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アベルの青い涙  作者: 天野 七海
10/25

十話 少女ニコール

 アベル、トニー、スチュアードは旅立った。


  まず、三人が目指したのは、地図が示す『鳥』の印の場所。


  そこに、動物を操る者がいる。と言う事の他には何も情報は無い。

 しかも、この地図上で場所を特定するには、余りにも大雑把で不親切過ぎる。

  大体、アベルには死の谷以外の世界を知らないが故、地図に記された陸地の広さや、未だ見たことの無い海を、どう思い描けば良いのやら……。 それは、トニーとスチュアードにも言える事だった。

 その為、目的地に辿り着くまでには何日?いや、何週間掛かるのか? どの道をどう進めば良いのか??

  不安な気持ちばかりが渦巻く中、三人は方角だけを頼りに突き進むしかなかった。


  砂漠を歩き始めて三日が過ぎた……。


 いくら進んでも、目の前に広がる景色は青い空に白い雲。そして、いつまでも続く砂山だけ。 だが、それよりも憎たらしいのは……。

  噴き出す汗さえも、瞬時に乾かしては身体中の水分を奪っていく……。灼熱の太陽だ。


「 あぁ〜、もうダメだぁ〜 」


 アベルが倒れて砂に埋もれた。


「 アベル、しっかりして!! 」


 トニーは慌ててアベルを引きずり起こすと、リュックサックから水筒を取り出し、アベルの口元を潤した。

 

「何か、こっちに近づいて来ます! 」


 スチュアードが叫んだ。

 その視線の先には、得体の知れない謎の物体が……。

 それは黒い塊の様で、ユラユラと宙に浮かんでいた。


「まぁ! 何でしょう?? 」


 トニーも思わず声をあげた。


 三人はそのまま空を眺め続けた。

 初めは小さく見えていたその物体は、いつしか巨大な大きさに……。

  やがて...…三人の頭上まで来ると、周囲は黒い影で覆われた。


  《キーンー…》


 違和感のある、聞きなれない機械音が耳の奥を叩いた。


 すると、風を巻き上げながら巨体は下降を始めたではないか。

 三人は、呆然としながらも視線は上に向けたまま、恐る恐る後退りをした。


 やがて...…黒い巨体は地上に着陸した。

 その姿は、巨大な亀の様にも見えた。


「でかいなぁ〜 」


 アベルは、初めて見る摩訶不思議な物体を物珍しそうに、まるで舐め回すように物色し始めた。

 好奇心から巨体の側面に手が触れた時、 突然物体の一部が開いた。


「……!! 」


 すると……。 中からゾロゾロと人が出てきた。その数は十名程度。

  身なりからして、兵士のようだ。

 そして、肩にはライフルが……。


「ひっ捕らえろ! 」


「……!! 」


 あっと言う間の出来事だった。

 号令と共にアベル達は捉えられてしまったのだ。 それも抵抗する間も無く、意図も簡単に……。


 力持ちのトニーなら、きっとこの場を凌いでくれるだろう……。


  そう思ってみたものの……。


 旅の疲れから力が出ないのだろう…。

  トニーもスチュアードと同じく、抵抗する気力も無いようだ。


 あぁ、何て事なんだ……。 まだ、何も終わらせていないじゃ無いか!


 悔しくなって、アベルは唇を噛み締めた。


 あの時、母さんがバンダナを巻いてくれた事、そして、外は危険だと忠告してくれた事を、僕は軽々しく捉え過ぎていたんだ……。 もっと真剣に聞いておくべきだった……。

 それにしても、これから何処へ連れて行かれるのだろう……。


 熱気で頭が朦朧とする中、アベルの中で不安の波が押し寄せた。


「 おい! さっさと歩け!! 」


 兵士がアベルの足を蹴り飛ばした。

 その勢いに倒れてしまいそうになるのを堪え、引きずられる様に、三人は黒い物体に収容されかけていた。


 その時……!!

