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アベルの青い涙  作者: 天野 七海
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二十一話 帰省

  アベル達を乗せた大鷹は風を切り、太陽の光が眩しく輝く大海原を軽快に羽ばたいた。

 水平線の彼方に岬が見えてきた。

 近づくと、その岩場には穏やかで優しいさざ波が、止めどなく打ち寄せていた。


「来た時と、まるで違うわ 」


 独り言の様にニコールが呟いた。


 アベル達を背中から降ろした大鷹達は、再び空の彼方へと去って行った。

 アベル達は黒く光る大型機まで急いだ。 一番近くに停車している機体の真下まで来たニコールは、必死に扉のボタンを探し、僅かに凹んだ窪みを見つけ指でスライドさせた。

 《ギーーーー 》

 鉄の黒い扉がゆっくりと開き始め、地面には機内へと伸びるスロープが……。

 アベル達は急いで駆け上った。


「うわぁ〜〜 」


 広い機内には幾つもの椅子。 操縦席の上下には巨大なモニターが……。 前方のフロントガラスは幅広く、外の景色を映し出していた。


「わぁ〜〜。 すげーなー! 」


 興奮したアベルは窓の外を眺めた。 ニコールは一番前の操縦席に腰を掛けた。


「みんな、早く椅子に座って 」


 ニコールの声に従って腰をおろす仲間達。 「ん?? 」その途端、シートから半透明のベルトが現れてアベル達の体を締めた。


「目的地は、死の谷でいいのかしら? 」


 後ろを振り向いたニコールは、アベルとスチュアードの顔を見た。 大きく頷くアベル。 その仕草を確認すると「了解、じゃあ、行くわよ 」そう言って、操縦席のレバーを引いた。

 機体は耳障りな機械音を立て振るえ始めた。 真剣な眼差しのニコール。 その指がモニター画面に触れると、大型機は一気に上昇した。 そして、しばらく上空で停車した後、物凄い速さで前進を始めたではないか。 余りの早さに驚いてアベルは手摺にしがみ付いた 「きゃぁーー」響くマリアの悲鳴。


 今、スチュアードは不安な気持ちでいっぱいにだった。

 ……父上も母上も知っていたのだろうか? ……もし、知っていてテラスの霊泉を渡した。と言うのなら、母上はどんな気持だったのだろう?

 複雑な気持ちばかりが波紋の様に広がった。

 ……そう言えば……。

 考えているうちに、ある出来事が脳裏に蘇った。

 ……確か……旅に出る時、父上が言っていた。 母上は別れが辛くなるから見送りに来ないのだと。 その時は大げさだと余り気にしなかった。 しかし……よく考えてみると、テラスの霊泉の事を承知で渡した。 そう考えれば納得出来る。 ……母上は、死を覚悟していたに違いない。 だから、悟られない様にあえて見送らなかったのだ。

 スチュアードはそう確信した。 すると、胸の奥から熱い物が込み上げ、目頭がジンと痛み熱くなった。 その、止めどなく溢れる感情を抑える様に、スチュアードは目頭に指を押し当てた。


「大丈夫だよスチュアード。 きっと、お母さんは無事だよ。 僕の考え過ぎかもしれないし…… 」


 今のスチュアードには、そんなアベルの言葉さえも耳には入らなかった。


「やっぱり、大型機は違うわね 」


 ニコールの弾む声が聞こえた。

 機体は常に安定して飛行しているようだ。 始めは急加速に驚いたが、今では心地よく感じるくらいだ。

 アベルは窓の外を見た。 外の景色は次から次へと変わり、小型機に比べると明らかに速度が速い事は言うまでも無い。


「この感じだと、あと数時間で着きそうよ 」


 ニコールの思い掛け無い言葉。 仲間達の表情は明るくなった。


 。。。。。。。。。。。。。。。。。


 しばらくすると、前方に険しい山々が……。


「ねぇー、見えて来たわよ 」


 ニコールの言葉を聞き、アベルは前方に目を向けた。

 あれは、まさしく死の谷。 渓谷には赤茶色の建物が美しいとまでに並び、豊かな果樹園や花畑が。 見た瞬間、アベルの心は懐かしさでいっぱいになった。 とても嬉しかった。 早く帰って母に旅話しを聞かせたい。 でも、心優しいアベルはスチュアードの事を思うと心から喜ぶ事が出来ず、複雑な気持ちに駆られた。


