12.負け犬
顔の潰れた死体は昨日まで、貧相な花売りの女だった。
何があったのか、誰も興味を示さない。雨だけは降っていた。
この街には、三種類の人間がいる。探偵と依頼人と、傍観者だ。
ドルコス・ベックは私立探偵だった。
以前の町で大ポカをやらかして、町に居られなくなった。
ゴドラの街に彼の過去を知る者はいない、だがつくづく以前の商売に愛想の尽きたドルコス・ベックは、探偵・・・有り態に言えば、何でも屋を始めたのだ。
賢くなければ生きていけないが、愚かしく生きるのは快楽だ。
自助努力をするより、他人の懐を掠め取った方が幸福である。
人は本質的に街を維持することが出来ない。その為の代理人が探偵だ。友情や善行の仲介をするのも探偵なら、人の本質を叶えるのも探偵の仕事だった。
街は大きく、人々は愚かしく、仕事の尽きる事はなかった。
嫉妬、貪欲。表通りを一歩路地裏へ入れば商売の種は幾らでも転がっていた。
当然の事を人は熱くなって忘れてしまう。借金の手続きを代行するのは探偵だが、返済をしなくちゃならんのは当人だ。借金取りは忘れた頃最も来て欲しくないタイミングで人生を取り立てに来る。
雨は降っていた。ドルコス・ベックは、怒っていた。
ウィスキーを、随分昔に注文した事も忘れ、ドルコス・ベックは、怒っていた。
氷は解けていた。グラスに気付いて、しばらく経って、ようやく怒りが和らいだ。
氷が解けるのは誰にも止められない。
俺は氷の解ける前にウィスキーを飲み干せなかった。
なんせ俺は13歳のガキに半殺しにされるようなマヌケ野郎だ。こんな日には自分の無様が返ってせいせいする。仕方のない事がこの世にはあるってことだ。先の事は誰にも分からない。それが賢明だ。
探偵は路地へ出た。
雨が肩を濡らし、酔いが醒め不機嫌になる。
上機嫌な探偵なんざ碌な奴じゃない。それもそうだ。コートの襟を立て、足早に路地を行く。
探偵は原稿用紙を取り出して、次の仕事を書いていた。
依頼人どもの下卑たニヤけ面を思い出しながら、要求を織り込んでゆく。
嫉妬、怠惰、剽窃。傲慢、憤怒、奴隷、暴食、果実水、物欲、銃。蝿どもの限度額一杯まで借金をしてやる。やがてバケツの底は抜けるのだろう。
花売りは馬鹿なやつだった。
お客の中に愛を探してみても、見つかる道理は無い。
愛には摩擦が必要だが、摩擦に愛は必要ない。幾人か、無料で抱かせてやったそうだが、同じ事だ。愛を知るには時間が必要だった。
この街には、三種類の人間がいる。探偵と依頼人と、傍観者だ。
花売りは、求め、焦って、やがて死んだ。
誰も興味を示さない。雨は降っていた。