 空の彼方で何かが光った。 別の何かが、こちらに向かって来るみたいだ。


  現れたのは、銀色をした物体だった。

 それは黒い物に比べて遥かに小さく、空を舞う鳥の様に素早く動き回っていた。


  異変に気が付いた兵達は、突然アベル達をそっちのけにして飛行体に向けて発泡を始めたではないか。


 機械音に似た銃声が響き続けた。

 銀の物体は銃弾を跳ね返しながら浮遊すると、至る所で火花が飛び散った。


 その隙を見て、慌てて身を隠す三人。


  銀色の物体は逃げもせず、攻撃をまともに受けながらも黒い巨体とアベル達を挟む様にして着陸した。


 《ガタッッ……!》


 目の前で扉が開いた。


「早く、乗って!! 」


 扉の向こうに居たのは、ポニーテールの長い金髪に、サングラス姿の少女だった。

 大声で叫んだ少女は、操縦席から身を乗り出して腕を伸ばした。

 必死にその手を掴むアベル。

 トニーとスチュアードも次々に乗り込んだ。


「さぁ、掴まって! 」


 機体は三人を収めると、一気に急浮上した。

 その圧力に体が引っ張られる感じを覚えたアベルは、慌てて手摺に掴まった。


「キャー!! 」


 トニーの悲鳴が響いた。


「もう!静かにして! 」


 少女が叫んだ。



 その後、機体は直ぐさま雲を潜り抜け、太陽の降り注ぐ大空へと飛び出した。

 

 アベルは窓の外を覗いた。

 目の前は……。雲海の広がる絶景だ。

 手の届きそうな距離に見えたのは、次から次へと流れる綿帽子のような雲。

 その下には、先ほどまで必死に歩いていた砂漠が……。

 

 

「うわぁ〜、すげ〜! 」


 初めて見る景色に、思わず声を上げるアベル。

 トニーは後方を振り返った。

 どうやら追っ手は無いようだ。


「ふぅ〜 」


 思わず胸を撫ぜ下ろすトニー。


「ねー、もしかしてあなた達、飛行船を見るの初めてなの? 」


 操縦席から少女が訪ねた。

 

「この空を飛ぶ乗り物は ’ひこうせん’ と、呼ぶんだね? いや〜、ビックリしたよ。 だって、大きな塊が空を飛ぶんだから…… 」


 興奮気味に目を輝かせたアベル。


 《フッッ……》


 少女はその様子に吹き出した。


「そうよ。 でも、私の相棒の正式名称はCHー78機。 そして、さっきの大きいのはGTー260機。 どちらも移動式飛行車両よ 」


 聞き慣れない言葉に、三人は不思議そうな顔を浮かべるだけだった。


 


「 先ほどは命を助けていただき、ありがとうございました 」


「あっ、ありがとうございます… 」


 スチュアードにつられ、トニーとアベルも慌てて少女に礼を言った。


「 いいのよ、私はニコール。よろしくね 」


「これは大変失礼致しました。 私はスチュアード、そしてこいつはアベル、この大きいのはトニーです 」


「丁寧なのか?雑なのか?よく分からない自己紹介ね。 いいわ。 気に入ったわ 」


 ニコールが笑った。


「ところで……。さっきの人達は何者なんだい?? 」


 アベルの一言に、ニコールの顔から笑顔が消えた。


「あいつらは闇の帝国軍、モロゾフの手下達よ。 ああやって巡回しては、あなた達みたいな人を連れて行くの 」


「連れて行かれたら、どうなるの? 」


「 宮殿の地下に有るエネルギー施設で労働させられるらしいわ。 ……良かったわね。 本当、感謝してよ 」


「うん……。ありがとう…… 」


「でも……本当に驚いたわ。あなた達みたいに何も知らない人、初めてだもの……。ましてや自分からGTに近づいて行くなんて、自殺行為だわ 」


「どうして分かるの? 私達が黒いのに近づいた時、まだあなたは遠くに居た筈でしょ? 」


「本当にあなた達、何も知らないのね。 コレよ、コレ 」


 ニコールはそう言うと、質問を投げ掛けてきたトニーに、長い筒の様な物を渡した。

 

  「何? コレ?? 」


「いいから覗いてみて 」


 トニーは言われるままに筒を覗き込んだ。


「キャー! 何コレ凄い〜!! 」

 

「何? 何が見えるの? ねー、僕にも見せて」


「嫌よ! アベルは外でも見てなさい 」


「トニーずるいよ! 」


 アベルが何とかして筒を覗こうと、無理やりトニーの顔に自分の顔を近づけた。


「 それは望遠鏡と言って、遠くにある物が見える道具なのよ。 ……ちょっと! アンティークなんだから大切に扱ってよね! 」


 ニコールの大声に驚いた二人。

 

