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銀獅子戦記  作者: 黒狼
第一章 南方方面軍編
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第十四話 新天地へ

 エッシュより南東の街道を進む事数日、嘗てあった都市の城壁が見えてきた。



 現アーベマフォン王国領内に存在する滅び去った都市”モルゲンロート”。


 この街は十年前にアーベマフォンに侵略されて滅ぼされた然る小国の首都だった。

 アーベマフォンは、この小国を圧倒的な兵力差で文字通り滅ぼしたのだ。


 小国の王族貴族は一人残らず処刑され、生き残った民は皆奴隷として身を落としたと言われていた。



 現在、この廃墟には百人程の人間が野営していた。

 フェルディナント皇子の配下達と、イーリスに残していたテオドール、ランドルフの配下の家族達であった。


「殿下、お帰りなさいませ。 ご無事で何よりでございます」


 都市の入り口で皇子を出迎えたのは、品の良さそうな初老の騎士であった。


「うん、ただいま(じい)。 イーリスに居た人達は大丈夫だったかい?」

「はい、ランドルフ卿の奥方様を始め、その他配下の方々のご家族をすべてこの場にお連れしてあります」

「うん、流石は爺だね」

「は、恐悦至極にございます」

「殿下、そちらの方はどなたで?」

「おお、申し遅れました。 お初にお目にかかりますテオドール卿、ランドルフ卿。 (わたくし)は、フェルディナント殿下にお仕えする者でオスカー・リューベックと申します」


