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アベルの青い涙  作者: 天野 七海
23/25

二十三話 再会

「アベルーーーー 」


 農作業をするアベルの耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。 いつも仲間の事ばかり考えているから錯覚だろう……。 初めはそう思った。


「アベルー」


 やはり、また聞こえた。

 アベルは後ろを振り返った。 すると、長い坂道を駆け上ってくるニコールの姿が……。


「ニコール!!」


 アベルは嬉しくなって思わず走った。 ニコールの側へ。

 ニコールは息を切らして大きく肩を揺らしながら言った。


「もう! 探したわよ! 」


「あっ、ごめん…… 」


「アベル……。 私の姿を見て驚いたでしょう? もしかして忘れたの? 」


「えっ? 何の事? 」


 とぼけた様子のアベルに、ニコールはチラリと冷たい視線を送った。


「もう!! ラミダスの結婚式でしょ? この前、別れる時に言ったじゃない。 また迎えに来るって…… 」


「あっ……そうだった 」


「そうだったじゃ無いわよ! ……ところで、トニーは何処に居るの? 」


「長老の家に居る」


「長老って……トニーの育ての親ね、私も会ってみたいわ。 ねぇ、案内してよ 」


 ニコールとの再会。 そして、また仲間に会える。 そう思うとアベルの胸は弾み、喜びを顔に出さずにはいられなかった。 そしてアベルは周囲を気にして視線を泳がせた。

 どうやら収穫の作業は落ち着いたようだ。 アベルが町の人達に事情を説明すると、二人は長老の家へ向かった。



 長老の家まで来ると、楽しそうに鼻歌を歌いながら花壇に水やりしているトニーの姿が……。


「トニーーーー 」


 ニコールが呼んだ。 すると、振り向いたトニーは「キャッ!」そんな声を出してニコールに抱きついたではないか。

 ニコールは迷惑そうな顔だ。


「ちょっと、キャッて何よ? トニーは本当に乙女なんだから 」


 ニコールの態度はあいも変わらず健在だ。


「あっ! 分かったわ。 ラミダスの結婚式ね 」


 トニーがそう言うと 「正解 」ニコールが満足そうに笑みを浮かべた。

 しかし、トニーはニコールの返事を聞くと、なぜかソワソワし始めた。


「どうしたんだい、トニー? 」


 不思議そうに聞くアベル。


「だって……結婚式は乙女の憧れなのよ。 何を着ればいいのかしら…… 」


 トニーの言葉に呆れた様子のアベル。


「別に、トニーはいつも通りでいいよ 」


「何よ!別にって、どうでもいいみたいじゃない! 」


 トニーはムッとしてアベルを睨んだ。


「あぁ……そう言う訳では……。 そうそう、トニーはいつものままが一番素敵。そう言う意味だよ 」


 慌てて弁解するアベル。

 その時 「一体、何の騒ぎかね?」家の中から長老が現れた。


「初めまして。 私は旅の仲間でニコールといいます 」


 ニコールが長老の前に立ち、自己紹介を始めたのだ。 長老は優しい眼差しでニコールを見つめた。


「おぉ……。 聞いとる、聞いとる。 活発で気の強いお嬢さんだな 」


 長老の言葉を聞いた途端、ニコールは鋭い視線でアベルとトニーを睨んだ。


「もう! 何よ!! 活発で気が強いなんて誰が言ったの? 」


 自分の事を馬鹿にされたような気になって怒るニコール。


「他にも色々と聞いとるぞ 」


 白髪のあご髭を摩りながら笑う長老。 トニーとアベルは恐ろしくて縮こまっている。


「他は何ですか?」


 ニコールの問い掛けに、長老は更に目を細めた。


「そうじゃな……確か、短気でヒステリー。それから…… 」


「もう!! アベルもトニーもヒドイわ! もっと他に言う事が有るでしょ? 美人で頭がいいとか…… 」


 ニコールは頬を膨らませた。


「ニコールの、そういう所だよ…… 」


