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アベルの青い涙  作者: 天野 七海
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二十話 魔王モロゾフ

 その頃、トニーとスチュアードは囚われた人達を見つけ出していた。二人は敵に見つからない様に身を潜めて様子を窺っている所だ。


「あの光は何だ?」


スチュアードは目を丸くした。 それは、まるで人々から吸い取られる様に、薄っすらとした怪しい光が天井目掛けて立ち込めていたからだ。


「何か? 吸い取られているみたいね 」


トニーも顔を曇らせている。……とにかく、早くここから救い出さなくては……。二人は焦った。

 敵は十名程度。 その者達は腰にムチをぶら下げ、その中の数名はライフルを所持しているようだ。


 トニーは息を殺しながら一人の兵士の背後に迫った。そして、後ろから敵の口を塞いで首元をねじ伏せた。 抵抗する間も無くその場に倒れる敵兵。


 《バン……!!》


 しかし、その肩に掛かったライフルが滑り落ちて銃声が。

 異変を感じた人々はざわつき始め、警戒した兵士達は、まるで威嚇する様に形振り構わず発砲を始めたのだ。


 《バババン…………!!キャーーーー!!》


 響く銃声に恐怖心を覚えて悲鳴をあげる人々は、何とかしてその場から逃げ出そうとして隔離された塀に向かって押し寄せた。 その背中に向けて発砲する兵士。 数人が撃たれて倒れてしまった。

 スチュアードは慌ててその者達に駆け寄ると手当を試みた。 いつもなら、その行動に人々は驚くに違い無いのだが、今回は暴動の最中、誰も気が付いていない様だ。

トニーは兵士に一人で立ち向かった。 銃弾をサラリと交わして強烈なパンチを放つトニー。


「ふー 」


 一仕事終えたスチュアードは大きく杖を振った。その動きに合わせる様に宙を舞う木箱や道具。 それは面白い位に敵の頭に命中したではないか。

 倒れ込む兵士達。 その様子を目撃した者は兵士の周りに群がると、今までの鬱憤を晴らすかの様に暴行を加え始めたのだ。 そして、ライフルを奪い取った者が雄叫びをあげた。 その姿は戦場で生き延び、勝ち残った勇者を思わせる物だ。

 その後、人々は道具を放り投げたり、作業場を足で蹴り飛ばしたりして破壊し始めた。その暴動は波紋の様に広がり、終いにはとても手に負えない事態にまで発展していった。


 スチュアードは小高い場所を見付けると上へ登った。 そして、力いっぱいに杖で足元を叩いた。

 《ボワッ…!》杖の周りから風が巻き起こり、強風に煽られた人々は驚き、ぴたりと行動を止めた。


「皆さん、どうかお静かに!! 」


 人々の視線がスチュアードに注がれた。


「今から皆でここを出ます。 出口は狭いので危険です。 全ての人が安全に出られる様に、決して押し合ったりしないで落ち着いて私達に着いて来て下さい 」


 《ワァァァーーーー 》


 熱気に溢れた歓声。

 人々の顔からは期待と希望が満ち溢れていた。


 来た道を戻るトニーとスチュアード。 その背後には長い長い行列。

通路はさほど狭くは無かったが、大人数で押し進むには窮屈さを感じずにはいられなかった。

その時、後方から子供の鳴き声が。 心配になったトニーは後ろを振り向いた。 しかし、見えるのは人波ばかり。とても後の様子など分かるはずも無かった。


「ねぇ、スチュアード。 もう少しゆっくり進みましょう 」


「あぁ……そうしますかぁ…… 」


 スチュアードは焦る気持ちを抑えながらも返事をした。 また敵に襲撃される恐れも有る。本当なら急ぎたい所だろう……。 それに、気になる事が……。


「とりあえず、船に戻るしか無いか? 」


「でも……この人数よ。 一台の船には乗れないし……困ったわ。とにかく船まで戻って、何度も行き来するしか無いわね 」


 トニーの言葉に頷くスチュアード。


「それにしても……ニコールは何処へ行ったのだろう? 船に戻っているといいのだが…… 」


 どうすればいいのか分からないまま、二人はただ進むしか無かった。



 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


 その頃、アベルは緑色に入り組んだ部屋を抜け出し、見つけた階段を登り始めていた。

 先ほどまでとは様子が違って、敵が現れる様子は全く無い。それどころか妙に静かで気味が悪いくらいだ。 そんな中、アベルは何故か?上に進むにつれて何かに引き寄せられるような気分に襲われた。


『誰か居ないの……?』


 その時、微かではあったがニコールの声が聞こえた。 声のする場所までは距離があるのだろう。とても小さい声だ。 ……もしかしたら、ニコールは迷宮の様なこの宮殿で迷ってしまったのかもしれない。 そう思ったアベルは更に先へと進んだ。


『誰か……お願い。 助けて…… 」


 またもやニコールの声。 近づいているようだ。声は先ほどより少し大きく聞こえた。

 その時、アベルは確信した。ニコールは誰かに連れ去られたに違い無いと……。 その事実が分かった時点でアベルは一つの決断をした。 それは、モロゾフを倒すよりも先にニコールを助け出そうと……。

