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銀獅子戦記  作者: 黒狼
第一章 南方方面軍編
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第十一話 琥珀色の皇子

 帝国軍のエッシュ占領より一週間が過ぎた。

 占領下でピリピリしていた城下の雰囲気も落ち着き、城下にはかつての賑わいが戻りつつあった。


 だが、それまでのアーベマフォン王国の圧政の影響もあってか商店に並ぶ品も少なく、開いて無い店も未だに多かった。


「見た所、開いている店は4~5割程度といった所ですかな?」


 城下を見回るテオドールの横でオットーが感想を述べる。


「……それは、良いとしてだ」

「何でしょう?」

「何故、貴殿がこうして私に侍っているのだ? これでは貴殿はまるで”私の部下”の様ではないか!?」

「いえ、実際某は剣鬼殿……いえいえ、テオドール殿でしたな。 灰熊将軍閣下にテオドール殿の配下にと任命されておりますが?」


 テオドールは頭を抱えて溜息をついた。


 エッシュ占領前の悲壮感は何処に行ったのか……?

 これが一週間前まで殺し合っていた男なのか……?

 それを自分に押し付けてブライトクロイツ将軍は何を考えているのか……?


 様々な疑問がテオドールの中を駆け巡って行った。




 何はともあれ……エッシュは今、平和だった。





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





 帝国領 イーリス



 シャルロッテは、マリーと共に街に買い物に来ていた。

 本来であれば、シャルロッテ一人でも事足りる事だが、以前に”帝国軍のお偉方に絡まれた”事があった為、念の為にマリーと一緒に来ていたのだ。


「えっと、買う物はこれで最後ですよね?」

「ええ、そうね」


 二人で肩を並べて買い物をする姿は、傍目から見れば親子の様にも映った。

 シャルロッテは、周りからそう見られている事に内心嬉しく思っていた。


「でも、日持ちしそうな食料ばかり買い込んで……何かあるんですか?」

「ああ、シャルちゃんはまだ知らないのよね?」

「えっと……何の事です?」

「もうすぐ”お引越し”するのよ。 旦那様は常に前線にいる御方ですからね。 何も無ければ、私達もエッシュへと行く事になるわね」


 エッシュへと移る……。

 その言葉にシャルロッテは僅かに不安に駆られた。


(そうなると、私はどうなってしまうんだろう? もしかして、お役御免って事は……)


