十八話 魔界の入り口
コンパクトが示した魔王が住むであろう場所までは、鷹の背に幾日も揺られた後、嵐の中を潜り抜けて海を渡らなけれ行く事が出来ない。
陸地だけなら雨風の中を徒歩で突き進めば良いだろう。 だが、今回ばかりはそうはいかない。 何故なら、海を越えなければならないからだ。 そのまま鷹に乗り海上を通過したい所だが……。 恐らく、強風に煽られて前には進む事は出来ないだろう……。
アベルは何度も考えた。 島に辿り着く方法を……。しかし、いくら考えても思った答えが出ないまま、大鷹と渡り鳥の群れは北東の方角を目指していた。
バーニャ国を出発してから3日が過ぎた。
目的地に近づくにつれて頬に当たる風が冷たくなり、森の木々は微かに黄色や赤色に変わりつつあった。
前方に……灰色をした綿菓子の様な雲が……。 どうやら、あの雲の下に島があるようだ。 島という事は海が見えるはず。 しかし、地平線には浮かぶ雲だけ。 その地平線の先までは森が広がっている。 どう見ても海など見当たらないではないか? どうやら目的地まではまだ距離があるようだ。 しかし、これだけ雲がハッキリと確認出来るのは、あの雲の塊は想像以上に相当大きい事になる。
アベルはそう考えただけでモロゾフの脅威が押し迫っている衝動に駆られて落ち着く事が出来なかった。
「うわっっ……!! 」
その時、アベル達の下を何かが通過した。 それは…あの黒い円盤形の飛行船だ……!
アベルは思わず鷹の背から落ちそうになった。 他の仲間達も驚いている様子だ。 特に、初めて目にするマリアとラミダスはさぞ驚いている事だろう。
飛行船はアベル達を物凄い勢いで追い越した後、小さな黒い点になって落ちて行くのが見えた。 その方向には岩場が広がり、地平線には岬……? ようやく海が見えたのだ。
どうやら、飛行船は岩場の辺りに着陸したらしい。
周囲は暗い闇に包まれ、昼間なのか?夜なのか? 分からなくなる位だ。 その前方には巨大な積乱雲。 嵐の迫る空模様には稲光が光り、怪しく雲を浮き立たせた。
アベル達は岩場に近い場所までやって来た。
「この先までは無理ね。ここで降りるわよ 」
ニコールの叫び声につられて下降を始める大鷹の群れ。
そして、アベル達を岩場で降ろした後、大鷹と鳥の群れは闇に消えて行った。
「さっきは驚いたなぁ〜〜 」
興奮状態でアベルが言った。
「どうやら渡り鳥の群れと思って気が付いていない様だ 」
スチュアードはホッとして胸を撫ぜおろした。
「さっきの物体は何だ? 」
「ラミダス、あれは飛行船と言って、以前、森の中で見ただろう? ニコール乗り物を…… 」
「あぁ……。だが、あれはあんなに大きく無かった 」
「そうだよ。ニコールの乗り物は小型機で、さっきのは大型機なんだ 」
「そうなんだぁ〜〜 」
アベルの言葉に納得するマリア。
「静かに……!!」
先頭に立っていたラミダスが急に立ち止まった。 何かに警戒しているみたいだ。 視線の先には大型飛行船が……それも、何機も停車している。 じゃあ……敵が何処かに?
アベルは見渡した。しかし、何処にも兵士の姿は見当たらなかった。
「奴らの基地ね。 やっぱり思った通り、間違いないわ。 海の向こうある島がモロゾフの居場所よ 」
ニコールの言葉に頷き、息を殺して様子を窺っていると、手前に停車中のGT機の扉が開いた。
「あっ…… 」
思わず声を出してしまったアベル。 その口を、ラミダスが手で慌て塞いだ。
機体から出てきたのは捕らえられた人達だったのだ。 中には女性や子供、老人の姿まで。 その者達は数人の兵士に監視され、多くは怪我を負い、衣服は泥塗れで乱れた姿だ。 それに、両手、両足は鎖に繋がれ自由を失っている。
……傷だらけの顔。 きっと、奴らに乱暴されたのだろう。 それに、あんなに小さな子まで……。
アベルは、目の前に居る哀れな人々を何とかしての助け出したい。 そんな気持ちでいっぱいに。
「あの人達……島の地下にあるエネルギー施設に連れて行かれるのよ 」
ニコールが囁いた。
「あの時、ニコールに助けられなかったら私達もそこへ連れて行かれたのよね? 」
「そういう事 」
トニーの言葉に頷くニコール。
ラミダスが怒りの形相で兵士を睨んでいる。 その眼差しは、あの時、アベル達に向けた物と同じだ。
アベルは嫌な予感がした。
ラミダスが怒りに震え、指が弓矢に触れた。
「何するんだ! スチュアード!! 」
止めようとするスチュアードの腕を、ラミダスが払い避けた。
「落ち着くのだラミダス。 今、捕らえられたら何もかもおしまいだ 」
「そーよ、スチュアードの言う通りだわ。 とにかく今は我慢しましょ。 魔王さえ倒す事が出来れば、あの人達も、島に居る人達も助けられるわ 」
スチュアードとニコールの説得に応じるしか無いだろう……。 浮かない表情のまま、ラミダスは弓矢を収めた。
人々の列が移動を始めた。 アベル達は気が付かれない様に岩陰に隠れながら後を追い、そのまま様子を窺っていると……。兵士に連れられ人々が行き着いた場所は岬の先端だった。
岩に打ち寄せては砕ける波しぶきを避けるように立ち尽くす人々。 兵士達は懸命に崖の下を覗き込んでいる。 そこに、何かがあるのだろうか?