 アベルの心の中は今、自分が助けに向かっているとニコールに伝えたくて仕方がなかった。 しかし、声を出してしまったら、いつ敵に見つかるか? それに、ニコールに危険が及ぶかもしれない。 そんな状態からアベルは気持ちを押し殺して黙ったまま黙々と進んだ。

 アベルは急いだ。幾段もの階段を駆け登り、息が切れる思いも忘れてひたすら祈った。 ……どうか、どうかニコールが無事でありますように……。


『誰か居ないの? ……助けて!』


 再びニコールの声が……。今度は随分と近く感じた。………いいぞ!! アベルは心の中で叫び、そして、力強く階段を蹴り上げた。


 やっとの思いで階段を登りきったアベル。 その額からは大量の汗が流れ落ちた。 そして、息を切らせながら階段の先にある入り口の様な大きな穴の中へ入った。


「うわぁ〜〜 」


 中は、異様に広い空洞の様な部屋。壁に窓など無く、灯火が壁面を浮き立たせた。 茶色い土壁にこの空間……どうやら、この場所は大きな洞穴のようだ。

 そのまま進み続けるアベル。 その視線に、薄っすらとした明かりの中に灯る紫色が飛び込んだ。 それと同時に懐かしくて心地よい香りが……。 アベルは思わず深呼吸をした。 そして、紫色の絨毯に近づいて手を伸ばした。

 ……これは、教会の裏庭に咲いている花と同じだ。 どうしてこんな所に??

 不思議に思いながらも、アベルはラベンダーの花を掻き分けながら進んだ。 そして、しばらくすると花畑は途切れ、目の前に現れたのは光り輝く高い塔。

 興味を示したアベルは、引き寄せられる様に塔へ向かった。 そして、その全てを見た。 それは透明なケースみたいで空洞があり、 中には枯れた花が……。 何故? この様な場所にこう言った物が……? アベルには全く想像が出来なかった。


「アベルーーーー!!」


 ニコールの声が間近でした。 アベルは慌てて周りを見渡したがニコールの姿は無い。


「アベル、ここ。ココ…… 」


 声に釣られ、アベルは天井見上げた。


「あっ!! ニコール!! 」


 ニコールは高い天井に吊るし上げられていたのだ。 足をバタつかせるニコール。 その度に鎖が不安定に揺れた。


「今、助けるから! 」


 アベルは鎖がどこから伸びているのか確認した。


「待って、もうすぐ降ろすから! 」


 アベルが鎖の根元に向かおうとした時……「アベル、後ろ!!」ニコールが悲鳴の様な声を出した。

 アベルは後ろを振り向こうとしたが、急に体が固まってしまって動かない。何とか動かそうとしてみるが、体が言う事を聞かない。……くそっ!! どうなってるんだ!! アベルは力任せに前進しようと奥歯を噛み締めた。

 その時、背後から冷たい風が流れ込んだ。『ウッウッウッ…… 』薄気味悪い笑い声が……。その声は次第に大きくなり、やがて息の掛る距離まで接近するとアベルの耳元で囁いた。


「人間とは愚かな……。 わざわざ自分から殺されに来るとは……実に面白い 」


 声の主はそう言うと 「ハハハハハッ…… 」鼻に突く笑いをした。


「どうして私が、神や人間に怨みを持つのか? お前には分かるか? 」


 アベルは必死に顔を動かそうとした。しかし首は動かず、斜めに反らした視線から魔王モロゾフの影だけが目に映った。

 ……くそっ! このままでは殺られてしまう…… アベルは口を動かそうとした。だが思うように動かず、声がかすれた。


「フフフ……。どうした、話せないのか? 」


 薄ら笑いを浮かべたモロゾフは、手の中にある青い光を持て遊ぶかのように転がしてアベルの正面に立った。

 アベルは思い出した。モロゾフの目を見た時の事を。

 ……また、あの目を見たら僕は苦しくなってしまう。 そうしたら僕は……? どうしたらいいんだ?


「私は負の力を手に入れた。 お前の体を操る事など容易い事だ。 さぁ、とくと見るが良い。負の力を!!」


モロゾフの体から、緑色の光が飛び出した。

……あっ、あれは、あの緑の液体……?!

その瞬間、アベルの体が勝手に動き始め、自分で自分を傷つけ始めたのだ。 ……うっっ…… 容赦無く脇腹に握り拳が打ち付けられた。アベルは何度も抵抗しようとした。 しかし、そんな抵抗も虚しく、アベルは自分の腰から剣を引き抜いて首筋に立て付けた。

必死に抵抗しようとするアベルの手が震えた。


「どうだ? 人に操られる気持ちは? もう間も無く負の力は満ちる。 その時、この世の全てが私の思うがままになるのだ。 忌々しい人間の信仰心が消えれば、天界も我が物となる。フッフッ……お前を殺す事など容易い。 しかも、己のその手でな。 ハッハッハッ……。 だが、それでは詰まらん。 お前には、たっぷりと私の遊び相手になって貰おうじゃないか 」