 機体は速度を落として着陸態勢に入った。

 大型機は町の中心にある広場の上まで来ると、動きを止めてゆっくりと下降し始めた。


 町の住民たちは大型機の存在に気がつくなり広場に集まって来たではないか。 今まで、こんな事は初めてだ。 そう、ここは魔の手が届く事の無かった唯一の場所。 飛行船など現れた事も無い隠された楽園だ。


 大型機は風を巻き上げながら着陸した。 そして、長いスリープを降りようとしたアベルの目に、懐かしい顔ぶれが飛び込んだ。


「アベルにトニー?? 」


「本当にアベルかい?」


 住人達は予期せぬ二人の登場に驚くばかり。 それもそのはず、飛行船で現れるなんて誰が思い付くだろうか。

 その人だかりの中にはアベルの母、ジェシカの姿もあった。

 アベルは母の顔を見るなり、人混みを掻き分け母の元へ向かった。


「おかえりなさい 」


 微笑んだジェシカはアベルを抱き締めた。

 ……母さんの温もりと香り。 あぁ……僕は本当に帰って来れたんだ。


「ただいま母さん……苦しいよ 」


「ごめんね〜〜。 嬉しくて思わず力が入っちゃったわ 」


 ジェシカの弾む声。 それだけで、アベルには母のこの上ない喜びが伝わった。

 母に話したい事は沢山あった。 しかし、スチュアードの事が気になる。


「母さん、後で家に帰るから先に帰ってて 」


「わかったわ 」


 ジェシカが笑顔で頷いた。

 アベルはスチュアードを探した。しかし、もう帰ったのか? スチュアードの姿は何処にも無い。


 アベルは教会に向かう事にした。


 教会まで来たアベルは扉を開き中へ入った。

 礼拝堂には誰も居ない様だ。 アベルは奥の部屋へと続く長い廊下を歩き始めた。すると、複数あるドアの一つが半開きになっていて、そこから明かりが漏れている。

 アベルはそのドアに近付くと、そっと中を覗いてみた。

 ……あっ、スチュアードだ。

 スチュアードはベッドに両腕を突き俯いていた。 その瞳から大粒の涙が流れ、滴が落ちる度に床を濡らした。

……スチュアードのお母さん、駄目だったんだ。

アベルはスチュアードの姿を見てそう悟った。

とても声を掛ける事が出来なかった。 今、どんな慰めの言葉を言ったとしてもスチュアードの悲しみを拭い去る事は出来ない。 そう分かっていたから……。

 アベルがそのまま立ち尽くしていると、部屋の中にエンドリューが入ってきた。

 エンドリューはスチュアードに寄り添い肩を抱き、 そして、スチュアードの目の前に白い封筒を差し出した。 そこにある言葉は『スチュアードへ』そう書かれているようだ。

 片手で涙を拭ったスチュアードは手紙を受け取ると、肩を震わせながら広げた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

  愛する息子、スチュアードへ。


 あなたがこの手紙を読む頃は、きっと立派に役目を果たして無事に帰って来た時でしょう。 私は、そんなあなたを誇りに思います。


 スチュアード、あなたにお礼を言いたいです。 私達の子供に生まれてくれて本当にありがとう。

 あなたは、数え切れない程の宝物を私にくれましたね。

 まるで昨日の事の様に浮かびます。 あなたが生まれた日。 そして……一緒に過ごした時間。

 私は、例え向こうの世界に行ったとしても寂しくなどありません。 だって……瞼を閉じる度にあなたに会えるのですから。

 愛する人に出会え、あなたの母になれた。 ……それは、どんなに時が流れようと変わる事はありません。 私だけの宝物です。


 私は充分過ぎる時間を頂きました。 この人生に悔いはありません。

 だからスチュアード、どうか悲しまないで。


 母から最後の願いです。

 どうか、お父さんを責めず、いつまでも仲の良い親子で居てください。 それから、お父さんの事を宜しくお願いします。


 遠く離れても、いつもあなたの幸せを祈っています。


 母より


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 手紙を読み切ると、スチュアードはその場に膝を突いて泣き崩れた。