しばらくすると……。
海面にボコボコと空気の塊が浮かび始め、何かが海中から顔を出した。
…なっ何なんだ……あれは……?!
アベルは目を見開いた。 それは、鉄で出来た黒い塊のようだ。
「……潜水艦?! 」
声を潜めて呟くニコール。 その顔は、とても信じられない。と言った様子で……。
「せんすいかん?? それは、なんだい?? 」
「資料でしか見た事が無いけれど、まさか、実物にお目に掛かれるなんて…… 」
「名前などいい。あれは何だ?」
ラミダスがニコールに迫った。
「あれは、海中を移動出来る乗り物なの 」
「ふーん、なるほど。海の中なら嵐も関係が無いか…… 」
ラミダスが頷きながら言った時、潜水艦の扉が開き岬の淵に渡しが架けられた。
兵士が捕らえた者達にライフルを向けて脅している様だ。 仕方がなく、恐る恐る前へ進む人々。 恐怖心からだろう……。子供達は泣き出し、その声がアベル達の居る場所まで届いていた。 そして、潜水艦は全ての人を船内に収めた後、再び深い海中へ消えて行った。
「くそっ! 」
悔しそうな顔を浮かべて歯を喰いしばるラミダス。
皆は黙ったまま、潜水艦が沈んで行った海を眺めていた
恐ろしいほど黒く透き通る海。 岩場に打ち寄せられた波は泡になって砕け散り、また波が押し寄せては消えていく……。 この、決して止む事の無い地球という星の鼓動。
アベルは吸い込まれそうな気分になりながらも思った。 自分は、この途轍もなく大きな生命の中で生かされている、小さくて、ちっぽけな命……。 その証拠として、例え自分が死んだとしても、この波は何事も無かったかの様に打ち寄せるのだろう。と……。
「……あっ!! 」
マリアが声を上げた。
雲の隙間から黒い物体が……。 どうやら、新たなGT機が基地に向かって来ているようだ。
アベル達は岩陰に隠れたまま様子を窺った。
着陸したGT機の中からは沢山の人々が……。 そして、先ほどと同じ様に潜水艦と共に海へと消えて行った。
「もう、こうなったら私達もあの潜水艦に乗るしか無いわね 」
トニーが感情的に言葉を発した。 きっと、少しでも早く人々を救いたい。 そんな気持ちでいっぱいなんだろう。
「でもさぁ、どうやって乗り込むんだよ?! 」
トニーの顔を覗き込んだアベルをニコールが馬鹿にして笑った。
「アベル、本当にあなたは何も考えていないのね。 ちょっとは自分で考えたら?? 」
「いつもそうやって僕を馬鹿にする。 ……じゃあ聞くけど、ニコールは皆を納得させるだけの考えがあるのかい? 本当は、そんな物無いんだろう〜〜。だから僕に考える事を押し付けるんだ 」
「違うわよ!」
ニコールは頬を膨らませて「フン!」と鼻で声を出した。嫌味ったらしく物を言うアベルに腹を立てている様だ。
「じゃあ、考えを聞かせてもらおうじゃないか 」
からかう様に言うアベルは、興味津々な様子。
「えぇ、いいわよ 」
ニコールは自信満々で答えると、偉そうな態度で腰に手を当てた。
生意気なアベルを見返してやりたい。 そんな気持ちなのだろう。
「まず、この基地にどれだけの敵が潜んでいるのか調べる必要があるわね 」
「それで?? 」
「作戦は、敵の数次第よ。 ……もしも敵が私達よりも遥かに多いのなら、わざと捕まって乗り込むしかないわね 」
「でも、捕まったら……道具を全部取られてしまうだろ?? 」
「うん、そうんね。 出来るだけそうならない様に願いたいけれど…… 」
「では、敵が少ない場合は?」
スチュアードがニコールに問い掛けた。
「そうなったら、次に現れるGT機を乗っ取るのよ。 ラミダスが遠方から敵を射ち、その間にアベルとトニー、そしてスチュアードが船内の敵を始末するの。 それで……私とマリアは捕らえられたら人達を解放するのよ 」
「いい考えだ。 ……じゃあ俺は、敵の数を確認するとしよう 」
ラミダスはそう言うと、忍び足で停車中のGT機に近づいて行った。
辺りは静まり返っている……。 どうやら外には敵は居ないようだ。後は、問題のGT機の中に敵が潜んでいないか? だ。
