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アベルの青い涙  作者: 天野 七海
9/25

九話 旅立ち

 トニーとジェシカが死の谷に来て、早くも十五年が過ぎようとしていた。


 それぞれに住居も構え、町人達とも充分過ぎる位に馴染み、ここでの生活も、すっかりと身体に染み付いていた。


 そして、肝心のアベルだが......。



「 アベルの奴……。また逃げやがったな!」


 トニーの唸る様な怒りが木霊した。


 トニーは地面に放り投げられた竹刀を拾い上げると、震える手で捻り潰した。その顔は、真っ赤な鬼の形相に。

 

「まだ近くに居るんでしょ! 出て来なさいよ!!」


 とても、心優しいトニーとは思えない程の怒り振りだ。


 アベルはその様子を、木陰からコッソリと覗いていた。 そして、トニーが振り返ったその時、二人の目が合った。


「やばっ!」


「コラー!!アベル待ちなさい!」


 アベルは慌てて駆け出した。


 トニーも負けまいと後を追った。 その迫力は、周りの木々まで倒してしまいそうな勢いだ。

 


「暴力反対!僕は平和主義者なんだ 」


 アベルは言葉を吐き捨てると、振り向き様にあっかんべーをした。

 

「かぁ〜、ムカつく!」


 トニーは更に頭に血を上らせた。


「もうオジさんなんだから、無理すると体に悪いよ 」


「コラー!!」


  アベルは、トニーを挑発するかの様に尻を叩いてみせた。 そして、そのまま雑木林をスルリと抜けると、まるで放たれた鳥の様に飛び出して行った。


「もうっ! 逃げ足だけは早いんだから!」


  トニーは荒々しく肩で呼吸すると、額から吹き出す汗を拭った。

 その後、腹立たしい気持ちをぶつける様に大木に拳を入れた。

  すると....。たった一撃なのにも関わらず、大木はバッサリと倒れてしまった。



 トニーは、アベルが幼少の頃からずっと、一日も欠かさず武術の稽古を付けて来たのだ。

  その指導は厳しく、トニーの人間性を疑ってしまう程の超スパルタ振りであった。

  特訓の内容とは、崖の上に立たせたまま何千回も素振りをさせ、またある時は、うさぎ跳びで山登りをさせた後、流れの急な川へ連れて行き、逆流で泳がせるなど.....。


 全ては、モロゾフとの決戦に向けての修行であった。


 しかし、当の本人には修行の目的は告げられておらず、多感な時期を迎えたアベルにとって不満が積もるばかり。


  アベルにしてみれば、いい迷惑だった。


 .なぜ、僕だけが稽古をしなきゃいけないんだ…...。 この町はこんなに平和なのに、一体、誰と戦うと言うのさ。 トニーは「もしもの時に、皆を守れるように 」と、言っているけど、それが理由なら、なぜ他の皆は修行しない??

 きっと、別の理由が有るに違いない。 みんなして、僕に隠し事をしてるんだ。


 アベルは自分の中でそう解釈をすると、とても素直な気持ちにはなれなかった。


 今まで何とか稽古を続けて来られたのは、ただトニーが怖くて、面と向かって稽古を放り出す勇気が有るわけでも無く、そんなアベルに出来る事と言えば、トニーの目を盗んでサボる。 それこそが、精一杯の抵抗であった。


 アベルとは、そんな小心者なのだ。


  それに加えてアベルは、お調子者のマイペース。 そして、何よりも競い合いや争い事が大っ嫌いだ。


  例えば、鬼ごっこをしたとしよう。

 普通の者なら必死に逃げるであろう。 だが、アベルは自分から鬼に近づき、わざと鬼になる。

 そんな、他人にはとても理解出来ない所があった。


 まぁ、ともかく。 勇者に相応しいと言える勇敢さも、正義感も感じ取れない人物。 と、言っても過言では無いだろう。


 では神は一体何故、 そんなアベルを勇者に選んだのだろうか? それとも……単に人選の間違いだったのか?