 困った表情のアベル。


「まぁまぁ、そんな口喧嘩は止めて、お嬢さんは何しに来たのかね? 」


 ニコールに尋ねる長老。アベルが声を出した。


「旅の仲間の結婚式があるんだ 」


「そうか。 ここの事は心配しないで行って来なさい 」


 長老が優しい眼差しをアベルとトニーに向けた。



 トニーが準備を整えると、皆は長老に挨拶を済ませた。 そして三人はアベルの母ジェシカの元へ向かった。

 アベルは母に状況を説明すると、皆は大型飛行船が停まっている草原に急いだ。


 バーニャ国に向け、GT機は出発した。


「ラミダスは、村の人達を連れてバーニャへ行けたのかな? 」


 ニコールに話し掛けるアベル。


「うん! バッチリよ。 村の人達は、私とパパがバーニャまで送り届けたの。 も〜〜行ったり来たりで大変だったんだから〜〜 」


「じゃあ、ニコールのお父さんも元気なんだね 」


  アベルは声を弾ませた。


「とても元気よ。 ようやく自分の出番が来たと大喜びしていたわ 」


「ねぇ、マリアは元気なの? 」


 トニーが心配そうに聞いた。


「うん、大丈夫。 マリアもちゃんと送り届けたから 」


「よかった〜〜 」


 安心したトニーは、肩の力が抜けたようだ。


「バーニャに行く前に、マリアとスチュアードを迎えに行くから 」


「了解!」


 ニコールの言葉にトニーとアベルは大きく頷いた。


 。。。。。。。。。。。。。。。。。。



 アベルにとって、プロボよりも懐かしい死の谷が見えてきた。

 アベルだけで無く、トニーも喜んでいるようだ。


 やがて……広場に大型機が着陸すると、アベルの胸がはしゃしだ。


 まず、三人は教会へ向かった。


 教会に辿り着くと、アリアが野良犬と楽しそうに戯れていた。 そして、アベル達に気が付くと「トニー」

 と叫びながらこっちに走って来た。


「マリア、元気だった?」


 トニーがマリアの頭を撫ぜた。


「うん、ここの人達はみんな優しくしてくれるの。……でも、スチュアードは神様の所ばかり行って遊んでくれない 」


 そう言ったマリアは、少し寂しそうな顔をした。

 ニコールが笑った。


「今日、どうして来たのか分かる?」


「あっ! ラミダスの結婚式ね 」


「正解 」


 ニコールの言葉を聞いたマリアの瞳が輝いた。


「じゃあ、ちょっと待って! 」


 マリアはそう言うと、建物に入って行った。

 しばらく待っていると、ドアの隙間からマリアが顔を覗かせた。


「お待たせ 」


 マリアは少し照れ臭そうな素振りで扉の外へ出た。


「マリア、どうしたの? そのワンピース。 旅のせいでボロボロに破れてたじゃない? 」


「これはね、スチュアードが魔法で直してくれたの 」


 ニコールの問い掛けに、嬉しそうに答えたマリア。


「ところで、スチュアードは何処に居るの?」


 アベルの質問に、マリアはハッとした。


「スチュアードは、神様の所に行ってる。もう何日も帰ってないの」


「えっ? じゃあ、仙人様は? 」


「居ない 」


 寂しそうにマリアが呟いた。


 アベルはマリアの返事に戸惑った。 しばらく皆は黙り込んで考えてしまった。


「もーーー! 結婚式は明日、そして今夜は前夜祭よ。 今ここを出発しないと間に合わないわ」


 ニコールの言葉に、皆は仕方無くバーニャへ向かう事にした。

 アベルはスチュアードに手紙を残し、皆は教会を後にして大型機に乗り込んだ。


 スチュアードが居ないのは残念だった。……でも、ラミダスに会える。 そう思うとアベルは嬉しくなった。


「もう少しでバーニャ国よ 」


 ニコールのその言葉に、アベルの顔には笑顔が浮かんだ。


 窓から見える景色は、以前とは違っていた。

 前に訪れた時にあった霧は綺麗に消え去り、バーニャ国の全貌を映し出していたのだ。 飛行船の下には密集した建物。 それは気が遠くなりそうな程に続いている。 バーニャとは、相当大きな町のようだ。


