十四話 仲間
一行は、ラミダスの案内で順調に進んで行った。 そして、一番の難所であろう場所までやって来た。
「うわーーーーーーーーーー!! 」
アベルが前方に広がる景色を見て叫んだ。それは、気の遠くなる様な叫びだった。
他の仲間達は言葉を失った。
「嘘でしょ?! こんな所を進むなんて!! 」
やっとの思いで言葉を発したトニー。
「ねぇ、他に道は無いの?! 」
ニコールも固まった表情でラミダスの顔色を窺った。
仲間達が動揺するのも無理はない。
何しろ、この先は断崖絶壁。 上を見上げれば崖が目前に迫り、下を覗けば奈落の谷底だ。 しかも、道。と言える道など無いではないか。
「残念だが、ここを通らなければ先へ進めない 」
ラミダスはそう言うと、顔色一つ変えず、絶壁の斜面に僅かに突き出た’ 道 ’ と呼ぶにはらしからぬ場所へ足を置き、一方づつ歩き始めた。
その後へと続く仲間達。
アベルは下を覗いた。 谷は相当深い様だ。 目を凝らしても底は見えず、足元から僅かに崩れ落ちる小石を目で追うと、恐怖から思わず足が竦み上がった。
「わっ! 」
スチュアードの足元が崩れた。 慌てて後ろ振り向く仲間達。
スチュアードは崩れ落ちた足場を飛び越えると、ホッとして大きな溜息をついた。
そんな調子で仲間達は進んで行った。
普通の道とは違う事もあり、なかなか思った様には進めないのが事実だ。
絶壁を歩き出して数時間が経過した。
普段使わない筋肉を使っているからだろう。 アベルは身体中に突っ張った痛みと、疲労感を覚えた。
しかし、前方を覗いてみても絶壁は途切れる事なく続いていた。
「ちょっと休憩させて…… 」
ニコールが座り込んでしまった。
「大丈夫かい? 僕も、もう足がパンパンだ 」
苦い顔を浮かべ、アベルが自分の足を叩いた。
その時、黒い影が一帯を覆い隠した。
皆は驚き、空を見上げた。
「…… 何だ?? 」
何と、大鷹の群れが空一面に広がり、通過している最中だったのだ。
アベルはその光景に圧倒された。
大鷹、その姿は空の王者。と呼ぶに相応しく、見事なまでに勇猛さと優雅さを兼ね備えている。 それに、他の鳥の様に必死に翼を動かしたりしない。 まるで、風を味方にでもしているのか? と、思える様な爽快振りだ。
「すごーい!! 」
「想像はしていたけど、あんなに大きいなんて…… 」
マリアもニコールも驚くばかりだ。
「ラミダス、あれがさっき話していた大鷹かい? 」
「そうだ。 巣に帰る途中なのだろう……」
「へぇ〜〜 」
アベルはそのまま空を見つめ続けた。
「ラミダス、巣の在りかを知っているの? 」
マリアが訪ねた。
「知っているが、そんな事を聞いてどうするのだ? 」
不思議そうな顔をするラミダスだが、他の仲間達は、マリアが何をしようとしているのか直ぐに予想がついた。
「マリア! 鷹を味方にしたいのね? 」
トニーの問い掛けに頷くマリア。
「なっ、何を言っているんだ?! あの鷹は獰猛で恐ろしい生き物だ。 俺も以前、仲間が襲われ、助けようとして背中に傷を負った。 弓矢で射抜く事は簡単だが、生きたまま従わせるなんて、どうかしている!! 」
ラミダスは大鷹の恐ろしさを知っているが故に、賛成など出来る筈も無かった。
「大丈夫。 マリア失敗なんてしない!! 」
マリアがムキになってラミダスを睨んだ。
「マリア、無理しなくていいのよ。 あなただけに危険な事をさせられないわ 」
心配そうな顔をするトニー。
「大丈夫。マリアを信じて…… 」
すんなり賛成してくれない仲間に対して悲しくなったのか? マリアは涙を浮かべた。
「ラミダス、 信じてやってくれよ。 本当にマリアは凄いんだ」
「確かに、私もマリアの能力には関心ました。 きっと、やってくれるでしょう 」
アベルとスチュアードに押され、考え込むラミダス。
「……わかった。 だが、どうなっても俺は責任取らないからな 」
「やった!! 」
マリアが手を叩いて喜んだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
大鷹の鳴き声が騒がしい……。