「……それって、通いの人達は解雇って事ですか?」

「そう言う事になるかしら。 彼等はこの街に家族が住んでる訳だしね」

「あ、あの……私は……?」


 もしかしたら、置いて行かれるのではと思ったシャルロッテがマリーに恐る恐る尋ねる。


「勿論、一緒よ! だって、シャルちゃんはもう”私達の家族”ですもの!!」


 マリーはそう言うと、人目も憚らずシャルロッテを抱きしめた。


「マリーさん……はい、嬉しいです!!」





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





 シャルロッテとマリーの二人は、買い物を終えて帰路についていた。


「マリーさん、向こうが騒がしくないですか?」

「大通りの方かしらね?」


 大通りの方で人混みができていた。

 どうやら、どこかの軍隊が大通りを進んでいる様だった。


「イーリスの駐留軍でしょうか? 人混みが邪魔で良く見えませんね」

「……あの旗印は”緋色の梟シャルラハロートオイレ”」

「え?」


 その軍隊が掲げる旗印を見て、マリーが表情を強張らせた。


「マリーさん?」

「シャルちゃん、急いでお家に帰りましょう……」

「え……は、はい」


 シャルロッテは怪訝に思ったが、マリーの様子を見て素直に従う事にした。

 普段のマリーからは想像も出来ない険しい表情をしていたからだ。




 速足で家路を急ぐ二人の背後で、緋色の旗がはためいていた。


 まるでその姿を嘲笑うかの様に…………





        ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





 シャルロッテとマリーが屋敷に戻ると、ヴァルターにすぐに荷造りをする様に言われた。

 何でも、”緋梟騎士団の動きが活発になったら、すぐにでもテオドールと合流する”様にテオドールに予め指示を受けていたらしかった。


 ヴァルターは馬車の用意をする為に屋敷の外へと駆けて行き、残ったシャルロッテとマリーで大急ぎで荷物を纏める事になった。


 自身の荷物を手早く纏めてから、主人であるテオドールの礼服や家に残していった貴重品を一つ一つ荷造りしていく。

 マリーやヴァルターが普段から荷造りしやすい様に纏めておいてくれてた為、仕事にまだ不慣れなシャルロッテでも何とか荷造りできていた。


「私の荷物はよし。 テオ様のお洋服や貴重品も荷造り完了っと。 後は……」


 シャルロッテは、テオドールの部屋に残っていた”唯一の武具”を手に取った。


「お使いにならないとはいえ、これも持って行かないと……」


 テオドールが残していった”兜”を大事に抱え持つと、布に包んでから鞄にしまう。


「シャルちゃん、そっちは終わった?」

「あ、はい。 これで最後です!」

「それじゃあ、纏めた荷物を玄関に集めてちょうだい。 もうすぐ、うちの人が戻って来る筈だから」

「はい!」


 屋敷中の荷物を玄関に集めてからしばらくした頃、屋敷の外に馬の嘶きが聞こえてきた。


「うちの人が帰って来たみたいね。 シャルちゃん、すぐに荷物を積み込んじゃいましょう」

「分かりました!」


 シャルロッテとマリーは集められた荷物を手に取ろうとした。

 その時……



 バァンッ



 大きな音と共に玄関の扉が蹴破られた。

 それと同時に、”白地の騎士服に緋色の印章”を身につけた十人ほどの屈強な男達が屋敷の中になだれ込んできたのだ。


「ッ!?」

「な、何なんですか、あなた達は!?」


 咄嗟にシャルロッテを庇うマリーを男達は数人がかりで取り囲んだ。


「マ、マリーさん……」

「大丈夫よ……大丈夫だから……」

「公子、現在この屋敷に居るのはどうやらこの女二人だけの様です」


 屈強な男の一人が屋敷の外に居るであろう人物に何事かを報告した。

 それを聞いた後に”身なりの良い恰好の軽薄な笑みを浮かべた人物”が数人の取り巻きと共に屋敷の中に入って来た。


「ふん、傭兵上がりには過ぎた屋敷だな。 あの程度の”野犬”は犬小屋で十分だろうに……」

「ははは、まったくですな公子」

「ひ……ッ!?」


 屋敷に入って来た人物……エーデルシュタイン大公の一人息子、クレメンス公子の姿を見たシャルロッテはすっかりおびえてしまっていた。

 マリーの背中で小さな悲鳴を上げて、身体を震えさせていたのだ。

 当のクレメンスは、怯えるシャルロッテの姿を見て”厭らしい笑み”を浮かべている。


「あの……と、当家に何の御用でしょうか?」

「ん? ああ、そうだったな。 おい、説明してやれ!」

「はッ!!」


 クレメンスの言葉に”屈強な男”の一人が反応した。


「貴様等の主人、灰熊騎士団遊撃隊隊長 テオドールに”上官反逆罪”、”クレメンス公子への暴言、暴行罪”で軍法会議にかけられる。 貴様等は重要参考人として連行する」

「ぐ、軍法会議……!?」

「そうだ! ”帝国の公子”で”エーデルシュタイン大公家嫡男”、”緋梟騎士団次期騎士団長”で”帝国で最も誉れ高い軍人”である私に対する数々の暴言と非礼を犯したあの”野犬”にだッ!!!」

