第十三話 琥珀皇子の野望
大男に担がれてエッシュの城壁の外に出たテオドールを出迎えたのは、ブライトクロイツ将軍とランドルフ、そしてテオドールとランドルフの直属の部下達であった。
その数はざっと数百人になろうかと言う人数であった。
「しょ、将軍……ランドルフ……」
「よぉ、テオドール。 ひっでぇ有様だな」
「勝手にですまんが、お前の部下達の準備はさせておいたぞ」
大男が見た目にそぐわぬ繊細な仕草でテオドールを肩から降ろすと、部下の何人かがテオドールに群がってきて傷の手当てを始めた。
「将軍……一体、何が起こっているのですか? 俺とランドルフが東部戦線に異動だとか……」
「うむ、その事は、ご本人よりお聞きした方が良いだろう。 よろしいですか、殿下?」
「で、殿下ッ!?」
振り返ったテオドールの視線の先には、先程の”白い外套の少年”が立っていた。
「ああ、いいよ。 そのままで」
動こうとするテオドールを制してから、少年は被っていたフードを取り去り、その”琥珀色の髪”を晒した。
「ッ!? ……”殿下”……それに、その”琥珀色の瞳と髪”……ま、まさかッ!?!」
「僕はフェルディナント・リリエンタール・ベルンシュタイン。 帝国の第九皇子って言えばわかるかい?」
テオドールは慌てて身を起こして臣下の礼を取ろうとした。
「その身体だ、そのままで構わない」
「は……しかし……」
「いい。 無理せずにそのままで」
「……ははッ」
フェルディナント皇子は、先程の羊皮紙を取り出すとそれを広げてテオドールに見せる。
「先程は聞いていたと思うが、テオドールとランドルフの両名は”直属の配下ごと”僕が預かる事になる。 この事はここにいるオスヴァルトも承知済みだ」
「はッ。 テオドールよ、緋梟騎士団は明日にはこのエッシュに到着する。 お前はランドルフ、そしてお前達の部下達と共に殿下と共にエッシュを出るのだ」
「将軍、しかし……」
「いいか、エーデルシュタイン大公に指揮権が渡れば、テオドールはありもしない罪に問われて処刑、ランドルフも飼い殺しにされる。 それにお前達には……」
「……オスヴァルト、時間が無い。 続きは僕の方で話しておくよ」
「殿下……分かりました、お任せします」
将軍は、皇子にその先を託すと一歩後ろに下がる。
「細かい説明は後だ。 僕達はかなりの大所帯になるから、もう動かないと……」
既に用意が整っているとはいえ、テオドールとランドルフの部下は、直属の部下だけで約200人、それにエッシュでテオドールに付けられたオットーの部下とその家族も居るので300人近い人数になっていた。
それを目立たない様に移動させるのならば夜陰に紛れる必要があった。
皇子は、テオドールを手近な馬車に乗せる様に指示を出すと、自身の愛馬へと跨る。
「直接、イーリスへ向かえば確実に緋梟騎士団に発見される。 僕達は南東の間道を進んで”モルゲンロート”の跡地へと向かう! 緋梟騎士団に見つからない為に、明かりは極力抑えめで」
皇子を先頭に、南東の間道を馬車の列が続いて行った。
「テオドール、ランドルフ」
テオドールが乗る馬車に並走するように将軍が馬を横付けしてきた。
「「将軍!?」」
それに気が付いたランドルフが更に将軍の馬に並走する。
「”緋梟”は私が押さえておく。 お前達は殿下の下で”力を蓄えよ”!」
「”力を蓄える”……ですか?」
「そうだ! 今のままでは、帝国は”内部から腐り堕ちる”!!」
「内部から……何と無く言いたい事はわかりますぜ……」
「故に、お前達は今は東へと赴き、そこで力を蓄えよ! そして”来たるべき時”にその力で”殿下を支える”のだ!! 良いなッ!!!」
「「ははッ!!!」」
将軍の言葉にテオドールとランドルフは、迷う事無く返事を返した。
それに対して、将軍は満足げに頷く。
「うむ、では行けッ!!」
「「はッ!! お世話になりましたッ!!!」」
馬の足を止めて遠ざかる将軍にテオドールとランドルフは、敬礼をしてその場を後にした。
遠ざかる馬車の列を見送ると、将軍はエッシュへと馬首を反す。
「テオドール……ランドルフ……。 お前達は、私にとって……”息子”と呼んでも差し支えない者達だった。 さらばだ……達者でな」
(これが今生の別れとなるだろう……。 だが、ただでは死なんッ!! せめて、お前達の為に僅かでも道を開いておくぞッ!!)