 飛行船が上空で止まり降下を始めると、その存在に気が付いた多くの人達が出迎えてくれた。

 アベル達の登場を知って歓声をあげる住人達。 その歓迎振りは初めてここを訪れた時と同じだ。


「とても嬉しそうだね 」


 アベルが人混みの一人に声を掛けた。


「当然じゃありませんか。 こんなにめでたい日はありません。 私達の王を救ってくださった英雄の皆様が来られ、そして、私達の王子を迎える事が出来るのですから 」


 上機嫌で答える住人。 ここに集まった者達は皆同じなのだろう。 誰の顔も笑顔で溢れていた。


 アベル達は行列と共に宮殿までやって来た。


 宮殿に入ると、マガル村の人々が……。

 日に焼けた肌に着慣れない異国の衣装。 何だか違和感を覚えるが、それよりも喜びに満ちた顔の方が印象深い。


 大きな広間の奥に、ラミダスと姫様の姿が見えた。


「アベルー 」


 仲間達の存在に気が付いたラミダスは、両手を広げながら寄ってきた。


「ラミダス、おめでとう 」


「あぁ、ありがとう 」


 久し振りの再会を喜んで、アベルとラミダスは抱き合った。

 そして、他の仲間も祝いの言葉を投げ掛けると、ラミダスは少し照れ臭そうにはにかんだ。


「それにしても、その衣装よく似合っているわ 」


 トニーはマジマジとラミダスの姿を見回した。 ラミダスは王族の衣装を身に纏い、この国の王子に相応しく清楚で凛々しい姿だったのだ。


「そうか? どうも、この服は窮屈で…… 」


 ラミダスが、服の首元を抑えながら苦笑いを浮かべた。


「じきに慣れますよ 」


 姫がにこやかに笑った。


 でも……ラミダスの額には、アベルが贈った青いターバンが巻かれたまま。

 ニコールは、何故か気難しそうな顔をしている。 このターバンが気になるのだろうか?


「ラミダス、その格好に似合わないわよ 」


「そうか? 気に入っているんだが…… 」


 ニコールに言われて気まずそうにターバンに手を掛けるラミダス。


「そうだよ。 せっかくの結婚式なんだから外したら? 」


「アベル、そんな事を言うなよ。 俺たちの友情の証だろう?」


 ラミダスの隣でクスッと姫が笑った。


「姫様はどう思います? このターバン 」


 ニコールが問い掛けた。


「いいのですよ。 私は、そんな貴方が好きなのですから 」


 姫は頬を赤く染めてラミダスを見つめた。


「それにしても、お似合いの夫婦だわ 」


 トニーの褒め言葉に照れて、姫がラミダスの肩にもたれた。


「ねぇ、貴方?」


「どうした? マーガレット 」


「えぇ……。この結婚が決められた物で貴方にその気が無かったとしても、私は幸せなのです。 貴方の側に居られるだけで…… 」


 姫の思いも寄らない言葉。


「なっ……馬鹿な事を言うな。 きっかけはどうであれ俺がお前を選んだ。 縁談を断らなかったのがそういう意味だ 」


 ラミダスは戸惑っている様子だ。

 二人のやり取りに、仲間達は冷やかし声を挙げて祝福した。

 しかし……。 ニコールただ一人が険しい顔を浮かべている。


「ラミダス、ダメじゃない。 その様子じゃまだ姫様にプロポーズの言葉を言っていないわね? 」


「何だ? それは??」


 ラミダスは不思議そうに目を瞬きさせた。


「ニコール、それは何? 」


 トニーも知りたくて聞き返した。 勿論、アベルもマリアも知らない。


「それはね、男性が愛する女性に結婚の意思を伝える行為なのよ 」


「ニコール、それは……どんな事をすればいいんだ? 」


「そうね〜〜。 大抵は言葉で表現した後に贈り物をするわ。 でも、言葉だけでもいいの。 女性にとってその言葉は一生の宝物になるのよ。 まぁ〜〜男には分からないかもね 」


