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アベルの青い涙  作者: 天野 七海
11/25

十一話 動物使いマリア

 小型移動式飛行車両は、順調に進路を進んでいた。 あれから広大な砂漠地帯を超えたのち、大海原を渡った所だ。


 やがて、前方には陸地が見えて来た。


「ようやく見えて来たわ 」


「 あれかい? 」


「そうよ。 地図には詳しく書かれていないから、とりあえず情報収集するしか無さそうね 」


 ニコールはそう言うと、ハンドルを倒して飛行船の高度を落とし始めた。


 機体が陸地へ差し掛かると、そこは緑豊かな大地。

生い茂った草原には、放牧された牛や羊。 といった家畜の群れが……。

 その彩りは、まるで緑の絨毯に模様を描いたような景色だ。


「この辺りのはずなんだけど…… 」


 民家が所々に見えてきた。

すると、近くにいた住民達は血相を変えて逃げ始めたではないか。

 どうやらモロゾフの手下と勘違いしたんだろう。


 「これじゃ、話にならないわね 」


  ニコールは再び機体を車両に変えると、着陸した途端、物凄いスピードで農道を突っ走った。


「キャぁぁぁー!! 」


耳を塞ぎたくなるトニーの悲鳴。


「もう!! 静かにして! 」


ニコールは雑木林を見つけると、鬱憤を晴すかの様に猛突進をした。


目の前に迫る雑木林。

トニーは両手で目を隠し、叫んだ。


「神様! 助けて〜!!」


 

 《ガタン! バキバキ…!》


車両は大きく上下に揺れ、木々の小枝に引っ掛かり停止した。


「 ここに相棒を隠せば怪しまれないでしょ? もう、これくらいで死にはしないわよ。 相棒は銃弾でも跳ね返すんだから 」


 イラついた口調でニコールが言った。


「もう!! こんなの心臓に悪いわよ。 ニコールと居たら寿命が縮まるわ 」


「 じゃあ、一人で行ったら?? …どうせ、私の助け無しじゃ行けないくせに… 」

 

「本当!ニコールって可愛くないわね! 」


「 別に可愛いなんて言われたく無いわよ、オカマの貴方に 」


「なっ…!! 乙女を侮辱したわね! 」


「何よ、本当の事を言っただけじゃない! 」


  「もう、絶対に許さない!! 」


 声を荒げたトニーは鬼の様な顔に。

 その様子に、アベルはオロオロと困惑した。


「こんな時に喧嘩してる場合じゃないだろう〜 」


 二人を止めようとしてみるが……。

 益々言い争いはエスカレートして行くばかり…。


「なぁ、アベル。 この二人は放っておいて、私達だけでも探しに… …」


「そうだね。 好きなだけヤらせておけば、その内収まるかもね… …」


 アベルとスチュアードは呆れた顔をすると、、ニコールとトニーをそのまま残して車両を出た。


 二人は手分けをして人を探す事にした。

 しかし、住民達は逃げ出した。 という事もあり、辺りは静まり返っていた。

 

あぁ、困ったな。 これじゃ、見つけられないじぁないか……。

アベルは焦った。


しばらくすると、スチュアードが戻って来た。


「アベル、そっちはどうだった? 」


「駄目だ。 全く人の気配が無かったよ 」


「こちらも同じく……」

 


視線の先にあった小屋から人影が……。


その人は、手押し車で家畜の飼料を運んでいるようだ。


「あの人に聞いてみよう 」


 アベルとスチュアードの二人は駆け寄った。


「すいませーん 」


 声に立ち止まる女性。


 やがて、トニーとニコールも二人に追い付いた。

慌てて走ってきたのだろう。 荒々しく肩で息をしている。




「 何かご用ですか? 」


女性は振り向くと、不思議そうな顔を浮かべた。


「僕達、人を探しているんです。 この辺りに動物を操る人が居ると聞いたのですが、知りませんか? 」

 