 オスカーと名乗った初老の騎士は、二人に恭しく頭を下げた。


「リューベック? どこかで聞いた事のある名前だな……」

「リューベック家は代々、僕の母方の家系に仕えてくれている騎士の家系だよ。 ”リューベック宮中伯”って聞いた事あると思うけど?」

「き、宮中伯ッ!?」

「はは、お気に為さらずに。 今では爵位は息子に譲っておりますので、”殿下の執事”と思っていただければ十分でございます」

「は、はぁ……」

「そんな事より爺、彼らを家族の元へと案内してやってくれ」

「は、かしこまりました」

「テオドール、ランドルフ。 後で伝えないといけない話があるから、家族の無事を確認したら僕の所に来る様に。 いいね?」

「はッ」

「了解ッ」





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





 テオドールは途中でランドルフと別れると、オスカーの案内で自分の使用人達の居る天幕へと向かっていた。


「私の邸にクレメンス公子が押し掛けてきたと殿下から伺ったのですが……」

「ええ。 ですが、大事には至っていませんよ」

「そうですか……。 殿下には、どれだけ感謝しても感謝し足りませんね」

「殿下もご自身の事あっての行動と申しておりましたから、どうぞお気になさらずに」


 そう言うとオスカーは、その場で立ち止まる。


「皆様はこの先です。 私は殿下の元に戻りますので……」

「ありがとうございます、オスカー殿」

「いえ。 殿下言われていた要件は急ぎではないそうですので、どうぞゆっくりなさってからお越しください」


 オスカーは一礼すると、来た道を戻っていった。

 一人残されたテオドールは、オスカーに示された天幕へと足を向けた。


「それじゃあ、水汲みに行ってきますね!」


 テオドールが天幕の前まで来た時、不意に天幕が開いた。

 中から大きな鍋を持った”右目に眼帯をつけた少女”が出てきた。


「シャルッ!!」

「……え?」


 テオドールは天幕から出てきた少女……シャルロッテを咄嗟に抱きしめていた。

 突然の事に驚いて、シャルロッテは手に持った鍋を取り落とした。


「テ……テオさ…ま?」

「無事だったか!? 邸が襲われたって聞いて心配したぞ!!」

「本当にテオ様!? ご無事だったんですね!! 軍法会議に掛けられたと聞いて、心配で心配で……」


 シャルロッテは眼に涙を浮かべながら、テオドールを抱きしめ返した。


「テオ様に何かあったら私……どうしようかと……」


 胸に縋ってくるシャルロッテの頭をテオドールは優しく撫でた。


「心配かけたな……」

「いえ……私達の方こそご心配をおかけして……」

「いや、無事ならそれでいい。 ……そういえば、ヴァルターとマリーは無事か?」

「はい、お二人とも無事です。 マリーさんが怪我をしましたけど、もうほとんど治っています」

「そうか、二人にも顔を出さなければならないな」

「はい! お二人とも天幕の中におられますので、ぜひお顔を見せてあげて下さい」

「うむ」


 テオドールはシャルロッテを伴い天幕へと入っていった。





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





 日が西に傾き始めた時刻、モルゲンロートの王宮跡地に十数人の人間が集まっていた。


 玉座があったであろう上座に立つのが帝国の第九皇子フェルディナント。

 その左右に皇子を守護する騎士であるヴェルナーとエアハルトが立ち、皇子の後ろに”皇子の執事”オスカーが影の様に付き従う。


 下座には、元灰熊騎士団騎士隊長のテオドールとランドルフ、それぞれ何人かの部下を従えている。

 そして、ランドルフの妻であるリーゼ夫人と、テオドールの家人達もこの場にいた。


「うん、皆揃ったね」


 旅着から質素ながらも造りの良い礼服に着替えた皇子は、居並んだ人達を見回すと軽く咳ばらいをした。


「この僕、フェルディナントが東部戦線第二軍団の軍団長に就任するにあたり、陛下より帝都の東の地、グラスト地方を拝領する事になった。 そのグラスト地方の都市ヤーデを拠点にしてこれから動く事になる」

「グラスト地方……東部戦線第一軍団の拠点よりも北ですね」

「うん、オーブ聖皇国の皇都に”最も近い帝国領”だ。 軍団の主任務は、第一軍団の補佐と陽動。 最終的には皇都を東と南から同時攻撃する戦略だ」

「とは申しますが、新たな所領の統治体制を整えるために半年は準備で費やされるでしょう」

「半年後か……。 こりゃしばらくは退屈な調練の日々だな」


 ランドルフがうんざりした様にため息を漏らす。

 そんなランドルフを見て、皇子がニヤリと悪戯っ子っぽい笑みを浮かべる。


「そんな事にはならないので安心してくれ、ランドルフ」

「え? そりゃ、どういう意味ですか?」

「爺、”あれ”を」

「は、此方に」


 オスカーは蝋封された羊皮紙を取り出して、皇子に手渡した。

 皇子はその羊皮紙を開くと、口調を変えて厳かにそれを読み上げ始めた。


「元灰熊騎士団騎士隊長 ランドルフ!!」

「え? は、ははッ!!」


 突然名前を呼ばれ、ランドルフは慌てて返事をした。


「貴官を雑号”猛虎将軍”並びに”男爵”に任命する。 それに伴い、グラスト地方”ヒューゲル”の地を所領として与え、貴官の先祖の姓である”シュレーダー”を名乗る事を許す」

