第十二話 拘束
帝国第九皇子フェルデナントにより、クレメンス公子の魔の手から脱する事が出来たシャルロッテとマリーは、屋敷の外で皇子の配下に留め置かれていたヴァルターと合流する事が出来た。
現在は、皇子とその配下十数人に守られながら馬車で一路エッシュを目指していた。
「あ、あの……殿下」
「何ですか、お嬢さん?」
「その……”あの方”は、あのままで良かったのですか?」
「ええ、問題ありません。 本来ならば、彼は処刑されてもおかしくない罪を重ねていました。 ここで”敢えて”見逃す事で、彼の父であるエーデルシュタイン大公に恩を売る形にできますからね」
クレメンスは、屋敷の中で平伏したままで捨て置かれていた。
数々の”帝国法違反”に”皇族に対する不敬罪”、本来であれば打ち首ものの罪ではあったが、皇子の『貴様は殺す価値も無い』の一言で捨て置かれたのだ。
「それはいいとして……緋梟騎士団が既にエッシュへと出発しているのは少々誤算でしたね」
「そうだね、エーデルシュタイン大公といい、兄上といい動きが早い……急がねばならないね……」
エッシュへの街道を暫く進んだ所で、皇子は馬の脚を止めた。
「殿下?」
「お嬢さん達はエッシュに向かわずに、この街道を南西に行った所にある”モルゲンロート”と言う街のあった跡地で待っていてください。 念の為にヴェルナーとエアハルト以外の者は残していきますので」
「しかし、”モルゲンロート”と言えば、嘗てアーベマフォン王国によって滅ぼされた都市ではないですか!?」
「あそこならエーデルシュタイン大公の目も届かないからとりあえずは安全です。 それに馬車の足では、緋梟騎士団に先回りする事は不可能だ」
「それは……」
皇子は馬上から、馬車の荷台に乗るシャルロッテの頭を撫でる。
「だから僕を信じて待っていて欲しい。 必ず、貴女方の主、テオドール卿を連れてきます」
「殿下……」
「よし……ヴェルナー、エアハルト行くぞッ!!!」
「「御意ッ!!」」
皇子は騎士二人を従えて、馬をエッシュへと駆けさせる。
緋梟騎士団よりも早く、エッシュへとたどり着くために……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
数日後 エッシュ
「将軍、エーデルシュタイン大公からの使者が参られました」
「大公の使者だと?」
「は、何でも”口頭で”将軍にお伝えしたい事があると……。 いかがいたしますか?」
「む……大公の使者であれば、無下にも出来まい。 ここにお通しせよ」
「は!」
将軍の命を受けて、従者が部屋を出て行った。
「さて……この動きの速さ……お前達はどう思う?」
将軍は、部屋の隅で控えていた”自身の子飼い”二人に声をかける。
「気に入らないですね。 援軍の増援の話は以前からあったとはいえ、ほぼ全軍で来るとか……」
「しかも大公自らが出馬とは……これではどちらが本隊で、どちらが援軍か分かったものではありません」
王都マルモアのアーベマフォン王国軍の総兵力は20000前後といった所だ。
現在の帝国軍南部方面軍と総兵力はほぼ同等。
だが、南部方面軍の二倍はあろうかと言う兵数が加わる事がどういう事か……。
「奴等……アーベマフォンを”蹂躙”する気か?」
「それだけではあるまい……。 総数60000もいれば、”南部諸国連合”とやりあう事も出来る!」
「まあ、結論を急ぐことも無いだろう。 今は……使者が何を言って来るか……」
将軍は興奮するテオドールとランドルフを宥めると、使者が部屋に入室して来るのを待った。
それから数分して、神経質そうな四十代ぐらいの帝国軍の高官の軍服を着た男が、従者を二人伴って入室してきた。
「遠路はるばるご苦労様です、使者殿」
「痛み入ります、灰熊将軍。 此度のエッシュ攻略の手際、お見事でした」
将軍と使者の男は、”お互いの距離感を測る様に”挨拶を交した。
「早速ですが、本題に入らせていただきます」
「お伺いしましょう」
使者は、コホンと咳払いをすると、従者が恭しく手渡した書簡を皆の目の前で開いて見せた。
「灰熊騎士団騎士団長、灰熊将軍 オスヴァルト・ブライトクロイツ殿への命令書です。 此度、帝国全体の軍の強化が図られる事になりました。 この南部方面軍でも配置換えが行われます」
「配置換え……ですか?」
「左様。 現南部方面軍は、緋梟騎士団と統合され新たな南部方面軍として再編成されます。 規模の拡大に伴い、軍団長は緋梟騎士団長、緋梟将軍 ヴォルデマール・エーデルシュタイン大公が就任されます。 ブライトクロイツ卿には、軍団副団長に就任していただきます」
使者の言葉で、部屋の中の空気が変わった。
ランドルフは押し黙ってはいたが、明らかに怒気を放っていた。
テオドールも隠しはしていたが、一瞬苦々しげな表情になっていた。
「これは”帝国第一皇子 エンゲルベルト・ハーゼンクレファー・ベルンシュタイン”の命である!!」
(ん? 第一皇子!?)
