第三話 仮面の少女
任命式を終えたテオドール達は、城の大広間で執り行われている”東部方面第二軍団の親睦会”に出席していた。
親睦会に参加しているのは、東部方面軍に関係のある将軍や文官、貴族がほとんどである。
第一皇子エンゲルベルトを初めとする”純潔派”の人間の姿は皆無であった。
皇帝も”病み上がり”である事を理由に欠席している。
「今日、この日をもって我が”東部方面軍第二軍団”が始動することになった。 今日この日を迎えられたのは、皇帝陛下のご威光とここにいる諸将の協力の賜物だ。 ありがとう、感謝している!!」
「いえ、これは殿下の人徳のなせる業でしょう。 共に轡を並べられる事を嬉しく思います」
大広間に集まる諸将の見ている中、皇子と”緑蛇”がガッチリと握手を交わし、周囲から拍手が巻き起こった。
「ここで、この場に居並ぶ諸将に我が軍団の柱石たる将軍達を紹介したいと思う! 第二軍団の将軍達は前へ!!!」
皇子の呼びかけに応じて、テオドールとランドルフを含む六人の将軍達が前へと進み出る。
「まずはこの二人からだ。 ”騎獅将軍”テオドールと、”猛虎将軍”ランドルフ!! この二人は”灰熊将軍”の子飼いであった騎士で、北部での蛮族討伐、そして先頃の南部方面軍で多大なる戦果を挙げた猛者達だ!!」
紹介を受けた二人は、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「おぉ……こりゃすげぇな……」
「浮かれるなよ、ランドルフ。 私達はこの中では”一番の新参者”なのだからな」
「まあ、そうだな。 さてさて……他の面子はどんなもんかね?」
二人に続いて、次の男が皇子によって紹介される。
短く切りそろえた黒髪の青年だった。
恐らく、歳はテオドールより五つは若いだろうか。
「次は、北部駐屯軍総司令官”赤馬将軍”の直弟子に当たる若き騎士、”駿馬将軍”マルクス!! 歳こそこの将軍達の中では一番若年ではあるが、その馬術、騎馬兵の用兵術は熟練の将軍達にも劣らぬほどだ!!」
その次に紹介されたのは、温和な雰囲気の大男だった。
その顔には幾つもの傷が刻まれていたが、その外見に反してその顔は温和な笑みを浮かべている。
「彼は、”堅牛将軍”アルノルト!! 先の”駿馬将軍”と同じく北部駐屯軍に所属していた騎士であり、防衛戦を指揮させれば当代随一の将だ!!」
次に紹介されたのは、小柄で神経質そうな男だった。
騎士服は身に着けているものの、その容姿はどちらかというと文官といった感じだった。
「彼の名は、”亀械将軍”フーゴ!! 彼は元々帝国軍事研究所の研究員であったが、彼の開発した数々の兵器とそれの運用を目的とした軍略を僕が見出して将軍位を与えた!! 今まで実戦経験を積ませるために”緑蛇将軍”の元に預けていたが、攻城戦では多大な成果を挙げたとの事だ!!」
最後に紹介されたのは、白髪の老人だった。
歴戦の将独特の雰囲気を纏っていた。
「最後の彼は知っている者もいるとは思う!! 彼は”賢狼将軍”ギュンター!! 元は歴戦の騎士であり、帝都士官学校で教鞭を振るっていた経験もある僕の軍略の師にあたる人物だ!!」
フェルディナント皇子の背後に居並ぶ六人の将軍達に割れんばかりの拍手が送られた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
南部方面軍第二軍団の将軍達の紹介が終わった後、親睦会は”舞踏会”へと移行した。
第二軍団の将軍達は、改革派の貴族や第一軍団の将軍達、そしてその家族達に囲まれていた。
将来性のある将軍達と繋がりを持とうとしている様だった。
「よぉ、相変わらずモテモテだなテオドール!」
「ら、ランドルフか。 申し訳ありません、ちょっと失礼します」
テオドールは自分を取り囲んでいる”貴族の令嬢達”に一言断りを入れて囲みを離れてランドルフの元に近づいて行った。
囲みから離れるテオドールの後ろから”貴族の令嬢達”の残念がる黄色い声が聞こえてくる。
「”銀髪の貴公子”はより取り見取りでいいねぇ」
「ほざけ……相手が相手だけに無下にもできん。 正直、苦手だ」
「それはそうと、うちの奥さん見なかったか?」
「ん、リーゼ殿か? 私は見てないが……」
「最初は奥さんと踊るって約束しててな……」
「はは、相変わらず仲がいいな」
「いや、奥さんと踊った後じゃないと……”他の女の子誘いづらい”じゃね?」
「お前は……」
「まあ、いいや。 他を探してみるわ」
「ちょ、ちょっと待て!」
立ち去ろうとするランドルフをテオドールは呼び止める。
「こ、この状況……何とかしてくれ……」
テオドールの後ろでこちらを見ている”貴族の令嬢達”の姿を確認すると、ランドルフはニヤリと笑った。
「いやー、邪魔して悪かったな!! お前もいい歳なんだから、そろそろ嫁さんの一人も貰っとけよ!!!」
「なッ!?」
「それではお嬢様方、テオドールは皆さんにお返ししますので煮るなり焼くなりお好きになさってください!!」
「お、おい!!」
助けを求めようと手を伸ばすテオドールを尻目に、ランドルフは”貴族の令嬢達”に手を振りながらにこやかにその場を去っていった。
その場に残されたテオドールは、再び”貴族の令嬢達”に包囲された。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「はぁ……」
会場を出てすぐの廊下に置かれている長椅子に座り込んでテオドールはため息を吐いた。
何とか理由を拵えて”貴族の令嬢達”を撒いて来たのだ。
「あの娘達の年齢と家柄を考えれば”結婚相手を見つけたい年頃”なのは分かるが……なんであんなにも俺に付きまとうのか……」
テオドールは大きなため息を吐いて、長椅子の背もたれに倒れ掛かった。
(流石にこれ以上”アレ”の相手は厳しい……。 しかし、立場上あまり席を外したままというのは問題だしな……どうしたものか…………ん?)