体の力が抜け、ぐったりするアベルの手が降下した。 首筋を掠めた剣が一筋の赤線を描いた。


「モロゾフ……お前は、どうしてこんな事を…… 」


全身の痛みを堪えながら、アベルはモロゾフに問い掛けた。


「ハッハッハッ……知りたいか?? それはな、神が兄ばかりを寵愛するからだ。それだけでは無い。 兄は私から最も大切な者を奪い取ったのだ!! ……だから私は決めたのだ。 真の魔王になろうとな! 」


 モロゾフの目が恐ろしい程に赤く燃え上がった。


「……卑怯な兄を慕う人間など、消え去ればいい!!」


 モロゾフが怒りをぶつける様に手の中に有る青い光を両手で握り潰した。


「ぐうっ……!!」


 悲痛な声をあげるアベル。 その様子を眺めるモロゾフは、手を緩めて光を揺さぶった。 その動きに合わせて苦しみもがくアベル。

 満足したのだろうか? モロゾフは手を開いた。 すると、青い光の玉はアベルの胸の中へ吸い込まれて消え、アベルはその場に倒れた。


「うっっ……。 ソフィアは、私が好意を持っていると知りながら兄の妻になった。 愛していたのに…… 」


 モロゾフの怒りの言葉が地響きになり、辺り一帯を激しく揺らした。


「キャーーーーーー!!」


 ニコールの体が、空中ブランコのように大きく揺れている。 モロゾフは天井を見ると、怪しく薄ら笑いを浮かべた後、体が一瞬にしてニコールの側まで移動したのだ。そして、気力を失いつつあるアベルに視線を向けた。


「お前にも同じ苦しみを与えてやろう。 愛する者を失う辛さを……思い知るがいい!! 」


 モロゾフの両手がすっと伸び、ニコールの首を絞め始めた。 激しく足をバタつけせながら苦しむニコール。 モロゾフの顔には笑みが……。 快楽を愉しんでいるようだ。

 アベルは残された力の限りに声を振り絞った。


「……ニコールに手を出すな。 やるなら僕を殺してからにしろ!!」


「フッッッ……死に損ないが、魔王モロゾフに勝てるとでも??」


「やってみなきゃ、わからないだろ?」


 アベルは少しづつ立ち上がりながら反抗してみせた。 その時、モロゾフはアベルの腰元で光る宝剣に気が付いた。 そして、吸い寄せられる様にアベルの側まで戻ったのだが、その顔からは、宝剣が有ると知りながらも余裕の笑みがこぼれていた。


「フッ……アレグリアの宝剣か? そんな物で私が倒せるとでも? 」


 モロゾフが、アベルの腰から宝剣を抜き取ろうと手を伸ばした。 すると、剣から稲妻の様な光が走り、その勢いでモロゾフの手の動きが止まった。 アベルはその間に宝剣を掴んでモロゾフに刃を差し向けた。


「フッ……どうしてもお前は死にたいのだな? 」


「僕の命に代えても、お前を殺す!!」


「いいだろう……。 それほどまで死にたいのなら……望みを叶えてやろう 」


 モロゾフの口角が歪み上がった。

 アベルが素早く剣を振ると風が唸った。 しかし、目にも止まらぬ速さで移動するモロゾフ。 アベルは何度も剣を振ってみるがモロゾフをかすめる事も叶わず、どうやら完全に動きを読み取られているようだ。 それだけでは無い。それと同時にアベルはモロゾフから湧き出す強い力に少しづつ押し戻されていた。

 アベルが振り返った。 どうやら塔のある場所まで戻されてしまったようだ。

 ……危ない!! アベルはモロゾフの瞬時に伸びた腕を避けた。 すると……。 『バッシャン……!!』体がガラスケースに当たり、塔は大きな音を出して倒れ、ガラスの破片が床一面に広がった。


「なっ、何て事を……!!」


 床に目を落としたかと思った途端、モロゾフが急にその場に座り込んだではないか。 そして、血相を変えた様に慌ててガラスの破片を手探りで掻き分けている。……どうしたんだ?? アベルはモロゾフの不可解な行動に驚き、思わず立ち止まった。 だが気を取り直して再びモロゾフに襲い掛かろうとした。


「よ……よくも私の大切な花を……!!」


 簡単に殺られるモロゾフでは無かった。 素早く回り込んだモロゾフはアベルの胸ぐらを掴み上げ、物凄い見幕でアベルを睨みつけたのだ。 モロゾフの、その燃え上がる炎にも似た瞳を見たアベルは、また胸が苦しくなり、手から宝剣が床に滑り落ちた。