「この書状には、皇帝陛下の御名が入って無いようですが……? 陛下はご承知なのでしょうか?」
「皇帝陛下は、現在”病の床に臥せって”おられる。 故に、エンゲルベルト殿下が陛下の代行を務めておられるのだ」
「陛下が御病気!? 私は存じていませんぞッ!!!」
皇帝が病気という話を聞き、将軍が声を荒げる。
「落ち着かれよ。 陛下の御病気はそれほど重いものではない。 日頃の疲労と、そのお歳から患われたが現在は快方に向かっておられる」
「む、そうですか……」
「それよりも、陛下の代行たるエンゲルベルト殿下の命、努々断られる事の無きよう」
「……は。 謹んでお受けいたします」
将軍は一瞬逡巡した後、使者が差し出した命令書を恭しく受け取った。
「お勤めご苦労様でした」
「いえ、私の役目はもう一つあります」
そう言うと使者は、部屋の隅に控えていた一人の騎士を指さした。
「騎士隊長 テオドール、貴様を”上官反逆罪”並びに”クレメンス公子に対する暴言、暴行罪”で拘束する!」
「ッ!?」
「何ッ!!?」
使者の後ろに控えていた従者二人が、素早くテオドールを拘束する。
「ふん、”傭兵上がり風情”が随分と大それた事をしたものですね。 これだから下劣な輩は……」
「…………」
「使者殿、今の話はどういう事ですか!?」
「どうもこうも、今言ったそのままです。 この男は、エーデルシュタイン大公のご子息に無礼を働いたのです」
「テオドールッ! これはどういう事だッ!!!」
「…………」
だが、将軍の問いにテオドールは沈黙をもって返した。
「この件に関しては、エーデルシュタイン大公が直々にお裁きになられる。 貴様にはそれまで牢獄に入っていてもらおう。 引っ立てろッ!!」
将軍とランドルフの見ている中、テオドールは従者二人に腕を掴まれたまま牢獄へと連行された。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ガスッ ガスッ ドカッ
薄暗い牢獄の中に、”鈍い打撃音”が響き渡っていた。
エッシュ城内の地下牢へと連れてこられたテオドールは、その手足を鎖で繋がれて、使者が伴って来た従者二人に”取り調べと言う名の暴行”を受けていた。
拳や蹴りから始まり、今では木の棒で腹や背中を殴打されていた。
その状態でもテオドールは、悲鳴はおろか呻き声さえ上げずにその責苦に耐えていた。
「はぁはぁ、”下賤な傭兵上がり”のくせに生意気な奴だな! 呻き声すら上げないとは……」
「聞いているか”傭兵上がりの野良犬”? 私達は貴様に”慈悲”を与えてやってるのだぞ?」
「ほれ、キャンキャン鳴いて俺達に許しを請えよ”野良犬”が!! 貴様等の様な”誇り”も”志”も無いクズどもは”地べたに這いつくばって、俺達に尻尾を振ってる”のがお似合いなんだよッ!!!」
バキッ ガスッ
二人はテオドールに罵詈雑言を吐きながら、暴力を繰り返していった。
彼等の発言は明らかに”貴族でないものは下賤”というニュアンスがありありと出ていた。
「そういやコイツって、北部戦線で”銀髪の剣鬼”とか言われていた猛者らしいぜ?」
「何だ、それは? ”勝って当然”の蛮族共を適当に屠ってただけだろ? それでいい気になってるとは……流石、下賤な輩は違うな!!」
「………………」
「……これだけやっても口を開こうともしないとはな、見下げ果てた奴だ!」
「傭兵なんて薄汚い獣と変わらない奴等だし案外、人間様の言葉を理解する頭が無いんじゃないか?」
ドゴッ バキッ
一向に口を開こうとしないテオドールであったが、長時間の責苦に流石にグッタリとして来ていた。
それでもテオドールの眼光は衰える事を知らず、従者達をにらみ続けていた。
「どうだ? 奴は何か吐いたか?」
そこへ使者の男が、テオドールが繋がれている牢の中へと入って来た。
「いえ、先程から口を開こうともしません」
「ふむ、”下賤な輩”にしては見上げた根性だ」
そう言うと使者の男はニヤリと”厭らしい笑み”を浮かべると、テオドールの耳元に顔を近づけた。
「そう言えば、貴様はイーリスに”家族同然に大事にしている”使用人を残していたな?」
「……ッ!?」
その言葉に今まで動じる事が無かったテオドールが、僅かに反応した。