天井を見上げながら呆けている時、テオドールは不意に自分に視線を向けられている事に気が付いた。
不審に思い辺りを見回して見ると、少し離れた柱の陰から小柄な少女がこちらを見つめていた。
先ほどまでテオドールを取り囲んでいた”貴族の令嬢達”と比べれば、若干地味目だが仕立ての良いドレスを身に纏って、豊かな金髪を可愛らしいリボンで結わいていた。
「ッ!?」
少女はテオドールがそっちに視線を向けた事に気が付くと、慌てて柱の陰に引っ込んでしまった。
「…………な、なんだ?」
「………………」
しばらくすると、再び柱の影からさっきの少女が恐る恐る姿を現した。
恥ずかしいのか少女はもじもじしながら深々と頭を下げる。
(ふむ、どこかの貴族の令嬢か? さっきまでの娘達とは違い奥ゆかしい娘だな)
「ああ、怖がらせたのなら済まない。 こんな所で何をやっているのかが気になってな」
「……」
テオドールから声をかけた事により若干緊張が和らいだのか、少女が顔を上げる。
「……」
その少女は仮面舞踏会で身に着けるような仮面を被っていた。
その仮面は華奢で可憐な少女には不釣り合いな物に見えた。
「……ん?」
「…………あ」
不意にテオドールと少女の視線が交わる。
すると少女は、慌てて視線を逸らした。
(あの瞳……それにあの娘の俺を見上げる角度……もしかして……)
「……シャルか?」
「あ……えっと……」
「別に怒っている訳じゃない。 シャルなんだな?」
「は、はい……テオ様」
少女はため息を吐いて観念すると、仮面をずらして顔の左半分を露わにした。
その顔は”恥ずかしさ”と”申し訳なさ”が入り混じったなんとも微妙な顔をしていた。
「ん……大丈夫そうだな」
テオドールは周囲に人の目が無い事を確認すると、シャルロッテに自分の隣に座る様に促した。
シャルロッテは恐縮しながらも、テオドールの指示に従って椅子の端にちょこんと座った。
「で……どうしてシャルがここにいる? それとその格好はどうしたんだ?」
「え……えーと……」
「言いずらい事なのか?」
「い、いえ! 大丈夫です!!」
シャルロッテはやや緊張した面持ちで事の仔細を話し始めた。
「このドレスと仮面は親睦会が始まる直前に”殿下”が届けてくださいました」
「殿下が?」
「は、はい。 『折角だからそれを着て会場においで』とおっしゃってくださいました」
(シャルの事を気遣ってくださったのか? それならば、殿下に後で礼を言わねばならんな)
「着付けの方はランドルフ様の奥方様、リーゼ奥様が侍女さん達としてくれました。 何でも”殿下に頼まれた”とかで……」
「そういえば、さっきランドルフが奥方を探してたな……道理で居なかった訳だ」
「それでその後、リーゼ奥様に連れられて会場の方へ……」
「まったく……殿下もリーゼ殿も何をやっているんだか……」
「ご、ごめんなさい!」
頭を抱えて大きくため息を吐いたテオドールに恐縮したシャルロッテが頭を下げる。
「別にシャルが悪い訳ではないだろう? お前は気にするな」
「は、はぁ……」
「それで、シャルは何でここにいるんだ? リーゼ殿と一緒にいたんじゃないのか?」
「それがその……途中でリーゼ奥様とはぐれてしまって……。 それで途方に暮れていた時に、会場の外へ出ていくテオ様を見かけたもので……」
「それで俺を追って来たんだな」
「はい…………」
「まったく……」
テオドールは不器用に微笑みながらシャルロッテの頭を撫でた。
「あ、あの……テオ様?」
「折角、殿下やリーゼ殿がお膳立てしてくれたんだ。 少しぐらい羽目を外すのもいいだろう?」
「え!?」
テオドールはそう言うとすっと立ち上がり、シャルロッテの前に跪いてその手を取った。
「テオ様ッ!?」
突然の事にシャルロッテが顔を赤くして慌てふためいた。
「お嬢様、どうかこの私と一曲お相手していただけないでしょうか?」
「え……ええぇッ!?? で、でもでも……私、ダンスなんてできませんよ!!」
「大丈夫だ、俺がリードする。 さぁ、行くぞ」
テオドールはシャルロッテの手を引いて立ち上がらせると、その手を取ったまま会場の方へと足を向けた。
シャルロッテは慌てて仮面を付け直して、引かれるままにテオドールの後を付いて行った。