 ニコールの言葉を聞き、ラミダスは黙ったまま考え込んでしまった。


「そうね。ニコールの言う通りだわ。 たとえ結婚が決まっていても乙女は愛の言葉を聞きたいものよ。 あぁ〜〜いつか私にも来るかしら? そんな日が…… 」


 まるで夢見る少女の様に、トニーが瞳を輝かせた。


「そうか、わかった。 ……じゃあ、男として言わせてもらおう 」


 そう言ったラミダスは、顔を真っ赤にしてゴホンと咳払いをした。 その後、姫の両肩を掴んだ。


「マーガレット聞いてくれ、お前は有りのままの俺を受け入れてくれた。 だから……俺もお前の全てを受け入れたい…ずっと側に居てくれ 」


「……はい 」


 姫は照れているのだろう。 俯いて頷いた。


「おめでどう!!」


 仲間達が歓声と拍手を贈った。 それは、宮殿中に響くほどであった。

 その時、バタン! 急に扉が開いた。 その先に立っていたのはスチュアードとエンドリューではないか。


「ラミダス、おめでとう!」


 大声を出したスチュアードは、万遍の笑みを浮かべてラミダスの側に駆け寄った。


「スチュアード、遅いじゃないか! 」


 アベルがスチュアードの肩を叩いた。


「仕方がないだろう。 神になると色々とやらないといけない事があって大変なんだ。 まぁ〜〜君達には分からないだろうが 」


 神になれた事が嬉しいのだろう。 スチュアードは誇らしげに胸を張っていた。

 そして、スチュアードの手元にある銀の杖が輝いた。


「ところで君達、何だねその格好は?? 全くなっていないな。 まぁーマリアはいいが、アベルにトニー、そしてニコールは問題外だ 」


 スチュアードは眉間にシワを寄せると三人に向かって大きく杖を振った。


「何?? コレ??」


 すると、杖からキラキラとした粉吹雪が舞ったのだ。 トニーは驚き、銀色の粉に触れた。


「キャーーー 凄い!!」


 トニーが叫んだ。 何故なら、一瞬にしてアベル達の姿が変わってしまったからだ。 それも……まるで舞踏会に出席する紳士と淑女のようにだ。

 トニーは自分の変貌振りに大はしゃぎをして姿を見回した。


「本当に凄いよスチュアード。 でも……間に合って良かった。 死の谷に行ったら居なかったから、てっきり来ないかと思ったよ 」


「来るに決まっている。 何しろ結婚式とは神に誓いを立てる日だ。 その神が留守でどうする? 」


 スチュアードは得意げに笑いながら答えたのだった。


 宮殿の中は、前夜祭の準備で大勢の人が慌ただしく行き交っていた。

 吹き抜けの天井や壁は豪華で煌びやかな装飾で飾られ、テーブルの上には銀色に輝くフォークやナイフ。 そして、白く艶めく陶の器には数々のご馳走が添えられ、甘くて芳ばしい香りを漂わせている。

 バーニャ国の各市町村からは代表者が来訪し、国王や新しい王子であるラミダスに挨拶を交わしている様子だ。


 。。。。。。。。。。。。。。。


 前夜祭が始まった。


 テーブルの上に置いてあるグラスには、姫の好きな桃色のシャンパンが注がれた。

 そして、一同はグラスを手に取ると、高く掲げた。


「バーニャ国の繁栄と、我が娘マーガレットの婚約を祝して、乾杯!」


 王の力強い声に合わせてグラスが重なった。

 集まった者達の顔は、喜びの笑みが浮かび上がっている。

 宴も始まり、早速、ご馳走に手を付けるアベルと仲間達。 そんな中、トニーがスチュアードに声を掛けた。


「スチュアードも仙人様も神様になれて本当に良かったわ。 ……この前、仙人様の話しを聞いてから心配してたのよ。 あれからどうなったんだろうって…… 」


「そうだった……。 その事について、君達には何も話していなかったね 」


 そう言ったスチュアードは、皆の顔を見回した。


「君達が死の谷を去ってから、私と父上は直ぐに天界へ昇った。 その事は知っているよね? 」


 スチュアードの言葉に皆は頷いた。


「あれから、私と父上は全能の神であられるヤハウェ様にお会いして、私はモロゾフを倒した事を報告した。 父上は、先日私達に話した内容を話し、神になる資格が無いので辞退したいと正直に心の内を打ち明けた。 だが……ヤハウェ様は何もかもお見通しだったのだ 」