「……あぁ、あの子の事ね 」


「 知ってるんですか?! その人は今、何処に居るんですか?? 」


「知ってるには知っているけれど…… 」


 気の進まなそうな女性。


「お願いします。 どうしても会わなくてはいけないのです 」


 アベルが頭を下げた。


「そう言われてもね……。 教えてもいいけれど、きっと会えないと思うわ 」


「何故ですか? 何か訳でも有るのですか? 」


「う……ん…… 」


 トニーの問い掛けに、女性は一層困った顔をした。


「お願いです。 訳を教えて下さい 」


「 ……わかったわ 」


 アベルは、承諾してくれた事にホッとした。


「実はね、あの子は病弱な母親と二人で暮らしていたの……。 でも、半年ほど前に母の病状が悪化してね。 あの子は助けを求めて町中を彷徨ったの。 でも……。普段からあの子の事を気持ち悪がっていた町人達は、あの子の話をまともに聞かなかったのよ。 それで、諦めて家に帰ると母親は既に亡くなっていたそうよ。 それからあの子は町人達を恨み、 一人で家に閉じこもってしまった……。 私達も何とかして謝ろうとあの子の元へ何度も出向いたわ。でも……。狼や野良犬が家を取り囲んでいて、とても近づく事が出来なかった……。 それからと言うもの、町人達は家畜が襲われる度に『あの子の仕業だ』と、勝手に決め付けて居るみたい。だけど結局どうする事も出来ず、もう誰も近づかないわ 」


  「そうでしたか…… 」


 それ以上に返す言葉が見当たらず、皆は黙り込んでしまった。


  「……それでも会わなきゃいけないんだ! お願いします。どうか教えて下さい 」


 アベルの願いに押されたのだろう。 女性はある方向へ指を差した。


「 あそこに大木が見えるでしょ? そこを右に曲がると林が見えてくるわ。 家は、その中よ 」


「ありがとうございます 」


「どういたしまして 」


 アベル達は女性に礼を言うと、早速、教えられた通りに歩き出した。


 やがて林が見えてきた。

 その中を進み始めると、 木々の隙間から赤い屋根が……。


  あっ、あれだ。


 家の様子を目で確かめた。

ドアの隙間から女の子が顔を出し、こちらの様子を伺っているではないか…。


「君に話しがあって来たんだ! 」


 アベルが大声で叫んだ。


 驚いたのだろう。

 女の子は慌ててドアを締め切ってしまった。


  その時、

 《ガサッ… 》


  背後から物音が。

 皆が振り返った。 すると…。黒い物陰が幾つも浮かび上がり、光る無数の目がアベル達を取り囲んでいた。


  《ヴゥ〜… 》


 何とも言えぬ唸り声……。


「 出たわね! 」


 ニコールはポケットの中に有る銃を握り締めた。

 アベルも剣を構え、スチュアードも杖を前に差し出した。


黒い影が飛び掛ってきた。

 

「キャー! 」


 ニコールが倒れた。

 トニーは服の裾を野良犬に噛まれ、振り払おうと体を動かしている。 アベルは狼に向けて剣を突き刺した。


  《ドン!! 》


 突然、風が吹き荒れた。 それは、押し寄せる様な強風だ。

視線の先に……。 杖を地面に突き立てたスチュアードが見える。

やがて風が収まると…。 狼や野良犬達は恐れをなして逃げて行ったのだ。


こういった光景を、人は ’尻尾巻いて逃げる ’と、言うのだろうか?


  「助かった…… 」


 アベルが胸を撫ぜ下ろした。

 スチュアードは杖を持ったまま、ただ、漠然としていた。


「今のは、杖の力かい? 」


 スチュアードに駆け寄るアベル。


「分からない……。 ただ、何とかしたくて地面を叩いてみたんだ… 」


「凄いじゃない スチュアード!! 貴方の杖から風が出たのを私は見たわよ 」


 トニーが、興奮気味にスチュアードの手を握った。


「これが……杖の力?? 」


 まだ、信じられないだろう……。

 スチュアードはじっと立ったまま、杖を持っていた自分の手を見つめていた。


皆は家の前まで来た。

周囲は人気が無く、静まり返っている。


 アベルはドアを叩いたり、窓を覗いたりして呼び掛けてはみたが、思った通りに反応は見られ無かった。


「さぁ、これからどうする?」


 ニコールが皆の顔を伺った。


「そーね。 とりあえず…会えるまで足を運びましょう 」


 他に思い付く事も無かったので、 皆はトニーの意見に乗る事にした。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「あ〜〜、もう三日目よ 」