「へ…………何ィィィィッ!?」

「返事は?」

「は……ははぁッ!! つ、謹んで拝命いたしますッ!!!」



 雑号将軍とは、戦時下でのみ設置される将軍位であり、通常の将軍位の下位に位置する位である。

 下位の将軍位とはいえ、戦となれば兵1000~3000程度を率いる立場であり、帝国国内では下位貴族と同等と見なされていた。


 更に、帝国では貴族以上でなければ姓名乗れない決まりがあり、併合により帝国国民になった者の中にはそれで姓を剥奪された者も少なくなかった。



 ランドルフは恐縮した態度で皇子が差し出した任命書を恭しく受け取った。


「ご、ご配慮に感謝いたします!!」

「なんか、君がそういう風に畏まってるのは調子狂うなぁ……」

「い、いや! しかし……!!」

「次、元灰熊騎士団騎士隊長 テオドール!!」

「は、ははッ!!」


 次に名前を呼ばれたテオドールが緊張気味に返事して前へ進み出る。

 それを確認したオスカーが”次の羊皮紙”を皇子に手渡した。


「貴官を雑号”騎獅将軍”並びに”男爵”に任命する。 それに伴い、グラスト地方”ブリーゼ”の地を所領として与え、”ダールグリュン”の姓を名乗る事を許す」

「何処の者とも知れない傭兵上がりの私に”将軍位”と”貴族位”を……!?」

「この事にはお前達の元上官であったオスヴァルトも賛成してくれた。 任命書を受け取ってくれるな、”ダールグリュン卿”?」


 少々意地の悪そうな笑みを浮かべながら皇子はテオドールに任命書を差し出す。


「拝命……致します!」


 テオドールは咄嗟に膝を折って恭しく任命書を受け取った。


「ここに集まっている”シュレーダー男爵”、”ダールグリュン男爵”の配下の者達も落ち着き次第、”昇進と俸禄の加増”が成される事になる。 これからも両男爵を支え、帝国の為に尽くしてほしい!」

「「「ははぁッ!!」」」


 皇子の言葉に後ろで控えていたテオドールとランドルフの配下達が一斉に膝を折って臣下の礼を取った。


「この後の行動に対しての指示を出す。 シュレーダー、ダールグリュン!」

「「ははッ!!」」

「両男爵は僕と帝都へと上がる。 帝都にて、正式な任命式執り行う事になるのでそのつもりでいてくれ」

「「御意ッ!!」」

「他の者達は、両男爵に先んじて所領へと赴いてくれ。 既に代官を派遣してあるので、彼らと協力して両男爵の受け入れ態勢を整えておいて欲しい」

「「「ははぁッ!!」」」





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆






 次の日の朝、グラスト地方へと向かう者達に先んじて、皇子と共に帝都へと向かう者達が出発する事になった。


 帝都に向かうのは、フェルディナント皇子、その護衛の騎士であるヴェルナーとエアハルト、皇子の執事のオスカー、”猛虎将軍”ランドルフとその妻リーゼ、ランドルフ隊の小隊長が二人、”騎獅将軍”テオドール、テオドール隊の小隊長が二人、参謀役としてオットー、そしてシャルロッテの計一三人である。


「ではヴァルター、マリー、”ブリーゼ”の方は任せる」

「畏まりました。 旦那様もお気をつけて」

「シャルちゃん、旦那様のお世話をお願いね」

「はい! ヴァルターさん、マリーさん行ってきます!」


 テオドールの馬に同乗したシャルロッテがヴァルターとマリーに手を振る。


「しっかし、自分の馬に乗せてやるとはなぁ。 大した溺愛っぷりだなテオドール!」

「仕方が無いだろう、シャルは乗馬が苦手なのだから」

「テオ様ごめんなさい、ご迷惑おかけしてしまって……」

「良い。 だが、そのままでは不便だろう。 ブリーゼに入ったら、私か部下が手の空いている時にでも馬の乗り方を手ほどきしてやろう」

「はい! ありがとうございます!!」


 シャルロッテはテオドールの腕の中で嬉しそうに声を弾ませる。


「おーおー、仲のよろしい事で。 こりゃ、使用人っていうより”妹か娘”って感じだな」

「はぁ、うるさい」


 横で冷やかすランドルフにテオドールがため息をつく。


「皆、準備できたかい?」

「はい、殿下」

「こっちもいつでも出発できますよ」

「うん、では出発しよう。 行くぞ!」


 フェルディナント皇子を始めとした一行は、一路北へと進路を取った。




 後に”銀獅子”の異名で呼ばれる事になる”テオドール・ダールグリュン”。

 東方戦線への異動は、彼にとっての転機となった。


 それは宛ら…………







 ”野に放たれた獅子”で在るかの様に…………

 これにて第一章終了となります。

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