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アベルの青い涙  作者: 天野 七海
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三話 モンデモンロ

 モロゾフは走っていた。


 どうしたんだ…?


 あれから、指輪の主に声を掛けても返事が無い。私は夢でも見ていたのだろうか?

 それとも、悪い冗談か?? それに、なぜ私は走っている??


  昨日は気を失ったように眠ってしまった……。

指輪の主は、この私に鋼の心と強さを与える。と、言っていたな。 もしも夢で無かったとしたら、私は変われたのだろうか……。


  それに、 ん……。 何だ?? この、訳もわからなく湧き上がって来る、高ぶる様な気持ちは??


  あ、足が軽い!!。

まるで、足の裏に羽が生えた様だ……。

 

  これは ……。

体の奥底にある潜在意識に語りかけている。とでも言うのか!


  うん…………。わかる……。わかる……。

 分かって来た。 今から私が何をするのか、それに、この足が向かう先に何が有るのかも……。


  この地上に降りてからという物、兄の存在さえ無ければ。と、思った事は何度もあった。特にソフィアを失ってからは、そう思わない日は一日、いや、一秒として無かった。

  だがしかし……。

殺したい。とまで思った事は一度も無かった筈なのに……。


  ………憎い。……憎い。……憎い。

  なぜだ……??? 今は兄が死ぬ。という事が嬉しくてたまらない……。

  これが、指輪の主であるデルピュネの仕業なのか??


  まぁいいだろう……。

 

 


  モロゾフは、ホワイトタウンを取り巻く防壁の前までやって来た。


  白く艶めく陶器にも似た壁は、視界を一色に染めて遮る程に高く、モロゾフの前に大きく立ちはばかっていた。


  「フッ……。これがかの有名な、どんな衝撃にも耐える。という、最先端の技術? とやらを集結させた巨壁か……?! さすがに圧倒される……」


  そんな壁が、崩れる訳などないか……。

 

  そう思いつつも、モロゾフは軽く指輪を擦り、腕を前へ払ってみせた。

 

  《ガ バッッ!!》


  爆音と共に、巨大な火の塊が飛び出した。


「えっっ?!」


 壁に当たって弾けた火花は散らばって広がると、メラメラと燃え上がって壁が崩れ落ちた。


  「こ……これは凄い!!」


  こんな威力は初めてだ…。

 魔獣デルピュネは、如何なる物体をも焼き尽くす魔力があると聞いていたが、これ程までとは……。

 これが、真の力だというのか……。

 

  やはり、私は手に入れたのだ。真の強さと鋼の心を!!

 


  モロゾフは崩れた壁を跨ぐと、とても侵入者とは思えない程に堂々と、白昼の中真っ直ぐ進んで行った。


  突然の非常事態に慌てふためいた住人達は、悲鳴を上げながら逃げ始めた。


  あぁ……人間達の泣き喚き声。

恐怖に怯える悲鳴を聞こうとも、もう怖くなどないぞ!

  それに……。今まで感じていた一人取り残された様な孤独感すら無い!! それどころか何だ? 心地よく、快感に聞こえる……。


  そうだ、もっと泣き喚け!! そして怒り、恨むのだ……! 自分達の縄張りに土足で踏み込んだ、この、侵入者を……!!


  モロゾフは幾つも火の玉を作ると、手当たり次第に建物を崩壊して行った。

 


  白い都。と言われたホワイトタウン。

 今、その上空には幾つもの黒煙が上がり、戦火から逃れようと、帯ただしい数の移動式車両が飛び交っていた。

  その様子を何かに例えるのであれば、電灯に群がる蛾のような光景だ……。


  モロゾフは、中心にある摩天楼を目指していた。

  目的は、最上階に住む住人に会うためだ。

 

  モロゾフは、摩天楼の下まで来ると空を見上げた。


  建造物は想像以上に高く、まるで空を突き刺す一本の剣の様だ。


  天使であるモロゾフにとって、上まで登りつめる事など容易い事だった。


  地面に踵を二回叩きつけると、モロゾフの体は浮き上がった。その直後、直線を描くように真っ直ぐ飛んだ。

 

  は、早い……!浮上する力まで増しているとは……。

 

  最上階に到達すると、モロゾフは火を放ってガラス窓を破壊した。

  粉々に砕け散ったガラスが、建物内に吸い込まれる様に床に散らばった。


  「……!! お前は誰だ!!」


  部屋の奥から男の声がした。

  その方向へ目をやると、長椅子に腰を掛けた人影が…。

  その老人はスラムに住む者とは違い、血色の良い艶ある顔構えのうえに、充分に栄養の行き届いた腹には贅肉が付き、醜いとまでに腹が盛り上がっていた。そして驚く事に、モロゾフの予期せぬ登場にも関わらず、実に落ち着いた様子だ。

