十六話 故郷
宝剣を手に入れたアベル達。 これで、地図に書かれた印を全てクリアした事になる。 後は、モロゾフとの決戦を残すのみだ。
「誰か、モロゾフの居場所を知らないか? 」
アベルが皆に問い掛けた。 しかし、誰からも返事は無い。
「ニコール、あの黒い飛行船が飛んで行く方向とか、何か手掛かりに成りそうな事を知らないかい? 」
「いいえ、知らないわ。 奴らは突然現れるの。 相棒で追いつこうとしてもGTの方が速度が速いのよ 」
ニコールが渋い表情を浮かべた。
「じゃあスチュアード、君は仙人様から何か聞いていないかい? 」
「いいや、何も父上からは聞いていない 」
「そうか。 ……じゃあラミダス。君は? 」
「う……ん。 俺も思い当たる事が無い。 何しろアイツらは突然現れる。 何処から来るのか……? 」
「そうか……。 マリアは知らないよね? 」
「マリア、分かんない 」
「そうか……。 じゃあ、この先どうしたら……? 」
ニコールがコンパクトを取り出して何やら検索を始めた。 その様子をじっと窺っている仲間達。
「やっぱりダメね 」
溜息混じりに呟くニコール。
「そんなぁ〜〜 」
頭を抱えるアベル。 すると、何を思ったのだろうか? スチュアードがコンパクトを覗き込んだ。
「ニコール、どうして場所が特定出来ないのだ? 」
「このナビには、ある程度の情報を入力しないと反応しないのよ。 例えば、その場所を特定する為の地形とか、方角とか…… 」
「そうか……。 なら、人の集まる場所へ行って情報収集したらどうなんだ? 」
「スチュアード! 良い事を言うじゃない!! それなら人口密度を調べればいいのね 」
再び検索を始めたニコール。 その様子をじっと見守る仲間達。
苦戦しているのだろうか? ニコールが時折険しい顔を浮かべ、独り言の様な言葉を口走っている。 そして……。
「ねぇー見て。 ここから少し遠いけど、街があるわ」
ニコールはコンパクトの画面上に指を乗せた。 そこには無数に点滅する赤い光があった。
「なんだい? この光の粒は?」
「この光の数が多いほど、人口が多いのよ 」
「へぇ〜〜。 そんな事まで分かるなんて、ナビはとても便利な道具なんだね 」
「ええ、そうよ」
ニコールは関心するアベルを横目で見ると、クスッと笑ってみせた。
「では、目的の場所は決まった。という事ですね 」
スチュアードの問いに、皆が顔を覗き込み合い頷いた。
マリアが空に向かって指笛を吹くと、大鷹の群れが……。 そかし、今回は様子が違っていた。 それは、何故か違う種族の群れと一緒だったからだ。
その鳥は小さくて、忙しく群がる様に大鷹の周りを飛んでいた。
「ん? なかなか美味そうな鳥だな 」
ラミダスが呟くと、マリアが物凄い見幕で睨んだ。
「食べちゃダメ!! もしも食べそうになったら……ラミダス、貴方を襲う様に大鷹に言うわ!! 」
「冗談だよ、マリア…… 」
困った顔で苦笑いを浮かべるラミダス。
「どうして他の鳥も一緒なんだろう……? 」
アベルは不思議そうに空を見上げた。
「あれは……渡り鳥の群れね 」
「ニコールは鳥に詳しいのかい? 」
「えぇ、博物館には生物図鑑があったから……。 あの鳥はキョクアジサシと言って、地球上で最も長い距離を飛行する鳥なのよ 」
「へぇ〜〜。 最も長いって、どの位? 」
ニコールに質問するアベル。他の仲間達も興味深々で答えを待っているようだ。
「確か……。キョクアジサシが一生を掛けて移動する距離は、月と地球上を3往復出来る距離だと書かれていたわ 」
「えっっ?! 本当に?? 」
ニコールの言葉に驚く仲間達。
「本当よ。 私が今まで嘘を付いた事があったかしら? きっと、遠い故郷に帰る途中なのね。……不思議よね。誰かに教えられた訳でもないのに、帰るべき場所を知っているなんて…… 」
ニコールが上空に戯れる鳥の群れを見ながら言った。
「へぇ〜〜。 渡り鳥って、スゲーな 」
澄んだ瞳で空を見つめるアベル。 そして思った。
君達は、こんなに小さな体で頑張っているんだね。 きっと、空の旅は辛く厳しい時も有るだろう? 雨や、嵐の日だって……。
アベルには、ひたむきに精一杯に生きる小さな鳥の姿が、とても大きくて、力強い存在に思えた。
…僕も、君達に負けない様に頑張るよ。
アベルは心の中で呟いた。
「鷹は、この鳥を襲ったりしないのか? 」
スチュアードの言葉に、マリアが答えた。
「鷹も、本当は生き物を殺したくはないの。 殺すのは生きて行くのに必要な分だけ。 それが動物達の掟なの。それに、マリアと一緒の時は襲ったりしないわ 」
ニコールが納得の表情を浮かべた。
「そうよね。 マリアの家には色々な動物が集まっていたわ。 襲われるなら、狼や鳥が一緒に居るわけ無いわよね。 利用しているのは渡り鳥で、大鷹と一緒に居る事で他の天敵から身を守っているんだわ 」
「へぇ〜。渡り鳥って頭も良いんだな 」
関心するアベル。 ニコールは微笑み顔を浮かべた。
「渡り鳥だけじゃ無いわよ。 生き物達はみんな、自分達の子孫を残す為に必要な生き残る術を知っているの。 それは、親から子へ受け継がれて行くのよ 」
「 へぇ〜〜 」
アベルが目を丸くした。
その後、大鷹の背に乗り込んだアベル達。
大鷹の群れは砂漠地帯を渡った後、やがて広い荒野へ出た。
白い砂に僅かに生える短い草。 これほどまでに荒れた地に、生き物は生息しているのだろうか……。
アベルはふと、そんな事を考えた。
しばらくすると、前方の遥か彼方に何かが見えてきた。
それは……奇妙な形をした一本の木。 この様な荒地に樹木とは、誰が想像するだろう?
