第一話 帝都での平穏な一日
帝都アーベント
大陸中央部、十五年前に遷都してから帝国の首都として栄えている都市である。
都市の中央には”白亜の居城”がそびえ立ち、城下町には人々があふれ返っていた。
「おお~、これはすごい!! これが帝国が誇る帝都ですか!! 噂に違わぬ繁栄っぷりですな!!!」
「わぁ……こんなに大きな街がこの世にあるなんて……」
帝都に初めて訪れるシャルロッテとオットーは、その壮大さに感嘆の声を漏らした。
「シュレーダー卿、ダールグリュン卿、お二方の”任命式”並びにその後の”親睦会”は明後日に行われる予定になっております」
「それじゃあ、それまでに準備を整えねばなりませんね」
「皆様方の宿舎は、殿下の帝都の御邸にご用意してございます。 御仕度でしたらそちらで」
「感謝します」
「皆様の衣装もこちらでご用意いたしておりますので、お暇な時にでも袖を通していただけますか?」
「衣装まで用意があるのか……。 致せり尽くせりだな」
「オスカーは有能だからね」
「恐縮です殿下」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日、明日の打ち合わせや衣装合わせ等を午前中に終え、午後からは各自自由行動という事になった。
シュレーダー夫妻が帝都にある奥方の実家へと赴く一方で、テオドール達は帝都に来るのが始めてのシャルロッテとオットーを連れて城下へと繰り出す事になった。
テオドールと共に城下に行くのは、案内を受けるシャルロッテとオットー、それとテオドールの配下である女騎士のマルテの四人である。
「これはすごい活気ですなぁ!」
「そりゃそうよ。 この市場には、帝国中から色々なものが集まってくるからね。 腐りやすくて日持ちのしないもの以外は、この市場で手に入らないものは殆ど無いわよ」
あたりを興味深々で見回りながら次々に質問を投げかけてくるオットーに、マルテが注釈を入れながら一つ一つ解説していく。
口下手でこの手の解説が苦手なテオドールにとって、マルテの様な話し上手はありがたい存在だった。
「随分と熱心だなオットー」
「ええ、それはもう! ここで得た知識をテオドール殿の所領の発展に使えないかと思っておるのです!!」
「所領の発展に?」
「然り。 テオドール殿の所領は、今はまだ発展途上の田舎町に過ぎないと聞き及びました」
「ああ、その様だな」
「なれば、所領の治世を整え、来る戦でテオドール殿の背後を支えられる体制を作り上げなければなりません!」
「兵站の確保……と、いう事か」
「それだけではありません! 民の暮らしを良くする事が大事です! 民の支持得られれば、兵糧の確保や兵を募る時に良き影響があるでしょう!!」
「ふむ……もしや、殿下はそこまで踏まえた上で私達に所領をお与えになったのかもしれんな」
「そうですとも! ここは殿下のご期待に応えるためにも、軍備と共に所領の発展に力を尽くすべきかと!!」
「そうだな、皆と相談してやれる限りの事をしてみるとしよう」
テオドールがオットーとの話に熱中している時、シャルロッテは少し後ろを”俯きながら歩いていた”。
言葉数は少なく、周辺の人間の視線を気にしている様だった。
「どうしたの?」
その様子に気が付いたマルテは、後ろを歩いているシャルロッテに声をかけた。
「あ、いえ……その、ちょっと人の視線が苦手なだけで……」
「ああ……そういう事か……」
シャルロッテの右目の眼帯を見てマルテはそれがどういう事か察した。
「あ、大丈夫ですよ! 私、慣れていますから……」
「そうはいかないわよ! まったく……」
マルテは鼻息を荒くしながら前を歩く二人の元に近づいていった。
「ま、マルテさん……何を?」
バシッ
マルテは何も言わずにテオドールの後頭部をひっぱだいた。
「マルテさんッ!?」
「ぬ……いきなりなんだ?」
「こんの”朴念仁”ッ!!! 隊長の”お気に入りの子”が下を向いて俯いているってのに!!」
「お、俺のお気に入り!?」
「んッ!!!」
思わず”素”で返すテオドールに、マルテは怒りの表情でシャルロッテを指さした。
「ひぅ……」
「シャル? …………あ」
人目を気にして俯いているシャルロッテの姿を見て、テオドールもどういう事か察していた。
小柄な少女が顔の半分近くを覆う様な眼帯をしているのだ、それは好奇の目に晒されるのも予想できた事だった。
「どうやら失念していた様だ……すまん、シャル!」
「い、いえ……テオ様が街に連れ出してくれた事は嬉しかったので……」
「ぐ……俺って奴は……」
「はぁ……普段は眉目秀麗で冷静沈着なのに、隊長は時々やらかしますよね?」
「そ、それは……」
「ま、マルテさん! 私は大丈夫ですから……」
「ん~……とはいってもねぇ」
「では、”こういうの”はどうでしょう?」
いつの間にかシャルロッテの後ろに立っていたオットーが、これまたどこから出したのか”白い大きめの女性物の帽子”を取り出してシャルロッテの頭に被せた。
「お嬢さんは小柄ですから、それを目深に被っておけば顔の眼帯も目立たないでしょう」
「ああ、確かにそれなら無理に隠している印象は無くなりそうだね」
「オットー、お前これをどこから?」
「いえね、そこの露店に丁度お嬢さんに似合いそうな可愛らしい帽子があったんで、ちょっと買って来たんですよ。 いやいや、思った通りお似合いな様で」
「そうか、すまんなオットー」
「オットー様、ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらずに。 お役に立てたのなら幸いです」
「ん、良く似合っているな」
確かに質素ではあるが仕立ての良い服を着ているシャルロッテにその帽子はよく似合っていた。
その姿をテオドールが見ている事に気が付くと、シャルロッテは帽子を両手で持って目深に被ってしまった。
「どうしたシャル?」
「い……いえ、なんでも……」
シャルロッテはそのまま俯いて黙り込んでしまった。
「マルテ殿、テオドール殿はいつもこんな感じなので?」
「ご覧の通りの”朴念仁”だからねぇ。 何人の女の子がその気持ちに気が付いて貰えず玉砕したか……」
「あー……」
「何が”あー”だ、何が……。 まったく……」
憮然とするテオドールに、オットーとマルテが思わず苦笑いを浮かべた。