 ……くそっ!! このままでは殺られてしまう……。アベルは何とか時間を稼ごうと考えた。


「……も、モロゾフ……なぜ、お前はそんな物を大切に? 」


「……フッ……小僧の分際で、この私に物を言うとは…… 」


 その時、モロゾフの顔が穏やかに緩んだ様に感じられた。


「そんなに知りたいのか? 」


 まるで、聞いて欲しい。と言わんがばかりにモロゾフがアベルに問い迫った。


「……どうせ、お前は間も無く死ぬんだ。 なら、その前に聞かせてやろう 」


 モロゾフは思わせ振りに枯れた花を手に掴み、遠くを見つめた。


「この花は……。 ソフィアが私に初めてくれた花だ。 ソフィアは言った。この花の香りが好きだと……。だが、どんな色をした花なのか分からない。と、悲しそうに私に言ったのだ。 私は、目の見えないソフィアに代わって教えてやった。この花の色を……。 その他にも、目に見える物全てを教えてやった。……嬉しかった。その度に喜ぶ彼女の笑顔が…… 」


 そこまで話したモロゾフは、小さく溜息を吐いた。 その顔は、ただ一人の男。魔王のものでは無かった。


「……その頃、私はまだ天使だったが既に悪魔と呼ばれ、人間から恐れられ避けられていた。 しかし、彼女だけは違った。私は彼女に救われたのだ。 だが……その幸せも束の間だった。 兄が私達を引き裂いたのだ。 そして……ソフィアは私の前から姿を消したのだ 」


 モロゾフの顔が険しく変わった。 アベルは慌てて聞き返した。


「でも……。 この花の様に忘れられないのだろ?」


「フッ……そうだ。笑いたければ笑えばいい。 私は受け入れたく無かっただけかもしれない。 ソフィアが裏切った事実を……。 いつか戻って来ると信じ、花の種を蒔いて待ち続けた。 ……だが、淡い期待を寄せた私が馬鹿だった。……ソフィアも兄と同じ。結局、私を裏切ったのだ。……誰よりも愛していたのに……。 憎い。憎い……兄も、ソフィアも……人間も、何もかも全て無くなればいいのだ!! 」


 モロゾフが左手に握り締めた花を捻り潰した。 カサカサと音を立て床に散らばる花。 そして、手を伸ばして火玉を投げた。 ラベンダー畑は一揆に炎が燃え広がり火の海に……。


「なぜ、神がお前を選んだのか分かるか? それはな、お前が愚かな人間だからだ 」


 モロゾフが、不気味な薄ら笑いを浮かべた。


「人間なんてクズだ。 愛だとか戯言を言いながら裏切り、私利私欲の為なら簡単に魂を売りやがる。 人間など所詮その程度。生きる価値すら無い生き物だ。 そんな輩に希望を託すなど神も愚かなものだ。 フッ……フッ……フッフッフッ……」


 耳の奥に残る不快な笑い声が響いた。

 モロゾフは急に真顔になると、アベルの胸ぐらを掴んだ右腕を顔に引き寄せた。

 アベルは思った。

 ……僕は殺られてしまうだろう……。でも、モロゾフの中の闇を拭い去る事が出来れば……。

 アベルは勇気を振り絞ってモロゾフの顔を見た。


「モロゾフ……お前の中にもまだ残っている筈だ。優しい心が……。だから、忘れられないのだろう?」


「フッ……残念だったな。 私はとっくに良心を捨てたのだ 」


「違う……。 思い出を残しているのは、その人を忘れたくないから。 ……モロゾフ、お前の良心は思い出と一緒に残っているはず……!! 」


「うるさい!! 黙れ!! 」


「嫌だ! 思い出すんだ。 花を大切にしていた心を……!!」


「フッフッフッ……。 小僧。お前は喋りすぎた。そんな言葉に惑わされる私では無い!!」


 一層鋭い視線でアベルを睨みつけた付けたモロゾフは、続けて言った。


「 この世に負の力が存在し続ける限り、私は永遠に無敵なのだ。フッフッ……結局は、力を持つ者が全てを支配するのだ。 お前も分かっている筈だ…… 」


 《グサッ! うっっ……!!》


 鈍い音にアベルの唸る声……?

 モロゾフが掴んだ腕を離すと、アベルはその場に崩れた様に倒れた。 その胸元には血が滲み、モロゾフの手には剣が握られていた。 それはアベルが持つもう一本の剣。 モロゾフの兄であるエンドリューがアベルに贈った物だった。


「アベルーーーーーーー!!」


 ニコールが泣き喚きながら叫んだ。 しかし、どんなに呼んでもアベルが起き上がる様子は無い。


 アベルの意識は遠のいて行った。

  微かにニコールの声が聞こえたが、それは遠い記憶のように色褪せ、やがて聞こえなくなった。


 アベルは不思議な感覚に襲われた。 それは、まるで魂が解放されたように体が軽く、痛みの苦しみもも感じない何とも言えぬ感覚。

 辺りは何も見えぬ底なし沼のような闇。

 驚くほど静かな暗闇を、一人で堕ちて行く……どこまでも、どこまでも……。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ……ん??


 やがて、アベルは目を覚ました。

 ……ニコールを助けなきゃ!!

 慌てて体を起こそうとするアベル。 だが、思った様に起き上がれない。


 アベルは一人、広い花畑の中に横たわっていたのだ。 そこに、ニコールの姿もモロゾフの姿も無い。 その景色は今まで見た事もない。全く知らない場所だった。

 ……ここは何処だろう? もしかしたら……僕は夢を見ているのだろうか……?