 そんなスチュアードを残したまま、アベルとエンドリューは部屋を出た。


 エンドリューに話すことは色々あった。 でも、アベルは何も話さないまま教会を去ることにした。



 。。。。。。。。。。。。。。。。。


 外へ出ると、何処からとも無く陽気な笑い声や歌声が。

 アベルがそのまま歩いていると、広場には踊る人や杯を交わして飲み食いする人達の姿が見られた。


 ラミダスがアベルを見つけたようだ。 席を立って駆け寄ってきた。


「アベル、スチュアードの所へ行っていたのだろう? どうだった? 」


 アベルは、無表情のまま返事をする間も無くテーブルの上に置かれたグラスを奪い取った。 そして一揆に飲み干した。

 ニコールが大きく手を振っている。その両側に、トニーとマリアの姿。

 ラミダスはアベルの手を引っ張りながら仲間達が座るテーブルへと連れて行き、アベルを座らせた。

 きっと、アベルの様子から状況を把握したのだろう。 仲間達はスチュアードの事を無理に聞き出そうとしなかった。 明るく振る舞いながら他の話題を持ち掛けたり食事を進めたりした。

 だが、アベルは投げやりな態度で「放っといてくれ!」そう一言吐くと、黙ったままテーブルを見つめた。 アベルも分かっていた。自分の様子に気遣って無理に聞き出そうとしない仲間達の気持ちを……。

 その優しさが、余計にアベルの胸を締め付けた。 そして、どうしようも無くやり切れない気持ちが込み上げ、重い口が開いた。


「スチュアードのお母さん、駄目だったんだ。……今、スチュアードは悲しみの中に居る。 でも、僕はただ見ているだけで何もしてやれなかったんだ 」


 仲間達は驚いていなかった。 きっと、アベルの様子から答えを予想していたのだろう。

 トニーが、落ち込むアベルの肩を叩いた。


「それでいいのよ。 自分を責めたりしないで。 スチュアードの痛みを分かったとしても代わりになれる訳じゃ無いの。 どんなに辛く苦しくても、スチュアード自身が乗り越えて行かなきゃいけない試練なのよ。 残念だけど……私達に出来る事は温かく見守るだけ。 どんな薬より、今のスチュアードには時間が薬になるわ 」


「マリアも……スチュアードの気持ち分かる 」


 マリアは瞳いっぱいに涙を潤ませた。

 ラミダスが緩やかに微笑んだ。


「そうだな。 トニーの言う通りだ 」


 それでも俯き続けるアベル。 ニコールは何とかアベルを元気付けようと飛び切りの笑顔を作った。


「明日、みんなでスチュアードに会いに行きましょう! 」


 仲間はニコールの言葉に大きく頷いた。

 アベルは話して気が抜けたのだろう。 急に体が宙を舞い顔が熱く火照ったではないか。

 ラミダスは苦笑いを浮かべ、アベルの肩に腕を回しながら言った。


「馬鹿だな〜〜。 飲めもしない酒に手を出すからだ 」


「酔いを覚ますには、水を飲むのが一番とパパが言っていたわ 」


「えっ?そうなのニコール? 」


  「ええ。 トニーは知らなかったの?」


「知らないから聞いてるのよ。 失礼ね!」


「そうよね。……お酒に含まれるアルコールを薄めるんですって 」


 言葉のやり取りをしているうちに、ラミダスが水の入ったグラスをアベルの前に滑らせた。

 アベルは勧められるままに水を飲み干した。


 その後、食事を済ませた仲間達は用意された寝室へと向かい、アベルとトニーも家に帰る事にした。



 。。。。。。。。。。。。。。。。


 家に着いたアベル。

 扉の向こうには、帰りを待ちわびる母の姿が……。

 ジェシカの姿を見た途端、アベルは何も言わぬまま母に甘えて寄り添った。


「本当に、よく帰って来てくれたわ 」


 微笑みながらアベルの髪を撫ぜるジェシカ。


「母さん……。スチュアードのお母さん、いつ、どんな風に亡くなったの? 」


 アベルの言葉を聞いたジェシカの顔から笑顔が消えた。


「あれは……確か、あなた達が旅に出て三日目の朝だった。 私は仙人様に呼ばれて奥様に会いに行ったの。 奥様はベッドで眠っていたわ。 でも……。 その姿はまるで歳を取った老婆のようだった。そして……奥様は私に気がつくと言ったの『魔王を生み出したのは私です。 アベルを旅に出させる事になって本当にごめんなさい 』そうしきりに謝っていたわ。 そして、最後は眠る様に逝ってしまった…… 」