「それって、どうして? 」


 不思議そうにスチュアードに聞くアベル。


「それは、モロゾフが居なくなってからアレセイアの鏡は元に戻り、ヤハウェ様は現在は勿論、過去に遡って全てをご覧になられていたのだ 」


「そうだったんだ 」


 アベルが頷いた。


「その時、ヤハウェ様は父上にこう言われた。”過去に囚われ悔やむ心が有るのならば、それ以上に今出来る事に心を注ぎ、全てを賭けてみなさい ” 父上はその言葉を聞き、神になる決心をした。 そして、父上はヤハウェ様に約束したのだ。 今まで犯した罪の全てを、これからの未来に託すと…… 」


「仙人様も、随分と悩んでいたのね 」


 トニーが呟いた。


「まだ、君達に話さなくてはいけない事が有る 」


 スチュアードのその言葉に、皆は食事をする手を止めた。


「私は、ヤハウェ様に鏡について伺った。……実は、このバーニャ国に有る鏡は、元々は人類を滅亡させる為に作られた物だったそうだ 」


「えっ……!」


 思いも寄らない話しに、仲間達の顔は青ざめ誰の口からも言葉が出て来なかった。


「本来なら、”人類滅亡の日” と言われた予言の日に、世界は滅びるはずだった 」


「えっ……どうして?! 」


 余りの展開に、アベルは言葉を詰まらせた。


「それは、予言の言葉が存在した本当の意味は ”人類が過ちに気が付かず、罪を悔い改めないのであれば、消えた古代文明と同じ運命を辿る事になるであろう” という神からの警告だったそうだ 」


「過去にそんな事が?」


 とても信じられない。 そんな顔でアベルはスチュアードの顔を見た。


「えぇ、知っているわ。 それはマヤの予言の事ね 」


 ニコールの言葉に、スチュアードが頷いた。


「それは何?」


 ニコールに問い掛けるトニー。


「私が知っている限りでは、マヤは遥か昔に栄えた文明都市で特に高度な天文知識を持ち、独自の暦を作ったと言われているわ。そこに、人類の滅亡を意味する予言が残されていたそうよ。 でも、どうして高度な文明を持ちながら都市が壊滅したのかしら? そこまで分かっていれば、危機を回避出来たはずよね?」


「原因がわからないの?」


 トニーがニコールの顔を覗き込んだ。


「そうなのよ。 滅亡した理由は専門家によって解明されつつあったのだけど、本当の理由は未だ謎のままなのよ 」


「へぇ〜〜 」


「それでね……問題の日だけど、当初は2012年の12月と言われていたの。 でも、それは計算間違いで、正しくは2015年の9月3日と言われていたそうよ。 それで、驚く事にエジプトの神殿にも同じ日に世界が水没するという伝説が残っていたの。 でも、それだけじゃないのよ。他にも2015年に何らかの問題が起こると唱えている予言が幾つも存在したんですって。 巷では”2015年の危機”と呼ばれていたそうよ 」


「そうだったの?」


 驚くトニー。 そして、ニコールは続けて言った。


「そして、その2015年9月3日なんだけど、実際は世界が滅亡する程の惨事は起こらなかった。 まぁ……もしも起こっていたなら私達もここに居る訳が無いしね。 でも……何も起こらなかったのは願いが天に通じたからと言う人が多かったの 」


「それは、どういう意味?」


「実は、問題の日の数ヶ月前から異常気象が起こってね。 ……世界中の至る所で多くの人が命を落としたとか…… 」


「その、異常気象はどんな? 」


「例えば、巨大地震に噴火、そして……津波やハリケーンなんかよ 」


「僕は昔の事を知らないけど、話しだけ聞いた事が有るよ。 その、地震や津波なんか 」


 アベルは思わず唾を飲み込んだ。 他の仲間達も同じ様だ。皆は黙ったまま瞬きさえも忘れている。


「それで、願いが天に届いたと言うのは。 私達の先祖はそれらの原因が天に有ると思ったの。 何故かって、好き勝手な事をして来たから神様が怒ったと思ったのよ。 それで……各地では神に祈りを捧げる儀式が行われたそうよ。 そう歴史書に記されていたわ 」