それもその筈、仲間達は巣の有りかに近い所までやって来たのだ。
「後は、この崖を登るだけだ 」
ラミダスはそう言うと、上を見上げた。
高く剃り立つ絶壁。頂上に辿り着くのは難しそうだ。
「マリア、これでは無理だわ。止めましょう 」
「大丈夫! マリア登れる!! 」
マリアはトニーの背から飛び降りると、斜面に突き出した石を手と足で伝い、登り始めた。
トニーは手を合わせて、マリアの無事を懸命に祈った。
「危ない!! 」
アベルが叫んだ。
こぼれ落ちる小石。
マリアの片足が足場を外れた。
「大丈夫だってば!」
マリアは大声で叫ぶと、宙に浮いた片足を足場に置いた。
固唾を飲んで見守る仲間達。
やがて、マリアが頂上に着いた。
「やったぞ!!」
アベルが喜び声を上げ、トニーは胸を撫ぜ降ろした。
しかし……。
何故だろう? 急に辺りが静まり返った。
先程まで止むことの無かった鳴き声が、何故、急に途切れたのか? 仲間達の脳裏には不安が過ぎり、誰もが言葉を失ったまま頂上を見つめるだけだった。
どうか、どうか、マリアが無事でありますように……。
必死に祈る仲間達。
どの位待っただろうか?
たった数分の時間が、アベルにとって異様に長く思えた。 しかし、一向に辺りは静まり返ったまま何も変化は見られず、 刻々と時間だけが過ぎた。
「もしかして……。 あの子、食べられたんじゃないのか??」
ラミダスがポツリと呟いた。
「そっ、そんな筈は無いわ!! 縁起の悪い事を言わないでよ」
トニーは焦りながら言い返したが、きっと、その心中も定かでないのだろう……。
「もし、このままマリアが帰って来なかったら……。 アベル、あなたが様子を見に行くのよ!! 」
「え〜〜、何で僕なんだよ〜〜 」
「そんなの決まっているじゃない?! あなたは勇者なんだから、この位の事は出来て当然でしょ?!」
ニコールに言われて、頭を抱え込むアベル。
「そーだ、それがいい。アベルの腕前を見せてもらおうではないか 」
「ちょっと待ってくれよ! スチュアードまでそんな事を言うのかい? 」
「当然。 アベル、君は今まで修行して来たのだろ?」
スチュアードの言葉に深く頷くトニー。
「……わ、分かったよ……。 行けばいいんだろう?」
アベルはムッとすると、またも視線を頂上に向けた。
すると……。
頂上から一羽の大鷹が舞い上がった。 そして、そのまま急降下してきたではないか!!
「うわっ!!」
慌てて身構えるアベル達。
「みんな〜〜!!」
マリアの声だ!
大鷹の巣に乗り込んで無事なだけでも大した事なのに、マリアは鷹の背に乗り、優雅に空を舞っていたのだ。
それだけでは無い。他の大鷹も降りると、アベル達の居る場所の近くまでやって来た。
「みんな、この子達の背に乗るのよ 」
マリアの声を聞き、アベル達は崖を飛んだ。そして鷹の体を伝い、やっとの思いで背に乗り込んだ。
首元の毛は柔らかくてフワフワしていた。 アベルは、その毛をしっかりと掴んだ。
鷹は皆を乗せ終わると、一気に大空へと飛び出した。
その翼は力強く、向かい風が吹こうとも気に留めず断崖地帯を軽々と飛び越えた。
やがて……。
前方には地平線。
太陽が傾き始め、紅の空には光の矢が輝いた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
すっかり日も暮れた。
湖を見つけたアベル達は、そこで休む事にした。
湖畔で焚き火を起こし、暖を取り、それぞれに食事を始めた。
「これ、とても美味しいんだ 」
アベルはそう言うと、蓋の開いた缶詰をラミダスに渡した。
ラミダスは初めて見る食材を不信に思っているのか? 念入りに鼻を近づけて臭いを確かめている。
「俺は、こんな腐った物は食べない 」
「何よ!! 腐ってなんか無いわよ!!」
ニコールが激しい口調で反論した。
自分が持ってきた物を批判された事が、よっぽど気に入らなかったのだろう。
「俺は、新鮮な肉しか食べん 」
ラミダスはそう言うと、起き上がった。
「夜の狩りに行ってくる 」
一言告げたラミダスは、林に中へと入って行った。
どの位経っただろうか?