灰熊将軍 オスヴァルト・ブライトクロイツは、無数の星々の中で決意を新たにすると、”己の戦場”へと戻って行ったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
モルゲンロートへと向かう道中、野営の準備をしている所をテオドールとランドルフは、皇子に呼び出された。
二人は、焚火の前で一人佇む皇子の元へと赴いた。
「何の御用でしょうか、殿下」
「来たね。 二人とも座ってくれ」
促されるままに二人は、焚火を挟んだ反対側に座る。
「まず、僕が”東方方面第二軍団”を率いる事になっている事は話したな?」
「確か、私達は殿下の軍団に組み込まれる事になっているのでしたね?」
「そうだ。 それは現在、苦戦しているオーブ聖皇国との戦線に対する援軍という意味以外にもう一つの狙いがある」
「もう一つの狙い? そりゃ一体……」
「お前達は”改革派”と”純血派”という言葉を聞いた事はあるか?」
「”改革派”……”純血派”……」
”改革派”並びに”純血派”…………
それは広大な帝国国内に存在する”帝国を二分する大派閥”である。
”改革派”とは、現皇帝 ジークヴァルト・シュタインベルク・ベルンシュタインを旗頭とする、”奴隷制度を廃し、才覚ある者をより国の中枢へと引き上げる”事を目標とした派閥である。
15年前の”新帝都アーベントへの遷都”と、”帝国全土の奴隷制度廃止”によって一気に帝国の第一派閥へとのし上がった新興勢力だ。
対して”純血派”とは、それまでの”皇帝を頂点として、その下の大陸西方貴族たちによって国を運営する事を是とした”帝国黎明期から存在する最古の派閥”である。
帝国の祖たる”大陸西方人”を支配階級とし、侵略した国家の人民を奴隷として使役する事を当然と考えている。
現在の”純血派”の旗頭は、帝国第一皇子 エンゲルベルト・ハーゼンクレファー・ベルンシュタイン。
それをエーデルシュタイン大公を筆頭とする帝国の主要貴族が支えている。
「……殿下、それがこの件と何の関係があるので?」
「うん、今回のエーデルシュタイン大公の”南部方面軍軍団長就任”もそれ絡みと言う事だ」
「つまり……第一皇子を押し立てて”純血派”が再び帝国の第一派閥に返り咲こうとしていると?」
「まあ、概ねはそんな感じだ。 それの意味している所とは……?」
「……今の”帝国のあり様を旧時代に戻す”事……ですか?」
「そうだ。 父上を始め、多くの者が身命を賭して行った”帝国の改革を亡きものにしようとしている”んだ」
「それって……下手すりゃ帝国がバラバラになっちまうんじゃ……」
「勿論、そうはならない様に段階を踏んで行われるだろう。 だが……」
「そうか……皇族、貴族なら兎も角、私達の様な”叩き上げの軍人”や”新たに帝国市民になった者達”への影響は大きそうですね。 少なくても今までの様に”生まれの貴賎に囚われずに出世できる”制度は確実に崩壊する……!」
「地方は反乱が頻発し、他国の介入を許す事になりかねない。 それによって帝国はどれだけの版図を失う事になるか……。 それだけでは無い。 帝国の民は、”自身の力で身を立てる事が出来る”今の制度に希望を持っている。 それをいきなり取り上げたら……帝都や旧帝都でも暴動が起きかねない」
テオドールとランドルフは、思わず息を呑んだ。
「そうはさせない為に、僕はより力をつけなければならないんだ!」
「それは……それの意味する所をお分かりになっていますか?」
「無論だ……僕は……」
『帝国と臣民を護る為に……”皇帝を目指す”』
その言葉に、二人は気圧された。
この”成人するかしないかぐらいの歳”の少年は、年長の兄達を押しのけて”皇帝になる”と言ったのだ。