  ニコールがふてくされて言った。


 あれから、狼達はスチュアードの姿が見えると逃げて行くので襲われる心配は無くなったのだが、肝心な女の子には一向に会うことが出来ず、時間だけが過ぎて行ったのだ。


「ねー。思ったんだけど、何度も訪問するのは余計に警戒させるだけだったのかも… 」


「と、言うと…?」


  スチュアードがトニーに訪ねた。


「 こうなったら作戦変更しない? 」


「何かいい案があるのかい? 」


 アベルもトニーに訪ねた。


「 物陰に隠れて監視するのはどうかしら……? 」


「なるほど! それで、女の子が外に出る時を待つんだね 」


「そーゆー事」


 ニコールも頷き、皆がトニーの案に賛成した。



 。。。。。。。。。。。。。。。。。。


 監視を始めてから何時間経過しただろうか…。

 相手に気付かれない様に物陰に隠れる。 という行為は思った以上に疲れる。 という事をアベルは知った。 何をするにも、音を立てない様に注意を払わなければならないのだ。それに、何もしないでいる時間。というのは退屈で、異様に長い。


  あぁ……。 いつまでこうしてるんだぁ。


 アベルは溜息をこぼした。

 

 

 すると……。

  林の中から一匹の狼が現れた。

 その口元には何かが…。

 どうやら鳥を咥えているみたいだ。


  食べる為に捕まえてきたのか??


 狼は家の玄関まで行くと、口から鳥を離して声を上げた。


  《キューン 》


 それは獰猛な狼とは思えない、切なくか細い鳴き声だった……。

 ましてや肉食の獣。普通であれば、とっくに鳥など食べてしまっているはず…。

 しかし鳥は生きている様で、片方の翼だけをバタバタと激しく動かしている。

 

 狼は、じっと座ったままドアを見つめ続けた。


  《ギー…… 》


 ドアが開いた。

 外へ出た女の子は、狼の頭を優しく撫ぜて、にこやかに微笑んだ。

 そして……傷付いた鳥に手を伸ばした時。


  「お願いだ! 僕の話しを聞いて!! 」


  咄嗟に飛び出してしまったアベル。

  女の子はギョッと振り向くと、慌てて家に入りドアを締めてしまった。


  「あぁ……」


  「せっかく、いいところだったのに…… 」


 がっかりする仲間達。


 スチュアードは玄関まで行くと、座り込んで鳥を膝に乗せた。


「怪我をしたんだね 」


 そう言うと、霊泉をポケットから取り出して、傷付いた翼に数滴垂らしてみせた。


 すると、たちまち傷は回復していき、鳥はスチュアードの腕の中から羽ばたいて行った。


「えっ! どういう事? 信じられない… 」


 ニコールが驚いて口をポカンと開けている。

 その様子を笑いながら見ているアベル。


「この霊薬は、どんな病や傷でも治すのです 」


 スチュアードは微笑むと、ニコールに霊泉を渡した。


「 先祖達が作った薬に、そんな即効性のある物はあったかしら?? ……もしかして…それとも、これは天国の物なの? 」


「はい。 父上がそう申しておりました 」

 

