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アベルの青い涙  作者: 天野 七海
19/25

十九話 死海と島

 潜水艦の中は思いのほか広く、操縦席には幾つものモニター画面や、数々のボタンにハンドルが備わっている。


 ニコールの姿を見つけたアベルは急いで駆け寄った。


「ニコール、これ操縦席出来るかい? 」


 ニコールは黙ったまま確認をしている。 どうやら飛行船とは作りが違う様だ。 確かに、この無数のボタンは何の為の物なのか? 飛行船には、これ程の数のボタンは存在していなかったはず……。


「複雑な作りね。 でも、やってみる 」


 ニコールは操縦席に腰を掛けると、ハンドルの上に手を置いた。

 すると『こちら本部、こちら本部、応答願います…… 』上部に取り付けられたスピーカーから音が……。


「まずいわ! 気付かれるのも時間の問題ね。急ぐわよ 」


 ニコールは慌てた様子で青と白のボタンを押した。 ブルブルと振動する船内。 無事にエンジンが掛かったようだ。 そして、ニコールがハンドルを前に倒すと潜水艦はゆっくりと沈み始めた。


 窓から見える海中には、険しい急斜面の岩肌がずっと奥まで続いている。 それは、深い渓谷のようだ。

 潜水艦は海底から突き出す岩を避ける様に前進して行った。


「いいぞ! 」


 思わず声を出したアベル。


「問題はこれからよ。まず、島の入り口を見つけなきゃ 」


 ニコールが真顔で話すと、操縦席のレーダーが反応を始めた。


「まずいわ、他の船がこっちに向かって来る 」


 レーダーの画面に光る点が二つ。 そのうちの一つが移動を始め、中心にある光に接近しているのがわかった。

 光はある程度まで近づくと、急に動きを止めた。 こちらの様子を窺っているのだろう……。 その距離を確認すると、あと数百メートルだ。


「どうするの? ニコール 」


 心配そうなトニー。


「それが分かれば苦労しないわよ! 」


 ニコールは言葉を吐き捨てながら、懸命にボタンの確認をしている様だ。

『何だ??』アベルはレーダーに注目した。 画面上には赤い光が現れ、それは真っ直ぐ中心の点に接近していたのだ。


「まずい!! 」


 ニコールは慌てて舵を切った。

 爆発音と地響きで大きく揺れる船。 仲間達はシートの手摺に掴まった。

 後方にあった筈の岩が砕け落ちて無くなっている。

  アベルはその破壊力に驚いた。 もしも……まともに攻撃を受けたなら、きっと船は耐えられるはずも無く、一瞬にして海中に留まる瓦礫と化する事は明らかだ。


「このままだと、やられちゃうよ 」


 か弱い声でアベルが言うと「何とかならないのか? 」 あの、勇敢なラミダスまでもがニコールに声を掛けている。

 マリアは不安な気持ちを抑えられないのだろう。 隣に座るトニーの胸に顔を埋めていた。


「もーーー!! わかったから静かにして!! 」


 ニコールは苛立ちながら赤いボタンを押した。 すると、レーダーの画面上にある中心の光から赤い点が発せられた。 そして……。 爆音と共に、前方にあった岩が砕けた。


「これね、わかったわ 」


 ミサイル発射のボタンがわかり、ニコールは標的に向けて方向転換しようとした。 と、その時……!!

 《ド、ド、ドン!!》 潜水艦が大きく揺れ 「キャーーーー 」マリアの悲鳴が響いた。

 敵からの攻撃を受けてしまったのだ。 ニコールは画面上で破損箇所を調べた。


「大丈夫、かすっただけよ 」


 再び舵を取り直したニコールは、敵に向けてミサイルを発射させた。

 モニターの画面上に現れた赤い点は真っ直ぐに進んで他の白い光に命中したのだ。 その後、敵の船を表す光は跡形もなく消滅していた。「やったー!!」喜ぶ仲間達だが 「まだ一艘残っているわ 」眉間にシワを寄せたニコールは、敵の船に向けて潜水艦を進ませた。 そして、タイミングを合わせて赤いボタンを押した。

 画面上に現れた赤い点は標的を僅かにかすめて自爆したようだ。「チッ…… 」悔しそうに舌打ちをするニコール。

 相手の攻撃が始まった。

 ニコールも負けじとミサイルを放つと、互いに発した赤い点はレーダー上でぶつかり消えた。

 そして、一息つく間も無く再びボタンを押すと、標的からも赤い光が……!