「そうか! 神様が願いを聞き入れたから人類は助かった。そう思ったんだね 」


「 あぁ、その通り 」


 スチュアードが言った。


「その祈りが有ったから、ヤハウェ様はアルマゲドンを見送る事にしたそうだ。 しかし……。 人々は心を入れ替える所か、惨事が起こらなかった事を良いことに調子に乗り争いを繰り返した。 天界の住人達は常にアルマゲドンを起こす機会を伺っていたようだ。 それで……ここの鏡がバーニャの守り鏡であるのは、アルマゲドンが起こった際に、災いがこの地まで届かない様にする為だ。 そして、人類が一斉された後、第二のアダムとイブの子孫であるこの国の人々に地球を託すつもりだった。 そうヤハウェ様は話しておられた 」


「えっ! そんな! ……じゃあ、どうして僕達に旅をさせたのさ? 」


 アベルは興奮気味にテーブルに手を突いた。


「それは、ヤハウェ様が心変わりをされたからだ。 ”生まれてきた命、その全てに生きる権利がある” そう言っておられた。 そして、何とかして人類を正しい方向へ導こうとして父上とモロゾフを地上に送ったそうだ。 それで全てが上手く行く筈だった。 だが……モロゾフの裏切りによって天界の鏡は割れてしまい、全てが狂ってしまった。 そこで、最後の頼みの綱である人々の信仰心を集める為に希望の子を誕生させ、旅をさせる事を思い付いたそうだ 」


 スチュアードはそこまで話すと、更に深刻な顔を浮かべた。


「モロゾフが居なくなり、この国を取り囲んだ隔たりが無くなった。 しかし……今でも鏡は二枚存在している。 それがどんな事を意味しているか、君達には分かるか? 」


 その言葉に複雑な表情を浮かべるだけの仲間達。 そして、浮かない顔でトニーが言った。


「それって、もしかして人間への忠告?」


「その通り。 また同じ過ちを繰り返せば、その時こそ神の裁きが下るという事だ 」


「じゃあ、僕達はどうすればいいの? 」


 アベルがスチュアードに迫った。


「私は神になった時、ヤハウェ様よりこの惑星の守護神になるように命じられた。もう二度と、人間同士が醜い争い事を起こさない様に見守るのが私の務めだ。 だが……一番大切なのは、人間自らが間違いを起こさない事だ。 それは、今後の君達次第であり、それこそが私達の最終的な役目なのだ 」


 スチュアードの言葉に、アベルは身の引き締まる様な重圧感と、緊張感を覚えた。


「これからは……僕達が、この星の歴史を作って行くと言う事だね 」


「そういう事だ。 頼んだぞ 」


「でも……。 どんな事をして行ったら良いのかな? 難しくて僕には分からないよ 」


 渋った表情を浮かべたアベルに、スチュアードは和かに笑い返した。


「そんなに難しく考えなくていい。 ヤハウェ様はこう言っておられた ”ただ、語り継ぐだけで良い” と……」


「それって一体……?」


 益々不思議そうな顔をするアベルと仲間達。 その時、ニコールが皆に眼差しを向けた。


「歴史書には、戦争も勿論だけどそれ以外にも様々な問題が書かれていたわ。 でもその内容は、過去を振り返れば起こらずに済んだ問題ばかりだった。 ……きっと神様は、いつまでも忘れずに歴史を語り継ぐ事で未来は変えられる。 そう言いたかったのじゃないかしら? 」