 そこまで話したジェシカは、更に深刻そうな顔を浮かべながら続けて話した。


「その後、仙人様に聞いたの、奥様が謝った訳を。 仙人様は包み隠さず全てを打ち明けてくれた。 今、その内容を私の口から話す訳にはいかないけど、何だかとても悲しい気持ちになったわ。……ごめんなさいね。 せっかく息子が無事に帰って来たというのに悲しい顔をしてしまって…… 」


「ううん、いいんだ母さん……。 これ、返すよ 」


 カバンから写真を取り出したアベルはジェシカに差し出した。


「僕……父さんに会ったんだ。 僕が魔王に殺られそうになった時、父さんが現れて僕を助けてくれた。 父さん言ってた。 本当の再会の日まで待っているって…… 」


 黙ったまま話を聞くジェシカの瞳に涙が……。 そして「そうだったの…… 」その一言だけを口にすると、ジェシカはアベルに背を向け、戸棚の上に置いてあった写真立てを手に取って写真を飾った。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 次の日の朝、仲間達はスチュアードの住む教会へと向かった。

 教会へ入ると、スチュアードとエンドリューが迎えてくれた。


「あぁ、君達が旅の仲間のラミダスに、マリアにニコールか? 」


「はい。初めまして 」


「こんにちわ〜〜 」


 仲間がエンドリューに挨拶を済ませると皆は客間へ通された。


 全員がテーブルに着いた所で、エンドリューが言った。


「君達のお陰で世界も平和になるだろう。 何とお礼を言えば良いのやら……。 そしてアベル、本当によくやったな 」


 何度もアベルの頭を撫ぜるエンドリュー。 そして、急に真顔になった。


「この後、私とスチュアードは天界へ昇り神に会わなければならない。 しかし……その前に皆に話しておかなければならない事がある。 それは弟モロゾフ。そして……私と妻の事だ 」


 そこまで言い切ったエンドリューは、深いため息を一つ吐き出した。


「あれは……。 私と弟が神からの使命を受け、この地上に降りてしばらくの事だった。 私はテラスの霊泉を使って人々を苦しみから救い、弟はデルピュネという竜の魔力を封じ込めたリングを使い、人々を苦しめる罪人の始末に追われていた。 しかし、その役柄のせいであろう。 私は人から感謝される存在となったのだが、弟は人の為に働いたとしても感謝されることは愚か、人々から悪魔と呼ばれ恐れられる様になったのだ。……そんなある日、弟は一人の女性に会った。彼女は目が見えず、いつも一人で教会で祈りを捧げていた。 弟は、そんな彼女に心惹かれたのだ。 彼女は目が見えないせいもあり、弟が罪人を始末する天使とは知らず、役目を果たす度に傷つく弟の心を慰めては癒し、そして支えた。 彼女は弟にとって唯一心を許せる存在だったのだ。 それがスチュアード、お前の母ソフィアだ 」


 エンドリューはそこまで話すとスチュアードに目を向けた。 スチュアードは初めて聞かされる両親の過去に驚いているのだろう……。 ただ、大きく目を見開いているだけだった。 そして、再びエンドリューは話し始めた。


「私は……。目の見えない事を不憫に思い、霊泉の力で病を治してやった。 すると彼女は『神様が現れて目を治してくれた』そう言って泣きながら礼を言ったのだ。 そして彼女は教会を飛び出した。 きっと、早く弟に知らせたいと思ったのだろう。 だが……見てしまったのだ。 弟の名を叫びながら許しを求める罪人を、容赦なく焼き殺す弟の姿を……。弟の本当の姿を知った彼女は『目を治したように、モロゾフを優しい姿に戻してほしい』そう私に頼み込んできた。 それを知った弟は、彼女が自分を捨てて裏切った。 そう思い込み、私から彼女を奪い取ろうとして傷つけた。 私はそんな弟から彼女を守り、弟の手の届かない場所へと彼女を連れて行ったのだ 」