「へ〜〜、そうなんだ…… 」


 ニコールは小瓶を高く掲げた。

太陽の光を通した小瓶は、七色に輝いた。


「きれい……。この世に存在しない物を、今、こうして手にしている。そう思うと、何だがドキドキするわ 」



  《ギー…… 》


 物音がした。

 皆が振り向くと、微かにドアが空いている。


  「…!? 」


 アベルは隙間から様子を伺った。

 女の子が玄関先に立ったまま、じっとこちらを見ている。

 その姿とは、とても可愛い女の子。と言えるものではなかった。

 何しろ衣服は汚れて髪はボサボサ……。まるで物乞いのようだ。

 それに、家の中は散らかり放題に物が散乱している。


 皆は、そっと中へ入った。


 女の子は警戒している様だ。

 少し後退りをすると、身構えている感じが見受けられた。


「大丈夫よ。 私達はあなたの味方よ 」


 ニコールが優しそうな声で話し掛けて女の子に近寄った。


「さっきは、ありがとう…… 」


 とても小さくて聞き取りにくい声ではあったが、確かに女の子はそう言った。

 きっと、鳥を助けた場面を見ていたのだろう。



「 僕達は、君に頼みがあって来たんだ 」


 アベルの顔を、ただじっと見つめる女の子。


「………… 」


 返事は無かった。

 アベルはそのまま話しを続ける事にした。


「君の力が必要なんだ。 君の力が有れば沢山の人を救う事が出来る。 どうか僕達に協力して欲しい 」


 そう言った途端、女の子の表情が豹変した。

 それは、まるで牙を剥いた狼の様だ。


「人間なんて大っ嫌い!早く出てって!! 」


 女の子は荒々しく言葉を吐き出すと、そこら中にある物を投げ放った。

 慌てて身を交わして除けるアベル達。

 

「そんなの勝手よ! 化け物扱いするくせに、都合のいい時だけ利用しないで!! 」

 

「……違う、僕達は違うんだ…… 」


「早く出てって!! 」


「 とにかく話しを聞いて欲しいんだ 」


「イヤッ! あなた達もあの人達と同じよ! マリアなんて居なくなればいい。そう思っているんでしょ!? そうよ、ママを殺したのはマリアよ! マリアなんて生まれて来なければ良かった! 」


 マリアは興奮状態で取り乱し、近くにあったハサミを手に取った。


  「ここを出て行かないのなら、死んでやる! 」


  マリアはハサミを握り締め、先の尖った部分を首元に押し付けた。

 その眼差しは真剣だ。


 アベルには、その姿が胸に突き刺さるくらいに痛かった。


  こんなに幼い子が本気で『死んでやる』なんて……。そこまで追い詰められる程、この小さな体には悲しみや憎しみが詰まっているんだ……。 もう、僕は胸が潰されてしまいそうだ……。とても見ていられない……。 こんなの、絶対に嫌だ!!


  《バチッ…!!》


  アベルの手がマリアの頬をかすめ、ハサミが床に落ちた。



  「ア…アベル…… 」


 トニーはとても信じられなかった。

 何よりも争い事を嫌うアベルが、まさか人を叩くなんて…。

 たまにふざけて言い争いをする事はあったが、ここまで感情的なアベルの姿を見るのは初めてだ…。


「ふざけるな!! 」


  アベルは大声で怒鳴ると、顔を真っ赤にした。 瞳は涙が溢れ今にも泣き出しそうに…。


「父さんだって僕が殺したような物だ。でも、一度も生まれて来なければ良かった。なんて思った事は無い。 それは、父さんが僕に命を託してくれたから。 だからこそ、僕は生きて、生きて、生き抜いて。 父さんの成し得なかった事をしてみせる。 それが僕に出来る事だと決めたから 」


「うっ…… 」


 マリアが瞳いっぱいに涙を浮かべた。


「君は、お母さんの笑顔を見た事があるかい?」


「………ある」


 肩を震わせたマリアが、小さく答えた。


「君のお母さんは幸せな人だよ 」


「そんな事、どうして分かるの?! 」


 涙混じりの虚ろな瞳が、アベルを捉えた。


「いや、僕には分かるんだ。 笑顔は一人では作れない。 君が居たからお母さんは笑ったんだ。 だから……死んでやる。なんて、君のお母さんか聞いたら悲しむに決まってる。

 お願いだ。 もう二度と、そんな事は言わないと約束してくれ。 君の命は、君だけの物じゃ無いんだ 」


 アベルの言葉を聞いたからだろう。 マリアは幼子の様に泣きじゃくった。

 沢山の涙が流れ落ちた。


 きっと、ずっと泣きたかったに違いない。

 でも、それが出来ず、自分の殻に閉じこもる事で自分を守っていたのだろう。 必死に、精一杯に……。


 