「 ごめんなさい! 何だか分からないけど、とても大切な物なのね 」


 トニーが即座に謝ると、それを良いことにアベルは望遠鏡を横取りして目に押し当てた。

 スチュアードは全く興味が無い様だ。二人のやり取りを、ただ呆れた眼差しで窺っているだけだった。


「そう言えば、あなた達は何処かへ向かう最中だったのでしょ? 」


「そうなんだ 」


 ニコールの言葉に、アベルは思い出したかの様に地図を取り出した。


「僕たちが行きたいのはココさ 」


 そう言うと、アベルは 『鳥 』の印を指で差した。

 ニコールは横目で地図を確認した。


「そこなら……半日くらいで行けるわね 」


「えっ! もしかして連れて行ってくれるの?? 」


 トニーとアベルが目を輝かせた。


「ちょっと!! まさか…今直ぐに連れて行け。なんて言わないでしょうね?? 」


「 お願い!! 」


「私からも、お願いします 」


「どうか頼むよ、この通りだから 」


 三人は必死に頼み込んだ。


 アベルは、神のようにニコールを拝み続け、トニーも負けじと何度も頭を下げた。 そして、いつも冷静なスチュアードまでもが、何とか願いを聞いてもらおうと躍起になっている。 それもその筈。またあの砂漠を歩くなど、三人にとっては’地獄’へ戻るのと同じ事だから。


「もう、分かったわよ! 行けばいいんでしょ! でも一度帰らせてもらうわよ。 出発は明日。いいわね?! 」


「ありがとう〜 」


「感謝します」


「やったぁ! 本当に助かるよ 」


 三人は大喜びをした。

 まだまだ旅はこれから……。だと言うのに、あの砂漠を歩かなくていい。と思うと、アベルはそれだけで救われた様な気になった。

 


 。。。。。。。。。。。。。。。。


  ……しばらくすると、前方に妙な物が見えてきた。

 それは、砂漠に横たわる巨大なハリネズミのように見えた。

 それも一つでは無く、 至る所に存在していたのだ。

  西陽が差し込む針山は、長い影を作り出した。

  オレンジ色と黒色のコントラスト。

 何とも言えぬ、異様な光景だ……。


  やがて、飛行体は針山の上空に差し掛かると 、視界は黒とグレーに染められた。

 眼下に広がったのは、廃墟となったビルの残骸だったのだ。


「ここは ’ ホワイトタウン ’ と言って、人類史上最も栄えた大都市だったの。今では面影無いけれど……。 私の相棒やGTもここで作られたのよ。でも……。モロゾフとの戦いで犠牲になったみたい……。 あと少しで私の家よ 」


 ニコールはそう言うと、ハンドルを左に傾けた。


  無残に焼け落ちたコンクリート。


  あぁ……。 あんなに分厚い壁が崩れるんだ、ここに居た人達は、きっと一溜まりも無く死んでいったのだろう……。 モロゾフとは、なんて恐ろしい奴なんだ。


 アベルは思わず息を飲み込んだ。


 その爪痕は生々しく、時の経った今でも当時の凄まじさを物語っていた。

 


 飛行体は、ビルとビルの隙間を縫う様に飛行すると、やがて大きな建物の前まで着陸した。


「さぁ、着いたわよ」


 ニコールは、サングラスを外して束ねた髪を振り解いた。

  金の髪がサラサラと舞った。

  その顔立ちは、美少女。と、呼ぶにふさわしい風貌だ。


  機体から飛び降りたニコールは、長い髪を靡かせながら建物の中へ入っていった。


  後を追う三人。


 入り口に入ると地下に続く階段が……。

 その薄暗い先に見えたのは、半開きのドアだ。 隙間から、薄っすらと明かりがこぼれている。


 アベルはそっと顔を覗かせた。

  ……!!