「その話、ブライトクロイツ将軍はご存じなのでしょうか?」
「知っている。 何より、お前達を僕に推薦したのはオスヴァルトなのだからな」
「将軍が俺達を……?」
「うん、『年老いた私より、将来有望な若者を』って言ってね」
「殿下や将軍が私達を買ってくださっているのは嬉しいのですが皇帝への即位ともなると、私達ではどこまでお力になれるか……」
帝国における帝位継承は、基本的に年功序列で血統重視である。
つまり”より年長の正妻の子”こそが後継者筆頭に選ばれる。
それより下位の後継者は、”上位の後継者が亡くなる”か、”先帝の指名”でもない限りは後継者になる事はほとんど無い。
更に前者は兎も角、後者の”先帝の指名”の場合は、それそのものが”乱を招く愚かしい行為”とされている為、おいそれと使える方法では無いのだ。
以上の事から、”妾腹の末子である第九皇子 フェルディナント”が帝位につく事は事実上不可能なのだ。
「うん、テオドールの懸念も分かるよ。 でも、慣例通りに第一皇子であるエンゲルベルト兄上が帝位についた場合、先程話した事が起こる事になる」
「しかし、帝位継承の年功序列を乱せば、同じく混乱が生じます」
「そう……だから父上は”自身が帝位についた時と同じ方法”を取られると思うんだ」
「陛下が帝位に就かれた時と同じ……?」
「ッ!! それはもしや!?」
「そう、選定候会議だ」
選帝侯会議とは、皇帝が後継者を指名する前に崩御したり、皇帝自身が死後に開催する事を遺書に残したりした時に行われる”帝国内の有力諸侯が投票によって次期皇帝を決める”システムである。
投票権は、帝国貴族の最高峰である”七公”(三大公と四公を合わせた総称)と、帝国軍人の最高峰である”将色”を授かった将軍達が一人一票ずつ所持している。
因みにエーデルシュタイン大公は、”七公”でありながら”将色”を授けられた将軍である為、帝国史上に殆ど例の無い”投票権を二票持つ”諸侯である。
当時、正妻の子でありながら第五皇子であった現皇帝は、先帝崩御の際に行われた選定候会議で選ばれて帝位に就いたのだった。
「いや、でも……それでも俺等では殿下のお役に立てるとは……」
「オスヴァルトは、僕に対して良く言っていたよ。 『テオドール、ランドルフ両名は、将来”将色”を授かるに足る器だ』ってね」
「「ッ!!!」」
その言葉に、テオドールとランドルフの身体に衝撃が奔った。
「で、殿下! そ、それは……!?」
「今回の東部戦線への異動は、その為の布石と僕は考えている」
「うへぇ……こりゃ、とんでもない事になって来たな……」
それは暗に二人に”選帝侯の資格を得るべく、将色を授かる将になれ”と言っていた。
「僕が父上の覇業を継ぎ、”帝国を巣食う癌”を完全に取り除くにはこれしかないんだ! テオドール、ランドルフ、どうか僕に力を貸してくれ!!!」
皇子はそう言うと、”迷う事無くその頭を二人に下げた”。
「殿下!?」
「どうか、この通りだ!!」
テオドールとランドルフは、思わず顔を見合わせた。
そんな光景がおかしかったのか、ランドルフがフッと笑って肩をすくめる。
「まあ、俺等はその皇帝陛下が御作りになった法のおかげで今の地位にいる訳だしな。 無関係って訳でも無いわな」
「そうですね、私達の近しい人々を守る為にも必要な事です」
二人の言葉に、皇子はバッと顔を上げる。
「その話乗らせてもらいますぜ、殿下!!」
「殿下の為、そして多くの民の為に微力ながら尽くさせていただきます!!」
「ランドルフ! テオドール!! ありがとう、頼りにさせてもらう!!!」
皇子は、力強く頷く二人の手を取る。
「では、ここから始めよう! ここが僕らの……」
『”野望”の出発点だ!!!』