 アベルの使命を知っている者の心中は、不安が積もる一方であった。



「仙人様、もう限界です。 アベルに本当の事を話しませんか? 」


  切迫詰まった表情で、トニーがエンドリューに迫った。


「気持ちは良く分かる。 私もそうしたいのは山々なのだが……。 運命の日になるまで話せない事になっておる。 全く、アベルにも困ったものだ……」


  エンドリューは顔をしかめると、気難しそうに腕を組んだ。


 


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 そんな日々も束の間。


 いよいよアベルの誕生日。そう、運命の日がやって来た。


 エンドリューに呼ばれたアベルは、一人で教会を訪れた。


 仙人様が僕を呼び出すなんて、もしかして僕の誕生祝いでもしてくれるのかなぁ……。

 

  アベルは胸を躍らせた。


  礼拝堂の椅子に座って待っていると、エンドリューが現れた。


 いつも温かく迎えてくれるエンドリューだったが、何故が今日は表情が険しく、思い悩んでいる様子だ。


  あぁ、なんだぁ。僕の誕生祝いじゃ無いのかぁ〜 残念だなぁ。 そうじゃないとすれば……。ここに呼んだのは、僕を叱る為??


 アベルは今まで起こして来た不祥事を思い出した。

 余りにも思い当たる点が多過ぎる、


 そうかぁ ……。やっぱり僕を叱る為かぁ〜〜


 アベルは、その場から逃げ出したい気持ちに駆られた。



「 よく来たな 」


 エンドリューが微笑んだ。

 その笑顔にホッとすると、アベルは思わず胸をなぜ下ろした。


「お前を呼んだのは、話さないといけない事があるからだ 」


 エンドリューはそう言うと、アベルの目の前に ’ 箱 ’ を差し出した。


「これは……? 」


 不思議そうに箱を覗き込むアベル。


「 この箱は、お前が生まれるよりもずっと前に、神がある青年に渡した物だ 」


「 ふーん。 ボロい箱だと思ったら、そんなにも古い物だったんだ……。 触ってみてもいい? 」


 アベルは無邪気な瞳で問い掛けた。


「 待ちなさい。 触るのは話しが終わってからだ 」


「 なんだ……。 じゃあ、話って何?? 」


「よく聞くんだ、アベル。 ……神はこの箱を青年に渡す時、こう言ったそうだ 『 皆の者、祈るがよい。 皆の祈りが天に届く時、神の流す一雫の涙が大地に希望の子をもたらすであろう 』と……。 どうしてそんな物がここに有るのか分かるか? 」


「 仙人様、冗談はやめて下さい! そんな事、僕が知るわけないでしょ? 」


 アベルはバカにされたような気がして、すねた顔をした。


「 そうだな、知る訳など無いわな。……この箱には封印が掛けられておる。 これは、選ばれた者にしか開ける事が出来ん箱だ。それが今日、お前の手によって開かれるのだ 」


「 ……!!!?? 」


 アベルには状況が把握出来なかった。 頭の中は真っ白。 返す言葉が出てこない。


「そうか、 とても信じられないと言った様子だな。 まぁ、それも仕方が無いであろう 」


 アベルはエンドリューの顔を見た。

とても冗談を言っているとは思えない。 じゃあ、本当に自分は特別な存在なのか……?

 そう考えれば、自分だけが武術の修行をして来た事にも納得が出来る。 なら、当然の様にトニーも母もこの事を知っていたのだろう。でも……。


「 お前は、自分の額にあるアザを不思議に思った事は無いのか? それこそが、選ばれた者の証なのだ 」


「 違います! 僕はただのアベルです。きっと何かの間違いです。 だって……。 もし僕が選ばれた者だとしたら、きっと皆は大笑いするに決まってる。それに……。選ばれた人はモロゾフを倒すという事でしょ? 僕には、そんな勇気はありません」


「そうか、 信じないと言うのか...…。 では証明してみなさい。 お前の言う様に間違いであるのなら、この箱を手に取っても何も起こらないだろう。だが、お前が選ばれた者なら箱は開く。……どうだ、心の準備は出来たか? 」


 アベルは手に汗を握ると、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 そして……。 震える手で恐るおそる箱を取った。

 心臓の鼓動が、耳の奥に鳴り響いた。


 次の瞬間、アベルの額は熱くなり、目の前がブルーに染まった。


「何という事だ…… 」


 思わず、エンドリューが声をあげた。


 何と、アベルの額が光っているではないか。

 それは眩しく、部屋中をブルーに変えてしまうほどの青光であった。

 

