第四話 野望の第一歩
任命式の後、テオドール達が『ダールグリュン男爵領 ブリーゼ』に入ってから数か月が過ぎた。
ブリーゼ入りをしてすぐに、テオドールを中心に領内の体制を急ピッチで整えていった。
先ずは旧テオドール隊の小隊長達をそれぞれ昇進させて騎士団の新体制を構築、新たに領内に布告して募兵、戦時の徴兵の体制を整えた。
それと同時にフェルディナント皇子より派遣されたブリーゼ付の代官”ルッツ”とテオドールの参謀へと就任したオットーに一任して、領内の内政の充実をさせる事になった。
それによりより多くの軍資金と兵糧を確保するのが狙いだ。
そんな中テオドールは連日、領主館の執務室に籠って大量の書類と格闘していた。
書類仕事自体は部隊長時代に経験はしていたが、領主ともなればその量は部隊長時代の比では無かった。
連日、朝から晩まで書類と向き合い処理していかなければ、あっという間に執務室が書類で埋もれてしまう程であった。
こうしてテオドールと旧テオドール隊の面々は、数か月その作業に掛かりきりになったのだ。
そんな忙しい日々の中でも一つ喜ばしい出来事があった。
正式にテオドール付きの侍従となっていたシャルロッテが、家宰のヴァルターと侍従長のマリーの夫婦の養女になる事になったのである。
元々、夫婦は子宝に恵まれていなかったという事もあるが、”エッシュでの一件”を共に乗り切ったというのが大きかった様だ。
シャルロッテは最初は恐縮してその話を断っていたのだが、夫婦の熱意とテオドールの口添えもあって養女になる事を承諾した。
そんな感じで日々の生活の変化に慣れて来た、テオドールがブリーゼに入って五か月後、フェルディナント皇子より書簡が届いたのだ。
それは”緊急の軍事会議”への召集令状であった。
その一通の書状により、テオドール・ダールグリュンの新たな戦いの幕が開くのである。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
東方方面第二軍団本拠地 ヤーデ
現在ヤーデには”緊急の軍事会議”の為に第二軍団の主要なメンバーが集まっていた。
テオドールも参謀のオットーを伴ってこの会議に参加していた。
「皆、久しぶりだ。 早速だが、今回皆を呼び出した要件を伝えたい」
「皆様、ご足労願いまして感謝いたします。 ここからの説明は殿下に成り代わりまして私、オスカーから説明させていただきます」
そう言うと、”皇子の執事”であるオスカーは部屋の隅に控えていた従僕にグラスト地方とその周辺地域が詳しく描かれた地図を持ってこさせて卓上に広げさせた。
「我々が放っていた密偵からの報告によりますと、グラスト地方に隣接している聖皇国西部の街ブリュムにて兵が集結しつつあるとの事。 その数は報告の時点で2万……最終的には3万~4万になると予想されます」
「これは……」
「恐らくは、我々の動きを察知して先手を討とうとしての行動でしょう」
そう言ってオスカーは地図上のブリュムの上に大量の黒い駒を並べた。
「ふうむ……オスカー殿、こちらの兵数は現在どれだけ出せますかな?」
地図上の駒を一瞥した後、”賢狼将軍”ギュンターがオスカーに対して質問を返した。
「そうですね……最低限の守備兵を残す事を前提とした場合ですと……」
それに応えるように、オスカーは地図上に白い駒を並べ始めた。
「まずは殿下が治めるヤーデで歩兵、弓兵を合わせて約1万。 現在育成中の騎兵2千はすぐには戦場には出せないので今回は省きます」
ヤーデに歩兵8千、弓兵2千。
「続いて”猛虎将軍”ランドルフ殿が治めるヒューゲルで歩兵、重装歩兵が約3千。 ”堅牛将軍”アルノルト殿が治めるシュタインで歩兵、重装歩兵、弓兵が約3千5百。 両将軍の治める土地は国境に一番近い事もあり盛況で訓練も行き届いています」