ラミダスは一番手前のGT機に向かって小石を投げた。 ボディーに当たった小石は跳ね返り、カーン……
。鋭い金属音が響き渡った。
ラミダスは岩陰に隠れて様子を窺っていた。 が…… しかし、誰も機体の中から出て来る様子は無い。
ラミダスは他のGT機にも同じように小石を当て付けた。 やはり、どの機体も変化は無い。 と、言うとこは……。 この基地は無人だ。
ラミダスは皆の元へ戻った。
「 どうだった? 」
アベルに問われ、皆の視線がラミダスに向けられた。
「反応無しだ 」
「奥の飛行船もかい? 」
「あぁ、全て調べたが、物体の中にも外にも人は居なかった 」
その答えに手を叩いて喜ぶ仲間達。
「じゃあ、次の潜水艦を奪うって事ね? 」
「そう。 トニーの言う通り! 」
ニコールが笑顔で頷くと、他の仲間達も明るい表情になった。
再びGT機が現れた。
アベル達は武器を手に取り、着陸したGT機の側に近寄り身構えた。
捕らわれた人々が兵と共に現れると、ラミダスが矢を放った。
その場に崩れる兵士達。 人々は突然の出来事に驚くばかりだ。
敵を始末したアベル、トニー、スチュアードは、急いでGT機に乗り込んだ。
やがて、トニーが機体の入り口に現れて大きく手を振った。それは、全ての敵を始末して安全になった。という合図だ。
合図を確認したニコール、マリア、ラミダスの三人は、人々の集まる場所まで駆けて行った。。
『ありがたや…… 』
『命を助けて頂き、ありがとうございます 』
『あなた方は、命の恩人です 』
泣き縋り、声を出しながら礼をする人々。
スチュアードは人々の前に立つと、固い表情のまま話した。
「喜ぶのは後にしてください。 この後、敵を乗せた船が皆さんを迎えに来ます 」
不安な表情を浮かべる人々。
そんな中、ニコールが笑顔を見せた。 まるで、不安を拭い去るかの様に……。
「私達はモロゾフを倒す為にやって来ました。そこで……皆さんに協力して頂きたいのです 」
騒めく人々……。 きっと、ニコールの言葉に動揺しているのだろう。その表情からは困惑した雰囲気が浮かんでいる。
やがて、一人の女性が声を出した。
『 協力すれば、私達も助かるのね?』
「はい。 私達はその船を乗っ取り、魔王の住む島まで行くつもりです 」
『 嬢ちゃん、協力とは何だ? 我々に出来る事なら喜んで協力しようじゃないか! 』
男性の意見に笑顔を取り戻して頷く人々。
「協力してもらえるのですね? 」
『あぁ、勿論だとも! 』
同意の歓声があがった。 その声と表情に笑顔を見せるアベル達。
「では……皆さんは、船が来る場所まで移動してください 」
ニコールの言葉に従って人々の列が移動を始めた。 そして、岩場に辿り着こうとした時「おーい 」後方から声が聞こえた。
振り向くと、GT機の方向からアベルとトニーが走る姿が……。 その姿は何と、兵士の格好ではないか?
「敵が居ないと怪しまれるでしょ 」
得意げにウィンクをするトニー。その姿に「やるなぁ 」ラミダスが笑った。
岩場から下を覗いてみると、海面に小さな泡粒が浮かんでいる。 その様子を確認したニコールが、人々に向けて声を張り上げた。
「皆さん、船が現れます。 捕らわれた振りをしてください!! 」
アベルとトニーが列の先頭に立った。
大きく波を打って泡立つ海面。 そこから水しぶきが飛び散り、やがて海上に黒い潜水艦が現れた。
《バタン!》鉄の扉が開き、岩場に向けて足場が掛けられた。
中から現れたのは武装姿の兵士が二人。 そして、アベルとトニーに「ご苦労 」と敬礼した。 その瞬間、アベルとトニーが兵士達に襲い掛かった。
その隙を見て、ニコールとマリアは人々を安全な場所まで移動させた。
兵士を始末したアベル、トニー、スチュアード、ラミダスの四人は潜水艦に乗り込んだ。
数秒待っていると、潜水艦の入り口からアベルが現れて大きく手を振った。 無事に敵を始末したようだ。
ニコールはその姿を見届けた後、人々に言った。
「この後、また飛行船が現れます。どうか、見つからない様に気を付けてください 」
一言残し、ニコールはマリアと共に潜水艦まで走った。