 そして……。箱の隙間からも光がこぼれはじめた。


 アベルは隙間に指を当てた。


 すると、箱は開き、それと同時に青光も消えた。

 

 アベルは大きく目を見開いたまま、ただ、自分の手の中にある箱を見つめていた。


「中に何が入っているのか見てごらんなさい」

 

 エンドリューに言われるままに、アベルは箱の中に入っている物を取り出した。


 まず、 銀色の首飾りが一つ。

 そして、手紙の様な紙切れが入っていた。

 アベルは紙を広げた。 どうやら地図のようだ。 図面の横に、模様のような?文字のような? 見たことも無い物が書き記されている。

 

「どれ、見せてみなさい 」


 エンドリューはアベルから紙を受け取ると、机の上に広げた。


「 この地図には、お前がこれから目指す場所が記されておる 」


 そんな声にも反応せず、アベルはただ愕然としていた。


 もしも父さんが居たら、僕にどんな言葉を掛けてくれただろう?? 『危険だから行くな』と、引き止めただろうか、 それとも……。


「お前は、まだ信じられないのか?」


 エンドリューがアベルの顔を覗き込んだ。


「仙人様……。 どうして神様は、こんな僕を選んだのでしょうか? 」


 アベルは夢でも見ている様な気がした。

 

「アベル…… 」


 エンドリューはアベルの両手をそっと握った。 その手は温かく、アベルはその温もりに ’これは夢では無い ’ と、我に返った。


「 手を広げてごらんなさい 」


 エンドリューはそう言うと、机の上に重ねた手を乗せた。


「 よく見なさい。 お前の手の平にはシワが刻まれておる。 ……昔から人は、手のシワの事を手相と呼び、人生の行く末を占ったそうだ 」


「 こんなシワで?? 」


「 そうだ。 片方の手には『 天命』そしてもう片方の手には『未来』が記されていると信じてきたのだ。 お前の片手にも、天からの使命が記されているだろう……」


「 本当に? 僕の手にも?」


「あぁ、そうだとも。 私は専門家ではないので詳しくは分からないが……。 だが、肝心なのはもう片方の手が示す『未来』だ。 天命は変える事は出来ん。 だが、未来は自分の手で切り開く事が出来る。 その手のシワは、お前の努力次第でどの様にも変える事が出来るのだ。 たとえ天命が決まっていようとも、それを成し遂げられるかどうかを決めるのは自分の努力次第。 場合によっては、天命をも超える未来を創り出す事も可能だ。………神は、乗り越えられぬ試練は与えないのだ」


「 僕も……。変われるのかな? 」


「 勿論だとも。 これから、幾度となく見えない壁が、お前の行く手を阻むであろう……。だが、決して諦めるな。 もしも迷った時や辛くなった時、手の平を見よ。 お前に与えられた運命は、成し遂げられるからこそ与えられた物であるという事を、思い出すのだ 」


「 うん。 わかったよ。 僕、やってみる 」


 アベルは両手を固く握り締めた。



「では、 この地図について説明しよう 」


「 うん 」


「この赤い印だが、こには、唯一モロゾフの息の根を止める事の出来る ’ アレグリアの宝剣 ’ が眠っておる。 だが、ここには ’ ピラティス ’ という神獣が絶えず目を光らせ、宝剣を守っておる。 神獣と言っても、ピラティスは鋭い牙と爪を持ち、近づく者を容赦なく襲うそうだ。 宝剣を手に入れるには、ピラティスを元に戻すしか方法は無い 」