 赤、青、黄色。 色取り取りの花は微風に揺られ、アベルの頬に優しく触れた。


 地面に両手を突いたアベルは、少しづつ体を起こしながら辺りを見渡した。 花畑はずっと果てし無く、地平線の彼方まで続いてる。


 ……誰だろう?

 すると、遠くに人影が……。

 どうやら真っ直ぐこっちに向かって来ているようだ。 影は少しづつ大きくなっていったが、何故かその人影をとらえる事は出来たが目が霞んでしまって、どうしても顔を見る事が出来ない。

 アベルは目を擦った。 それでも、相変わらず視界は変わることは無く影だけを捉え続けた。


 その人はすぐ側までやって来た。 そして、倒れたアベルの腕を力強く引き寄せた。

 アベルは間近でその人物の顔を見た。


「……と……父さん?? 」


 その人物は、あの写真に写っていた父だったのだ。

 ……どうして?

 アベルは驚いて戸惑った。 何かを口にしようとしても言葉が出てこない。 黙ったまま立ち尽くしているのがやっとだ。


 初めて間近で見る父の顔は、何処と無く自分と似ていて優しい目をしていた。

 ……この人が……僕の父さん?

 アベルはとても信じられなくてオドオドしているばかり。

 父の指がアベルの髪に触れた。 その顔は微笑んでいるが、瞳は微かに潤んでいる。

 父は、黙ったままアベルの瞳をじっと覗き込んだ。 ……父の瞳に映るアベルの顔。


「……と、父さん?」


「そうだ 」


「……どうして僕の目の前に? 僕はもう死んでしまったの?」


「それは神のみ知る事だ。 だが、一つだけ言える事は、お前がここに来た事には何かの意味が有る。 という事だ 」


「……僕は、まだ死ねない。 ニコールを助けなきゃ! 僕はモロゾフを倒さなきゃいけないんだ 」


「わかっている。……人は、どんなに困難であろうと、守るべき者の為なら立ち向かう事が出来る生き物だ。 それも、相手がどんな相手であろうとな 」


「父さんが、僕や母さんを守ったように? 」


「あぁ……。 私は、お前達を守るばかりか死んでしまった。 だが、いつもここから見守って来た。 お前が危なくなった時も僅かながら助けてきたつもりだ 」


「じゃあ、父さんは僕が生まれた時からいつも見ていたと?」


「あぁ、勿論だとも 」


「じゃあ、僕が星に祈った事を??」


「あぁ、知っている。 お前はよくやった。 沢山褒めてやりたいが……お前には、まだやり残した事が有る。 だからここに居てはならない。 そんなお前がここに来た意味が有るとすれば、ただ一つ。 私に出来る事が……」


 父はそう言うと、アベルの額に手をかざして目を閉じた。

 ……あ、熱い……!!

 アベルの額が燃え上がるように熱くなった。


「息子よ……。 本当の再会の日に、またここで会おう…… 」


 優しい声がアベルの耳に響いた。

 ……父さん……僕はまだ、父さんに話したい事が……。

 アベルは悲しくなった。 やっと父に会えたのに、もう別れなければならないなんて。

 そんな思いを胸に秘めたまま、アベルの意識は朦朧としてどんどんと遠くへ……。 そして、何かの力に引戻されるよう父や花畑から遠ざかり、やがてアベルの視界から父も花畑も見えなくなった。


 ……父さんは言った。 本当の再会の日に会おうと、 それに、いつも僕の事を見ていたと……。 じゃあ、僕は一人じゃない。 いつも父さんが一緒なんだ。 それに……仲間が居る。 皆んなを助けなきゃ!! だから、僕はまだ死ぬ訳にはいかないんだ……生きるんだ……生きなきゃいけないんだ!!


 。。。。。。。。。。。。。。。。。


 アベルの心臓の鼓動が激しく動き始め、額からはこぼれるばかりに眩しい青光りが……。

 そして、アベルは目を覚ました。


 ……ん? あれ??

 起き上がったアベルは体に異変を感じた。 ……何だろう? そう思いながらも右手を握り締めた。 熱く漲る力は血管を通して全身を駆け巡り、それは溢れんばかりに熱く身体中を満たしていたのだ。


 その目の前に……モロゾフの後ろ姿があった。

 ……ニコールは? アベルは天井を見上げた。 ニコールは無事だ。 ホッとして胸を撫ぜ降ろしたアベルは、飛ばされた宝剣にそっと手を伸ばした。 そして、息を殺しながらも両手に掴み突き刺した。 モロゾフの背中を目掛けて!


 《グサッ!!》


「ギャーーーーーーーーーー!!」


 悲鳴が響いた。

 宝剣から電流の様な鋭い光が飛び出し、モロゾフは猛烈な光に包まれた。

 床を転がって這い蹲るモロゾフ。 その、苦しみもがき悲痛な悲鳴を上がるモロゾフの体から灰色の煙が立ち込めた。


 アベルが静かに言った。


「お前を倒す事が出来たのは僕が人間だからだ。確かに、お前の言うように人間は愚かで弱い。 でも人は、愛する人を守る為なら例え自分を犠牲にしようとも立ち向かう。 相手がどんな相手だろうと……。それが人間という生き物だ。 ……父さんが、そう教えてくれた。 モロゾフ、お前の愛は偽りだ 」


 モロゾフの悲鳴は次第に小さくなり、体は焼け焦げて黒くなると、やがて灰になって消え去った。


 地面が大きく揺れ始めた。

 ……早くニコールを助けなきゃ!!