 トニーはしゃがみ込むと、マリアの瞳から溢れる涙を手で拭い、笑顔を作って見せた。


 マリアがトニーの胸の中へ飛び込んだ。

 その優しさに心を開いてくれたのだろう。


「 マリア、あなたは誰よりも優しい人よ。それは直ぐに分かったわ。 だって、傷付いた鳥を運ばせたのはマリアでしょ? それに、あなたの家を守っている狼達だって、あなたの事が大好きなのよね。 守るのに必死だったもの……。 私なんて、服を破られそうになったのよ 」


 トニーがズボンの裾を見せた。

 かろうじて破られてはいなかったが、確かに歯型の様な穴が幾つも空いている。

 微かにマリアが笑った。


「きっと、 本当のあなたの姿を知れば、誰も化け物扱いなんてしないわ。 もしもそんな人が居る。と言うのなら、私が懲らしめてやるわよ! 」


 トニーが微笑んだ。



「マリア……。あなたを見ていると、昔の私を思い出すわ……」


「マリアと似てる? 」


「そうよ。私もね、幼い頃に両親を亡くしているの 」


「 そうなの? 悲しく無かったの? 」


「そりゃー、死んでしまいたい位に悲しかったわよ。それに加えて私は泣き虫で、いつもイジメられていたわ……。 両親が亡くなってからは町の長老に育てられたのだけど、長老は、私の事を実の子供の様に可愛がってくれた。それだけじゃないわ、私の悲しみまで拭い去ってくれたのよ……。今の私が居るのは長老のお陰なの」


 トニーはそこまで話すと、マリアの顔を覗き込んだ。


「あのね、とっておきの話しがあるの。聞いてくれる? 」

 

「……うん 」


  マリアが頷いた。


 トニーは記憶の糸を手繰り寄せる様に、じっと遠くを見つめた。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 それは今から数十年前、トニーがまだ幼少の頃の記憶であった。


 小さな少年は路地にうずくまり、殻に篭った亀の様に、背中を丸めて泣いていた。



「トニー。 また泣いているのか? 今日は誰に何を言われた? 」


  声を掛けたのは、若かりし日の長老だ。

  幼い少年は、真っ赤に泣き腫らした瞳で見上げると、長老に抱きついた。


「 おじちゃま〜 」


「よし、よし、いい子だ 」


 土の染み込んだ黒い手が、少年の頭を優しく撫ぜた。


「あのね……。みんなが言うの。 トニーの喋り方は女みたいだって……。 どうしてダメなの? 何も悪い事していないのに…… 」


「そうか……。 お前はどう思うのだ? イジメられるのが嫌で自分を曲げるのか? 」


  トニーがブルブルと首を横に振った。

 

「そうか……。お前は自分の意思を貫くのだな。 ……では、足元を見てごらんなさい。 何が見える?」


「それは足でしょ? 」


「いや、違う。 もっと目を凝らして見てごらん 」


「分かんないよぉ〜。じゃあ草履? 」


「それも違う。 ほら、ここ、ここに沢山付いているだろう 」


  長老が指を差したのは、砂粒だった。


「おじちゃま、砂が何か? 」


「そうだ、砂粒だ。 だが馬鹿にしてはいけないよ。もしもこの世界から砂が無くなったらどうなる? お前も立っては居られないだろう。……たった一粒でも無くてはならない物だ。 お前が流した涙もそうだ。いつか天に昇り、雨になって作物を実らせ、やがて海になる。 この世界に存在する物は地球の一部だ。 そして、その全てに’ 役目’ が有る。 動物や生き物も同じ。人間も、死ねばいずれは大地の土となる。 だがな……人間は、他の何にも無い、特別な物を持っている。 それは何だと思う? 」