「そんなッ!! テオドール様が……そんな事をなさる筈が……」




 バキィッ




 クレメンスに反論しようと口を開いたマリーが突然、クレメンスの取り巻きの一人に殴られ床に倒れ込んだ。


「ま、マリーさんッ!!!」

「黙れババァッ!! 公子に対して無礼だぞッ!!!」


 床に倒れたマリーを、クレメンスの取り巻き数人で蹴りつけた。


「その邪魔なババァはお前達で押さえておけ!」

「はい、公子」


 クレメンスは、唯一人その場に残されたシャルロッテに向き直ると、ニヤリと”厭らしい笑み”を浮かべた。


「ひッ…………!!!」


 怯えて後ずさりするシャルロッテに、クレメンスはゆっくりと近づいて行く。


「さて……娘、貴様も私に恥をかかせてくれたのだったな。 ”奴隷”の分際で大貴族である私に逆らうなど、万死に値する事だぞ!!」

「ち……ちが…………」

「何が違うと言うのだ! あの”野犬”と同じで私の事を虚仮にしおってッ!!!」




 ドンッ




 シャルロッテは後ずさって壁にぶつかった。


「ぅ……ッ!!!」

「思い知らせてくれるッ!!!!!」




 ビィリィィィッ




 逃げ場を無くしたシャルロッテにクレメンスは掴みかかると、身につけていた服を力任せに引き裂いた。


「ぃ……いやぁッ!!!」


 シャルロッテの”うっすらと傷が残った細い身体”が露わになった。


「ひゃははは、貧相な身体だなッ!!! こんなのにあの”野犬”はどんな顔して興奮してたんだ!?」

「て、テオ様は……そんな人じゃ……ッ!」

「では、何だと言うのだッ!? 貴様の様な小娘を囲って、何をしているのやら……!!」


 クレメンスは嫌がるシャルロッテを力ずくで床に組み敷いた。

 舌なめずりをしながら、嘗め回す様にシャルロッテの身体を見回す。


「いやッ!! やめてッ!!!」


 シャルロッテが悲痛な悲鳴を上げる。




 バキィィィィィィィィィィィッ




 突然、背後から何かが砕ける音が響いた。


「何事だ!?」


 クレメンスが険しい顔で音がした方に振り向くと、屋敷の扉が吹き飛んでいた。

 そして、その先に屋敷の外で見張りをさせていた騎士が転がっていたのだ。


「”緋梟”の騎士も大した事ねぇな!!」

「まったくだな。 他愛も無い」


 扉が吹き飛んだ屋敷の玄関から、何者かが入り込んできた。


 一人は巨漢の戦士で、腰に剣を提げて皮鎧を着ていた。

 もう一人は細身の剣士で、同じく皮鎧を着ていて、その手には鋭い曲刀を手にしていた。

 そして、その二人の後ろを白いフード付きの外套を羽織った小柄な人物がいた。


「何だ、貴様等はッ!!! この方をどなたと心得るッ!!!」

「ヴェルナー、エアハルト、”排除”しろッ!!」

「「御意ッ!!!」」


 ”白い外套”の人物の透きとおる様な声に反応して、他の二人が素早く動いた。


「ええい、何をしているッ!!! その痴れ者共を殺せッ!!!!!」


 クレメンスはシャルロッテを抑え付けたままで、配下に指示を飛ばす。

 配下の騎士達はその指示に従い、剣を抜いた。


「敵は少数だッ!! 包囲しろッ!!!」

「ヘッ、おせぇなッ!!!」


 騎士達が包囲するよりも早く、”細身の剣士”は手近にいる騎士をいとも容易く斬り伏せる。

 一方で、”巨漢の戦士”の方は、剣を抜かずにその拳の一撃で騎士を殴り倒していた。


「なッ!?」


 予想外の二人の強さに騎士達が浮足立った。


「ヴェルナーはご婦人を保護ッ!! エアハルトは雑魚どもを一掃しろッ!!!」

「生かしておく必要はありますかね?」

「構わん、”クレメンス”以外は始末しろ」

「「了解ッ!!」」


 ”巨漢の戦士”は、マリーに群がって暴力を振るっていた騎士達をその剛腕で蹴散らした。

 ある者は拳で頭蓋を割られ、ある者は壁に叩きつけられて圧殺され、ある者は蹴りで首をへし折られていた。


 ”細身の剣士”の方は、周辺を包囲していた騎士達を素早く駆け回りながら、次々と撫で斬りにしていく。

 目にも止まらぬ太刀筋で、次々に騎士達を血の海に沈めて行った。


 そして、”白い外套”の人物は、そんな惨劇が行われている中を”何事も無い”かの様に悠然とクレメンスへと歩み寄って行った。


「な、何だ貴様はッ!?」

「今だに気が付かぬか。 まさか、これほどの阿呆とはな……」

「な、なななッ!?」

「いいから、その薄汚い手を離せ”痴れ者”が!!!」


 透きとおる様な声でクレメンスを罵倒すると、”白い外套”の人物はクレメンスを蹴り飛ばしてシャルロッテから引き剥がした。


「ぐえッ……」

「お嬢さん、此方に!」

「は、はい!!」


 クレメンスから解放されたシャルロッテは、手招きに応じて”白い外套”の人物の元へと駆けて行く。

 シャルロッテが傍まで来ると、その”白い外套”を脱いでシャルロッテに被せた。


「直ぐに終わらせますから、少しの間そこに居てくださいね」


 シャルロッテにそう告げると、”白い外套”の人物……”琥珀色の髪の少年”は倒れているクレメンスの元へと再び歩み寄って行った。


「き、き……貴様……帝国大貴族たる私を足蹴にするとは……!!!」

「愚か者めが! 僕の”顔と髪”を見て、それでも思い出さぬのか?」

「な、何!?」


 少年の言葉に圧倒されたのか、クレメンスが怪訝な顔で少年を見回した。


 年の頃は15~6歳。

 艶やかな手入れの行き届いた琥珀色の髪に、髪と同じ色の瞳。

 一見、少女と見間違わんばかりの美貌。

 そしてその首から下げられた”琥珀で彩られた大鷲の紋章が入った白金のメダル”……。


 段々と、クレメンスの顔が目に見えて青ざめていき、その身体は恐怖からか震えだしていた。


「ま……まままままままま…まさかッ!!?」


 そのタイミングを待ってましたと言わんばかりに、取り巻きの騎士達を片付けた二人の男が少年の左右に立つ。


「エーデルシュタイン大公家公子クレメンスよ、無礼である。 その場で控えよ!」

「此方の御方を何方と心得るんだ? 恐れ多くも、”ベルンシュタイン帝国第九皇子 フェルディナント・リリエンタール・ベルンシュタイン”殿下であらせられるぞ!!!」


 帝国第九皇子……


 その響きを聴いたクレメンスは、青ざめた顔で涙目になりながら”その頭を床にこすり付けた”。












 フェルディナント・リリエンタール・ベルンシュタイン


 後に他の兄弟達を押しのけ、二十歳に至らぬ身で帝国の玉座へと座る事になる。


 帝国初代皇帝と同じく、”琥珀色の髪と瞳”を持つ彼を後の人々は、初代皇帝と同じ敬称で呼んだと言われている。



 …………『琥珀帝』と。

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