ヒューゲルに歩兵2千、重装歩兵1千。
シュタインに歩兵1千、重装歩兵2千、弓兵5百。
「次に”駿馬将軍”マルクス殿が治めるヴィーゼに騎兵のみで約2千。 数こそ少ないですが、全兵騎兵なので機動力に優れています」
ヴィーゼに騎兵2千。
「次に”亀械将軍”フーゴ殿が治めるヴァルヌスに歩兵、弩兵が約2千と、兵器を扱う兵器兵、それを補佐する工兵が合わせて約1千。 弩弓や攻城兵器を扱う兵が多いのが特徴ですね」
ヴァルヌスに歩兵1千、弩兵1千、兵器兵5百、工兵5百。
「そして”騎獅将軍”テオドール殿の治めるブリーゼに歩兵、騎兵が約3千。 ヴィーゼ程の数はいませんがそれでも相当数の騎兵を保有しております」
ブリーゼに歩兵2千、騎兵1千。
「最後に”賢狼将軍”ギュンター殿の治めるルフトに歩兵、弓兵が約4千5百。 ルフトは街道の要所で人口も多い為、他の所領よりも出せる兵数が多いですね」
ルフトに歩兵3千5百、弓兵1千。
合計、2万8千の兵が現在の第二軍団が出せる戦力である。
「多く見積もって約1万の差か……」
「それで、敵将の見当はついているのですかな?」
「総大将は聖皇国第二皇子セドリック。 更にそれの随将としてサイモン将軍がついているようです」
「サイモンは兎も角、セドリックってのはあまり聞かない名前だな」
オーブ聖皇国 征西将軍サイモン
聖皇国内では他の将軍達と比べて取分け目立った所は無いが、豊富な経験に裏打ちされた堅実な用兵を得意とする。
個人の武にも優れており、長槍の名手としても知られている。
オーブ聖皇国 第二皇子セドリック
聖皇フランシス三世の次男であり、武勇に優れる武人である長男アルベール、聖皇の寵愛篤い三男リオネルとは異母兄弟。
武闘派の長男、人望篤い三男とは違い、これと言って優れた所が無い。
「なんていうか、パッとしない皇子だな」
「恐らく今回の侵攻には”セドリックの点数稼ぎ”という一面もあるのでしょう」
「僕達も舐められたものだな」
皇子が機嫌悪そうに地図上の黒い駒を弾き倒すと、椅子から腰を上げた。
「ちょうどいい、セドリックには僕達の力を示す為の”案山子”になってもらう!! 全軍出撃だッ!!!」
「「「「「「御意ッ!!!」」」」」」
皇子の号令に呼応して、将軍達は一斉に立ち上がった。
「先鋒はランドルフ、アルノルト両名に任せるッ!!」
「応ッ!!」
「必ずや殿下に勝利をッ!!」
先鋒を仰せつかった両将軍は皇子に拝礼をすると足早に会議室を後にした。
「後衛はフーゴに任せるッ!!」
「御意。 今回は野戦故、櫓と投石器を用意いたします」
フーゴは一礼すると、素早く背後の部下達に指示を出した。
「ギュンターは参謀として、僕と共に本隊の指揮を頼むッ!」
「はッ、若い連中の手綱を見事捌いて見せましょうッ!!」
不敵な笑みを浮かべながら、ギュンターは皇子の傍らに移動する。
「最後にマルクス、テオドール両名は遊撃隊として動いてもらうッ! お前達の働きが戦の勝敗を左右するものと心得よッ!!」
「必ずや戦果を挙げて見せますッ!!」
「承知しましたッ!!」
そしてテオドールとマルクスも、先を争うかのように会議室を後にした。
「ギュンター」
「何でしょう、殿下?」
「セドリックは”捕らえた上で解放しろ”」
「ほう? あえて聖皇めの顔に泥を塗りますか?」
「セドリックは”無能”だが他の兄弟達との関係は良好だという……。 ”撒き餌”には丁度いいだろう?」
「ほっほっほっ、確かに……。 ですが殿下、くれぐれも油断なさいませんよう……」
「分かっているよ。 さて、セドリック皇子……貴様が僕の野望の…………
『最初の踏み台だ』