  その人物こそがホワイトタウンの主、 富豪モンデモンロである。

 

  モロゾフはモンデモンロの姿に気が付くと、深く一礼した。


  「モンデモンロ様とお見受けしました。 私は天からの使者で、名はモロゾフと申します」


  モンデモンロはモロゾフをじっと見つめると、葉巻を銜えて口から煙りを吐き出した。


  「最近、スラムの悪人を焼き殺す輩が居る。と聞いておったが、それは、お前の事か?」


  「はい。その通りです」


  「ふ〜ん……。そうか」


  モロゾフの返事を聞いたにも関わらず顔色一つ変えないまま、モンデモンロは葉巻を灰皿に擦り付けた。

 

「客にしてはいかにも強引な客だな。 わしはアポ無しで客人とは会わん主義だ。 しかし、こうして外から侵入するとはな…。

  わしを殺そう。と思えばいつでも殺せたはずだろう。だが殺さない……。という事は、ここに来たのは神の意思では無いな。どうだ……?図星であろう?」


  「うっっ……!」

 

  さすが人間界のドンとも言えよう。その桁外れの洞察力にモロゾフは圧倒され、驚きを隠せなかった。


  まるで苦虫を踏み潰したようなモロゾフの表情を見ると、モンデモンロは満足そうな笑みを浮かべた。


  「その様子じゃ、どうやらわしの勘が当たったな。 ……わしは、長年に渡り商人をしてきた。 お前の顔色一つで何が言いたいのか手のひらに返したように分かるわ。……わしに頼みがあって来たのだろう? 言ってみよ、条件次第では聞いてやらん事は無いぞ」


  「……その通りです。そこまで分かって居られるのでしたら話しは早い」


  「何だ? 何が望みだ? 」


  「それは、エンドリューと言う名の天使を捉えて始末して欲しいのです。ただし直ぐに殺すのでは無く、人間共の前で残酷に処刑して欲しいのです」


  「……!? そんな事は、お前がヤればいいのではないのか?」


  「実は、私ども天界人には掟がありまして…… 」


  「ふーん…そうか……。 大体想像は付くわ。 お前はその天使だけでは無く人間にも怨みが有るのだな。 分かった……。ただし、この取り引きでわしは何を得られると言うのだ? わしは欲しいと思う物は何もかも手に入れて来た。そんなわしにも満足出来る物なのか?」


  「はい。私の望みを叶えて下さるのであれば、モンデモンロ様には特別な品を差し上げましょう」


  「何だ!?」


  モンデモンロは目を光らせ、まるで無邪気な子供のような眼差しでモロゾフの顔を窺った。


  「それは…… 」


  「それは??」


  「どんな傷や病も治し、それどころか持つ者に永遠の命を与える。という不老長寿の霊薬です」


  「……!!」


  次の瞬間、モンデモンロの目は一気に冷め切った。


  「なっっ……! わしが、そんな子供騙しに引っかかるとでも思ったのか!? そんな物が有る訳ないだろう…… 」


  「本当です! それは今、エンドリューの手の中に有ります!! 私が天界から来た天使である事を、もうお忘れですか?」


  モロゾフは複雑な面持ちで辺りを見渡した。

 そして部屋の片隅に置かれた石像を見つけると、その方向へ向けて腕を払った。


  すると火玉が飛び出し、石像に命中した!

 石像は一瞬で燃え上がり、跡形も無く蒸発してしまった。


 モンデモンロは唖然とした顔を浮かべ、石像が置いてあった場所まで進んだ。

 そして床が灰色に変色しているのを確認すると、はち切れんとばかりに手を叩いた。


  「………これは素晴らしい!!」


  「これでも信じない。 と、言われますか?」


 モロゾフは自信げに言った。


  「わかった。お前を信じよう。石の塊を燃やすなど人間業では無いからな。天界には、人間には理解出来ない不思議な力が有るのだろう。それなら、不老長寿の薬があってもおかしくないわ。ハッ、ハッ、ハッ………」