「そうね。 私もニコールの意見に賛成だわ 」


「うん、きっとそう言う事だね 」


 トニーとアベルが頷いた。

 すると、今まで黙って聞いているだけのマリアが声を出した。


「マリアもね、皆んなに聞いて欲しい事があるの 」


「なあに? どうしたの? 」


 マリアに優しく問い掛けるニコール。


「あのね……。 マリアが町の人達から嫌われていたの皆んなも知っていたでしょ? 」


 そう言ったマリアは皆の顔を見回した。


「マリアね、ずっと神様の事を恨んでたの。 だって……この能力が無ければ化け物扱いされないと思ったから。 本当は、人間の友達も居たの。 その子はマリアの力の事を素敵だと褒めてくれた。 でも、マリアと遊ぶとお父さんやお母さんに叱られるから遊べないと言って、マリアから離れて行ったの。 それに、この力のせいでマリアのお母さんが死んじゃった。 ……いつも思ってた。 マリア普通の子に生まれたかったって。 だから神様の事が嫌いだったの 」


 マリアはそう言うと、瞳に涙を浮かばせた。


「でもね、今は違う。この力のお陰で皆んなに会えたし、動物の友達も沢山出来たから良かったって心から思ってる。それでね、トニーが前に言った言葉をよく思い出すんだ 」


「どんな言葉?」


 トニーが優しい眼差しをマリアに向けた。


「それは、”起こる事全てに意味があって、無駄な事など無い”という言葉。 今は、その言葉の意味が少しだけ分かる気がするんだ。……それでね、マリア考えたんだ。 せっかく神様がこの力を与えてくれたのだから、これからは人と動物が仲良くなれるようにマリアがその架け橋になりたい。 そう思ったの 」


「偉いわ、マリア! 」


「マリア凄いよ! 君ならきっと出来るよ 」


 皆が褒めるのでマリアは照れく臭くて俯いた。 そして、アベルがスチュアードを見つめた。


「僕ひとりの力では何も出来ないかもしれない。でも……僕には仲間がいる。 それに、僕のまだ知らない所にも、きっと同じ想いを抱いている人は沢山いる筈だ。 だからきっと、この星の未来は明るいよ」


 アベルの言葉に深く頷いた仲間達。 スチュアードは状況を理解してくれた事に安心したのか?穏やかな表情だ。 そしてトニーが言った。


「ところで……。 鏡の事、ラミダスに話さなくていいの? 」


「あぁ、それは大丈夫。 今、父上が王様に話しているから。 ラミダスはこの国の王子で鏡の継承者だから事の全貌を誰よりも知っていなければならないからな 」


 アベルは辺りを見回した。 確かに、王様の隣にはエンドリューの姿があり、二人は真顔で話し合っているようだ。


「さぁ! お堅い話しはこの位にして、今日はお祝いなのよ。楽しくパッと行きましょう! 」


 明るい口調でそう言ったニコールは、グラスを掲げた。


「そうだね。 楽しまなきゃ!」


「じゃあ、私達の友情に乾杯しましょ!」


「乾杯〜〜!!」


 アベルはグラスのドリンクを飲み干した。 皆はとても楽しそうだ。

 ……こんな日が来るなんて、前の僕なら思いもつかなかった。 そう思うとアベルは嬉しくなった。


「ラミダス、いい奴だよな。……仲間思いで 」


 スチュアードが、前方の席に座るラミダスとマーガレット姫を見て呟いた。


「何を言っているのよ?! ラミダスに初めて会った時、何が大将様だ! そう言って切れて居たのは誰だったかしら〜〜? 」


 まるで冷やかす様にスチュアードに問い掛けるニコール。 その顔は意地悪に微笑んでいる。


「あれは、まだラミダスの事を知らなかったからだ 」


 スチュアードは、ふてくされた態度でそう言い返した。


「ところで……。 アベルとスチュアードは幼馴染なんでしょう? 昔から仲が良かったの? 」


 二人の顔を覗き込むニコール。 アベルはその問いに、食べるのに夢中だった手をピタリと止めた。


「それが、そうじゃないんだ。 だって……スチュアードは真面目で冗談の一つも言わないだろう。 それに、いつも僕の事を見ると冷ややかな目で笑うんだ。 あれは……僕の事を馬鹿にしてたんだろう?」


 アベルはスチュアードの顔をぐっと睨んだ。


「そりゃあそうさ、馬鹿にしていたよ。 君は能天気でマイペース。 それに、よくトニーに叱られていただろう? 君には悪いけど、君が神に選ばれた勇者だと知った時、なぜ選りに選ってアベルなんだ。 そう思ったさ 」