  部屋の中には、本棚がギッシリと並べられているではないか…。

  それは壁という壁、柱、そして通路にも…。

 通り道は人が一人通るのが精一杯。と、言った感じだ。


「やたらと窮屈ね 」


 トニーは機嫌悪そうに顰め面をすると、大きな体を縮ませながら進んだ。

 迷路の様な本棚をくぐり抜けると、机が見えた。


 どうやら人が座って作業をしているみたいた。

 あっ、ニコールだ。



「パパ、ただいま〜 」


 ニコールが男性に抱きついた。


「 お帰り 」


  笑顔で微笑んだ男性は、何とも言えない優しい顔でニコールを見つめていた。

  その身なりは、色白で痩せていた。

  そして、 男性はアベル達の姿に気が付くと、分厚い眼鏡を下にずらして不思議そうな顔をした。


「 パパ、 この人達、砂漠で襲われそうになってたから連れて来たの 」


「……そうでしたか……。 それは災難でしたね。 満足なおもてなしは出来ませんが、宜しければゆっくり休んで行ってください 」


 男性の穏やかで優しそうな口調に、安堵の表情を浮かべる三人。


「ありがとうございます! お嬢さんに命を助けて頂いた上に、図々しくお邪魔させていただくなど…… 」


「いいのですよ。 困った時はお互い様。と、昔から言うではありませんか…。 それにしても…。 あなた方は、あの砂漠を超えて何処へ行かれようとしていたのですか? 」


「……それには事情がありまして…… 」


 スチュアードが言葉を詰まらせた。


「もし…宜しければ、聞かせてもらえませんか? 何しろ、娘と二人きりの生活では外の世界と無縁でしてね 」


 スチュアードはアベルとトニーの顔を伺った。 二人とも …世話になるのだから話しては? と、目で訴えていた。


 ニコールの父に案内された三人は、それぞれテーブルに着いた。

 スチュアードはニコールと父親を目の前にすると、やや緊張気味に話し始めた。


 その内容は、自分達が死の谷から来た事、そしてアベルの背負った運命に、旅の目的など……。

 スチュアードの説明は、事細かく丁寧なものだった。

 ニコールと父親は黙ったまま、瞬きする事も忘れてしまうほど話に聞き入っている様子だ。

 話が終わった途端。


 《バタン!!》


 突然テーブルに手を付いたニコール。


「私、決めた! この人達について行く! 」


「おい! 何を言っているんだ? 」


 娘の我がままに、困った表情をする父親。


「ねぇ〜いいでしょ。パパ〜 」


 まるで欲しい物をねだる子供の様に、ニコールは父に甘えてみせた。


「我がまま言って困らせるんじゃ無い。皆さんにも迷惑が掛かるじゃないか 」


 父親に叱られて拗ねた顔を見せたが、ニコールは負けじとアベルに迫った。


  「ねぇ、私が居ると助かるでしょ! 目的地まで直ぐに行けるし…。 ねぇ、ねぇ、そうでしょ!! 」


 まるで「うん」としか言わせない程の強引さに、アベルは渋々頷くしかなかった。


「ねぇパパ。 この人達も賛成してくれているわ。 だからイイでしょ〜。 お願い〜 」


「……うーん。ニコールは、一度言い出したら聞かないからなぁ。 ……じゃあ、皆さんに迷惑を掛けないと約束できるか? 」


「 うん! 約束するわ 」


 父親は、真剣な眼差しをアベル達に向けた。


「娘の事、お願い出来ますか? 」


「勿論ですわ。 こう見えても私、武術の心得が有りますの。まぁ今回は、旅の疲れと空腹で、モロゾフの手下に捕まりそうになりましたが、いつもの私なら、あんな奴ら一捻りですわ。私が責任を持ってお守りしますから、 どうかご安心ください 」


「うん、そうなんだ。 トニーは本当に強いんだ。トニーを怒らせると、大木も一撃で倒れてしまう程さ。 僕もニコールの同行に賛成だけど、 スチュアード、君はどうだい?? 」


「私も賛成です。 私達は土地勘がない故、方角だけを頼りに、途方もなく歩いていました。娘さんの協力が有れば、そんなに心強い事はありません」


 アベル達の言葉を聞き、父親も安心したようだ。


「そうですか、分かりました。 ただ…見ての通り、ニコールは父一人、子一人で育って来ました。 ですので少々我がままで、気の強い所が有りますが…… 」


「それなら大丈夫。 トニーの方が、よっぽどおっかないから 」


 笑い飛ばすアベルに、トニーが鋭い視線を送った。

 そんな様子に緊張の糸が解れたのだろう。父の顔から険しさが消えた。


 

 その後、父は机の引き出しからケースを取り出した。


「これを肌身離さず身につけなさい 」


 中にあったのは、銀色の小型銃。

  ニコールは、銃を取り出して手の中に収めると、服のポケットにしまった。


「うん、ありがとうパパ。 私、一度でいいから冒険してみたかったんだ 」


「そうか……。 ’可愛い子には旅をさせよ’ と言うことわざが有るが、ニコールとっては、今がその時なのかもしれないな。 …皆さんに会えたのも、きっと何かの縁なのだろう… 」