 アベルは慌ててニコールを鎖から降ろした。


「ニコール、大丈夫かい?」


「うん! アベルが無事で本当に良かった 」


 ニコールは薄っすらと涙を浮かべてアベルにしがみついた。

 アベルは鉄の鎖を宝剣で斬り裂くとニコールの手を握った。 そして、二人は長い階段を急いで駆け下りた。


 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


 その頃、ラミダスは球体の近くまで続く岩場まであと一歩。 という所まで来ていた。

 しかし、地震の様な激しい揺れに襲われて足を滑らせてしまい、危うく水溜りの中へ落ちるところだったが右手が岩場を捉えた。

 何とか一命を取り留め、ラミダスは岩場の上によじ登る事が出来た。

 岩や砂利を飲み込んだ水溜りからは、けたたましい程に大きな泡が盛り上がって白い煙を吐き出していた。

 ラミダスは態勢を整え、球体をじっと見つめた。 すると、大きな光の中に一際光る小さな塊が……。

 ……あれが、核の中心か……?

 ラミダスは弓を構えて矢先をじっと見た。 そして、小さな光に的を絞り、一身に精神を集中させ、そして、指を離した。

 矢は眩い光を放ちながら飛んだ。 そして球体まで達すると、核の中心を撃ち抜いた。

 《ボワッ!》 矢から発せられた白い光が一瞬で球体を包み込んで広がった。 その後、透明に変化した球体は大きく爆発して水しぶきになってラミダスの体を濡らした。

 益々激しくなる揺れはラミダスの足元を崩し始め、濁流の様に崩れ落ちた岩場は、土砂ごとラミダスを水溜りの中へと押し流した。


「きゃ!!」


 マリアは思わず目を両手で塞いだ。


 そして、恐る恐る指の隙間から覗いた。 そこには、水溜りの中を真っ直ぐ進み、マリアの元へ駆けつけるラミダスの姿が……。


「ラミダスーーーー!!」


 マリアは叫びながら水溜りの中へ飛び込んだ。 そして、ラミダスの胸へ飛び込んだ。


「ラミダスのバカ!! 水の中に落っこちた時、死んじゃったんじゃないかって心配したんだから!!」


 マリアは涙を浮かべていた。 ラミダスは、そんなマリアを急いで抱きかかえた。


「マリア、ここも崩れる。早く逃げよう 」


 ラミダスは来た道を全力で走った。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 その頃、アベルとニコールも必死に走っていた。 潜水艦の場所まではまだ遠く、二人は焦っていた。


「痛っ!!」


 ニコールが、しゃがみ込んだ。

 アベルはニコールに近寄り、足元を見た。 すると、足首の辺りから血が滲んでいるのが分かった。


「歩けるかい? 」


「うん、大丈夫 」


 ニコールは起き上がろうとした。 しかし、体を支える事が出来ずに倒れ込んでしまった。 そして、何度も起き上がろうとしてみるが、もう……歩く事も、立つ事も無理なようだ。

 轟音を立てながら、壁が崩れ始めて砂埃を巻き上げた。


「お願い、アベルだけでも逃げて 」


 ニコールは、必死に腕を引き上げようとするアベルの手を振り払った。


「そんなの、絶対に嫌だ、絶対に!!」


 アベルは、無理やりニコールを背中に背負い、黙々と先を進み始めた。


「このままだと二人とも助からないわ。 お願いだから逃げて! 」


 ニコールがどんなに訴えようとも、アベルは動じる事なく無言のまま前へ進んだ。


 その時、目の前の天井が大きく崩れ落ちた。 その壁は高く、二人の行く手は完全に遮られてしまった。


「くそっ……!!」


 アベルは必死に瓦礫を掻き分けた。 しかし、通路を塞いだ瓦礫の山は想像以上に厚く、とてもアベルとニコールの力ではどうする事も出来なかった。


「くそっ……くそっ…… 」


 アベルは何度も壁を叩いた。

 今、アベルの心の中はやり切れ無い気持ちが込み上げ、自分の無力さを嫌と言うほど味わい思い知ったのだ。


「……ごめん……ニコール 」


 アベルが俯いた。


「何を言っているのよ? 着いて行くと決めたのは私よ。 アベルのせいじゃないわ 」


「ごめん……。本当に…… 」


「いいのよ。 旅に出て一度も後悔なんてしていないわ。 でも………叶うのなら、最後に一目だけ、パパにもう一度会いたかった…… 」


ニコールの頭上から、小石がこぼれ落ち始めた。


「危ない!」


 アベルは叫び、ニコールの背中を抱き締めた。

……僕が、例え死のうとも最後の時までニコールを守る!