「じゃあ……モロゾフは誤解したままだったのですか?」


 トニーが話を遮るように言った。


「その通り。 私は本当の事を話そうとした。 彼女を傷つけたのも事故で、弟に悪気が無かったと分かっていたからな。 しかし……彼女の笑顔を見ていると、このまま失いたくない。 そう思う気持ちが日に日に強くなり、どうしても言い出せなかった。……怖かった。 私の前から彼女が居なくなる事が……。もしもあの時、本当の事を弟に話していたのなら、弟は悪魔に魂を売らずに済んだだろう。 そして、君達に過酷な旅をさせる事も無かったはず。 ……私は卑怯な男だ。 神になる資格など無い。私は天界へ昇りヤハウェ様に謝罪するつもりだ。 ……悪かった。 どうか許してくれ…… 」


 エンドリューはそう言うと、突然しゃがみ込んで床に頭を付けた。


「仙人様、止めてください。 どうかお顔を上げて下さい! 」


 アベルとトニーが何とかしてエンドリューを起き上がらせようと体を引き上げた。


「父上、終わってしまった事は仕方がありません。 まだ話しが途中です。 早く起き上がって聞かせて下さい。 テラスの霊泉の事を知っていたかどうか…… 」


 硬い表情で淡々と語るスチュアード。 エンドリューはゆっくりと起き上がると椅子に座り話し始めた。


「それから、彼女は私の妻となった。 その後、二人の間で弟の話しをする事は一度も無かった。きっと、妻も私と同じで、弟の事を話す事でこの幸せを壊したく無い。 そう思ったのだろう。 勿論、弟は妻を隠して奪った私を恨み続けた。 そして、私を殺す為にモンデモンロという人物に協力を求め、ついに弟は欲望の為に使い過ぎたのだ。指輪の力を……。 その結果、弟の魂は悪魔に乗っ取られ、天界の鏡は割れてしまったのだ。 私は、妻と人々を守るために山奥に身を潜め、ここに移り住んだ。 ……妻が今まで歳を取らずに生き続けて来られたのは、この、テラスの霊泉が有ったからだ 」


 エンドリューは話し終えると深い息を吐き、テーブルの上で小瓶を転がした。


「父上と母上は知っていたのですか? 旅に霊泉が必要となり、その時が母上との別れになると 」


 スチュアードの言葉にエンドリューは渋った表情を浮かべた。


「知っていた 」


「それは、いつからですか? 」


「……アレセイアの鏡が割れてからだ 」


「私には分かりません!! 他に方法は無かったのですか? 時間は充分有ったはずです!!」


 大声を張り上げ取り乱したスチュアード。 その瞳から涙が溢れた。


「私はただ……。 母上の事を思うと無念でならないのです。 どんな思いで過ごされ、私の旅立つ日をどんな気持ちで迎えたのか 」


 肩を落として泣き崩れるスチュアード。 その背中にエンドリューの手が優しく触れた。

 しばらくその場に沈黙が続いた。


「……スチュアード 」


 沈黙を破ったのはアベルだ。


「今、どんな言葉を言っても君の悲しみを消す事は出来ないと分かってるし、気の利いた言葉も僕には見付からない。 ……でも、一つだけ言わせて貰っていいかな? 」


 アベルはスチュアードの顔を覗き込んだ。


「君のお母さんは、こうしている今でも君の事を見ているよ。 こんな事を言ったら嘘みたいに思われるかも知れないけど……。 僕は死んだ父さんに会った。 夢か幻。 そう言ってしまえばそうかもしれない。だけど、父さんは確かに目の前に現れて僕を助けてくれた。 その時、父さんは僕の腕を引っ張ったんだ。……その感触は、今でも覚えている 」


 スチュアードはアベルの話しを聞いているようだ。 だが、返事は無かった。



 。。。。。。。。。。。。。。。。。。


 その後、エンドリューに連れられて皆はスチュアードの母が眠る墓へと向かった。

 墓の前には、溢れんばかりに摘み取られたラベンダーの花束が……。


「……母上 」


 スチュアードが肩を落として呟いた。


 その時、急に風が吹いた。

 そよ風は暖かく、ほのかに甘い香りがした。

 アベルや仲間達を優しく包み込んだ風はゆるやかに通り過ぎ、やがて消えた。

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