「おじちゃま、 今日は質問ばっかりだね 」


「ハッハッハッ…。 お前にはまだ難しかったかな?? ……では教えてやろう。それは心だ 」


「 えっ?違うでしょ? もしもそうなら、動物には心が無いの?? 」


「 トニーや、確かに動物にも心が有るかもしれん。 だが、それはあくまでも生き残る為の本能に等しい。 ほら、空を見上げてごらん 」


「鳥の群が飛んでるね 」


「そーだ。 あの鳥達は同時に飛び立ち旅をする。そして同時に子供を産んで育て、また同時に戻って来る。 そうやって命を繋いでいるんだ。 しかし人間は違う。心があるが故に、善人も居れば悪人も居る。考え方も、見た目も、好みも人それぞれ、十人が集まれば、十通りの生き方がある。 そうだろう?違うか?? 」

 

「そうだね。 おじちゃまは世界に一人しか居ないもんね… 」


「その通り。 トニー、お前もこの世界にたった一人しか居ないのだ。 では、どうして人間だけが違うのか不思議に思わないか? 」


「うん、知りたい。 教えて 」


「 いいだろう。……わしはこう思うのだ。 それは、人は役目の他に ’天命’という名の使命を背負っているからだ。と…… 」


「なあに? 天命って? 」


「そうだなぁ〜。 簡単に言えば 、与えられた使命を成し遂げる為に必要な’能力’ 。と言えばいいのかな? 人は、必ず何かの能力を神様から与えられているのだ。 例えば、頭のいい人が居れば、手先が器用な人も居るだろう。 神様は、それぞれに与えた能力を使う事で、皆が幸せになれるように考えたんだ 」


「へ〜〜 」


「中には、’天命’の事を’運命’。と呼ぶ者も居るだろう。 だが、わしは運命という言葉は好かぬ。何故なら、運命はその者の一生。つまり、生き様を意味する言葉だからだ。

 もしも、生き方が生まれた時から決まっているのなら、そんな理不尽な事はないだろう?」


「わかんないよぉ〜〜。おじちゃまの話しは難し過ぎる〜 」


「そうか? 難しいか?? では、お前にも分かる様に話そう。 ’天命’ 。いわゆるその者に与えられた能力を活かす事で、人は何倍。いや、何十倍も人生を幸せに送れるのだと、わしは思うのだよ 」


「うん、分かった! その天命と言うのは道具みたいな物なんだね! 」


「そーだ。お前は賢いなぁ〜〜。 道具は道具でも、使えなければクズと同じ。能力を上手く使えてこそ意味が有るのだ。 ……こんな話しをしたら、もしかすると誰かは『能力など自分には無い』と、答えるかもしれん...…。だかそれは、自分の中で眠る力に気が付いていないだけの事だ。 皆が天命に気が付けば、この世界も随分と変わるだろう 」


  「そうなんだ〜 」


  「そうだとも。 この世界に誰一人として必要で無い者など存在しないのだよ」


  「ふ〜ん。じゃあ、女の子みたいな話し方をするのも能力なの? 」


  「そうだ。きっとお前は人より優しい心を与えられたのだろう。その能力の種を大きく育てるのも枯らすのも自分次第。 何よりも心の在り方が大切なのだ。 だからトニー、悩む事は無い。お前が人と違うのは当たり前の事だ。 自分の心に嘘を付かずに正直に生きなさい。 そして、困難な事からも逃げず、立ち向かいなさい。例え敗れたとしても必ず得られる物が有る筈だ。だから逃げるな。 そうすれば、お前に与えられた天命が何の為に必要なのか分かる日が来るから 」


  「うん、 これからはバカにされても泣かないよ 」


  「 本当かな? 」


  「うん、嘘つかない 」



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 トニーの優しい眼差しの先には、無垢な瞳の少女、マリアが映っていた。


「その後は、どうなったの?」


 マリアが話しの続きをせがんでみせた。


「……私はね、とにかく目の前の事を必死に頑張る事に決めたの。武術の修行だってそうよ。そして気がつくと、いつの間にか私の事を馬鹿にする人は一人も居なくなったの。 今ではこう思うのよ。両親を失って悲しんだ事も、 武術を学ぶ機会が与えられた事も、イジメられて苦しんだ事も、 その全てに意味が有ったとね。 その答えはちゃんと出ている。こうして皆と旅をしてマリアに出会ったでしょ? 」