「今頃、クレメンス公子が”貴様の罪状の参考人”として拘束している頃だろう……。 この意味は分かるな?」
「……何が言いたい?」
「貴様がそう言う態度を取り続けるならば、事の仔細は貴様の使用人に聞く事になるな。 報告によると、貴様が公子に暴言、暴行を働いた現場に貴様の所の使用人の”隻眼の娘”が居たそうだな」
使者の男は、テオドールに勿体つける様に言葉をかけていく。
「その娘に聞いてみるか? あー……だが、あの娘には公子がご執心であったな。 私が手を下す事無く、公子の方で”既にしている”かもしれんなぁ?」
「ッ!!!」
その一言でテオドールの表情が怒りで歪んだ。
その様を見た使者の男は、”満足げな厭らしい笑み”を浮かべた。
「ふふん、良い顔だな。 そんなにその娘が大事か?」
「…………」
「やれやれ、大貴族のご子息を辱めた下手人がどれほどのものかと思ったが……なんて事の無い、”幼い少女の奴隷を手籠めにして”手元に置いている様な輩とはなぁ。 流石の私でも理解しがたい趣味嗜好だな、はっはっはっ!!」
地下牢に使者の男の笑い声が木霊した。
『僕としては、貴様の様な奴が”栄えある帝国軍人”という事実の方がよっぽど笑い話に思えるけどね』
「何!?」
その笑い声を遮るかの様に、使者の男の後ろの方から”少年の声”が聞こえてきた。
使者の男とその従者は、素早く声の聞こえた方へ視線を向けた。
そこには何時の間にそこにいたのか、”白いフード付きの外套を羽織った少年”が立っていた。
そしてその少年の背後に”屈強なそうな大男”と”細身の男”が付き従っていた。
「何だ貴様等は!? 誰の許可を得てここに入った!!?」
「ここの責任者であるブライトクロイツ将軍にだけど?」
そう言って少年は”不敵に微笑む”。
「何だとッ!?」
「それよりも……ヴェルナー!」
「はッ」
少年の背後に控えていた大男が、少年に一枚の”上質な羊皮紙”を手渡した。
それを受け取った少年は、それを広げて使者の男の鼻先に突き付けた。
「な!?」
灰熊騎士団所属 騎士隊長 テオドール
灰熊騎士団所属 騎士隊長 ランドルフ
両名、並びにその配下すべてを新設される東方方面軍第二軍団への異動を命じる。
以降は、帝国第九皇子フェルディナント・リリエンタール・ベルンシュタインの指揮下へと編入する。
以上
ジークヴァルト・シュタインベルク・ベルンシュタイン
その羊皮紙にはその様な文章が書かれており、”大鷲の蝋印”が押されていた。
「な…………!?」
それを見た使者の男は、青ざめた顔をして慌てて片膝をついて”臣下の礼”を取った。
「た、大変失礼をいたしました……」
頭を垂れる使者の身体は僅かに震えていた。
「さて……既にブライトクロイツ将軍から彼の身柄は”引き取る”と言う話は通してあるんだけど……これはどう言う事態なんだ?」
少年は質問をしながら”後ろにいた二人の従者”に視線を向けた。
「「ひッ!!」」
従者の二人は、小さく悲鳴を上げるとその場で平伏する。
ガタガタと震えて頭を垂れる男達を見て、少年はつまらなそうに溜息を吐いた。
「相手が自分より弱ければ威張り散らして、権威の前ではこの有様……怒りを通り越して、呆れかえるな……」
「殿下、こいつ等ウザったいし……始末しておきますか?」
細身の男の言葉に使、者とその従者は身体をビクッと震わせた。
「放って置け、”殺す価値も無い”。 エアハルト、この書状を改めて将軍に。 ヴェルナー、テオドールに肩を貸してやって」
「了解、それじゃさっそく」
「御意」
少年の命に従い、細身の男は少年の手から羊皮紙を受け取ると地下牢の外へと駆け出した。
残った大男は、”素手でテオドールの手足を縛る鎖を引き千切り”、グッタリした状態のテオドールを肩に担ぎ上げた。
「あ……あの、何とお礼申し上げれば良いか……」
「気にしないでいいよ。 詳しい話は後でするから、上で傷の手当てを」
「……感謝、します」
テオドールは少年に短く礼を述べると、大男に担がれて牢を出て行った。
「さてと……」
最後に少年は、未だに平伏する三人に目を向ける。
「貴様等の行った私刑は明らかな軍紀違反だ。 正式に監察官を派遣して、罪を問うのでそのつもりで」
それだけ言うと少年は、牢を出ようとして歩み出した。