 

  《グゥゥ〜…… 》


 アベルの腹から音がした。

 恥ずかしくなって、腹を押さえるアベル。

 その仕草に、思わず皆の顔がほころんだ。


「ニコール、皆さんに食事の用意を 」


「はい 」


 返事をしたニコールは、戸棚から何かを取り出した。

 それは、金属製の塊のようだ。 腕から離れた塊は、テーブルの上をゴロゴロと音を出して転がった。


「……?! 」

 

 アベルは塊を手に取ると、見慣れない食料に不思議な顔をした。

 トニーは構いもせず、大きな口を開けた。


「固っっ!! 」


 慌てて口から吐き出すトニーに、ニコールと父は大笑い。


「 これは缶詰。と言って、蓋を開けなきゃ食べられないのよ 」


  よっぽどおかしかったのか? ニコールは涙を浮かべて笑い転げている。 その仕草にムッとするトニー。


「ねー、いいから早く食べようよ 」


 アベルが不機嫌な顔をした。


「これはすまない。 こうやって開けるんだ 」


 父親が蓋を開けて見せた。

 同じように真似をするアベル。

 

「うわぁ〜 」


 何とも言えぬ、香ばしい匂い。

 それは口いっぱいに広がった。 中に入っていたのは、魚の煮付けだ。


 アベルの目が輝いた。


 次の瞬間、三人は夢中で缶詰に食らいついた。 その食欲は尽きる事が無く、黙ったまま、三人はがむしゃらにかぶり付いた。

 テーブルには空になった缶の山が。


「ふぅ〜 」


 苦しくなって一息付くアベル。

 流石のトニーも腹いっぱい。 と見られ、苦しそうに椅子の背にもたれた。。


「はい、お水 」


  ニコールが、皆にボトルを渡した。

 

「缶詰、気に入ったようね 」


「うん! こんなに美味しい物を食べたのは初めてだよ」


 満足そうな笑みを浮かべるアベル。


「じゃあ……この缶詰は、いつ作られたと思う? 」


 思いがけない質問に、首を傾げる三人。


「 それはね……。 七十年前に作られた物なのよ 」


「 うっ!嘘だ。 そんなに古い物が食べられるはずがない 」


「うっ….…!! 」


 スチュアードの顔が青ざめた。 そして、吐き出しそうな素振りまで…。


「 大丈夫よ、安心して。 賞味期限は二百年近く有るから 」


「 えっ! そんな馬鹿な…… 」


 そんな事、あり得ない。 三人はそんな顔をした。

 

「これは、私達の先祖が作り出した発明品よ。 ……この水も同じ 」


 ニコールはそう言うと、ボトルのキャップを指で回して水を一気に飲み干した。


「ねぇー、こっちへ来て 」


  手招きに誘われた三人は、別の部屋へと案内された。

 そこには無数のガラスケースが並び、これまで見たことも無い、不思議な道具や資料が展示されていたのだ。

 

「何だ?これは??」


「 うわー 」


「……!! 」


 それぞれに声を上げるアベル達。


「ここは博物館だったの。 人類が、今までに築いて来た発明品や資料が展示されているの。 ……相棒も、ここにあったのよ。初めは動かなかったけれど、パパが資料を元に、瓦礫から部品を探して修理してくれたの… 」


「いや〜。 ニコールに会ってから驚く事ばかりだよ 」


 アベルの言葉に、ニコールはクスリと笑った。


「パパとここに住み着く様になって、初めて人類の歴史を知ったの。 人って素晴らしい。と、思う事ばかりだったわ。……だって。 今から百五十年以上も昔に、人は月にだって行ってるのよ 」


「えー!!! 」


「そんな筈は無い!」


  スチュアードまでもが声を上げた。


 ニコールはそんな三人の前に、得意げに資料を突き出した。


 そこには、確かにこう書かれてあった。


『アポロ計画』 1961年〜1972年に掛けて実施。 全6回の有人月面着陸に成功。と……。

  記事には、当時の白黒写真が。


「凄いわ! そんな事、全然知らなかったわ」


 トニーが興奮した。


「もしかして……。あの黒い乗り物で月まで行ったのかい?? 」


「違うわよ。 もしもGTで 行こうとしても辿り着けないわ。 その前に、粉々になって燃えてしまうの 」


「……!! なぜ?? 」


 アベルの繰り返しの質問に、ニコールも苦笑いを浮かべた。


「 それはね、地球の周りに大気圏という厚い層があって、そこを通過する時に大量の熱と圧力が発生するの。私達の先祖は、そんな状況でも耐える事の出来る宇宙船を既に発明していたのよ。それに、宇宙には酸素が無いの。だから、この人達は宇宙服を着ているでしょ……。人類は、ずっと昔から知っていたのよ、宇宙の仕組みを 」