 トニーはそこまで話すと、マリアの両手を包み込む様に握った。


「起こる事全てに意味があって、無駄な事など何一つないの。 全ては、乗り越えて来たから分かる事なのよ。 ……ねぇマリア。 だからあなたにも前を向いて歩いて欲しいの。きっと、お母さんもそう望んでいるはずよ。 動物の気持ちが分かるなんて素敵な事だわ。 その力を、どうか私達に預けてくれないかしら? 」

 

「うん…… 」


 マリアがゆっくりと頷いた。


「よかった!! 」


 手を叩いて喜ぶ仲間達。

 アベルは、首飾りを外してマリアの前に差し出した。


 やっぱり思った通りだ。

 マリアの額から眩いばかりの黄色い光が溢れ出した。

 突然の出来事に驚くばかりのマリア。


 アベルは、そんなマリアに話した。 探していた仲間の一人である事、そして与えられた使命を…。


 マリアは、ただ驚いてばかりだった。


 

「私はニコール。 よろしくね 」


 ニコールは微笑み手を差し伸べた。

 差し出された手に、小さな手を重ねたマリア。


「私はマリア… 」


 マリアが小さな声で名乗ると、 他の仲間達も進んで自己紹介を始めた。


「さぁ、こうなったら、先ずはこの格好を何とかしないとね 」


 ニコールは、みすぼらしい姿のマリアをまじまじと見つめた。


「ねーマリア。他に服は無いの? 」


「うん、ちょっと待ってて 」


  マリアはタンスに向かった。 そして中から一着の服を取り出した。


  「これならいい? 」


  服を受け取り広げるニコール。

 それは水色のワンピース。 首元には色鮮やかな花の刺繍が施されていた。


  「とても素敵じゃない! 」


  ニコールに褒められ、マリアは恥ずかしそうにモジモジしてみせた。


「その刺繍、ママが縫ってくれたんだ 」


「そうだったの。 早く見てみたいわ。早速着替えましょう 」


 ニコールはそう言うと、鋭い眼差しをアベル達に向けた。


「ちょっと! 今からレディーが着替えるのよ! 向こう向いてなさいよ!! 」


「…は、はいっ!」


 慌てて後ろを向く仲間達。


 

  「もういいわよ〜 」


 その声に、仲間達は振り向いた。


「…マリア! 本当に似合っているわ 」


「うん、見違えたよ 」


  トニーとアベルも声を上げた。


「後は、この髪の毛ね…。 手強そうだわ 」


 難しそうな顔をしたニコールは、ポケットからクシを取り出した。

  絡まってごわつく髪を、丁寧に解して行くニコール。

 その後、二つに分けると三つ編みをした。


「さぁ、出来たわよ 」


 マリアは鏡に自分の姿を映した。


「わぁ〜 」


 マリアはその姿に見惚れ、じっと鏡の中の自分をみつめていた。

 

「準備も出来たみたいだし、先へ進もう 」


「ちょっと待って! 」


 マリアは小走りで庭に出た。 そこに待っていたのは狼や野良犬達。その他に猫や鳥までもが……。

  狼達は襲って来た時とはまるで違い、何処と無く寂しげな眼差しで甘えた声を出していた。


「ごめんね。 マリアはしばらく出掛ける事になったの。 でも、ちゃんと帰ってくるから、それまで元気にしていてね 」


  《キューン…》


  切なくて悲しい鳴き声が響いた。


 主人が居なくなる事が、よっぽど悲しいのだろう…。

 マリアはしゃがみ込みんだ。

 側に寄り添い、代わる代わるに頬を舐める狼達。

 マリアは涙を浮かべた。


「ごめんね… 」


 名残惜しさを残す様に動物達に別れを告げた後、マリアは起きあげると、元気な声で言った。


「もう大丈夫よ 」


「じゃあ、行こうか 」


「うん 」


 アベル達は狼達に見送られながら、マリアの家を出た。


 次に目指す『矢』の印に向かって。

 

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