 ニコールは避けようと舵を取った。 しかし間に合わず、潜水艦は爆音と共に大きく上下に揺れ、非常を知らせる警報音が鳴り始めた。

 レーダーの画面を確認するニコール。 敵を示す白い光は消えていた。


「ここを前に倒すと前進するわ。 しばらくの間、操縦お願い! 」


 ニコールは隣に座るスチュアードに言葉を残すと、急いで損傷した場所へ向かった。

 ミサイルがかすった影響で、船内の一部は変形して水が染み出している。それに、切れた配線からは油が漏れているようだ。

 ニコールは配管を手で繋ぎ合わせようとしながら叫んだ。


「誰か、来てーーー!! 」


 その声を聞きつけたトニーとラミダスが駆け付けた。


「私はこっちを何とかするから、トニーとラミダスは、そこの水漏れを何とかして! 」


「わかった。 押さえる物を探してくる 」


 言ったラミダスに、トニーが頷いた。


「手分けして探しましょう 」


 トニーとラミダスは水漏れの状態を確認すると、隙間を埋めるのに使えそうな物を探し回った。

 スチュアードとアベルは、真剣に前方を見渡して島の入り口を探しているみたいだ。


 何とか応急処置を済ませたニコールは、額に滲む汗を服の袖で拭うと水漏れした箇所に目を向けた。 トニーとラミダスも無事に処置が済んでいた。


「これで、しばらくは進めるわ 」


 ニコールの声掛けに、安堵の表情を浮かべたトニーとラミダス。 そして三人は、前方の操縦席の様子を窺いに戻った。

 スチュアードに席を譲られたニコールは、モニター上で陸地のある方向を確認した。


「どこかに入り口があるはず。 ここが島よ 」


 ニコールが、画面上の緑色に波を打つ所へ指を滑らせた。


 トニーは黙ったまま、窓の外を眺めていた。


「それにしても気味が悪いわね。 魚一匹いやしないわ 」


「あぁ……気になっていたんだが、岩場に茂る草は、まるで生気を吸い取られた様に枯れてしまっている。 きっと、魔王が支配する迄は豊かな海だったに違いない。 この海は死んでいる…… 」


 硬い表情で口走ったラミダスは、そのまま海中を眺めて続けていた。 その視線の先には、薄暗い海底で揺らめく黒い帯。 巻き上げられた白い砂粒が泡の様に窓の外を流れた。 そして、その先に見え隠れしていたのは、行く手を阻む程に巨大な岩壁。


「あれが、島の根元よ 」


 ニコールが言った。

 潜水艦は島の斜面に近づくと、その側面に沿って進行した。 すると前方に奇妙な物が? それは、島の根元から突き出す様に伸び、太いパイプような形をしている。 どうやら中は空洞らしい。


「間違いない、これが入り口だ 」


 言葉を漏らすラミダス。

 ニコールは潜水艦をトンネルの入り口へと進ませた。すると、何かに誘導されるかの様に船は誘われ、急浮上して行ったのだ。 そして、そのまま流れに任せていると前方に薄明かりが……!

 潜水艦が、水面から勢いよく這い上がった。 行き着いた場所は、どうやら島の中に作られた船着場らしい。

 

 アベル達は注意深く、警戒しながら潜水艦を降りた。

 洞窟の様な船着場には他の潜水艦の姿は無く、驚くほど静かだ。 通路の先に、数人の兵の姿が見えた。


「ここで待ってて! 」


 トニーは一言告げるとアベルと共に兵士のいる方向へ走った。

 敵の不意を突き、何食わぬ顔で兵に襲いかかるアベルとトニー。 敵は簡単に倒せたのだが、最後に倒れた兵士が壁に設けられた非常ボタンを押したのだ。 その直後、警報音が鳴った。

 機械音は島全体に響いているのだろう……。 この音を聞きつけてやって来る敵は、想像以上に多いはず……。


 仲間達は一箇所に集まった。


「いいかいラミダス。 僕はモロゾフを探すから、君はエネルギーの核を破壊してくれ 」


「わかった 」


 アベルの言葉にラミダスは深く頷いた。 そして、スチュアードが言った。


「私とトニーは、囚われている人達を助けに行く 」


 頷くアベル。


「そして、ニコールは…… 」


 アベルは隣を振り向いた。 しかし、先程まで側に居たはずのニコールの姿が無い。 ……どこへ行ったのだろう? アベルは周りを見渡して探したが、やはりニコールの姿は何処にも無かった。