やがて、皆は木の直ぐ傍までやってきた。
アベルは圧倒された。 何故ならそれは、思った以上に大きな巨木だったからだ。
この木は……何年この地で生きて来たのだろう?
ここまで成長するにはかなりの年月が必要だろう。 そんな事くらいはアベルにも分かった。
よく見ると、巨木の木肌は真っ黒に焦げ落ちて、生気を失っている様に思えた。
誰にも気付かれずにひっそりと佇む姿は、何処と無く、時代に取り残された様な淋しさが漂っていた。
「お願い、ここで降ろして! 」
ニコールが大声で叫んだ。
どうしたのだろう?こんな所で? 人も、町も無いじゃないか……。
アベルは不思議に思った。
大鷹の群れは大木の根元に近い場所に着陸すると、皆は背から降りた。 ニコールに近寄るアベル。
「どうしたんだい? まさか、ここが目的地なんかじゃ無いよね? 」
「いいえ、違うわ 」
「なら、どうしてここで降りたんだい?」
ニコールに集まる視線。
「この木、知ってる…… 」
ニコールは呟くと、大木に手の平を当てた。
「ニコール、もったいぶっていないで、この木がどうしたんだ? 」
ラミダスが素っ気ない態度で言った。 きっと、目的地でも無い場所に降りた事を快く思っていないのだろう。
「見た事があるの……。 随分と昔の写真だけど、そこには木の両側に商店が並んでいて、パパとママに手を引かれて歩く幼い私の姿が写っていた……。 パパが、写真を懐かしそうに眺めていたわ 」
アベルがニコールに話し掛けた。
「ニコールは確か、あの博物館から南の方向にある町からやって来たと言っていたね?」
「そうよ。方角から考えても、きっとここが私の故郷なんだわ 」
「でも、何も無いじゃないか? 」
アベルは周りを見回した。 やはり、砂と木の他には何も見当たらない。
何を思ったのか? 突然ニコールが足元の砂を掘り始めた。不可解な行動を見守る仲間達。
しばらくすると、砂の色が黒く変わった。そして、その下に何かが埋まっている事が分かった。 そのまま掘り進めて行くと、割れた食器や、家具の破片の一部が砂の中から顔を出した。
ニコールの手の動きが止まった。
砂穴をじっと見つめる表情からは、悲しみが滲み溢れていた。
その時、ニコールの瞳から一筋の雫がこぼれ落ちた。
「ニコール、大丈夫? 」
トニーは心配そうに声を掛けた。
「私の生まれた町、 無くなっちゃった…… 」
ニコールの溜息にも似た呟き。
アベルはニコールの涙を初めて見た。
飛行船が壊れた時でも泣く事が無かったニコール。 勝気で明るくて、僕に勇気をくれたニコール。 そんなニコールがまさか泣くなんて……。
アベルは何も出来ない自分に腹が立ち、その怒りをどこにぶつけて良いのか分からないまま、ぐっと奥歯を噛み締めた。 そして、それと同時に込み上げてきたのはモロゾフに対する怒りだ。
……ニコールの為にも、父さんの為にも、死んでいった人達の為にも、僕は必ずモロゾフを倒す!!
強く心に決意したアベル。
トニーがニコールの肩を優しく抱えた。
「ニコール、ほら、ここを見て! 」
トニーが指をさした。
黒く焼け焦げた巨木の根元……。 しかし、信じられない事に小さな芽が顔を出していたのだ。
「ここも焼き尽くされて砂の大地に変わってしまったのでしょう……。 でも、負けないように、必死に生きようと頑張っているわ 」
死の果てに生きる命の輝き……。
それは、とても小さいけれど逞しく、懸命に、確かに生きていた。
ニコールが、木の芽を軽く触って微笑んだ 。
「そうね。 こんなに小さいのに頑張っているなら、私も負けられないわ 」
そう言うと、ニコールは手に付いた砂を払って起き上がった。
「私達が世界を変える。そして、相棒と思う存分空を飛び回って、絶対に世界一周してやるわ! ……正直、ここの事はショックだけど、何だか元気が湧いてきた〜〜! さぁ、行きましょう!! 」
ニコールは声を張り上げた後、飛び乗る様に大鷹の背に乗った。
「もう少しで着くはずよ。 時間取らせちゃって悪かったわね 」
わざと元気そうに振る舞うニコール。 その心中をアベルも仲間達も察知していたが、誰もその事には触れず、何も無かったかの様に一行は目的地へと向かった。