 崩れた瓦礫が幾度となくアベルの背中を叩きつけた。 その度に、アベルの全身に衝撃が走った。……うっっ……。 アベルは必死に苦痛に耐え続けた。


 もう、駄目だ……。二人が諦めかけた時、微かであったが声が聞こえた様な気がした。

 アベルとニコールは、仲間が助けに来てくれたのだ。 と思い、大声で叫んだ 「助けて!! 」と……。

 二人は何度も繰り返し叫び続けた。 地響きの中で声が届いているのか分からない。 それに、もしかしたら助かりたい想いからの幻なのかも? でも、今はそんな事などどうでもいい。 助かる可能性が有るならば叫び続けよう力の続く限り! アベルの体を熱い血が駆け巡った。


「アベル、ニコール、今助けるから! 」


 ……トニー?? アベルとニコールはハッとした。 トニーの声が瓦礫の向こうで聞こえたのだ。


「二人とも、そこを離れろ!!」


 ……スチュアードの声だ! 二人は声に従って後退りをした。

 《バン!!》大きな音と共に、目の前の瓦礫が吹き飛んだ。 その先には、トニーとスチュアードが立っていた。


「大丈夫??」


 慌てて二人に近寄るトニー。


「ニコールが怪我をしたんだ 」


「わかったわ。 ニコール、私の背中に乗って」


 トニーは、ニコールを背負い軽快に走り始めた。 その後に続いて走るアベルとスチュアード。


「ラミダスとマリアは無事なの?」


 ニコールがトニーの背中に問い掛けた。


「大丈夫よ。 囚われていた人達と一緒に居るわ 」


 崩れ落ちる天井は、アベル達の体を容赦無く打ち付けた。


「もうすぐだ 」


 スチュアードが声を上げた。

 前方に明かりが? 皆はその中へ飛び込んだ。


 。。。。。。。。。。。。

……ま、眩しい!! アベルは思わず目を細めた。

 辿り着いた場所は島の外だったのだ。

太陽の光が燦々と降り注ぐ中を、アベルは歩いた。


《ゴ、ゴ、ゴ、…………》


 今まで以上に激しく爆音が地面に響いた。アベルが驚いて後ろを振り向くと、島の出口には砂埃が黙々と上がり、地響きと共に塞がった。 そして、島の上部は内側から崩れ落ちて大きく凹んだのだった。


もしも一歩遅かったら……。間違い無く島に潰されていたに違いない。 ゾッとしたアベルの背筋を汗が滴り落ちた。


生きた心地がしないまま、アベルは歩き、前へ進んだ。


目の前は美しい海が広がっていた。 その海岸に、沢山の人の姿が……。


「アベル、ニコール!!」


 マリアが声を上げながら走って来た。 その様子に気が付いたラミダスも安堵の表情を浮かべ笑顔を作り、二人の元へと駆けつけた。 アベルの頬から熱い涙がこぼれ落ちた。

……今、目の前に仲間が居る。僕は生きている。 間違いなく生きているんだ!!

思わずアベルは泣き崩れた。

ラミダスは、そんなアベルの手を取り抱き起こした。


「やっったな。 俺ら!」


 ラミダスがアベルの肩に腕を回した。アベルは手で涙を拭うとラミダスの腰に腕を回した。


「うん!」


アベルとラミダスを取り囲んだ仲間達も笑顔で答えた。



 見上げた空は、突き抜けるような青空だった。

 広く、美しい空に大鷹が円を描きながら優雅に飛んでいた。

 大鷹の群れは島を取り囲むように飛行した後、次々に着陸を始めた。


 マリアの案内で人々は鷹の背に乗り込むと、島を飛び去っていった。 一人、また一人と……。


 ニコールがアベルの隣に座って微笑んだ。


「足は、もう大丈夫かい? 」


「うん、大丈夫。 スチュアードが治してくれたから 」


 ニコールはそう言うと、怪我をしていた足を見せた。


「ねぇ、アベル?」


「ん? 」


「あの時……。 てっきりアベルは死んでしまったと思った。 良かった〜〜。 それとね、守ってくれて本当にありがとう 」


 ニコールが照れ臭そうに礼を言った。アベルは、自分が傷を負った事さえ忘れていた事に気が付いた。 そして、服を捲り上げ赤く滲んだ胸元を見た。 すると、シーラーの鎧にはヒビが入り、胸にはかすり傷が……。


「これのお陰で助かったのか 」


 アベルがため息混じりに言葉を吐いた。


「ねぇ……。それなら、どうして倒れたまま動かなかったの? 」


 アベルは返事を考えた。だが、どうニコールに話せばいいのか分からず、そのまま考え込んでしまった。


「どうしたのよ? アベル?? 」


 不思議そうな顔で、アベルの顔を覗くニコール。


「実は……。 あの時、僕は夢を見ていたんだ 」


「えっ? どんな夢? 」


「うん……。 僕はまるで違う世界に居て、そこには死んだはずの父さんが居た。 そして、父さんは僕に言ったんだ。 元の世界へ戻るようにと……。 でも、あれは夢なんかじゃ無い。 父さんは確かに僕の目の前に居た。 そして、僕の腕を掴んだ。……僕は、確かに父さんの存在を体で感じたんだ 」