 トニーもスチュアードの言葉に共感して大きく頷くばかり。


「だっ、だって仕方が無いだろう? 僕だって旅の事を聞かされていたら少しは真面目にやっていたさ 」


 アベルは反発して言い返すと頬を膨らませた。


「でも……今なら分かる。 アベル、君だから出来たとね。 正直、見直したよ 」


 スチュアードの褒め言葉。 アベルはくすぐったく思い、何度も頭を掻きむしった。



 前夜祭は夜通し行われた。

 宮殿内には祝いの歌が途切れる事なく流れ、陽気な会話と笑い声が弾んで和やかな時間が通ぎた。


 ニコールは、ふと隣を見た。 先程まで座っていたアベルの姿が無い。


「あれ? アベルは? 」


 仲間に問い掛けてみるが、誰も知らないようだ。

 ニコールはそのままアベルが戻って来るのを待っていた。 しかし……いつまで経っても戻る様子は無い。

 ニコールは宮殿内を探す事にした。辺りを歩き回ってみるが、何処にもアベルの姿が見当たらない。

 ニコールは宮殿の扉を開いて外に出た。 すると、アベルの後ろ姿が……。

 アベルが居た。 アベルはベランダの手すりに捕まって空を眺めているようだ。


「アベル、そこに居たの? 探したじゃない 」


「あぁニコール、外の風に当たりたくて 」


 ニコールがアベルの隣に立った。


「星を見ているの?」


「うん、そうだよ。 こうして夜空を見ていると、何故だか父さんがあの星になって僕の事を見ているような気がするんだ 」


 アベルはそう言って一番星を指差した。 ニコールも釣られる様に夜空を見上げた。


「空にはこんなに星が浮かんでいたのね。 スチュアードのお母さんも、あそこから見守っているのかしら?」


「そうかもしれない…… 」


 ニコールの口から溜息が出た。 夜空に浮かぶ星々の輝きが余りにも眩くて美しかったから。


「モロゾフ……悪い奴だったけど何だか可哀想ね。 とても悲しい目をしていた 」


 ニコールが独り言の様に呟いた。


「うん……。 僕にはよく分からないけど、スチュアードのお母さんも忘れられなかった筈なんだ。モロゾフの事を…… 」


「どうしてアベルはそう思うの?」


「それは……紫色の花さ。 あの花は、教会の裏庭にも咲いていたんだ。 スチュアードのお母さんはいつも一人で眺めていた。 その顔が寂しそうだった事を今でも思い出すよ 」


「そうだったの……。 きっと、モロゾフが悪魔になってしまった事を自分のせいだと思い込んで苦しんでいたのかも 」


「うん…… 」


「ねぇ、アベル 」


「なに?」


「アベルは、スチュアードのお母さんとモロゾフが向こうの世界で再会出来たと思う?」


「そうだなぁ……。 僕は会ってて欲しいな 」


「そうよね。 せめて向こうの世界では、二人の間にあった誤解が解けているといいわよね…… 」


「うん…… 」



 何故か?急に周囲が騒がしくなった。……どうしたのだろう? アベルは辺りを見回した。 すると、先程まで建物内に居た人達が外へ出てきているようだ。


「どうしたのかな?」


 アベルが声を出したと同時に、『ドン、ドドドン…… 』鼓膜に響く爆音が。

 すると、夜空いっぱいに光の花が咲いた。

 それは鮮やかに花開いては、余韻を残しながらそよ風に揺られて散って行った。

 ハラハラと舞い散る火の粉は、切なくも儚く二人の上に舞い落ちた。


「きれい…… 」


 ニコールは溜息にも似た声で呟くと、夢中で夜空を見上げ続けた。

 その時、アベルは夜空に咲く花よりも、色取り取りに反射しては浮かび上がるニコールの横顔に見とれてしまった。 理由は分からない。 ただ、ただ……ずっとこのまま見ていたい。 そう心の底から思った。 そして、アベルは胸に微かな痛みを感じた。



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