第一話 銀髪の騎士と隻眼の少女
「………」
その場に座り込んだみすぼらしい少女は、目の前に立った人物を見上げた。
対して、白い騎士服に身を包んだ男はその冷たい双眸でボロを纏った少女を見下ろしていた。
少女は、娼館で囲われていた奴隷だった。
戦争で負ったものか、それとも客の暴力で負ったものか、身体のあちこちに傷があった。
特に顔には痛々しい包帯が巻かれて、その右目を覆っていた。
男は、帝国の騎士だった。
穢れの無い白い騎士服に身を包み、腰には二本の剣を下げていた。
流れる様な銀髪と、氷の様な冷たい双眸の美丈夫だった。
「何故、この娘だけがこの場に残っているのだ?」
男はその少女の左目に目を向けたまま、隣に立つ秘書官に尋ねた。
「は…この娘は、他の者と違って行き場も職にできる技術も無く、何よりその容姿の性もありどこも引き取りたがらなかったのです。 何より、娘は最下層の娼館にいた訳ですから……」
確かに少女は薄汚れていた。
その金髪は薄汚れてボサボサで、その肌は切り傷や痣があちこちに残っていた。
しかも最下層の娼婦ともなれば、幾ら若い娘といってもプライドの高い帝国騎士達が囲いたがるとも思えなかった。
男は膝を折ると、少女と視線を合わせた。
「娘、お前の名は?」
「……シャル。 シャルロッテ…です」
男の問いに少女は、恐る恐る答えた。
「そうか……では、これからはお前の事を”シャル”と呼ぶ。 良いな?」
「……は、はい」
「お前の身柄は私の下で預かる」
「……え?」
「た、隊長ッ!?」
男の下した決定に、横に控えていた秘書官が驚きの声を上げた。
「お待ちください! 幾らなんでも、その様な娘を帝国高級仕官である貴方が傍に置くなど、周りの貴族出身の連中が何を言い出すか分かりません!?」
「この娘、シャルロッテは私の傍に仕える下女として引き取る。 仕込めばその程度の仕事ならこなせよう」
「ただでさえ、貴方は”傭兵出身”だと陰口をたたかれているのですよ!?」
「言わせておけばいい。 その程度は、戦功を上げればいくらでも黙らせられる」
「し、しかし……」
「くどいぞ……話は終わりだ」
男はそう言い切ると、再び少女に視線を向けた。
「…その、貴方様がわたしの主様なのですか?」
「そう言う事になるな」
「…お名前を、伺っても?」
「私の名はテオドールだ」
「……テオドール様?」
「堅苦しく考えるな。 好きに呼んで構わん」
「では……”テオ様”と…」
今まで反応の薄かった少女が、俯き頬を染めながらその名を呟いた。
「うむ。 さて、先ずは身なりを整えねばならんな。 私の下に来る以上は、身なり、礼儀にも気をつけて貰わねばならん。 私は役立たずをおいて置けるほど余裕がある訳でも無いからな。 捨てられたくなければ、しっかり励めよ”シャル”」
「…はい、”テオ様”」
テオドールは、その左目を見つめながらシャルロッテの手を取った。
シャルロッテは、その手を頼りに立ち上がりテオドールの横に立った。
銀髪の騎士隊長 テオドール この時28歳
隻眼の少女 シャルロッテ この時15歳
これは、後に帝国史に”銀獅子”の異名でその名を残す事になる英雄と、それを生涯にわたって支え続けた一人の少女の歩んだ軌跡を追う物語である……。