  機嫌良さそうな笑い声が響いた。


  「安心しろ、任せておけ。お前の望みは叶えてやる」


  「ありがとうございます」


  モロゾフは礼を言うと、割れた窓から身を投げ、その場から消え去った。



 。。。。。。。。。。。。。。。。



  「不老長寿の霊薬………」


 モンデモンロの口から言葉がこぼれた。


  欲しい物を全て手にして来た欲深い男。

 きっと、現在から過去に至ったとしても、欲深さに関しては右に出る者は居ないであろう……。


 その心に今、忘れ掛けていた欲望と言う名の炎が灯った。



  早く、早く手に入れたい……。

  まだ手に入れていない物が残っていたとは……。

  不老不死の薬さえ手に入れば……。

  もう、わしに怖い物などないわい。



  「おい! 誰か居らんか!!」


  モンデモンロがインターホンに向かって叫んだ。


  「はい、お呼びでしょうか?」


  声を聞きつけ、男が部屋に入って来た。その身なりはガードマンかボディーガード。と言った感じだ。


  「これは、どうされたのですか??」


  男は、割れた窓に驚いた。


  「こんな物は取り替えれば直ぐに済む事だ。それより、使用人達を集めてくれたまえ。とにかく急いでくれ」


  「はい。かしこまりました」


  男はモンデモンロに向かって頭を下げると、部屋を飛び出して行った。


 。。。。。。。。。。。。。。。



  「モンデモンロ様、準備が整いました」


  インターホンから声がした。


  「ん、入れ」


  部屋のドアが開き、次々に人が入ってきた。

  まるで特殊部隊?とでも言うのか。どの人物も体格が良く、皆は綺麗に整列すると、モンデモンロに向けて敬礼した。


 モンデモンロは集まった使用人達に言った。


  「お前達は今からスラムへ行き、エンドリュー。という名の天使をここに連れて来るのだ。くれぐれも殺さずに生け捕りにする事、捉えた者には欲しい分だけの金を与えよう。 分かったな」


  そう言い終わると、床に分厚い札束を投げつけた。

  紙幣はバラバラになって床に広がった。


  使用人たちは慌てて紙幣を掻き集めると、無造作にポケットに押し込んだ後、我こそ先に。と、言わんがばかりに颯爽と部屋を飛び出して行った。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 人を送り込んでから既に半日近くの時が流れた。


  遅い……。

一体アイツらは何をやっているんだ!


  モンデモンロはイラつきながら時計を睨むと、葉巻を銜えながら指先で何度も机を叩いた。


  「モンデモンロ様、只今戻りました」


  「おぉ!!待っておった。直ぐ入れ」


 勢いよく扉が開くと、複数の使用人が続々と入って来た。 その中に、両脇を押さえられた一人の男性の姿があった。

  その者の着衣である白い衣はズタズタに引き裂かれ、顔には乱暴されたと見られる傷が幾つかあり、その顔は疲労感でやつれた様に見えた。


  モンデモンロは使用人を掻き分けて、その男性の前に立った。


  「お前がエンドリューか?」


  「…… 」


  その問いにエンドリューは答えぬままに、モンデモンロの顔を哀れみの眼差しで窺っただけだった。


  「どうやら答えたくないらしいな…。なら、これならどうだ?」


  モンデモンロはエンドリューの着衣を両手で探り、懐にある小さな硝子瓶を見つけると取り出した。


  「そっ、それだけは!!」


  エンドリューは必死にもがき、硝子瓶を奪い返そうとした。


  「……!!」


  エンドリューは大男に腹を強く叩かれ、気を失った様に黙り込んだ。


  「こいつを地下に監禁するんだ! 」


  「はいっ! かしこまりました」


  エンドリューは押さえつけられたまま地下の小部屋に投獄されてしまった。

  そこは暗くて湿っぽく、幾ら声を出して助けを呼ぼうとも誰も気がつきようも無い程に静かで、聞こえてくるのは自らの呼吸の音くらいだった。



 。。。。。。。。。。。。。。。。


  モンデモンロは小瓶を高く掲げると、窓から差し込む太陽の光に翳してみた。

 すり抜けた陽の光が、七色に輝きを放った。


  あぁ……。これが待ちに待った不老長寿の薬か。何と美しいのだ……。

  早く、早く試してみたい……。 これさえあば、わしは不死身になれるのだ!!


  モンデモンロが瓶の蓋を開けようとした時、誰かがその腕を掴んだ。

  モンデモンロはギョッとした顔で振り返った。 そこに居たのは……モロゾフだった。


  「なっ……! わかっておる。お前との約束は忘れておらん」


  気まずそうにして、慌てて小瓶を渡したモンデモンロ。


  「霊薬が有る。と言う事は、兄を捉えたのですね」


  「さよう……。とりあえず地下に幽閉しておるわ。いくら小部屋と言えど特殊金属で覆われた部屋だ。天使だろうが逃げる事は不可能。だから安心しろ」


  「そうですか」


  「ところで……。あの天使をどの様に始末するつもりなのだ?」


 モロゾフの 顔色を伺うようにしてモンデモンロが言った。

 

  「実は、その事でお願いがあります」


  「ん……。何だ?」


  「エンドリューが処刑される。という噂を流して欲しいのです」


  「わかった。あの天使の死に様を、多くの人間に見せつけたいのだな」


  その問いに、モロゾフは静かに頷いた。

 

「後は残酷な殺し方だな。その点なら任せておけ」


  モンデモンロがニヤリと笑った。


 


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