伏兵の事をお忘れか!? 逆にお考え成されよ!! 敵は誘っているのですぞ!!!」

「ぐ……伏兵か……」

「ああしてこちらを誘っているという事は、敵はこちらが攻勢に出る事を誘っているのです!!」


 サイモン将軍の言葉を聞いて、セドリック皇子は震える拳を抑える。


「おのれ……帝国の小僧め……!!!」





「へぇ、出てこないか」

「セドリック皇子が我慢強いのか、それともサイモン将軍が有能なのか……」

「でもこうやって”俺等”と対峙している時点で……ねぇ、殿下?」


 軽愚痴をたたくエアハルトの言葉を聞いて、フェルディナント皇子は微かにほくそ笑んだ。


「そうだね。 この時点で…………





  僕たちの勝ちだ!」






 それと時を同じくして、聖皇国軍が俄かに騒めきだした。


「なんだ? まさか伏兵かッ!?」

「いえ殿下、どうやらあれは我が方の早馬の様です」


 程なくして、聖皇国の軍装を身に纏った伝令兵が息を切らしながらセドリック皇子の所へ駈け込んで来た。


「皇子、サイモン将軍ッ!! き、緊急事態ですッ!!!」

「礼はいい!! 何があったか簡潔に話せ!!」

「は、ははッ!! ブ、”ブリュムが何者かの攻撃を受けております”ッ!!!」


 伝令兵の言葉に陣内に戦慄が走った。


「な、何だとッ!?」

「夜明け前に襲撃を受けたため、敵の数は不明ですが……敵は全騎騎兵、恐らく5000は下らぬかと思われますッ!!!」

「なッ!? ま、まさか奴らは、我々が伏兵と思っていた戦力を本拠地の奇襲に使ったというのかッ!?」

「殿下、落ち着いてください! 仮に敵が騎兵5000とはいえ、ブリュムにも相応の備えはしてあります!! どう行動するにせよ、まずは総大将たる殿下が落ち着いてください!!」

「ぐ……サイモン、どうすれば良い!?」

「今は心を落ち着けてください! まず、情報が少なすぎます。 戦線を維持しつつ、後続の伝令を待ち、こちらからも斥候を放ちましょう!!」

「う、うむ……では、それで……」


 セドリック皇子がサイモン将軍の提案を採用しようとしたその時……


「で、殿下、将軍ッ!!」


 セドリック皇子の傍仕えの兵士が声を上げる。


「今度はなんだッ!?」

「敵軍に動きがッ!! 敵陣に無数の軍旗が立ち始めましたッ!!!」


 その兵士が言う通り、帝国軍陣営のあちらこちらで無数の軍旗が靡いていた。


「こ、これは一体……!?」


 聖皇国軍が騒然とする中で、フェルディナント皇子の声が響き渡った。


『聞けぇッ!! 貴様等の拠点であるブリュムは”陥落した”ッ!!!』


「な、何を馬鹿げた事をッ!!!」

「殿下、騙されてはなりませんッ!! ブリュムには強固な城壁と、若干ですが守備兵も居ります! 仮に5000程度の騎兵相手ならば数日で落ちるなどありえない事ですッ!!!」


 セドリック皇子達が困惑する中、フェルディナント皇子は腰に佩いた剣を抜き放った。


『この戦、我らの勝利だッ!! 皆の者、勝鬨を上げよッ!!!!!』




『『『おおおおおおおぉぉぉぉッ!!!!!』』』




 フェルディナント皇子の号令で帝国軍が一斉に勝鬨を上げた。

 その鬨は天に響き渡り、それは聖皇国軍に戦慄と恐怖を刻み付けた。


「う、狼狽えるなッ!! 奴の戯言に惑わされるなッ!!!」


『これより”掃討戦”を開始するッ!! 全軍、”敗残兵”どもを掃討せよッ!!!』


 フェルディナント皇子の剣が号令と共に振り下ろされると、背後に控えていた帝国兵が一斉に槍を構えて前進を始めた。

 それと同時に投石器がうなりを上げ、無数の岩が聖皇国軍の頭上に降り注いだ。


「ひッ!? こ、こんな馬鹿な事が……」


 セドリック皇子が狼狽える中、次々と降り注ぐ岩と、迫り来る敵兵の姿に聖皇国軍の兵士達は蜘蛛の子を散らす様に逃走を始めた。


「ぐ……何て事だッ!! 殿下、殿下ッ!!!」

「あ……ああ、サイモンッ!!! わ、私はどうすればいいッ!? どうすればこの状況をッ!!!」

「真に遺憾ながら、このままでは戦になりません。 殿下はすぐに兵達を率いて撤退してください!!」

「わ、分かったッ!! も、者ども、撤退だッ!!! 退け、退けッ!!!!!」


 セドリック皇子は震えながら、何とか声を絞り出し周囲の兵に撤退を指示した。

 何とかその場に踏みとどまっていた兵士達も、その声に促される様に次々に逃走を始めた。




『全軍進めッ!!! 聖皇国皇子セドリックと敵将サイモンを捕らえよッ!!!』




 趨勢が定まった戦場に”勝者の鬨”と”敗者の悲鳴”が響き渡った。



 後に”オルキデ会戦”と呼ばれるこの戦いは、当初の予想に反して帝国軍の圧倒的勝利で集結した。


 だが逃げ惑う聖皇国軍は知る由もない……

 この時、本拠地のブリュムが”未だ健在”であった事を…………。

 次回はオルキデ会戦の裏話、別動隊のブリュム攻略戦です。

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