「元に戻すって、どういう事? 」


「ピラティスは元々天使であった。 しかし罪を犯してしまい、神はその償いとして神獣の姿に変えると、宝剣を邪悪な者から守る様に命令したそうだ 」


「ふーん。 でも、どうすれば元の姿に戻せるの? 」


「それは……。 これを使うのだ 」


 エンドリューが、懐からテラスの霊泉を取り出した。


「 これは、仙人様が使っている病気を治す薬ですね 」


「 さよう。 だが、この霊薬の使い方はそれだけでは無い。 持つ者に永遠の命を与える。とも言われておる 」


「えっ! こんなに小さな薬が? 」


「 この液体は、使っても直ぐに元の量に戻るのだ 」


「へー。不思議だね 」


「それで…。 本題に戻るが、ピラティスを元に戻すには、この霊薬ともう一つ必要な物が有る。 それは協力者だ。 ごらん、ここに『鳥』の印が有るだろう…… 」


  エンドリューが地図の上に指を滑らせた。


「ここには動物を操る霊力を備えた者がおる。 この者もアベル、お前と同じ様に神に選ばれた者だ。 この者の力が無ければピラティスに近づく事は出来んからな 」


「へー。 僕の他にも居たんだ 」


「 まだおるぞ。 その他にも二箇所有るだろう、 奇妙な印が…… 」


「 うん、ここの『矢』の様な印と、『滴』みたいな印の事だね」


「そうだ。この『矢』の印の場所には、弓の名手が居るようだ。 だが、その者の力がなぜ必要なのかは記されておらん 」


「じゃあ、もう一つの印は? 」


「 これはここ、死の谷を示しておる。 『滴』は霊泉で、人物はスチュアードの事のようだ 」


「えっ! 本当に? ……なら、仲間探しは一人済んだ事になるんだね 」


「 さよう。 では、私はスチュアードを呼んで来るから待っていなさい 」


「 はい 」



 エンドリューはそう言い残すと部屋を出て行った。


 アベルは、銀色の首飾りを手に取った。

 かなりの年代物の様だ。

 ペンダントのトップには、繊細な龍の彫刻が施されており、青い石が埋め込まれていた。


  アベルは首飾りを胸元に掛けた。


「わぁ〜! 」

 

  何と! 首飾りは新品同様に蘇り、青い石はサファイアの様に輝いたのだ。



 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


 エンドリューがスチュアードを連れて戻って来た。


「どうしてアベルがここに? 」


「やぁ、スチュアード 」


 アベルがスチュアードの側に駆け寄った。


「 首飾りを見せてやりなさい 」


 エンドリューの声に、アベルはペンダントのトップをスチュアードに見せた。

  不思議そうに覗き込むスチュアード。


 すると……。

 首飾りの石が青く光った。

 そして、 まるで共鳴する様にスチュアードの額からも緑色の光が溢れ出した。

 しばらくして……。やがて消えた。


「なっ、何だったのですか……今のは!? 」


 うろたえた様子でスチュアードが言った。


「やはり、私の思った通りだ 」


「 父上……。 これは一体??」


「スチュアード、お前は神に選ばれたのだよ 」


「……!! それは、どう言う事ですか?? 」


 スチュアードが慌てふためいた。 話が読めず、ただ、唖然とするばかりだ。


「お前はモロゾフを倒す為、アベルと共に旅に出るのだ。 それが、神に選ばれた者の使命なのだ 」


 エンドリューはそう言うと、スチュアードに杖と霊泉を渡した。


「この霊泉は、宝剣を手に入れるのに必要になる。その剣なしでは、モロゾフを倒す事は出来ん。そしてこの杖も持って行きなさい。きっと、お前を助けてくれるだろう 」


「父上……!! 突然そんな事を言われても、私には何が何だか...….。 それに、杖を使いこなす事など出来ませんし、この小瓶だって、必要としている町人達が居るではありませんか 」


「まぁまぁ、落ち着きなさい。 ……スチュアード、良く考えなさい。 お前の言う通り、ここにも霊泉を必要としている者が居るのも確かだ。 だが、これをお前に渡し、役目を果たしてくれた方が、遥かに多くの人間を救う事になる。 それは今生きている者達だけではなく、これから産まれて来る者達まで救う事にもなるのだ。……それに、その杖だって必ずお前の望みを叶えてくれる。 何しろお前は、天界人である私の霊力を受け継いでいるからな。 だから、何も心配などせんで良い。 お前は、ただ使命を果たす事だけに専念しなさい 」


「そうですか……。わかりました、父上 」


「うむ…… 」


 エンドリューは頷くと、祭壇の引き出しから何かを取り出した。そして、アベルの前に差し出した。 それは…。 銀色に光る剣と、真珠色をした服だった。


「これは、お前が旅に出る時に渡す様にと、天界にいらっしゃるマトレイユ様から賜った物だ。 宝剣を手に入れるまで、この剣を使いなさい。 それからこの衣服は、シーラという魚の鱗で作られた鎧だ。 薄くて頑丈な上に、軽い。これを着なさい 」