 マリアがラミダスの服の裾を引っ張りながら言った。


「この子が、こっちって言ってる 」


 マリアの足元には一匹のネズミが……。

 そして、マリアとラミダスは細い通路へと消えた。


 アベルとスチュアード、そしてトニーは、敵の襲撃に備えて構えた。


『おい、こっちだ!』


 アベル達を見つけた兵は、他の仲間に大声で知らせた。 その声に誘導されて大勢の兵士が姿を現した。

 迫り来る敵の足音が耳の奥に鳴り響き、景色がスローモーションで流れた。 その時、アベルは思い出した。以前、槍を持ったまま震えてしまった事を。

 ……いけない。 このままじゃ前と同じだ。 落ち着け、落ち着け……。

 アベルは邪心を振り切る様に固く瞼を閉じ、心の中で念じた。 ……そして、ゆっくりと目を開いた。


 《キーン……バサッ!》


 アベルの剣が鋭い光を放った。 その場に倒れる兵士。

 ライフルを持った敵が発砲を始めた。 杖を振るスチュアード。 すると、兵士の腕からライフルが弾き飛ばされ床に落ちた。

 トニーは力いっぱいに敵を持ち上げると、押し迫ってくる群衆に向けて放り投げた。

 次々に敵を始末していく三人。 しかし、それでも敵の数は一向に減らず、湧き出す様に迫って来るばかり。


「これじゃあ、きりがない 」


 スチュアードが言った。 そして、アベルとスチュアードは背中合わせになると、それぞれ正面の敵と戦った。 一人、そしてまた一人と倒れる兵士。


「アベル、ここは私とトニーに任せてモロゾフを倒しに行くのだ!! 」


「わかった。 スチュアード……絶対に無事でいてくれよ 」


「当たり前だ。 もしもの時は霊泉が有るから大丈夫 」


 スチュアードはそう言って苦笑いを浮かべた。


 アベルは敵を振り払って走った。 そして細い階段を見つけると駆け込んだ。

 階段からも次々に現れる敵。 アベルはその度に剣を振った。


 アベルは無我夢中で階段を登り続けた。 すると……やがて広い空間へ出た。 暗がりの中を恐る恐る足を踏み入れるアベル。 あれ?……何かが光っている……?

 アベルはハッとした。 光る配管……それは、まるで生きているかの様に一本一本が緑色に発光していたのだ。 部屋中を無数に存在する配管は下から上まで入り組みながら続き、まるでジャングルのよう。「何だ?コレ?? 」 アベルは一本の筋に触れた 「イタッ!!」すると、触れた指が焼けるように熱くなり、赤く腫れてしまったのだ。 そしてその後、なぜか心臓の鼓動が激しく高まり胸が苦しくなった。 この感覚は……? アベルは思い出した。 それは、以前味わった事のある物だ。そう、あの鏡に写ったモロゾフの目を見た時と同じ……。

 苦しくて床に座り込んでしまったアベル。 だが、しばらくして正気に戻ると、光る線に触れないように注意を払いながら部屋の奥へと進んで行った。


 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


 その頃、トニーとスチュアードは迫り来る敵を見事に倒し、倒れた兵士が山のように積み上げられていた。


「あーーーーー疲れた 」


 トニーが、ぐったりと腰を下ろした。 その姿を見たスチュアードも腰を下ろし、微笑みながらトニーの肩に腕を乗せた。


「トニーがアベルを特訓していたと知っていたけれど、正直、ここまで強いとは思っていなかった 」


 笑うスチュアードの顔には、薄っすらと疲労感が漂っている。


「当たり前でしょ。 見直した?? まだ若者には負けられないわ。 ……それにしてもスチュアード、凄かったじゃない! もう充分に杖を使いこなしているわね。 私達の向かう所に敵無しよ! 」