「そうなんだ〜。 確かに変な服を着てるね。ニコールって物知りだなぁ 」


 アベルが感心した。


「そうよ。 ここに有る資料の殆どを読み尽くしているからよ 」

 

 ニコールはそう話すと、ふと足を止めた。

 そこには一枚のパネルが……。


「パパは、毎日机に向かって研究しているわ。 いつか世の中が平和になった時、沢山の人に人類の歴史や文明を伝えるのだ。と……。 私も、誰からも気兼ねなく相棒と世界を一周してみたい。アメリアの様に…… 」


 ニコールの視線の先には、伝説の女性飛行士 アメリア. イアハート が 大西洋横断飛行の快挙を成し遂げた記事があった。


「 きっと叶うわ。その夢 」


  トニーが微笑んだ。


「そうだよ。ニコールが仲間に加わってくれたし、僕達が力を合わせればモロゾフを倒せるさ 」


「そうです。 ニコール、貴方の知識はきっと役に立つはずです 」


「うん、ありがとう 」


 仲間たちは、それぞれに握手を交わした。




 。。。。。。。。。。。。。。。。。。



 次の日の朝。


 まだ眠りの中に居る三人を、ニコールが叩き起こした。

 トニーとスチュアードは驚いて直ぐに起きたのだが、アベルは相変わらず夢の中だ。


「ん、もう! 」


 ニコールは不機嫌な態度を取ると、アベルの耳元に向かって大声で叫んだ。


「 おきなさーい !! 」


「……ん? 何?? 」


 寝ボケまなこで目を擦るアベル。


「 いい、今から食料を調達しに行くわよ。着いて来て! 」


 ニコールは荒々しく言い放った後、「こっち、こっち」と、言わんがばかりに進行方向へ向けて腕を払った。

 トニーはまだ半分夢見心地のアベルを引きずると、スチュアードと共にニコールに着いて行った。


「……ねぇ〜トニー。何なんだい?朝から? 」


「 聞いてなかったの? 呆れた〜〜。 食料を調達しに行くのよ 」


「え〜。こんな朝から〜 」


 アベルは迷惑そうな顔をした。


 

「さぁ、乗って 」


 ニコールが飛行船の扉を勢い良く開けた。

  皆が乗り込むと、突如、機体の下から車輪が現れた。


「 掴まって!! 」


 ニコールの掛け声に合わせて車輪がキュルキュルと悲鳴を上げた。

 それと同時に、物凄い勢いでシートに体が張り付いた。


「キャぁぁぁー !! 」


 鼓膜に突く様な叫び。


「 もう! 少しは静かにして! 」


 ニコールが、後部座席に座るトニーを睨んだ。

 

「ニコール! お願い!! スピード落として

 !! 」


 青ざめるトニー。


「もう! 乗せて貰ってるんだから文句言わないの! 」


「これじゃ〜、命が幾つあっても持たないわよ〜 」


「もう! しょうがないわね! 」


 鬱陶しそうな顔をすると、ニコールは車両の速度を緩めた。

 

 アベルは窓の外を眺めた。

 いくら走っても、見えるのは黒とグレーのビルばかり。

 アベルには、ずっと同じ場所を走っている様に思えた。


  大きな倉庫の前まで来ると、やがて車両は停止した。


「着いたわよ 」


  飛び降りたニコールは、倉庫の入口へ向かった。

  次々に降りるアベル達。

 しかし……。 扉は開かないようだ。 どうやら錆び付いているらしい。


「ん! もう!!」


 イラついたニコールが、八つ当たりをして扉を蹴った。


「ここは私に任せて 」


 トニーは得意げに言うと、扉の取っ手を掴んだ。


  《バン!! 》


  勢い良く開いた扉の向こうには、山の様に積まれた何かが見えた。

 

「あれは…… 」


 アベルは目を凝らして見つめた。


  …そうだ、あれは間違い無く缶詰の山だ!!