 アベルは、今まで見たことも無い神秘的な服と、よく手入れされた剣に見惚れた。


 エンドリューは、アベルとスチュアードの肩に手を置いた。

 そして、真剣な眼差しを二人に向けると、深く息を吐き出した。


「 もう既に、運命の輪は回り始めたのだ。 ここからは、立ち止まる事も、引き下がる事も許されん。……よいか……。頼んだぞ 」


 エンドリューは言葉を残すと、そのまま部屋を去って行った。



 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


 アベルは、家へ戻った。


 そう言えば、この事を母さんも知っていたんだよな。 じゃあ、心配は要らないか……。


 アベルは、母を置いてこの町を出る事の不安感と、想像すら出来ない、これから起こるであろう出来事に、重い足取りを覚えた。


 

「ただいま…… 」


「おかえり 」


 ジェシカは微笑むと、アベルの腕の中にある剣と、服に目を向けた。


「アベル……。 引き受けてくれたのね 」

 

「 うん。 最初は驚いて断ったけど、僕……行く事にしたよ 」


 すると、部屋の奥からトニーの姿が。


「アベル〜! 良く決心してくれたわ! 」


「えっ! どうしてトニーがここに? 」


「そんなの決まってるじゃないの。 出来の悪い弟子を一人で行かせる訳にはいかないわ 」


「 もう!いっつもトニーは一言余分なんだ、でも..….。一緒に来てくれるなら僕は嬉しいよ。それに、スチュアードも一緒なんだ 」


「 そうなの! もしかして......。 アベル一人では大役を果たせそうに無いから、仙人様がわざわざスチュアードに着いて行く様に言ったのかしら? 」

 

「もう! 違うってば! チョットは僕の事を認めてくれてもいいだろう 」


 アベルがトニーを睨んだ。


「 スチュアードも僕と同じで、神様に選ばれた一人だったんだ。 まだ他にも仲間が二人居る。その人達を探し出して協力してもらわないとモロゾフは倒せないんだ 」


「 そうなの……。 簡単には行きそうに無いわね。 でも、本当に、よく心を決めてくれたわ 」


 ジェシカがアベルの手を取った。


「 うん……。 話を聞いた時、父さんの事を思ったんだ 」


「 それは、どんな事? 」


 ジェシカは不思議そうな顔をした。


「だって、父さんは僕や母さんを守ったから死んでしまったんでしょ? なら、そんな父さんがもしも生きていたとしたら、僕に何を言うのだろう……。と、 そうしたら、言葉は浮かんで来なかったけど、きっと僕に希望を託したんじゃ無いかと思って……。 それに、仙人様が言ったんだ。 「僕の手の平に ’天命’ が刻まれている」って。 成し遂げられるからこそ、神様が僕を選んだのだ。と…。 だから、信じてみる事にしたよ 」


「……そうね。 必ずやり遂げられるはずだわ 」


 ジェシカはそう言うと、振り向き様に、流れる涙を服の袖で拭った。

 そして、テーブルに置かれた青い布を手に取ると、悲しい瞳のままに、精一杯の笑顔を作った。


「外は危険な所よ。このターバンは、邪悪な者から救ってくれるわ 」


 ジェシカは、アベルの額に刻まれた印を隠す様に、ターバンを巻き付けた。


「それから……。これも持って行きなさい 」


  渡されたのは、父と母の写真だった。


「うん、わかった 」


 アベルはカバンの中に写真をしまった。



「ジェシカ、 アベルの事は私に任せて 」


「うん、そうね。 トニーが一緒なら心配ないわ。どうかアベルをお願いね 」


  「勿論よ、任せて 」


 トニーは深く頷くと、二人は握手を交わした。

アベルは母に抱き付き、耳元で囁いた。


「母さん……。 僕は今までいい加減で、心配ばかり掛けてゴメン。 僕、必ず戻って来るから、母さんも元気で…… 」


 震えた声で、涙混じりに別れを告げたアベルは、母に背を向けた。 そして一度も振り返る事無く、トニーと共に家を出た。


 ジェシカはただ...…。そっと、後ろ姿を見送った。

 

 

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