「そうだ。トニーの言う通り 」


 二人は顔を見合わせ笑い合った。


「さぁ、そろそろ行きましょう 」


 先に起き上がったトニーが、スチュアードの手を引いた。


「確か……。 囚われている人達は地下で労働しているのよね? じゃあ、下に向かいましょうか? 」


「そうだな。 下へ行くとしますか 」


 二人は階段を降り始めた。


 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


 ラミダスとマリアは、と言うと……。


 順調にネズミの後を追い、エネルギーの核が存在する水溜りへと向かっている所だ。 二人の進む道は階段では無く、狭い洞窟の様な通路だった。


 しばらく暗がりの中を進んで行くと、前方に薄明かりが……。 それは、壁の一部にぽっかりと空いた穴から溢れた光だった。

 ラミダスは穴を覗いてみた。 すると、そこには大勢の労働者達の姿があったのだ。 人々は、どうやらライフルや銃弾。 といった武器を製造している様だ。 しかし……それよりも問題なのは、部屋中が謎の光に包まれている。という事だ。 その緑色に浮きだす光は、魂でも吸い取られるかのように一人ひとりから湧き上がり、天井に登り続けていた。 その顔は疲労に満ちて生気が無くなっていた。 きっと……恐らく、体が動かなくなるまで何かを吸い取られ、働き続けているのだろう……。 そんな様子が窺えた。


 ラミダスは言葉を失ったまま立ち尽くしてしまった。

 その時、労働者の一人が倒れた。 ……ラミダスは悔しさから拳を握り締めた。

 見張り役が倒れた老人を見つけると側へ駆け寄り、薄笑いを浮かべながらムチを振った。 それも、手加減などする様子も無く必要以上に……。

 広い空間に響く悲鳴とムチの音。 その光景に、マリアは思わず目を伏せた。

 ラミダスは必死に感情を抑えているようだ。 握った拳が怒りに震えている。 マリアがラミダスに寄り添った。


「きっと、トニーとスチュアードが助けてくれるはず 」


 その言葉に我に返ったラミダスは、再び先を急いだ。


 快調に走っていたネズミの足が急に止まった。 目の前には三本に分かれた道が……。

 ネズミは道の手前で鼻と髭を動かし、首を振って方向を確かめているようだ。


「迷っているのね 」


 ネズミに声を掛けるマリア。

 ネズミはマリアの顔を見た後、頷く様な素振りを見せた。 そして、真ん中の道へ飛び込んだ。

 見失わない様に慌てて後を追うマリアとラミダス。 しばらく進み続けると……。目に緑色の光が飛び込んできた。 二人は光の方向へ急いで駆け寄った。 どうやら道の出口のようだ。


「……あっ!! 」


 そこは、あの鏡の映像で見た場所だった。

 湖を思わせる広い水溜り。水面の上には緑色に発光する球体が浮上しており、その上部には幾つもの細い管が伸びて奇妙に絡まりながら天井を突き抜けていたのだ。


「あれか…… 」


 ラミダスが溜息交じりに呟いた。

 眩しく光輝く怪しき球体は、ラミダスの目に焼き付いた。

 しかし、今居る場所から球体を弓で射抜くには距離が遠く、例え弓の名手であるラミダスにとっても到底無理な事だ。

 ラミダスは、何とか出来ないだろうか? そう思い辺りを見渡した。 そして、反対側に突き出た場所を見つけた。 それは見覚えの有る岩場だった……。 そう、その場所はまさしく、あのモロゾフが立っていた場所だ。


「あそこへ行くしか無さそうだ…… 」


 独り言のように言ったラミダスは、そこへ続く道を黙認した。しかし、他に通路など見つからず、岩壁を伝って行くしか方法は無いようだ。 もしも、水溜りを渡って行けるのなら話は早い……。 ラミダスは水面を見つめた。 しかし、鏡の様に緑の光を映し出した水面には、水中の様子など読み取れるはずも無く、ならば深さを確かめよう……。ラミダスは小石を投げた。


「ん……?! 」


 すると、小石は水面の上まで落ちると白い煙を出して蒸発してしまったのだ。

 その様子を見ていたラミダスは、思わず唾を飲み込んだ。 そして黙ったまま、しばらく考え込んでいる様子。 ……それも無理は無いだろう。 もしも誤って水溜りに足を踏み込んでしまったのなら、体は溶けて蒸発してしまうに違い無い。 それに、壁伝いに回り込むにしても足場らしい場所は無いに等しいからだ。 有るのは、石が剥がれて出来た僅かな凹みだけ……。


「俺は、あそこまで行って球体を仕留めてくる。 危険だからマリアはここに残ってくれ 」


 言い聞かせるようにマリアに言ったラミダスは、早々と壁を伝い進み始めた。

 窪んだ場所を見つけては慎重に進むラミダス。 その足元から小石がこぼれ落ちて白い煙が水蒸気の様に所々で湧き上がった。


 マリアは必死に祈った。 ……どうか、ラミダスが無事であります様に……。 と……。


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