 そう話したアベルは、自分の右腕にそっと左手を重ねた。 今でもアベルの腕には父の温もりと感触が鮮明に刻まれていたのだ。


「うん、きっと、夢なんかじゃないわ 」


 ニコールが微笑んだ。


「私もね、時々思うの。 ママどんな人だったのだろう? って。きっと、姿は見えなくてもいつも私の側に居て見守って居てくれてる。 そんな気がするの。……だから、きっとアベルのお父さんは、アベルを助けてくれたのよ 」


「うん……。 そうだね 」


 アベルはそう言って笑った。


「ねー。 あの時の言葉、私、嬉しかったわ 」


「えっ?僕、何か言った?? 」


「もう忘れたの?! 」


 一瞬、ニコールが頬を膨らませてアベルを睨んだ。


「これで、やっと私の夢が叶うわ 」


「夢って、世界中を旅する夢かい? 」


「そうよ。 お礼として、アベルを誘ってあげてもいいわよ 」


「それって? もしかして…………? 」


「するの!しないの! どっち?? 美女に誘われたのよ、有難いと思いなさい!! 」


 ニコールの強引な誘い。 アベルは内心ではとても嬉しかった。 しかし、照れから「う…うぅん…… 」 気の無さそうな返事をして見せた。

 返事を聞いたニコールは、嬉しそうな顔を浮かべて小指を差し出した。


「じゃあ、約束ね 」


「う……うん 」


 遠慮気味にニコールの指に小指を絡めたアベル。

 その後、ニコールは気付かれない様に小さくガッツポーズを決めると足元を弾ませながら小走りで駆けて行った。


 アベルはスチュアードを探した。 スチュアードは人々を大鷹に乗せる手伝いをしていた。


「スチュアード、少しだけいいかな? 」


 アベルの言葉にスチュアードが振り向いた。


「どうした? アベル?? 」


 スチュアードの側にはトニーとラミダスが……。


「君に、聞きたい事があるんだ 」


 アベルはそう言いながら、スチュアードの腕を引っ張り別の場所へと連れて行った。


「どうしたんだ? アベル??」


 スチュアードは何と無く、アベルの様子がいつもと違う事に気が付いた。


「実は……。 君のお母さんとモロゾフの事なんだけど、 何か聞いた事は無いかい? 」


「いや、何も聞いた事が無い 」


 スチュアードは、突然のアベルの質問に硬い表情で答えた。


「いきなり、どうしてそんな事を聞くのさ? 」


「……いや、 知らないのならいい 」


 明らかに様子のおかしいアベルに対して、スチュアードは胸のもや付き覚えた。


「何だ? 何かあるのか? 」


 アベルは話そうか迷った。 だが、スチュアードの事を考えると話さずには居られなかった。


「実は……。モロゾフは君のお母さんに恋をしていたようだ。 けれど、仙人様と結婚してしまった。と……そう言っていた。 でも、君のお母さんは人間だったよね? 」


「……そんな事、初めて聞いた。 あぁ……人間だ。 それが何か? 」


「……そこなんだ。 僕が気になるのは 」


 スチュアードの答えを聞いたアベルは、深刻な顔を浮かべた。


「君や仙人様は天界人だから人間よりも長生きすると知っている。 でも、君のお母さんは違うだろう? 一体、歳は幾つなんだろう? 」


「知らないなぁ……。 そんな事を気にした事が無い。 母上はまだ若い。 ……どうしてアベルがそんな事を気にするのさ? 」


「だって、モロゾフが魔王になる前、そう、仙人様とモロゾフがこの星に来てから何十年と経っているだろう? 前にトニーが話していた。 僕の母さんに箱を渡した人は、神様から箱を預かった時は若かったけど、母さんに箱を渡した時は、もうお爺さんだったと……。それから十六年も経っているんだ 」


 アベルの話を聞いていたスチュアード。 その顔が曇った。


「そう言われてみれば確かにそうだ。 その話が本当なら、母上は相当な歳のはず。 ……だけど今まで歳を取らなかったのは、きっとテラスの霊泉のお陰だ。 その霊泉が、今、ここに有ると言う事は…… 」


 スチュアードの顔が青ざめ、それ以上言葉を口にする事が出来なかった。「急ごう! 」 アベルはそう言うと、二人は仲間達の所へ走った。


 とても慌てた様子の二人に気が付いたラミダスが言葉を掛けた。


「どうした? アベル? 」


「スチュアードのお母さんが大変なんだ。 急がなきゃ! 」


 アベルの声を聞いた他の仲間達も駆け寄り集まった。


「どうかしたの? 」


 アベルに尋ねるニコール。


「ニコール、あの黒い乗り物を操縦出来るかい? 」


「GTの構造は知ってる。多分出来ると思うわ 」


 ニコールの返事を聞いたアベルとスチュアードは目配せをした。


「今は、まだ説明出来ないけど、とにかく基地まで急ごう! 」


 アベルの声掛けに、仲間達は鷹の背中に乗り込んだ。

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