 まるで夢でも見ている様だった。

 あんなに美味しい食材が、無造作に山積みされているなんて……。


「さぁ、早く手分けして詰めましょう 」


 ニコールはカバンを広げると、手当たり次第に詰め込み始めた。

 トニーとスチュアードは興奮状態なのか? 黙ったまま、ただ黙々とカバンに放り込んでいる。

 アベルは違った意味で興奮しているのだろう。 のんきに鼻歌を歌っているようだ。


「そろそろ行くわよ 」


 ニコールが声を掛けた。

 ずっしりと重くなったカバン。 嬉しさから思わず皆の顔がほころんだ。

 


 。。。。。。。。。。。。。。。。


 帰り道の途中。


「いや〜、驚いたよ。 あんなに缶詰があるなんて…… 」

 

  アベルが興奮しながら言った。


「本当、ビックリしたわ。 どうしてあんなに食料が? 」


 トニーの言葉に、ニコールが口を開いた。


「あそこは食料庫よ。 以前……。まだホワイトタウンが栄えていた頃、先祖達は火星の資源を手に入れる為に研究を行っていたのよ。 でも火星には食料が無いから、長期保存の出来る あの、缶詰を開発したの。 ……ねぇ、あそこを見て 」


  ニコールが指を差す方向に、高い鉄塔が見えた。

  赤錆びた鉄塔は、途中で折れてしまっているが、その存在感には圧倒される物があった。

  周辺に建造物は無く、長く伸びる影が日時計の役割を果たし、時を示していた。


「あれが宇宙基地よ。あそこから宇宙船が打ち上げられたの 」


「へぇ〜〜 」


 溜息にも似た声を出した三人。


「ところで……。 あれだけの食料が有るのに、ここに住んでいるのはニコールとお父さんだけなの? 」


 トニーの問い掛けに、ニコールは一瞬曇った顔をした。


「……そうよ。 私達はずっと南にある町から来たの。 その頃、私はまだ幼くて記憶には無いけれど、パパは ’ 町が襲われて逃げて来た’ と、言っていたわ。 ママも、その時に命を落としたみたい…… 」


「それは、闇の帝国軍にかい? 」


「……うん 」


 ニコールは唇を噛み締めて頷いた。


 

 アベルは驚いた。 とても明るい印象のニコールにも、悲しい出来事が有ったのかと……。

 アベルは自分に重ねると、黙っては居られなかった。


「 僕の父さんも殺されたんだ… 」


「そうだったの… 」


 ニコールは驚いた顔をしたが、その後、飛び切りの笑顔を見せた。


「じゃあ、一緒に仇を取りましょう 」


「うん! 」


 ニコールの声は、まるで曇った空気さえも拭い去ってくれる様に、明るく元気だった。


 アベルは、そんなニコールから勇気をもらった様な気がした。




 博物館まで戻ると、ニコールの父が皆の帰りを待ちわびていた。

  アベル達は荷物をまとめ、出発の準備に取り掛かった。


「パパ、研究ばかりしてないで、私が居なくても、ちゃんとご飯を食べるのよ 」


「うん、わかってる 」


 想いが溢れ出し、父は愛しい娘を抱き締めた。

 

  ……これが最後になるかもしれない…。


 父は、そんな危機感を感じずにはいられなかった。

 親の権限で『行くな』と、引き止める事も出来るだろう…。 しかし、かと言って、ニコールもじき十六だ…。もう子供ではない。このままずっと自分の手元だけに留まらせる訳にはいかない。己の人生は、己自身が決める事なのだから……。

  それは、身を切るような思いだった。


「大丈夫。私、絶対に戻ってくるから…。 パパの分まで世界をこの目で確かめてくる」


「うん、そうだな 」


 涙混じりに父は頷いた。



「本当に、お世話になりました 」


 スチュアードが頭を下げた。


「どうか…。ニコールの事を頼みます 」


「 はい 」


 アベル、トニー、スチュアードは、ニコールの父と別れを交わした。



 皆は車両に乗り込んだ。

 すると、車両は車輪を収めて再び飛行船の姿に変化した。


  ニコールが窓辺で手を振った。


 ちぎれる位に手を振り返す父。


  その後、一気に上昇した飛行船は雲の中へと消えて行った。


  …ただ一人、その場に父だけを残して…。

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