ラミダスが戻ってきた。 その手にキジを一羽携えて。
「……!!」
マリアがラミダスを睨んだ。そして物凄い勢いで駆け寄ると、力いっぱいにラミダスを叩いた。
「バカッ!! ラミダスなんて大っ嫌い!!」
マリアは、頬を膨らませてそっぽを向いた。
ラミダスはそんなマリアに構いもせず、慣れた手つきでキジの皮を剥ぎ取り、焚き火に当てて焼き始めたのだ。
そして、程よく焼き目が付いた串を抜き取り、マリアに近づけ、見せびらかす様に言った。
「新鮮な肉は美味いぞ〜〜。 マリアもどうだ?」
「イヤッ!!」
マリアが嫌がるのも当然だ。
話しに花が咲いた。
マリアを除く仲間達は、それぞれ身の上話しを始めた。 話題は尽きる事が無く、時が経つのも忘れさせた。
ニコールは博物館で得た知識を得意げに話し、皆は驚いてばかりだ。
アベルが死の谷の事を話すと、トニーとスチュアードも口出しをするかの様に会話に加わった。
特に注目を集めたのは、アベルの特訓話しだ。 心優しいトニーからは想像出来ないスパルタ振りに、ニコールもラミダスも驚くばかり。 トニーは恥ずかしくなったのか? それとも、自分に対するイメージが変わってしまう事が気に入らないのか? 必死にアベルの口を塞ごうとした。 だが、トニーの動きを心得て居るアベルは、サラリと身を交わして逃げた。
そんな二人のやり取りを笑って見つめる仲間。 会話に加わっていないマリアでさえ、思わず拗ねる事を忘れて聞く耳を立てていたほどだ。
生まれた場所も、環境も、全く違った者同士。 きっと、この旅が無ければ知り合う事も、こうして共に笑い合う事も無かったはず。
でも……。
今は皆が同じ道を、同じ目標に向かって進んでいる。
「……あぁ。 仲間っていいなぁ 」
アベルは独り言の様に呟いた。
それは紛れもなく、心から染み出た言葉だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
皆は仮眠を取ることにした。
アベルは火の番を引き受けると、揺れる炎をじっと眺め続けた。
パチパチと音を立て、うごめく真っ赤な炎……。
その瞳の奥に、薄っすらと記憶の影が蘇った。
燃え広がる小枝……。
その先に、沸き上がる白い煙は、 真っ直ぐ伸びて白い帯に……。
「あっ!!」
アベルはハッとして空を見上げた。
「うわぁ〜〜 」
漆黒の夜空には、無数の光が……。
それは余りにも眩く、溢れ落ちてきそうな星だ。
アベルは、透明な空にそっと手を伸ばしてみた。 指の隙間から顔を覗かせる星々。
……あぁ、何て凄い星の数なんだ……。
この夜空には、一体どれ位の星が浮かんでいるのだろう……。
もしかして……。 死んでしまった人達は、煙に乗って星まで行くのかな? そして、いつもこうして僕達の事を見守っているのだろうか?
じゃあ、父さんもこの星の中の何処かに?……。
アベルは一番星を見つけると、両手を合わせて願った。
『父さん……。 僕の声が聞こえる??
僕は、モロゾフを倒す為に旅に出たんだ。 ほら、ここに居る皆んなが仲間さ。 どうしても協力してもらわなきゃいけない マリアも、ラミダスも一緒なんだ。 もしも……父さんが星になって僕の事を見ているのなら、少しは僕の事を褒めてくれるかなぁ? 』
その時、一つの星がチカチカと瞬きをした。
「あっ……流れ星だ!! 」
夜空に光の尾を描くほうき星。
何故だか、アベルには祈りが届いた様なきがした。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。
次の日の朝、
皆が出発の準備を整えると、マリアが空に向かって指笛を吹いた。
一帯に響く美しく音色。
しばらくすると……。
大鷹の群が空の彼方に現れた。
大鷹はアベル達の間近に着地すると、背に乗るのを促す様に身体を低くした。
背に乗り込んだアベル。
やがて、仲間達を乗せた鷹の群れは一気に空高く舞い上がった。
皆は、宝剣の眠る場所を目指して。




